自社プロダクトを作り、成長したい
~ピクシブ代表取締役社長 片桐孝憲氏(後編)


「Web2.0」開始!

ピクシブ社長 片桐孝憲氏

 2006年春、Web 2.0っぽいサービスを作ったらできたので、「これこれ!」と思いました。それが、ブログより簡単に情報公開できるWebサービス「crooc」(クルーク)です。設計は自分でして、社員第1号の追川義典さんがニートだった頃に作ってもらったものです。制作期間はわずか2週間。クルークは業界紙に載りました。「たった2週間で作ったものが世間に取り上げられるなんて!」と驚きましたね。

 それまではできないと思っていたので、これで自信がつきました。業界紙掲載をきっかけに、「システム開発ができます」とサイトに書き込んだところ、仕事が入ってくるようになりました。そのうち、売上も上がってきました。僕は、「このまま受託をやって稼ぎながら、自社のWebサービスを提供しよう」と考えました。

 まず、追川さんを雇うことにしました。お金もないし仕事のあてもなかったのですが、彼と仕事がしたかったし、何とかなるだろうと思ったのです。採用は4月で、6月にはシステム開発の仕事が入ってきたのでよかったですが、仕事が入るまでの2カ月間は追川さんのやることが何もなくて。「なぜこの人がここにいるの?」状態でした(笑)。

pixiv誕生!

 2007年1月には今のオフィスに引っ越してきて、社員は7~8人まで増えていました。受託仕事が増えて、売上も上がっていました。しかしやはり給料が出せなくなって、消費者金融に行ってお金を借りていましたね。ごく最近までそういう生活をしていたんですよ(笑)。

 そうこうするうち、馬骨さんから「pixivを作った」と聞きました。彼はまだ社員でも何でもなくて、プログラマーをしている友人の1人でした。馬骨さんに話を聞くと、「サイトはオープンしたけれど、まだ宣伝も何もしていない」という。

 それでは誰にも知ってもらえないので、「プレスリリースしようよ」と声をかけました。正直、人の仕事を手伝っている余裕などないはずだったんですけれどね。知り合いに、「友達のやっているサービスだから頼む」とお願いしたら、記事にしてもらえました。

 馬骨さんはイラストレーターになりたかったくらい、イラストが好きな人です。当時、HPを持ってそこで自分のイラストを公開していました。そのような人たちは多いのですが、そういう人たちを見つけてイラストを見るのはリンク集をたどるなどしか方法がなく、面倒くさいものでした。

 「イラストが1カ所に集まればいいのに」という願望が形になったのが、pixivです。pixivという名前は、「pix」が画像のイメージで、その後ろを色々と検討して、響きのいいものを選びました。

 実は、pixivを見た時、最初は「これはダメだ」と思ったんですよ。ビジネス系SNSや地域特化型SNSでも、なかなか人が集まりません。そういうサイトで活発に人が行き来するのは難しいでしょう。「イラストをアップする」というけれど、ユーザーが写真をアップしてしまったりして、秩序が保たれないだろうとも思いました。Flickrなど、他に画像をアップできるサービスもあります。

ピクシブの入居しているデザインビル。外観からは、アパレルやこだわりのティールームなどがありそうなお洒落なビルだオフィスは緑の多い閑静な住宅街の中にある。社員犬チョビは人間の社員同伴で毎日散歩に出るが、片桐社長が散歩に連れて出ることも

pixivには価値がある!

