第353回:最大21.6Mbpsの実力は?

イー・モバイル「HSPA+」を検証する


 7月24日、イー・モバイルから下り最大21.6Mbpsの新サービスが開始された。HSPA+方式を採用することで、従来から約3倍の下り速度を実現したサービスで、今回は実際のフィールドで速度を計測してみた。

ライバルはWiMAX

 固定ブロードバンドの時代からそうであったが、通信サービスにおいてカタログ上の最高速度というのは、いろいろな点でとても大きな意味を持つ。ユーザーが通信サービスを選ぶ場合、価格と並んで、その大きな判断基準となるからだ。

 そういう意味では、イー・モバイルが今回サービスを開始した最大21.6Mbps(以下、21Mbps)のサービスは、なかなかインパクトの強いサービスと言えるだろう。


21Mbpsサービス用のD31HW。HSPA+に対応できる端末が登場したことでサービス開始が可能となった

 これまで、モバイルブロードバンドと呼ばれるサービスは、イー・モバイルを含めた携帯電話事業者が展開する下り最大7.2Mbpsのサービスが主流だったが、7月からは下り最大40Mbps/上り最大10Mbpsという通信速度に、内蔵PCの登場、契約の手軽さなどで話題を集めているWiMAXが本格的に加わることととなった。

 もちろん、実効速度という点においては、速くても下りで十数Mbps、一般的には3~5Mbpsと、カタログスペックには遠く及ばないのがWiMAXの実情だが、それでも最大40Mbpsと既存の7.2Mbpsという数字の差が持つ意味は決して小さくはない。特にデータ通信を主軸におく、イー・モバイルにとってはなおさらた。

 そこで登場したのが、今回のHSPA+方式を採用したサービスとなる。数字上は40Mbpsと21Mbpsで開きはあるものの、鳴り物入りで登場した新人WiMAXを引き離すための第1弾のスパートを切ったという印象だ。

料金はプラス1000円、エリアは主要都市から

 21Mbpsサービスは、従来のHSPA(下りのHSDPAと上りのHSUPAがある)をさらに拡張した規格である「HSPA+」規格の採用によって実現されたサービスだ。従来のHSPAでは、下り最大7.2Mbps、上り最大5.8Mbpsであったが、このうちの下り速度が21Mbps(21.6Mbps)にまで高速化されている(上りはHSUPAの5.8Mbpsのまま)。

 3GPPでは端末のカテゴリを以下の表のように、使用するコード数(CDMAで同一周波数を複数ユーザーで利用するために利用する符号化コード)や変調方式などの違いによっていくつかに分類しているが、今回の21Mbpsサービスはコードを15利用し、変調に64QAMを利用することから、カテゴリ14に相当すると考えられる。


 既存の7.2Mbpsのサービスは利用コード数が10で、変調方式がQPSKであったが、コード数を15に増やし(W-CDMAでは利用周波数帯を最大16コードで符号化して複数ユーザーで共有する)、さらに一度に4ビットのデータを搬送できるQPSKから、ビット数が6と1.5倍になる64QAMに変調方式を変更することで高速化が実現している。少々強引に表現するとすれば、高度な変調で一度にたくさんの信号を詰め込んだのち、それをたくさん(15個)束ねて通信しているというイメージになる。

 無線通信の高速化手段としては、イー・モバイルが将来的な採用を予定している「DC-HSDPA(連続する帯域をもう1つ利用する方法)」なども存在するほか、MIMOを使うという手もあるが、現状の帯域と基地局側の設備をフルに活用しつつ、うまく数値としての速度の上限を引き上げたのが今回のサービスと言えるだろう。

 なお、本サービスでは専用のUSBアダプタ「D31HW」を利用することが条件となっており、料金プランについても専用の「データプラン21」(月額5580円の完全定額制)と、二段階定額制の「スーパーライトデータプラン21」(月額580円~上限5980円)が用意される。

 エリアに関しても、すべてのエリアが対応しているわけではなく、東名阪および全国主要政令都市からサービスを開始し、2009年12月末までに全国人口カバー率で60%以上のエリアにて提供する予定となっている。詳細はイー・モバイルのサービスエリアページで確認できるので、気になる人はチェックしてみると良いだろう。

