特別編:つながらない!? ADSL 8Mサービスの現状を探る



 「8Mサービスに移行したとたんリンクアップしなくなった」、「1.5Mbpsの時よりスピードが出ない」。ADSLの8M サービスを契約したユーザーの一部では、このようなトラブルが話題になっている。そこで、8Mサービスの現状について、ADSL事業者のイー・アクセスに尋ねてみた。ご協力いただいたのは、イー・アクセス技術企画部の渡辺芳治氏と社長室 広報担当の八木直子氏だ。お忙しいところ、貴重なお時間を取っていただきありがとうございました。

 なお、はじめに断っておくが、この問題は8Mサービス全般に関するものであり、その技術的な話を代表してイー・アクセスに聞いたにすぎないことをご理解いただきたい。また、技術的な話が多数登場するため、インタビュー形式ではなく、伺った話を元に筆者の説明を加えたレポートとして掲載することも合わせてご理解いただきたい。





8Mサービスが抱える問題とは

 インターネット上で提供されているADSLユーザーの掲示板などを眺めていると、昨年秋ぐらいからADSLの8Mサービスに関するトラブルの書き込みが目立つようになってきた。その内容は、回線がリンクアップしない、頻繁に切断される、速度が遅いといったものがほとんどで、場合によっては1.5Mで正常に使えていたにもかかわらず、8Mサービスに移行したとたんトラブルに見舞われたというケースもあった。

 他ならぬ筆者もこの手のトラブルに見舞われた1人だが、筆者宅は局から2.6km離れており、かつ1.5Mサービスのときもあまり回線の状況が良くない状況であったため、8Mサービスに移行してもある程度トラブルが発生することは覚悟していた。しかし、あまりにも似たような状況が掲示板で報告されるため、今回の取材となったわけだ。ちなみに、筆者の場合、ある程度の対策によって現在は状況が改善されつつあるが、それでも数時間に1回程度、回線が切断されることも珍しくない。





さらにノイズの影響がシビアな8Mサービス

 では、具体的にどのようなものが8Mサービスの障害となり得るのだろうか。この答えのひとつとして挙げられるのが、1.5Mサービスでも問題になることが多かったノイズの影響だ。8Mサービスではノイズの影響がさらにシビアになっており、これにより思わぬトラブルに発展するケースも多い。

 そもそも8MサービスはG.dmtというフルレートの規格によって実現されており、従来の1.5MのサービスであるG.Liteの倍の帯域を利用する(G.Lite=552kHzまで、G.dmt=1104kHzまで)。利用する帯域が広ければ、それだけさまざまなノイズの影響を受けやすくなるのは当然と言える。たとえば、G.dmtが利用する帯域は、AMラジオとまさに同じ帯域となる(NHKでは第一で666kHz、第二で828kHz)。場合によっては、この影響を受けて、トラブルが発生しているケースも考えられる。

 もちろん、ノイズの発生源はAMラジオだけとは限らない。家庭内にある家電やPC、近所の道路や鉄道からのノイズ、道路工事で利用される重機など、あらゆるノイズがADSLに影響を与える可能性がある。つまり、G.Liteでは影響がなかったノイズでも、利用する帯域の広いG.dmtになって影響を与えるようになることが予想できるわけだ。この場合、AMラジオのノイズをカットするノイズカットコネクタを利用したり(製品によってはADSL信号自体をカットしてしまう場合もあるので要注意)、家庭内の配線を見直すことで問題の改善できる場合もある。スプリッタを取り外してみる、配線をし直してみる、ノイズ耐性の強いケーブルに変更してみるといった工夫をして、家庭内の環境を見直してみるといいだろう。

 また、G.dmtでは1回の変調で伝送するデータ量が大きくなっていることもノイズへの影響を受けやすい原因となっている。ADSLでは、利用する帯域をサブキャリア(またはビン)と呼ばれる4kHzごとの帯域に分割し、それぞれのサブキャリアごとに変調を行なうことでデータを伝送する。G.dmtの場合、サブキャリアの数は上りで6~31の26キャリア、下りで33~255の223キャリアとなっており、それぞれのサブキャリアで最大15bitのデータを転送できる。これに対して、G.Liteでは利用する帯域が少ないためサブキャリアの数も少ないが、ひとつのサブキャリアで伝送するデータも最大8bitと少ない。


