第354回:先行するWiMAXとどのように勝負するのか?
XGPの特徴をウィルコムに聞く
「マイクロセル」と「スマートアンテナ」、XGPの優位点として語られるこれらの技術が我々ユーザーにもたらすメリットは具体的に何なのだろうか。こうした点について、ウィルコムで次世代事業推進室長を務める上村 治氏に話を聞いた。
●XGPが持つ特徴とは
次世代事業推進室長の上村 治氏 |
10月に予定されているサービス開始まで、残り2カ月強と迫ってきたウィルコムの次世代通信サービス「WILLCOM CORE XGP(以下XGP)」。サービスの概要、およびすでに開始されているエリア限定サービスでのテスト結果については、本コラムでも以前にレポートしたが、上下対称で最大20Mbpsというサービスの実力は先行するWiMAXと比べてもまったく遜色のないレベルで、実際のフィールドでの実効速度でも5~7Mbpsほどの速度が確認できた(下表参照)。
特に上り速度が速いのが特徴で、先行するWiMAXのほか、HSPA/HSPA+などの3.5G系サービスとの違いが明確にあらわれている印象だ。
他の通信サービスとの速度比較 |
このような他のサービスと比較したときのXGPの優位性は、具体的にどのような理由から生まれているのだろうか。今回話を伺った次世代事業推進室長の上村 治氏は、「2.5GHz帯を利用したサービスに参入するにあたり、我々としては無線LANの延長となるWiMAXとは違うもの、WiMAXに足りないものを補えるようなサービスを目指し、PHSで培ったノウハウを活かしたXGPの開発を進めてきました」とその経緯を語った。
現状の2.5GHz帯は、UQコミュニケーションズの「UQ WiMAX」とウィルコムの「WILLCOM CORE XGP」が全国展開するサービスが存在する。参入時点でWiMAXの規格がある程度固まっていたことを考えると、参入後の展開はWiMAXを採用した方が有利には違いない。
上村氏はXGPと他のサービスとの違いについて、「XGPの特徴は、混み合ったところでもスピードが落ちにくいマイクロセルの技術にあります。他の方式では技術的な面でマイクロセルの展開が難しいということもありますが、このような話題はほとんど触れられてきませんでした」。
マイクロセルというのは、1つの基地局がカバーするエリアを小さくするかわりに、非常に高密度に配置していくエリア設計の方法だ。他の方式が1基地局で数kmの範囲をカバーするのに対して、マイクロセルの場合は100~200mの範囲をカバーする基地局を複数配置するエリア設計をしている。都心部などのユーザーが多いエリアの場合、マイクロセルの方が1局あたりが収容するユーザーが減るため、混雑に強いということになる。
●マイクロセルが実現できる理由
ではなぜ、他の方式では難しいマイクロセルをウィルコムのXGPでは利用できるのだろうか。
上村氏によると、「マイクロセルを実現する技術は、PHSでも培ってきたスマートアンテナと自律分散方式という2つがポイントになります。他のシステムでも狭い範囲に基地局を配置するこは不可能ではありません。しかしながら、電波の干渉などを考慮した非常に詳細な設計が必要になり、現実的には難しいと言えます。これに対して、我々の基地局は現時点において密接した配置でも動作しています」という。
実際、ウィルコムの都心部の基地局の配置を見ると、かなり隣接した地点に、しかも複数の基地局が配置されていることがわかる。
基地局イメージ(出典:ウィルコム発表資料) |
上村氏は加えて、基地局増設のフレキシビリティも特徴としてあげた。「我々のシステムの場合、混雑など必要な状況に応じて、基地局を追加することも簡単にできます。他のシステムの場合、基地局を増設する場所が仮に確保できたとしても、既存の基地局への影響が避けられませんので、状況をシミュレートして電波の方向を変えたり、出力を絞るといった調整が必要になりますので、簡単に基地局を増設するというわけにはいかないでしょう」と言う。
それでは、ウィルコムの基地局の場合はどうだろうか。上村氏は「XGPの場合、自律分散方式で基地局が自ら制御しますので、基本的には設置するだけでかまいません。もちろん、現実には若干の調整を実施しますが、何もせずに設置するだけでも動作させることは可能です」とのことだ。
このような自律分散による基地局自身の制御に加え、スマートアンテナによって端末が存在する方向に自動的に電波の指向性を調整することが可能となっている。このため、基地局同士が隣接した状況でも問題なく動作させることができるというわけだ。
なお、PHSはもともと固定電話のワイヤレス子機といった発想で規格が策定された経緯を持ている。このため、携帯電話と比べて出力が小さく、親機となる基地局をどこにでも設置する必要があり、マイクロセルを使って全国をくまなくカバーするために10年以上の時間を要している。
●基地局のキャパシティと速度
現状のモバイルブロードバンドサービスの中には、すでにユーザー数の増加に基地局側が対応できていない状況も見受けられる。今後、XGPが本サービスが開始し、ユーザーが増えた場合、具体的にどれくらいのユーザーに対応できるものなのだろうか?