サービス開始後の状況をチェック

 それでは、実際のテスト結果について見ていこう。なお、D31HWはUSB端子がスライド式になっているほか、microSDHCカードスロットを搭載するなどの特徴もあるが、使い方としては従来のUSB端末とほぼ同じだ。PCに装着すると自動的にドライバやユーティリティがインストールされ利用可能となる。


USB端子はスライド式PCに装着したところ。直付けでは少々飛び出すイメージ

 個人的にはコネクタ部分が可動式の方が好みだが、質感は高く、悪くない端末ではないだろうか。しかし、価格については、新規契約のベーシックコースで4万1980円と、毎度のことながら、気軽に購入できるものではないところが悩ましい。コストの差があるにせよ、WiMAXの端末が契約期間の縛りがなく、1万円強で購入できてしまうことを考えると、せめて半額程度にまで下がってくれるとうれしいところだ。


付属のケーブルを使って接続できるmicroSDHCカードを装着して利用することもできる装着すると自動的にドライバとユーティリティがインストールされる。ユーティリティは従来と同じ

 さて、速度についてだが、一部のレビューではサービス開始前の計測値が掲載されているが、今回はサービス開始後の値を計測している。具体的には、7月24日のサービス開始から数日経った28日に計測している。従って、わずかながらであるが、すでに利用者がいる環境でもあり、より実際の値に近いと考えていただいて差し支えないだろう。

 計測地点については、事前にイー・モバイルから情報をもらった推奨エリア2カ所(新宿サブナード、新宿小田急サザンタワー前)、さらに本サービスの対応エリアに含まれていた六本木ヒルズ、筆者宅(東京都狛江市)にて計測している。なお、新宿サブナードは地下街となるため、WiMAXはサービスエリア外だった。

 まずは、インターネット上の速度測定サイト「speed.rbbtoday.com」で測定した結果が以下のグラフになる。


 もっとも速度が得られたのは、新宿駅南口にある小田急サザンタワーの前で、最大6.67Mbpsをマークした。10Mbpsオーバーの報告もあるようだが、今回のテストでは10Mbpsを超える速度は残念ながら確認できなかった。

 とは言え、7.2Mbpsのサービス(今回は「D02HW」を使用)の場合に比べると、ほぼ倍の下り速度を実現できており、上位のサービスとしてのアドバンテージは確実にあると言える。実効でこれくらいの速度があれば、実用上は何の問題もない印象だ。

 また、WiMAXとも比較してみたが、下りに関してはどの地点でもイー・モバイルの21Mbpsサービスが上回っている。WiMAXの対抗と考えても、実力的には十分だろう。


新宿南口にある小田急サザンタワー前。近くの建物の上にアンテナが見えるので、恐らくそこに基地局があると考えられる

FTPと瞬間最大速度を計測

 続いて、FTPによるテストも実施してみた。なるべく大きなサイズのファイルを転送してみたかったのだが、今回はテスト時間の都合もあり、5MBのファイルを利用している。


 FTPの場合、連続したデータ通信になるため、速度が途中で上下したりすると、それが平均速度に大きく影響する。今回のテストでもこの現象があらわれたようで、全体的な速度はインターネット上の速度測定サイトよりも低くなっている。

 また、場所による違いもよく出ている。例えば、新宿ではイー・モバイルのサービスが有利だが、六本木ヒルズではWiMAXの結果がかなり良い。また、上りに関してもWiMAXの値がかなり良好となっている。

 ただ、瞬間最大速度という点では、イー・モバイルの21Mbpsサービスが優秀だ。50MBのファイルをFTPで転送しつつ、「TCP Monitor」を利用して瞬間的な最大速度を計測してみたところ、以下のように実効で5~6Mbpsの速度を実現できている。


 これらの結果を見る限り、筆者がテストした場所、そして時間帯においてという前置きは必要になるが、イー・モバイルの21Mbpsサービスは瞬発力に優れたサービスと言うことができそうだ。