 ところが、1週間ほどたった時、ユーザーから「ピクシブたん」という企画が生まれました。みんながピクシブたんのイラストを描いてアップしているのを見た時、「これはいける」と感じました。ピクシブたん自体、pixivがなければ生まれなかったものです。

 やがて、会員数が2000人、3000人と増えてきました。一気に伸びてきたので、これはちゃんとした方がいいだろうと。「pixivは伸びる。だから、自分で会社を作るか、うちとやるか、とにかくきちんとした方がいい」と言ったのです。馬骨さんは「一緒にやる」と言ってくれました。

 pixivには価値がある。200万円300万円くらい大したことじゃない。金のことでうじうじ言っている場合じゃないと思いました。そこで、自分の給料も出ていないのに、消費者金融で借りたお金でpixiv用のサーバーを借りました。おかげで、また家の扉をガムテープで封鎖されてしまって(笑)。

さらに盛り上がるpixiv

「1万人超えたらいいね」と話していた会員数は、6月に100万人を超えた。「軌道に乗った後は、驚いている間もなくサーバーの増強に追われて忙しかったですね」

 「会員数1万人を超えたらいいね」と話していたのに、今や100万人を超えました。月間PV(ページビュー)は7億に上ります。軌道に乗った後は、驚いている間もなく忙しかったですね。サーバーの対応は厳しかったですが、会員が伸び悩むよりも、サーバーの増強に追われている方が話は楽だし簡単です。

 9月には、サーバーが4~5台ある状態でした。馬骨さんは、10月に入社することになったんですが、毎日会社に通うのはイヤな人なので(笑)、今も基本的に自宅勤務なんですよ。ただし、週に2回は会社に来ることになっています。pixivの新機能は、僕と馬骨さんの2人で作っているんですよ。

pixiv一本でやりたい

 受託仕事を辞めて、pixiv一本でやりたいと思ったのが昨年のこと。今の収益は、広告と有料会員、タイアップです。最初、広告媒体資料は作ったものの、どうやって売ればいいか分からなくて、あちこちメールをしたりしていました。そういう方面の営業を専門にしている人を誘ったところ、1週間後には、勤めていた会社を辞めてうちに来てくれたのです。

「ピクシブたん」はユーザーから出てきた企画です。当時、既にそのような企画はいっぱいありました。こんな感じで企業とのタイアップができたらいいなと代理店に話をして実現したのが、「真・女神転生」のタイアップ企画でした。キャラクターのファッションを描こうというもので、5,600枚くらい集まりました。その後も、スクエア・エニックスのpartyCastleというオンラインゲームのキャラクターを描こうという企画をやって、2000枚くらいのイラスト投稿がありました。

 いきなり「真・女神転生」とタイアップってすごいですよね。実は、それ以外にもいろいろ話はいただいていたのですが、1年間は何もせずに待っていたのです。最初のタイアップは、みんなが知っているような大きいところとしたかったので、お声がかかるのをひたすら待ちました。1年間待った結果が、「真・女神転生」だったわけです。それはもううれしかったですよ。

 有料会員制度「pixivプレミアム」(月額525円)を始めた時は、ユーザーから反発がありました。それまでお金は関係なくただ楽しんでいたのに、いきなり「お金」が入ってきた。「やっぱりお金か」という反応がありましたが、2週間くらいで落ち着きました。有料会員は、数千人くらい入ってくれています。ランキング上位に入るような人たちを中心に、「昔から使っていてお世話になっているので」と払ってくれているようです。

投稿から仕事につながる人たち

コアマガジンの「pixiv girls collection」紹介ページ。収録された絵のサンプルが8枚閲覧できるほか、直接購入も可能

 投稿から仕事につながる人たちはとても多いです。初期の頃から、pixiv経由で仕事を発注されている人たちの話は色々聞いています。ランキング上位100位までに入るような方はみなさんプロ級ですね。海外、特に台湾、中国、韓国のユーザーも多いです。日本の出版社から、台湾や中国、韓国のユーザーにイラストを発注しているケースも多いですよ。彼らにとっては、自国にイラスト仕事があまりないのでありがたがられています。

 コアマガジンで、pixivに上がっている女の子の絵を集めて「pixiv girls collection」というイラスト集を作りました。掲載されたうち、1割ほどが海外からのイラストです。今後も、ユーザー発のものを作っていきたいですね。