上村氏によると、「1つの基地局がカバーできるユーザーのキャパシティは、考え方次第という面があります」という。どういうことかと言うと、「例えば、10MHz帯を20Mbpsで使う場合、極端な話、ユーザーが2人になれば半分の10Mbpsになり、4人なら5Mbpsで分け合うことになります。つまり、1つの基地局を何人で共有するかという話になりますので、我々が1つの基地局あたりどれくらいのユーザーを想定するかという設計、もしくは基地局側のパラメータの設定だけの話になります」とのことだ。
もう少し具体的に解説しよう。XGPでは10MHzの帯域を「OFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)」によって、9つ(各900kHz)のサブチャネルに分割する。また、「TDD(Time Division Duplex)」による時分割によって、5msの無線フレームを2.5msずつ、上りと下りのサブフレームに利用する。この2.5msのサブフレームは、さらに4つのタイムスロットに分割されており、このスロット単位でユーザーに帯域を割り当てる。
帯域の割り当てイメージ |
上図のように縦軸に周波数帯域、横軸に時間軸をとって図式化すると、細かな箱(PRUと呼ばれる)に分割されるが、このPRUがどれくらいユーザーに割り当てられるかで速度が決定されることになる。下りで言えば4つのタイムスロットをすべて使い、サブチャネルもすべて占有すれば20Mbpsのフルスピードが実現できるということになる。
ただし、現実には前述したようにユーザーでタイムスロットや帯域を分け合うことになり、その割り当てられた数によって1人あたりの速度が決定される。細かな違いはあるが、帯域や時間軸をユーザーで分け合うという考え方は他の通信システムでも同じだ(HSPAはCDMAでコード分割するがWiMAXはOFDMAを利用)。
しかしながら、ここで重要になるのが前述したマイクロセルが持つ特徴だ。1つの基地局がカバーするユーザー数が増えたとしたら、基地局を増やしてユーザーを分散させれば良いことになる。「既存のシステムは基地局の増設が難しいが、XGPであれば難しくはありません。また、隣接基地局である程度セルが重なり合っていますので、あるユーザーが複数の基地局にアクセス可能な場合であれば混雑している基地局を避けて、別の基地局に接続させることも技術的には可能です(上村氏)」とのことだ。
もちろん、基地局を設置するにはコストがかかるため、実際にどれくらいの基地局を設置し、どれくらいの品質を確保するのかは、企業的な体力と判断に大きく左右されるだろう。
●256QAMは現実に利用可能か。MIMOの導入は?
先ほど、10MHzの帯域を1ユーザーが占有できれば20Mbpsが実現できると述べたが、実はこれにはもう1つ条件がある。それは、データを変調する際の方式として「256QAM」を利用するという点だ。
通信状況が良好な場合、高い変調方式を利用することで1度に多くのデータを伝送することができる。しかし、基地局からの距離が遠い場合や、基地局との間に遮蔽物がある場合、干渉波があるといった場合には、高い変調方式ではデータが正常にやり取りできないため、エラー訂正の符号化率を高めたり、変調方式自体を「64QAM」や「16QAM」、「QPSK」などに落とす必要がある。
それでは、実際に256QAMが使えるのはどれくらいの範囲になるのだろうか。上村氏に聞いてみたところ、「フィールドテストの一例では、基地局から400m前後という距離でも256QAMは使えています。ただし、実際には適応変調によって、状況によって変調方式が変更されます」と言う。
マイクロセルの設計は都心部では200m範囲となるため、256QAMの利用も現実のフィールドでは不可能ではないということになりそうだ。もちろん、256QAMが使えても、どれくらいの帯域が自身に割り当てられるか、あるいは周囲の障害物の影響もあり、256QAM=20Mbpsになるのは簡単ではない点には注意が必要だ。
このように品質という点では技術的な工夫がなされているXGPだが、それでもWiMAXの下り40Mbps、HSPA+の下り21Mbpsなどといったカタログ上のスペックで速度を見てしまうと見劣りしてしまうのも確かだ。
この対策として「MIMO(Multi Input Multi Output)」の利用が考えられるが、MIMOについて上村氏は「XGPを規格化するためのガイドラインにMIMOは含まれていますが、現状はまだ規格化の途中段階です。もちろん、将来的に利用することになりますが、サービス開始時点ではまだMIMOを導入する必要はないと考えています」という。
