清水理史の「イニシャルB」

「技術」をもっと身近に! NECプラットフォームズが明かす「見えて安心ネット」開発秘話

 NECプラットフォームズのWi-Fiホームルーター「Aterm」シリーズへの採用が進む「見えて安心ネット」。文字通り、Wi-Fi(無線LAN)の「見える化」を実現する機能だが、実は開発段階ではもっとイケてない名前の機能だった。そんな「見えて安心ネット」を同社はどのようなきっかけで開発し、どうやって使いやすくなるように練りこんだのか? その開発秘話を同社の開発担当者に聞いた。

技術をストーリーとして落とし込む

 技術者のセンスは、技術を分かりやすくストーリーに落とし込めるかどうか、で判断できると個人的には強く思う。

 たとえば、最近のWi-Fiルーターを考えてみよう。QoSやVPN、コンテンツフィルタ、ファイル・メディア共有。かつてのWi-Fiルーターでは考えられなかったような多彩な機能を搭載した製品も増えてきた。

 しかし、これらの機能を果たしてどこまでのユーザーが実際に活用しているだろうか?

 使い方がわからない――、使うとどうなるのかがわからない――、そして何よりどんなメリットがあるのかがわからない――。

 ベースとなる技術を理解しているユーザーであれば問題ないが、一般の家庭で使うユーザーにとっては、その技術や機能が自分に役立つかどうかを判断するのは、なかなか難しいものだ。

 このような課題の解決に取り組み始めたのが、Wi-Fiホームルーター「Aterm」シリーズで知られるNECプラットフォームズだ。

 同社が目を付けたのは、Wi-Fiルーターの機能としては決して新しいものではない「MACアドレスフィルタリング(端末固有のMACアドレスでWi-Fiへの接続可否を制御する機能)」。この機能をベースに、「こんなときに、こう使うと、こんなメリットがある」という具体的なストーリーで再定義し、さらにクラウドサービスなどと組み合わせて発展させたのが「見えて安心ネット」という機能になる。

 同社がどのように「見えて安心ネット」という機能を思いつき、どのように練りこんでいったのか? その開発秘話をNECプラットフォームズ株式会社 アクセスデバイス開発事業部 量販HGW事業グループ主任 吉田真氏と、同じく量販HGW事業グループ 和田紘己氏に聞いた。

吉田真氏(左)と和田紘己氏(右)

「見えて安心ネット」をおさらい

 実際の開発秘話を紹介する前に、まず「見えて安心ネット」について簡単におさらいしておこう。

 「見えて安心ネット」は、一口に言えばWi-Fiの「見える化」機能だ。

 2016年11月現在、Aterm WG2600HP2、Aterm WG2200HP、Aterm W1200EX/W1200EX-MSに搭載されており、以下のような機能が使えるようになっている。

・接続中のWi-Fi端末を一覧表示
・端末ごとの情報(電波強度など)を表示
・端末ごとの接続の許可/拒否を制御(時間設定可能)
・登録した端末が接続されたことをアプリやメールで通知

 見えない電波を使って通信するWi-Fiでは、その接続状況を目で直接確認することはできない。このため、Wi-Fiの利用者の多くは、きちんとつながっているのか? 不正に使われていないか? といった漠然とした不安を抱えているはずだ。

 これに対して、「見えて安心ネット」は、どんな端末が、どれくらい、どんな通信状況でWi-Fiにつながっているのかを明らかにしたり、万が一、不正な端末を発見した場合にその接続を禁止したりすることが可能になっている。

 また、IT機器利用者の低年齢化に伴って、子供がインターネットを利用する機会が増えてきたことを受け、子供の端末など接続できる時間を制限したり、それを応用して家族の帰宅(=Wi-Fiへの接続)を検知してアプリやメールで通知する機能も備えている。

 要するに、見えなかったWi-Fiを見えるようにすることで得られる「安心」、さらには社会問題として注目されている「子供のネット利用」といった身近な課題を解決することができるのが、「見えて安心ネット」というわけだ。

「見えて安心ネット」の画面イメージ(タブレットから利用したところ)

だれもが使える機能として

 では、なぜこのような機能をWi-Fiルーターに搭載しようと思ったのだろうか? そのきっかけについて吉田氏は次のように語った。

 「開発のスタートは、Wi-Fiに何がつながっているのか、誰がつないでいるのかがわかりにくいという不安を解消できないだろうか? と考えたのがきっかけです。ここ数年でWi-Fiにつながる機器が増えてきたことで、よりその課題が浮き彫りになってきました」。

 確かにWi-Fiに接続する機器の数は、今や数年前とは比較にならない。スマートフォン、タブレット、PC、ゲーム機、テレビ、レコーダー、家電など、あらゆる機器がWi-Fiでつながるようになりつつある。