G.dmtでは利用する帯域を4kHzごとのサブキャリアに分割し、各キャリアで最大15bitのデータを伝送する

 当然のことながら、1回の変調に乗せるビット数が増えれば速度も高くなるわけだが、伝送するビット数が多くなると誤り率が高くなる。また、高い周波数の部分では減衰が大きく、SN比も低くなってしまう。これにより、ノイズに対してよりシビアになってしまうわけだ。もちろん、実際に15bitもデータを伝送できるほど品質の良い回線は現実には存在しないため、ほとんどの場合それ以下の伝送量となる。つまり、この点でもG.LiteよりG.dmtの方がノイズが原因となるトラブルに発展しやすいわけだ。





ADSLモデムの改善によって問題の解消も期待できる

 ただし、このようなサブキャリアのbit数は、ADSLモデムの「トレーニング」という動作によって決定されるため改善の余地はある。ADSLモデムは、接続のたびに回線品質をキャリブレーションし、どのサブキャリアにどれくらいのbitを割り当てるかを決めるが、このときにノイズの影響が大きかったり、減衰が大きかったりすると、そのサブキャリアを利用しない、もしくは伝送するデータのビット数を少なくすることで、最終的に速度を決定するわけだ。

 最終的にどのようなビット数となるかは、BitMapをグラフで表わすことでよくわかる。ノイズの影響を受けていたり、局からの距離が遠いために減衰が大きいと、図のようにBitMapに大きな谷ができたり、高い周波数部分での落ち込みが激しくなる。きれいな山形を描くようなBitMapでないかぎり、8Mbpsのフルスピードは実現できないわけだ。


理想的なBit Map(上)とISDNや損失の影響が大きいBit Map(下)
ノイズの影響などを受けると伝送するデータのbit数が少なくなり、谷ができるような形のBit Mapとなる。対して、影響が小さい場合は理想的な山形を形成する(データ提供:イー・アクセス)

 ちなみにこれは余談だが、ADSL事業者によっては、回線が頻繁に切断されるような場合に回線調整という作業を行なうが、これは伝送するビット数を局側で落とすという作業になる。ビット数が少なければ、ノイズの影響などを受けにくくなるが、当然リンクアップの速度は落ちることになる。切断に対する対策で、回線調整をした後、リンクアップ速度が落ちるのはこのせいだ。

 つまり、この問題はADSLモデムに搭載されるDSPチップの性能や搭載されるファームウェアに大きく依存することになる。たとえば、トレーニングロジックがシビアに設定されていれば、それだけで回線速度が大きく低下したり、回線切断が頻繁に発生しかねない。このため、イー・アクセスなどでは、この対策としてADSLモデムやDSLAM側のファームウェアのバージョンアップを定期的に行なっている。すでにADSLモデム用のチューニングされたファームウェアが登場しているので、このようなファームウェアにバージョンアップすることで、すべてのケースではないにしろある程度の問題解決は期待できる。





無視することができないISDNの影響

 さて、このように8Mサービスに関するトラブルの原因は、さまざまなものが考えられるが、ISDNの影響もやはり無視できない。Annex Cは、Annex Aと異なりISDNの影響を受けにくいが、それでも完全に影響を受けないとは言い切れない。

 まずは、イー・アクセスが発表した8Mサービスのフィールドデータの結果を見てもらいたい。これは、イー・アクセスが提供するG.dmtの8Mサービスで、距離ごとに実際にどれくらいのスピードが出ているかを調査した結果だ。

 注目すべきは、グラフ中の「×」の位置が、同じ距離でもバラツキがある点だ。これは単に距離だけでなく、回線品質によっても速度に大きく差がでることを物語っている。例えば、線路長が2kmの地点を見てみると、多くの値が3Mbps~6Mbpsの間に収まっている一方、3Mbps以下の値もいくつかあることがわかる。これは、主にISDNの影響を受けることによって、回線速度が低下している例だ。Annex Aほどではないにしろ影響は少なからず存在する。


ISDNからの漏話は、FEXTとNEXTが1.25msごとに切り替わる。Annex Cでは、干渉が少ないFEXT時と干渉が大きいNEXT時でBit Mapを切り替えるDBM方式が採用されている

