第79回:クアドスペクトラムに加え、ダブルの有効範囲も拡張
ADSLプラスQについてイー・アクセスに聞く



 24Mサービスの開始から、わずか3カ月。11月5日から、イー・アクセスが下り最大40Mbpsを実現する「ADSLプラスQ」を開始した。果たして40Mサービスの効果はどれほどあるのだろうか? その仕組みや効果について同社に伺った。





ひとつの区切りを迎えたADSL

技術本部技術企画部マネージャーの渡辺芳治氏

 1999年9月に国内初のADSL商用サービス(下り1.5Mbps)が長野県で開始されてから、今年で4年。ついにADSLは、40Mbpsという速度にまで到達した。もちろん、今後もまだ高速化の余地が残されてはいるが、倍近い単位で速度が向上するのは、これが最後とも言われており、ADSLはひとつの区切りを迎えたとも言える。

 とは言え、いくら高速を謳ったサービスであっても、それによって何らかのメリットが実際に生まれなければ、ユーザーとして新規導入や乗り換えをしてよいものなのか判断が難しい。今回は、この点について同社の技術本部技術企画部マネージャー 渡辺芳治氏に伺った。





クアドスペクトラムの効果

 本題に入る前に、まずは40Mbps ADSLの技術についておさらいしておこう。今回の40Mサービスでポイントとなるのは、クアドスペクトラムとハイビットローディングと呼ばれる2つの技術だ。

 クアドスペクトラムはその名の通り、ADSLの利用周波数帯域を4倍(クアド)にする技術だ。8M/12Mbpsサービスでは、下りに1.1MHzまでの帯域を利用していたが、これを24Mサービスで2倍の2.2MHzにまで拡張(ダブルスペクトラム)。今回の40Mサービスでは4倍の3.75MHzにまで拡張している(クアドスペクトラム)。

 以前にも何度か解説したが、ADSLでは利用周波数帯域に4kHzおきに搬送波を立て、そこにデータを載せて通信を行なう。つまり、クアドスペクトラムによって帯域が拡張されれば、それだけ多くの搬送波を利用できることになる。これにより、結果的に速度が向上するわけだ。


クアドスペクトラムによって帯域を3.75MHzにまで拡張。さらにハイビットローディングによって搭載ビット数を増やすことで速度向上が図られている

 ちなみに、3.75MHzでは4倍に満たないではないか? と疑問に思うかもしれないが、これはVDSLの帯域が関係している。現在、利用されている非対称4バンドモードのVDSLでは、以下の図のように0.9MHz~3.75MHzまでを下りで利用し、3.75MHz~5.2MHzまでを上り、それ以降を再び下りと上りで利用している。

 本来、クアドと呼ぶためには4.4MHzまで使いたいところだが、これはVDSLの上りで利用しているため、ADSLの下りで利用するというわけにはいかない。もちろん、3.75MHzまでの帯域もADSLとVDSLで重なる部分となるが、下り同士の帯域が重なる場合と違って、下りと上りでは干渉がより大きくなる。このため、クアドスペクトラムのADSLでは、その帯域が3.75MHzまでとなっているわけだ。


3.75MHz以上の帯域はVDSLの上りで利用されている。このため、これ以上ADSLの帯域を拡張していくことは難しい

 一方、ハイビットローディングは、各搬送波(ビン)に搭載するデータ量を増やす技術だ。これまでの1.5M/8M/12M/24Mbps ADSLでは、各ビンに搭載可能なデータのビット数は15bitが限界だった。しかし、今回の40Mbps ADSLではおおむね16bitのビットローディングが可能となっている。

 以前にも、本連載で解説したが、ADSLの速度はいわばかけ算のようなものだ。縦軸にデータ搭載量、横軸に周波数を取ったグラフを作り、その面積を求めれば速度になる(実際には曲線なので積分)。この考え方からすると、今回の40Mbps ADSLでは帯域もビット量も増えているので、その分だけ速度が向上することになる。


 具体的な計算式としては、以下のようになる。

 16bit×715(クアドのビン数)×4,000(変調)=45,760,000bps=45.76Mbps


1.81~2MHz、3.5MHz以降はアマチュア無線対策で利用されない。このため、トータルで利用できるビン数が715となる

 ただし、ここには誤り訂正符号の冗長ビット(約1割)が含まれているほか、実際に16bitのデータを搭載できるビンは限られる。このため、概ね40Mbpsというのが最高速度とされている。また、3.75MHzまで帯域を利用した場合、理論上は835のビンを利用できるが、アマチュア無線への干渉対策で1.8~2MHz、3.5MHz以降が利用できないため、実際には前述した715ビンとなっている。





サービスに対する自信

 このように、帯域の拡張とビット数の増加によって40Mbpsを実現するADSLプラスQだが、24Mサービスですら、その効果が期待できるのが収容局から2km前後だったことを考えると、ユーザーとしてはその効果に懐疑的にならざるを得ないだろう。24Mサービスよりもシビアな環境(より近距離の環境)が要求されるとなれば、サービスへの加入も躊躇してしまいがちだ。