 このような状況の中、現在、Wi-Fiに何台の機器がつながっているのかを即答できる人はほとんどいないだろう。これでは、現在利用しているWi-Fiルーターが、果たして十分な性能を提供できているのかも判断できなければ、万が一、自分の知らない端末が不正に接続していたとしてもまったく気づくことはできないわけだ。

 吉田氏は続ける。「Wi-Fiに接続する端末を管理する機能は、これまでにもMACアドレスフィルタリングなどの一般的な機能がありました。しかし、そもそも『MACアドレス』について知らない方が多いうえ、設定もMACアドレスを手入力するケースなどもあり、わかりにくく、誰もが使える機能ではありませんでした」。

 Wi-Fiの登場当初は、暗号化のためのパスワードと並んで、ほぼ必須の機能として紹介されることも多かったMACアドレスフィルタリングだが、最近では積極的に利用されているとは言い難い。「せっかくの機能なので、それほど詳しくない方など、多くの人に使ってもらいたいという思いから、使いやすく発展させることにしました」という吉田氏の言葉ももっともだ。

 「幸い、当社では、MACアドレスフィルタリングを発展させた機能として、インターネット接続時間を制御できる『こども安心ネットタイマー』という機能を提供してきました。この機能はお子さまのいるご家族の好評を得ていた機能ですが、この機会にさらに使いやすく、より幅広い方々に使ってもらおうということで、『見えて安心ネット』へと進化させたことになります」(吉田氏)という。

 とはいえ、いくら分かりやすくするとしても、もともとの認知度がそれほど高くない機能であるため、実際にルーターに搭載するには、それなりの裏付けも必要になる。そこで、同社は市場調査も実施している。

 Wi-Fiに接続された端末の情報を管理できるという「見える化」の機能について事前に説明したうえで、「見える化」について関心があるかどうかを調査したところ、全体の59%が関心ありと答えたうえ、Wi-Fi利用者の中でも3×3以上の高速なWi-Fiルーターを使っているユーザーは79%とさらに高い割合で関心ありと答えているとのことだ。

 実際に接続端末の全容が掴めないことや、端末がきちんとつながっているのかどうかについて、多くのユーザーが不安を持っているという事実はこの結果からも明らかだ。メーカー側の独りよがりではなく、きちんとユーザーのニーズがあるかどうかを確かめてから機能を実装するあたりは、いかにも同社らしい生真面目さだ。

クラウドも含めてさらに丁寧に作り込み

 実際に「見えて安心ネット」を使ってみるとわかるのだが、この機能はスマートフォン用のユーザーインターフェイス(UI)やクラウドとの連携など、かなり開発に手がかけられている。この点について和田氏は次のように語った。

 「開発にあたって、まず留意したのはUIを含めたユーザー体験の部分です。実際の開発は『MACアドレスフィルタリング』や『こども安心ネットタイマー』がベースになっていますが、このような既存の機能との整合性を保つことが大切だと考えました。機能としてはもちろんのこと、UIや画面遷移などに違和感のない使い勝手を目指しました」。

 こちらも実際に使ってみた方が早いのだが、「見えて安心ネット」のUIはシンプルかつ分かりやすい。表示された端末が一覧表示されるのだが、スマートフォンでも見やすい文字サイズやデザインが採用されているうえ、縦横で画面を回転させたときなどにも自動的にレイアウトが変更される。

 端末に名前を付けて管理できるという発想や、子供の利用時間を制限する際に曜日と時間で区切られたタイムスケジュール表をタップするだけで時間を設定できるといった操作性の良さも「こども安心ネットタイマー」から引き継がれている。

 「見えて安心ネットでは、従来の機能に加えて、不正な端末を表示して接続拒否できるようにしたり、接続に失敗した場合はその理由(暗号化パスワードが違うなど)を表示する機能を追加していますが、従来の機能と一貫性のあるUIの中で搭載しています」(和田氏)という。

「見えて安心ネット」(左)と「こども安心ネットタイマー」(右)の画面。一貫性のあるUIデザインが採用されている

 和田氏は続ける。「続いて苦労したのは、MACアドレスフィルタリングの部分です。従来のMACアドレスフィルタリングは、基本的にすべての端末の接続を拒否した状態で、登録したMACアドレスを持つ端末のみ接続を許可します。しかし『見えて安心ネット』は、万が一、不正な端末から接続があった際に拒否する形式になります。動作が正反対になるため、このあたりの実装にも手間がかかりました」とのことだ。

MACアドレスフィルタリングの技術を応用して、不審な端末の接続を拒否することができる。設定自体は簡単だ

 開発にあたって苦労した点として、和田氏は最後にクラウド連携について触れた。「見えて安心ネットはクラウド機能と連携して動作します。設定画面も途中まで本体側の画面で、途中からはサーバー側になります。サーバーの画面を開くための方法はいくつかありますが、よく見ていただくと、実は、本体画面のときは背景が緑で、クラウド時は背景が青になっています」。

 クラウドは、主に通知サービスで利用される。前述したように「見えて安心ネット」では、あらかじめ設定した端末がWi-Fiに接続した時点で、その旨をアプリやメールで通知できる。これを使って、子供の帰宅を知ったり、高齢者の見守りなどができるわけだ。

どこにつながっているかがユーザーにわかりやすいよう、本体画面のときは背景が緑(左)、クラウド時は背景が青(右)になっている

 とはいえ、通知だけなら本体側の機能のみでも実装できそうだが、なぜクラウドを利用したのだろうか?

