第5回:ハッキリ言ってくだらないスループット論争
メルコとコレガの意地の激突となったスループット論争。両者の言い分も理解できないではないが、そもそも大切なことを忘れてはいないだろうか? スループットだけがルータの性能を評価するポイントではないのだ。
●売り上げを大きく左右するスループット値
スループットに関する記事が掲載されたメルコの「パソコン周辺機器総合カタログ2002年2月号」。「BroadBandルータは実効スループットで選ぼう!」という特集が組まれている |
メルコとコレガがスループットの表記について対立している。事の発端はメルコが発行している「パソコン周辺機器総合カタログ2002年2月号」にて、ルータのスループット評価記事が掲載されたことだ。詳しい内容は「メルコとコレガ、ルータのスループット表記方法について対立」の記事でも述べられているが、要するにメルコが同社にて行なったテストを掲載してコレガのテストパターン値について否定的な立場を取ったのに対して、コレガがこのテストの実行時にWAN側が10Mbps Half Duplexに固定されていることについて疑問を提示しているわけだ。
この件を知ったとき、その論点のくだらなさに辟易してしまった。そんなにスループットが重要なのかと。確かにルータのマーケティング的な戦略において、現状スループットの表記は大きな武器となっている。実際、ルータの売り上げなどを調査してみると、高速なテストパターン値をパッケージに掲載しているコレガの製品が圧倒的に強く、ある東京の大手量販店ではパッケージに掲載されているスループットの表記が65Mbpsのコレガ 「BAR SW-4P Pro」と9.5Mbpsのコレガ「BAR SW-4P」が店頭の売り上げランキングでNo.1とNo.3という結果だった。このような傾向がある以上、メルコがやっきになるのもわかる。
コレガのBAR SW-4P Pro。パッケージには65Mbpsというスループットとして掲載されている | よく見るとテストパターン値であることがわかるが、具体的な測定方法についてはパッケージだけでは知ることができない |
メルコのBLR2-TX4 | パッケージには「実効スループット」を強調するシールが貼られており、同社にて行ったベンチマークの結果もグラフとして掲載されている |
ただし、これは製品を売りたい側、つまりメーカーの理論でしかない。本当にユーザーのことを考えれば、スループットだけで製品を選ばせるようなマーケティングは避けるべきなのだ。確かに光ファイバのような高速な通信環境が用意できるのであれば、スループットはある程度考慮しなければならない。しかし、それだけがルータを選ぶ際の判断基準ではないはずだ。
●ルータの評価を決めるのはスループットではない
現状、多くのユーザーは8MのADSL環境と言える。しかも8Mbpsのフルスピードを実現できているような環境は皆無に近い。このような回線自体がボトルネックになるような環境で、数十Mbpsのスループットが出るルータが本当に必要だろうか? たとえ、光ファイバーなどの高速なサービスを利用していたとしても、今度はPC側の性能、インターネット側の混雑状況などがボトルネックになりかねない。セットアップのしやすさ、マニュアルの完成度、サポートの充実度など、ルータ選びの基準として考えるべき点はいくらでもある。これらを棚にあげて、スループットのみを強調するような販売方法には疑問を持たざるを得ない。
実際、両者の製品を購入して使ってみたが、コレガの製品などは製品に添付されるマニュアルが非常に簡易なものであり、残念ながらわかりやすいとは言いがたい。詳細なマニュアルはCD-ROMに収録されているが、これでは初心者はとてもセットアップできないだろう。高いスループットをウリにして製品を販売するのはいいが、それによってさらに幅広いユーザーを獲得することになるのだから、マニュアルなどをもっとわかりやすいものにするのはメーカーの責任ではないだろうか。
もちろん、ユーザー側の判断基準にも問題はある。PCパーツのベンチマークなどにも言えることだが、ユーザーは性能を表わす数値に弱い。スループットのような値を出されると、どうしてもそれを比較してしまいがちだ。しかし、そうではないだろう。ルータは単純なハードウェアではない。ハードウェア的な性能だけを判断基準とせず、設定画面などのルータのソフトウェア面も十分に考慮すべきなのだ。
●姿勢は評価したいが、勝負すべき点がズレているメルコ
以上のようなことを考えると、スループットとして提示されている値の実体、その考え方に一石を投じたメルコの姿勢は評価したい。LANアナライザで計測したテストパターンなど、現実離れした値をパッケージに記載するのは論外であり、それを判断基準とすることに対して問題提議したことは大きい。
しかし、やりかたがまずかった。これは、ルータのテスト方法としてWAN側を10Mbps Half Duplexに固定したことを言っているのではない。確かに、WAN側を10Mbps Half Duplexに固定したことで、テストの値は限定された環境のものとなったが、ADSLのような10Mbps未満の回線を利用しているユーザーにとって、これはひとつの判断基準になると言える。この点において、コレガとメルコで意見が異なるのは、ターゲットとしているユーザー層が違うからだ。もちろん、記事にさらなる信憑性を持たせるのであれば、WAN側を100Mbpsにしたときのデータも掲載すべきではあるが……。
メルコは、むしろルータとしての製品の完成度で勝負すべきであった。メルコの製品はマニュアルのわかりやすさ、設定のしやすさなど評価できる点は多い。なぜ、このような点ではなく、スループットで勝負したのだろうか。たしかに実効スループットという考え方をユーザーに知らせることは重要だ。しかし、そこでベンチマーク結果まで掲載して、真っ向から勝負する必要はなかった。ルータを販売しているメーカーの中には、スループットをあまりウリにせず、純粋に使いやすさで勝負しているメーカーもある。NEC、YAMAHAのように製品の品質で勝負すべきだろう。メルコの勝負すべきライバルは、むしろこのようなメーカーなのではないだろうか。
両メーカーともスループットなどという目先の数値だけを追いかけずに、もっとユーザーのメリットになる点を競い合ってほしいものだ。
●生き残りをかけて工夫が必要となるルータメーカー
今後、ルータ市場で、どのような製品が生き残り、淘汰されていくかは、ISDN関連の製品の歴史を参考にすることができる。ISDNの普及当初に雨後の竹の子のようにTA、ISDNルータが登場したが、今もなお生き残っているメーカーがいくつあるだろうか? 価格などを売りにし、使いやすさをおろそかにした製品は姿を消し、本当に使いやすい製品だけが生き残っている。もちろん、ISDN製品市場とADSLや光を前提としたブロードバンドルータ市場では異なる点もあるが、いつの時代でも多くのユーザーに支持されるのはやはり使いやすさだ。この傾向は、市場が大きく広がり、初心者ユーザーが増えるにしたがって、より強くなる。
特にこれからのルータ市場には、UPnP(Universal Plug and Play)への対応、ADSLモデムとの統合など、対応せざるを得ないさまざまな劇的な変化が待ち受けている。現段階で、このようなものへの対応を実現している、もしくは対応を表明しているメーカーがどこなのかを考えれば、どのメーカーが生き残り、どのような製品を購入すべきなのかも判断しやすいだろう。スループットという一時的かつ、局所的な特徴だけをウリにして製品を販売する、もしくはその点だけを見てルータを選ぶことこそ、将来性を無視した選び方と言わざるを得ない。メーカー、ユーザーともに、そろそろルータを選ぶ基準というものを考え直す時期にきているのではないだろうか。
関連情報
2002/1/22 01:10
-ページの先頭へ-