この背景には、カタログ上の速度に差はあるものの、実効では現状の技術のままでも他のシステムと同等以上の速度が実現できていることがあげられる。
上村氏は、「我々はPHSにて『SDMA(Space Division Mutiple Access)』という技術を採用しています。これはMIMOと非常に近い技術で、SDMAを同じ場所(端末)で使えばMIMOと同じ効果が得られます。SDMAはすべての制御を基地局側が実施しますが、一般的にMIMOは受信する端末側で制御する点が異なります。SDMAを採用して我々が実感したのは、このような空間多重の技術というのは、実際の利用が非常に難しいということです。環境的な条件がかなり整わないと実際には利用できませんが、その確率は極めて低いと言えます」とのことだ。
このため、「MIMOという技術の根本部分が今後さらに発展しない限り、実験室のような環境であれば話は別だが、実際のフィールドでは実用が難しい可能性がある」ということになる。このため、ウィルコムとしては、「急いで導入しても名前だけの存在になる可能性が高いため、優先順位は高くしていません(上村氏)」としている。
●対WiMAXの戦略
4月からのエリア限定サービスで提供している2種類のPCカード型端末 |
とは言え、カタログ上の速度がWiMAXの40Mbpsに対して、XGPは20Mbpsともなると見劣りする上、サービスとして先行し、しかも内蔵PCなどまでラインナップするWiMAXとの戦いは厳しいものがある。
上村氏としても、先行されている不利はあるにしろ、XGPの対応機器などに関してはラインナップや価格で大きく劣ることはないと考えているようだ。「XGPはWiMAXと同じ部品を使えることもあり、端末ベンダーとの話し合いも順調に進んでいる。現状のエリア限定サービスではPCカードタイプのみだが、USBアダプタなど開発することもさほど難しくない上、価格的にもWiMAXと同レベルにすることも不可能ではない」と言う。
一方で、WiMAXにはないXGPならではのポイントとして規格の柔軟性という点もあげた。「XGPの規格は『XGPフォーラム』によって策定していますが、この仕様を状況に合わせて改善することは、我々の努力によって比較的短期間にできます。WiMAXはグローバルな規格であることが1つの強みになっていますが、規格の自由度という点では、グローバルであるが故に、国内の事情は特殊例としてさほど考慮してもらえない可能性があります(上村氏)」。
ウィルコムは、これまでにも同様のことをPHSで実施してきている。都心部の超過密な状態での通信、限られた帯域を極限まで利用する方式などは、まさに日本の事情が如実に反映された規格とも言える。もちろん、その善し悪しについては議論があると思うが、単純にグローバルな規格だから良いという図式だけでなく、クローズドと言うと言い過ぎだが、PHSやXGPは日本発の技術であるメリットがある点も認識しておいても良いだろう。
●マクロセルでもサービスを展開
最後に、サービス全般について尋ねてみたが、正式なサービス開始時期やサービス提供エリア、料金体系、MVNOなどについては現時点ではまだ発表できないということだった。
なお、サービス提供エリアに関しては、前述したようにマイクロセルが話題になることも多いが、7月の「WIRELESS JAPAN 2009」で喜久川政樹代表取締役社長が講演したように、郊外では他の通信システムと同様な数km単位でのマクロセルによる展開も検討されている。
上村氏によると、「すべてのエリアでマイクロセルを設置する必要がないと考えています。例えば、郊外は数km単位のマクロセルで基地局を設置し、住宅地ではもう少し狭め、都心部では100m単位など、フレキシブルに対応したいと考えています。場合によっては、数km単位のマクロセルでサービスを開始し、混雑状況やユーザー増などによって、セルを狭めていくという方法もあります」とのことだ。
このような柔軟なエリア展開ができるのも、そもそも自律分散が可能なXGPならではの特徴と言えそうだ。もちろん、都市部の設置だけでも相当なコストが必要かもしれないが、すべてのエリアでマイクロセルを展開する必要がないのであれば、少しは資金的な心配も軽減されるだろう。
いずれにせよ、XGPは技術的には優れた面を持つサービスと言える。あとは、XGPが持つ技術や品質をいかにユーザーに理解してもらうかがカギになるだろう。
関連情報
2009/8/11 11:00
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