 公式企画よりも、ユーザー発の企画の方が盛り上がりますね。ユーザーが楽しんではじめて意味があると思うんですよ。「pixivファンタジア」という企画など、2カ月で2万3000枚くらいアップされています。世界地図があり、3つある国のうちから1つの国を選んで、ファンタジー系のイラストを描くという企画です。

 投稿されている絵は、かならずしも上手なものばかりじゃないんです。そこがいいと思うんですね。誰でも参加できる。

使っている人に会えるのが嬉しい

 pixivのストラップを持ってビックカメラに行ったところ、「(pixivを)毎日使ってます!」と声をかけられたことがあります。そんなふうに、実際に使っている人に会えるのはすごいことだと思うんですよ。幼馴染みに、僕がpixivを運営していると知らずに「pixivを使っている」と言われた時もすごいと思いました。

 ユーザーからは、感謝の声も多いですが、怒りの声も多いですね(笑)。機能の改変などを行うと、「この機能はどうしてこうなったのか」という怒りの声が寄せられたりします。それだけ愛用していただいてるんですね。

 Wikipediaのpixivの項目もすごく充実しているんですよ。ユーザーの気持ちを感じて、とても嬉しくなります。pixivで、ブルーのロゴのストラップを作ったのですが、実はこれも、もとはユーザーがエイプリルフールのネタにデザインしてくれたもの。それがすごく良かったので、実際に作ったものなんです。

社名を「ピクシブ」へ

 それまで、初めての自社サービス「クルーク」からとってクルークと名乗っていました。クルークというサービス名は、気に入ってはいたものの社名にする気はなかったのですが、サービス名と社名が同じというのはわかりやすいかなと。そして、またピクシブに変えることにしたわけです。

 pixivというサービスが知られてくると、社外の方からは、社名でなくて、「ピクシブさん」と呼ばれることが非常に多くなっていたので、この際社名を変更しようと決めました。社名を変えるタイミングで、pixiv一本でやることに決めていました。

 海外を見ても、まともに競合するようなサービスはいまのところ、僕の知る限りでは見あたりません。すでにイラストは490万枚もアップロードされています。NHKの「ザ☆ネットスター」に出たり、pixivフェスタに取材が来たりもしています。

サービスを大事に育てていきたい

pixivフェスタの案内ページ
http://festa.pixiv.net/
pixivフェスタは7月11日(土)・12日(日)に原宿デザイン・フェスタ・ギャラリーEAST館で開催される

 ベンチャーキャピタル(以下VC)は死ぬほどきましたね(笑)。けれど、VCのお金を入れるなら、いろいろと制約もつくので現状難しいですね。正直、サービスに制約がつくくらいなら売上はなくてもいいと思うくらいですから。表現の自由というのだけは絶対に守りたいと思っています。

 先日、モバイルをリニューアルしました。名前もpixivモバイルから「ピクモバ」と変更し、以前よりもかなり見やすいものとなりました。今後はモバイルからイラストを描いて投稿できるようにしたいと考えています。自分のHP代わりに使っている人、交流している人たちがたくさんいるので、そういう人たちにもっと楽しんでもらいたいですね。

 7月は、11日(土)12日(日)の2日間にわたって、pixivフェスタを原宿のデザイン・フェスタ・ギャラリーEAST全館で開催します。コミケというか、pixiv全体で漫画のカルチャーを発表する場になるといいなと思っているんです。もともとリアルイベントをやりたいと思っていたのですが、デザイン・フェスタに営業に行った時に「これはいいな」と。

 Twitterにアカウントがあるので、そこで「リアルイベントはどうですかね」と書いたら、ユーザーが「出展したい」と言ってくれたのでやることに決めました。興味がある方はぜひ足を運んでいただきたいですね。


関連情報

2009/7/7 11:00


取材・執筆:高橋 暁子
小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三 笠書房)などの著作が多数ある。 PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っ ている。