清水理史の「イニシャルB」

「今できる全てを製品に反映する」
~ASUSネットワーク製品担当者インタビュー

 IEEE 802.11ac対応の「RT-AC68U」、さらにIEEE 802.11n対応の「RT-N66U」と、矢継ぎ早に新製品をリリースし、国内のネットワーク機器市場での存在感を高めつつあるASUS。同社はどのような考え方で製品を開発しているのだろうか? ASUSでプロダクト全体を統括するRichard Chen氏と、ネットワーク機器を担当するLinda Chen氏に聞いた。

ASUSでプロダクト全体を統括するRichard Chen氏と、ネットワーク機器を担当するLinda Chen氏

ターゲットはパワーユーザー

 日本のネットワーク製品市場におけるASUSブランドの再定義という観点で考えれば、昨年末からの同社の取り組みは、ひとまず大きな成功を収めたと言ってもよさそうだ。

 本コラムでも取り上げたIEEE 802.11ac対応の「RT-AC68U」は、圧倒的なパフォーマンスと少々やり過ぎとも思えるほど多くの機能を搭載した製品で、各所で大きく取り上げられることになった。

 自作ユーザーの間では、もともと高性能なマザーボードなどを提供するメーカーとしてよく知られていた同社だったが、ネットワーク機器の分野でも、その期待を損なうことなく高性能な製品をリリースしてきたのは、さすがといった印象だ。

 では、同社は、どのような考え方で日本市場を捉え、どのような発想の元で今回の製品を開発したのだろうか? ASUSTeK COMPUTER INC.でプロダクト全体のプランニングを統括するRichard Chen氏と、ネットワーク機器を統括するLinda Chen氏に聞いてみた。なお、お2人とも姓がChen氏のため、以下ではRichard氏、Linda氏と表記させていただく。

ASUSTeK COMPUTER INC.でプロダクト全体のプランニングを統括するRichard Chen氏

 まず、台湾を代表するメーカーであるASUSは、日本市場をどのように捉え、どのような戦略で攻略していくことを考えているのだろうか?

 Richard氏によると、「日本は光ファイバーの普及も進んでいる上、ユーザーはハイエンドな製品を求める傾向にある市場だと考えています。私たちは、もともと高性能な製品の開発を好むパワーユーザーをターゲットに製品を開発し、そこから一般ユーザーへと広く製品を普及させていくことを考えています。高速なブロードバンド環境が整っている日本には、この戦略が合っていると考えています」とのことだ。

 たしかに、日本ではハイエンドの製品が好まれ、高機能が活かせる回線環境も整っている。パワーユーザーの声が製品の評価に与える影響も大きいため、日本市場の攻略に「RT-AC68U」というハイエンド製品を真っ先に投入した判断は正しいと言えそうだ。

 とは言え、日本のネットワーク機器市場では後発となる。すでに大きなシェアを持っている国内の他メーカーについては、どう考えているのだろうか?

 「他メーカーを尊敬していますし、同じ業界の朋友だと考えています。もちろん、少しでも優れた製品を開発する事を目指していますが、ASUSとしては他社がどうこうというよりも、自分自身が最大の敵だと考えて、日々進化を目指しています(Richard氏)」とのことだ。

 競争としては、もちろん厳しい戦いになることは明らかだが、製品に対しての自信が端々に感じられ、その性能や品質が評価されれば、後発でも勝機はあると見込んでいるようだ。

 Richard氏は、ASUS製品でユーザーに特に見て欲しいポイントは3つあるという。

 「ASUS製品の特徴として、第1に挙げられるポイントは速度です。11ac対応製品や11n対応製品など、幅広くラインナップしていますが、各セグメントで「最速(Fastest)」の製品であることを目指しています。2つめのポイントは、ユーザーフレンドリーなデザインです。使いやすいUIを提供し、誰でもすぐにセットアップできるようにしたり、つながっているクライアントの数やMACアドレス、現在のトラフィックなど、さまざまな情報をユーザーに提供しています。3つめはサービスです。安定性が高いのはもちろんですが、非常に高品質なパーツを採用することで、一般的な製品が1年間のところ、2年間の保証を付けています。」

 現状の国内の無線LANルーターは、“安定性に定評があるAterm”といったように、製品の品質が購入時の判断基準とされるケースが多い。そういった意味では、圧倒的な速度と高機能を実現する「RT-AC68U」のイメージは、今後、ユーザーの製品選びの基準にも大きな影響を与えることになりそうだ。

「もっと」の声に答えるべく技術を結集した「RT-AC68U」

 続いて、今回、注目の製品となっている「RT-AC68U」について、もっと掘り下げていくことにしよう。まずは「RT-AC68U」の開発経緯を聞いてみた。

ASUSTeK COMPUTER INC.でネットワーク機器を統括するLinda Chen氏

 ネットワーク機器を統括するLinda氏によると、「RT-AC68U」はよりハイスペックを求めるユーザーの声に応えるために開発されたという。

 「ASUSでは、2012年にIEEE 802.11ac(当時はドラフト)対応の製品の最初のモデルとなる『RT-AC66U』(1300Mbps+450Mbps)という製品を発売しました。この製品は、現在も世界中で販売されているモデルですが、製品のリリース後に、ユーザーの声からわかったのは、もっとハイスペックの製品が求められている、ということでした。そこで、より高速な処理ができるチップを採用したり、2.4GHz帯を450Mbpsから600Mbpsに引き上げるなど、かなりスペックにこだわった製品として、『RT-AC68U』を開発しました。」