 そもそも、Annex CはISDNの干渉に強い方式となる。しかし、これは干渉を受けないという意味ではなく、干渉を受けても比較的高速な通信ができるという意味だ。

 たとえば、隣の家がISDNを導入しており、運の悪いことにその干渉を受けたとしよう(実際には、自分の収容されている配線のすぐ近くにISDNが導入され、その漏話の影響を受けた場合)。この場合、隣の家からISDNによるデータ発信などが行なわれると、家の近く(近端)では漏話によって比較的大きな影響が出る(Near End CrossTalk=NEXT=近端漏話)。しかし、局側(遠端)に至るとISDNの減衰などもあり漏話による影響は小さくなる(Far End CrossTalk=FEXT=遠端漏話)。

 ポイントは、日本のISDNが2.5msの間に上りと下りを交互に伝送するピンポン伝送方式を採用しているため、FEXTとNEXTが1.25msごとに切り替わる点にある。つまり、先ほどの例が1.25ms後には、家の近くがFEXT、局側がNEXTとなるわけだ。

 このため、Annex Cでは、NEXTで大きな影響が出ている間は伝送するbitを少なくしておき(前述したBitMapの山を低くする)、漏話の影響が少ないFEXTに切り替わったときに伝送するbitを多くする(BitMapの山を高くする)というDual Bit Map方式(DBM方式)によって、影響が受けていない間だけ高速な転送ができるようにしている。これは、常にNEXTでBitMapを構成するしかないAnnex Aと最も異なる特徴だ。

 話が少しそれたので元に戻そう。つまり、イー・アクセスのグラフでバラツキがあるのは、このBitMapの違いと説明できる。最高速に近い値を出しているあたりではFEXT時のBitMapとNEXT時のBitMapの両方ともに理想的な形のグラフを作るのに対して、速度が出ていないあたりではFEXT時のBitMapは理想的な形のグラフとなるものの、NEXT時のBitMapに大きな谷ができるようなグラフになってしまうわけだ。


ISDNや損失の影響が大きいBit Map
(回線距離:約1.9km/伝送速度:下り約3.6Mbps)

FEXTとNEXTは、1.25ms(400Hz周期)で切り替わる。制御信号の右の谷はおもにISDN回線の影響によるもの。その右の、さらに高周波数を使う部分ではデータ量が非常に少ないが、これは主に銅線が細いことによる伝送損失(データ提供:イー・アクセス)

理想的なBit Map
(回線距離:約1.9km/伝送速度:下り約7.7Mbps)

太束ケーブル内で、近くにISDN回線がなく、銅線の直径が太い回線の場合。ISDN回線のノイズによる影響も、伝送損失も非常に少ない(データ提供:イー・アクセス)

 残念ながら、ユーザー宅でどのようなBitMapとなるかはxDSL回線テスタなどを利用しないかぎり判断することはできないが、速度が低い、頻繁に切断されるという場合は、やはりISDNの影響も疑ってみるべきだ。この場合、収容替えなどをすることでADSLの状態を向上できる可能性は十分にある。





最終的にどうすればいいのか

 以上のようにADSLの8Mサービスでは、さまざまな要素によって回線速度が低下したり、不安定になることは発生し得る。では、具体的にどのように対処すればいいのだろうか。

 ADSL関連のトラブル解決は、ユーザーができることが数少ないのだが、前述したように家庭内の配線を見直してみることは決して無駄ではない。ADSLモデムを設置する場所、モジュラージャックからADSLモデムまでの配線経路の変更、ケーブルやスプリッタの交換などで、不安定になっているノイズ原因が解消し、安定して使えるようになることも多い。実際、筆者の環境では、配線経路を変更することで、2Mbps程度でリンクアップするようになった(数時間に1回程度は回線が切断されることはあるが…)。また、ADSLモデムのファームウェアが更新されている場合は、忘れずにバージョンアップしておくこともおすすめする。

 それでも解消されないのであれば、プロバイダーや回線事業者と相談して、収容替えを検討してみるといいだろう。ISDNとの干渉が原因であれば、これで問題が解決する可能性も高い。もちろん、場合によっては8Mサービスを諦めざるを得ないケースも考えられるが、その前にいろいろな方法を試してみる価値はあるだろう。


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2002/1/30 11:11


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。