 この点について同社は、「基本的には近距離向けのサービス(渡辺氏)」としながらも、「24Mサービスよりも特性は良い(渡辺氏)」と自信を見せる。実際、同社が社内ユーザーを対象に、実際のフィールドでテストした結果では、最高で36.5Mbps(線路長550m)というリンクアップ速度を筆頭に、2km前後までで数Mbpsの速度向上、それ以上の線路長でも数百Kbpsの速度向上が確認されたという。40Mbpsというと、どうしてもその最高速度にばかり目がいってしまうが、どうやら全体的な速度の底上げという効果も期待できそうだ。


ADSLプラスQの技術説明会で公表された約50回線によるフィールド試験でのサンプルデータ

 では、なぜ全体的な速度向上が期待できるのだろうか? これには「モデムの性能向上の効果が大きい(渡辺氏)」という。この点については、同社の技術発表会の席で、ADSLチップベンダの米Centillium Communications社からも説明があったが、モデム側に採用されている超高精細解像度を持つアナログ回路(ADC)が大きく寄与している。

 具体的には、アナログ回路の性能を大幅に向上させることにより、ノイズフロアを引き下げることに成功している。これは一般的にもよく言われることだが、ADSLの大敵はノイズだ。ADSLでは、接続時にモデムがノイズ環境を調査し、それを元にビットマップを形成するが、このときノイズが多い部分では、ビットの搭載量を減らし、ノイズが少ないところではビットを多く載せるという仕組みで最終的な速度が決定される。

 つまり、アナログ回路の性能を向上させ、全体的なノイズの量を減らせば、それだけ多くのビットを搭載することができる。このため、どの方式で接続した場合でも各ビンごとのビット搭載量が増え、結果的に速度が向上するという仕組みだ。


信号とノイズの比率をSN比と言うが、これが高い(=ノイズレベルが低い)ほど速度は向上する。アナログ回路の改良によって、ノイズのレベルが下がれば、当然、全体的な速度向上が期待できる

 これは思いがけない効果を生む。たとえば、2km前後の中距離ユーザーへの朗報としては、「40Mサービスでは24Mサービスと比べてダブルスペクトラムの利用できる距離が延長される(渡辺氏)」という点が挙げられる。

 これまでの24Mサービスでは線路長(実際には伝送損失)によって、接続される方式を自動的に変更していた。2km前後までがAnnexI、それ以上がAnnexCで接続というのが1つの目安となる。40Mサービスでも、線路長によって接続方式が変更される点は変わらないが、その距離に若干の差が出る。具体的には、1~1.5km程度までがクアドスペクトラムの方式となり、AnnexIの距離は、これまでの2km前後から2.5km前後にまで拡張されるという。


40Mサービスの契約の場合、同じダブルスペクトラムでも利用できる距離が拡張される。これにより、場合によっては2km前後でも大幅な速度向上が期待できる

 実際、筆者などは、この恩恵を受けられる可能性が高い。筆者宅は線路長が1.57kmで、伝送損失28dBという環境だが、24Mサービスで接続した場合、標準ではAnnexCで接続されていた。まだ40Mの回線が開通していない現状では推測に過ぎないが、今回の40Mサービスであれば、標準でAnnexIで接続される可能性が非常に高いだろう。

 近距離のユーザーであれば、迷うことなく40Mサービスに加入できるが、筆者宅を含めて1.5~2.5kmと微妙な距離のユーザーは、これまで新サービスの導入には慎重にならざるを得なかった。しかし、今回の40Mサービスであれば、少なからず効果が期待できるため、積極的にサービスを乗り換えようかという気にもなる。


乗り換え手数料もお得

 また、サービスの乗り換えを検討しているユーザーが嬉しい点として、24Mサービスからの移行費用が安いという点も挙げられる。

 これまではADSLのサービスを変更する場合、NTTの局舎内でのジャンパ変更工事が必要であったため、プロバイダーのコース変更手数料(3,000円前後)に加え、3,050円の局内工事費が必要だった。しかし、今回の40Mサービスは、「24Mサービス用のDSLAMのファームウェアのバージョンアップだけで対応できる(渡辺氏)」ため、すでに24Mサービスに加入しているユーザーは、この局内工事費が不要となる(※12M以前のサービスからの移行では、局内工事費は必要。また、どのサービスからの移行でもモデムの交換は必須)。

 効果の程がわからないサービスに対して、乗り換え費用を支払うのはかなり躊躇するが、効果がある程度期待でき、しかも費用も安く済むとなれば、乗り換えのハードルはかなり下がるだろう。月額料金にしても、一部、24Mサービスとの差があるプロバイダーも存在するが、多くのプロバイダーは24Mサービスと同料金に設定している。24Mサービス自体も開始されたばかりの新しいサービスだが、この点を考えると、もはや新規加入、もしくはサービス変更せずにとどまるメリットはほとんどないかもしれない。

 とは言え、やはり実際の効果を確かめてから新規加入や乗り換えを検討したいという読者も少なくないはずだ。次回までに間に合えば、筆者宅の実例を紹介しながら、40Mサービスについてさらに検証していきたいと思う。


関連情報

2003/11/18 11:00


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。