 ポイントはユーザーの声、それも通常なら無視されてしまうような極端なパワーユーザーの声も同社が無視していない点だ。現状、IEEE 802.11acの技術の一部(256QAM変調)を取り入れた2.4GHz帯の600Mbpsは、対応するクライアントもほとんどなく、それを求めているユーザーが多いとは思えない。

 Richard氏はそれに対して、「1Gbps対応の光ファイバーサービスは、日本ではもちろんのことシンガポールなどでも登場し始めています。また、音楽や映像など配信サービスの普及が進み、今後、より広い帯域が無線LANにも求められることは確実です。そういった中、高速な技術があるのですから、コストがかかったとしてもそれを搭載することを優先しました。『今できるんだから、やる』というのが私たちのスタンスです。」と言う。

 このような製品作りは、おそらく同社でしかできないだろう。他のメーカーであれば、600Mbpsを使える環境はほとんどなく、それを求めるユーザーの数も限られている、という理由で、まず間違いなく搭載は見送られるはずだ。

 しかし、数としては少なくても、それを求めるユーザーがいて、その技術的な基盤も整っているのであれば、メーカーとして機能を実装するというのがASUSの考え方ということなのだろう。一見、究極のプロダクトアウト的な発想に思えるが、決して、そこに顧客が存在しないわけではなく、パワーユーザーというニッチな層を対象としたマーケットインの発想と言えるのかもしれない。これは、なかなかできない発想だ。

 ちなみに、Linda氏によると、600Mbpsを実現するTurboQAM(256QAM)とビームフォーミングを実現するAiRadarの技術は、「RT-AC68U」を開発する上でも、もっとも実装に時間がかかり、苦労した機能であるとのことだ。

 日本では2.4GHzが混雑して実力を発揮できないのが惜しまれるが、そこまでこだわって実装しているという点をぜひ評価したいところだ。

今後の機能追加や新製品にも期待できる

 このように性能や機能にかなりのコダワリがある「RT-AC68U」だが、唯一、気になるのがアンテナの存在だ。国内ではアンテナを内蔵する製品が増えてきている点について聞いてみたところ、「パワーユーザーの中には、アンテナが外付けの方が安心できるといった声や調整に便利だという声がありました。こうした声を受けて、あえて外付けにしてあります(Linda氏)」とのことだ。

 海外向けの製品になるが、ASUSはアンテナを内蔵した製品も一部のセグメントで提供している。またインタビューの際、内部の基板を見せてもらったが、スペースは十分にあるので、内蔵できないというわけでもなさそうだ。実際「内蔵も可能(Linda氏)」だという。

「RT-AC68U」の基盤

 このほか、ぜひユーザーに試して欲しい機能を挙げてもらったところ、「AiCloud」と「VPN(OpenVPN)」という回答だった。AiCloudは、ASUSのクラウドサービスを活用し、ルーターに接続したUSBストレージやLAN上のPCへのアクセス、ルーター間のストレージ同期などを実現する機能だ。AiCloudについては、次バージョンの提供も予定しており、映像のストリーミング配信、FaceBookやTwitterなどのSNS連携といった新機能の提供を計画しているとのことで、さらに期待したいところだ。

 最後に今後の製品展開について聞いてみると、すでに「RT-AC68U」を超えるハイスペック製品の開発に取り組んでいるとのことだ。現状の製品でも必要以上にハイスペックなのに、さらにどのような進化を遂げるのかが非常に楽しみだ。

 また、現状、IEEE 802.11acはクライアント側の対応が遅れているため、USB接続で1300Mbpsを実現できるアダプタの開発にも取り組んでいるという。PCを手軽にギガのワイヤレスで接続できるようになるのも、そう遠くないことを考えると、非常に楽しみだ。

 また、製品化が近い製品として、IEEE 802.11ac対応(433Mbps+300Mbps)の「Range Extender」の発売も予定しているという。

 コンセントに直結して、無線LANの電波の届く範囲を拡大できる製品だが、何と前面がタッチパネルになっており、タッチすると下部のLEDが点灯しフットライトとしても使えるようになっている。

 しかも、側面にオーディオアウト用の端子が搭載されており、ここにスピーカーを接続することによりワイヤレスでのオーディオ配信までできるようにする予定だと言う。何というアグレッシブな製品であろうか! 思わず「本気ですか?」と疑ってしまったほどだ。

近く製品化されるという、IEEE 802.11ac対応(433Mbps+300Mbps)の中継機「Range Extender」の試作機。直接コンセントに差し込んで使うことを想定しており、前面をタッチすると下部のLEDが点灯する

ネットワーク機器市場の風雲児

 以上、ASUSのプロダクトを統括するRichard Chen氏、ネットワーク製品を統括するLinda Chen氏に話を聞いてみたが、今回は、正直、驚かされっぱなしだった。

 全体的な戦略も製品の設計思想も、非常に積極的かつ攻撃的で、今までの保守的なネットワーク機器の世界とは一線を画すものとなっている。Richard氏は、会話の中で「RT-AC68U」を「GT-R」と車に例えていたが、まさにその通りで、自分たちがターゲットとして決めたユーザー層を徹底的に満足させるために開発しているという姿勢が明確に伝わってきた。

 今後、同社がどのような製品を投入し、それに他社がどう刺激を受けるかが見物だ。ぜひネットワーク機器市場での風雲児としての活躍を期待したいところだ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。