 実際、今回実施したテストのうち、小田急サザンタワー前で計測した際の「TCP Monitor」上の速度グラフを以下に示す。緑のグラフが下りの速度を示しているのだが、右端の0から一気に速度が立ち上がり、その後、若干低下してから、徐々に速度を上げ始め、この時点での最大速度である760KB/s(約6Mbps)をマークしている。


小田急サザンタワーでの計測グラフ

 接続直後に一定の帯域が確保されバースト的にデータを転送。その後、リソースがいったん解放されて速度が落ち込むが、再び通信状況を見ながら、徐々に上限に達するまで速度が上がっていくというイメージだ。いずれにせよ、最大速度に達するまでには、一定の時間がかかるように見える。

 一方、新宿サブナードでのグラフも興味深い。大きな山と谷が交互に訪れるようなグラフを形成しており、最大は897KB/s(約7Mbps)をマークしているものの、低い部分は約1Mbps以下にまで落ち込んでいる。何らかの干渉が定期的に発生しているのか、他のユーザーと交互に帯域を割り当てているのかはわからないが、これも面白い変化だ。もちろん、一定の速度が常に保たれるのが理想だが、実際のフィールドではなかなかそうはいかないのだろう。


新宿サブナードでの計測グラフ

 参考までに、7.2MbpsのグラフとWiMAXのグラフ(いずれも小田急サザンタワー前)も以下に示す。7.2Mbpsは平均的に速度が一定に保たれているが、WiMAXはゆるい山なりとなった。


7.2MbpsのグラフWiMAXのグラフ

 また、各地点で計測した「RTT(Round Trip Time)」の値も掲載する。イー・モバイルのサービスは全体的にRTTが大きめだが、なぜか筆者宅、しかも21Mbpsサービスの場合だけ何度計測しても65msと極端に早い値となった。この値については参考程度に考えて欲しい。


フルスピードは状況が限られる

 以上のように今回のテストに限って言えば、イー・モバイルの21Mbpsサービスは確かに高速なサービスであるが、その実力を発揮できる状況は限られる場合もありそうだ。

 前述したように、21Mbpsを実現するしくみは、15のコード・チャネルの利用と64QAMにある。64QAMは電波状況が良好でなければ利用できない。恐らく、六本木ヒルズのケースはこれに相当するのではないかと考えられる。

 もちろん、例え64QAMが使えなかったとしても、QPSKを変調に用いた場合と同じ14Mbpsは実現可能だが、今度は混雑具合が大きな問題になる。限られた周波数帯を複数のユーザーで共有する以上、その資源は限られている。HSPAでは2msおきに帯域中のコード・スロットをユーザー数や状況に応じて割り当てるが、コードは最大16なので、このうちの15を利用するとなると、ほぼ占有に近い状況となる。

 つまり、21Mbpsという速度で通信できるか、どれくらいの時間、高い速度を維持できるかは、当然と言えば当然だが、基地局との距離や電波状況、さらには周りにどれくらい通信中のユーザーがいるかどうかがポイントになるわけだ。将来的に利用できる周波数帯域が広がれば状況は良くなることが予想できるが、現状は21Mbpsサービスの実力をフルに発揮できるケースは限られる。

 もちろん、同様の状況はWiMAXなどの他のサービスも同じだ。利用者が増えれば1人あたりの速度が低下するのは現状のサービスでは避けることができない。今後、モバイルブロードバンドの利用者はさらに増え続けるはずだが、そうなった際、各社がどこまでクオリティを維持できるのか、むしろそこに注目が集まるだろう。

 今回のテストでは残念ながら実効10Mbps超えを体験することはできなかったが、それでも実効で6~7Mbpsとなれば一般的な利用には十分すぎるほどの実力と言え、既存の7.2Mbpsのサービスに比べて潜在能力が高いことは確かだ。現状はまだエリアが限られることもあり、既存の7.2Mbpsのユーザーが乗り換えるのはまだ早いと考えるが、これからサービスに加入するのであればこちらを選んだ方が良いだろう。


関連情報

2009/8/4 11:00


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。