 この点については、どうやら、今後の拡張性や機能の追加についてもかかわるようだ。吉田氏によると「ファームウェア側での実装では、UIの変更などでもファームウェアの更新が必要になってしまいます。Atermシリーズは自動的にファームウェアをアップデートする機能も備えていますが、必ずしも更新してもらえるとは限りません。クラウド側で機能を実装すれば、こういった点の自由度が上がります」とのことだ。

 吉田氏は、クラウド利用のメリットとして、さらに情報と制御の分離ができるメリットも挙げた。「見えて安心ネットには、通知を受け取るタイミングを時間や曜日ごとに設定できますが、端末がWi-Fiに接続したという情報自体は、この設定した日時に関係なくクラウド側に送られます。そのうえで、最終的に通知を送るかどうかをクラウド側で制御していることになります」。

 今後の予定はわからないが、このようなしくみなら、クラウド側を変更することで、今後、機能を拡張したり、追加していくことも不可能ではないというわけだ。

 既存のWi-Fiルーターの機能と異なり、ルーターの機種やファームウェアのバージョンに大きく依存することなく、さまざまな機能が使えるようになる時代になったわけだ。

却下された「Wi-Fi接続管理」という名称

 ここで1つ興味深い話が吉田氏からあった。「見えて安心ネット」という名称は、開発時点では「Wi-Fi接続管理」という名称だったそうだ。

 真面目なNECらしい名称だが、名称変更して正解という印象だ。

 もしも、「Wi-Fi接続管理」のままだったら、何ができるのか、どうメリットがあるのかが想像しにくい。冒頭で、技術をストーリーに落とし込むことの重要性に触れたが、これではストーリーは構成しにくいだろう。

 「見えて安心ネット」なら、今つながっている端末が見えて……、見知らぬ端末がつながっているのが見えて……、接続に失敗した端末の理由がわかって……、子供の端末がつながったことがわかって……、「安心」というようにストーリーが構成しやすいし、伝わりやすい。

 最終的に「見えて安心ネット」という名称を選んだことは、今後の普及にとって大きく貢献することだろう。

 なお、「見えて安心ネット」では、前述したように、接続に失敗した端末を一覧表示し、どうして失敗したのかという理由も表示される(暗号化パスワード間違いや、「こども安心ネットタイマー」利用時のWi-Fi接続の時間制限など)。

 このため、「トラブルシューティングにも活用できる」(吉田氏)という。今までのWi-Fiルーターでは、Wi-Fiでつながらなかったとしても、その理由を判断するのが難しかったが、「見えて安心ネット」ならその理由を確認することも容易だ。そういった意味でも「安心」というキーワードを名称に使ったのは正解だろう。

今後の発展も大いに期待できる

 以上、「見えて安心ネット」について、同社の吉田氏と和田氏に話を聞いた。最後に、今後の機能拡張などの予定について聞いてみたが、「IoT時代の出入り口としてもWi-Fiルーターの重要性が高くなるため、誰でも簡単に使えるようにしたり、とにかく使っている人の手間を減らす方向で進化させていく」という回答にとどまった。

 しかしながら、会話の流れやクラウドを採用した理由などからも想像できる通り、今後の機能拡張が可能なしくみはきちんと用意されているのは明らかだ。

 なお、同社はWi-Fi中継機のラインアップにおいて、センサー機能付きの「W1200EX-MS」を発売しているが、この機種ではWi-Fiの接続に加え、センサーで人を検知したこともメールやアプリで通知する機能も搭載している。

 IoTというキーワードも登場したように、このように「見えて安心ネット」の機能がWi-Fi/センサーを超えて、いろんな方面に拡張されていく可能性は大きい。

 また、当たり前だが、Wi-Fiルーターには無線だけでなく、有線の機器も接続できるようになっている。現状はWi-Fi端末向けの機能だが、何もWi-Fi端末だけに機能を絞る必要もないだろう。

 もちろん、Atermシリーズの他のモデルへの展開も容易に想像できる。現状は、Aterm WG2600HP2、Aterm WG2200HP、Aterm W1200EX-MSと、Wi-Fi中継機「W1200EX」の対応だが、クラウドを活用するしくみなどを考えても、普及価格帯や低価格モデルなどにも搭載されていくことが予想される。

 もはや、Wi-Fiルーターは、単なる無線の親機ではない。「見えて安心ネット」のように家庭内のネットワークを管理することまでできるようになっているので、この機会に利用を検討することをお勧めする。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できる Windows 10 活用編」ほか多数の著書がある。