10代のネット利用を追う

女性がコンピューターサイエンスを学ぶきっかけに、女子中高生を対象としたGoogleの取り組み「Mind the Gap」

 Googleの「Mind the Gap」という活動をご存知だろうか。これから進路を決める女子中高生を対象に、ソフトウェアエンジニアの仕事の魅力を伝え、情報科学を学ぶ意義を伝えるために行っている取り組みだ。2008年にGoogleのイスラエル法人で誕生し、これまでに日本やブラジル、ポーランドなどさまざまな国で実施されている。

 日本では2014年に開始され、本記事執筆時点で30校・2368名の女子学生と177名の教員が参加している。口コミのほか、Mind the Gapのウェブサイトを見て応募が来る例もある。東京・六本木にあるGoogle日本法人のオフィスで実施されるため、都心の私学における中学3年生から高校1年生くらいの参加者が多い。参加校の生徒の中から、「初めてコンピューターサイエンスを目指す学生が出た」という報告もあるという。

 8月中旬、豊島岡女子学園(東京都豊島区)の中学3年生と高校1年生が参加して行われたMind the Gapのレポートとともに、日本でMind the Gapを統括するXinmei Cai氏の考えをお伝えしたい。

自由で可能性に満ちたコンピューターサイエンス

 当日はまず、Googleの社員が実際に働いているオフィスを見学。Googleは徹底して社員が集中して働ける環境を用意していることで知られる。生徒たちは、「いろいろなところに飲食できるスペースがあっていいなと思った」「海外の人が多くて、普段コミュニケーションする機会がないのでいいなと思った」などと感想を述べていた。

 次の「マイ・ストーリー/Q&A」コーナーでは、Googleの女性社員が登場。同じ豊島岡女子学園の出身という、検索に関する仕事をしている長崎あずささんが、Googleにおける働き方について紹介した。

長崎あずささん

 まず、フレックス制で働き方の自由度が高いことを紹介。午前は自宅から会議に出て、会社には午後から来る人もいるという。服装も自由で、長崎さんは「例えばサンダル姿もOK」と自分の足元を示した。仕事はチームで行い、世界中どこでも同じように仕事ができる。Googleは福利厚生が充実しており、「産休をとった後、復職する女性がとても多い」という。「情報系の仕事は腕力もいらないし、ライフスタイルも自由で楽しい」。

 長崎さんは、「コンピューターを使って日々の生活を便利にすることはすべて“情報科学”」だとして、ロボット掃除機のルンバ、LINE、顔認識機能、コンピューターグラフィックの画像などを具体例として紹介。情報科学とは、コンピューターを使って何かをする学問全般であり、「世界にはコンピューターが役に立たないことの方が少ない」。

 そこで、「育休中にもかかわらず自主的に開発してしまう」という女性社員の例を紹介。ある時、ルンバが苦手で泣いてしまう幼い息子に対して、「ルンバと息子を仲良くさせたい」という目標を立て、問題解決をした。怖がる理由に対する仮説を立て、克服するための方法を考え、実行に移す。その結果、無事にルンバと息子が仲良くなれたという。

 「情報科学は面白そうと思った人」という質問に対して、約半数くらいが手を挙げていた。「“情報科学”とか“コンピューターサイエンス”というと難しいと思う人が多いが、実際は何を題材にしてもいいし、すごく多くの人の役に立てる。」(長崎さん)

 最後に、コンピューターの賢さについて、「猫くらい」「人間くらい」「人間を超えたエイリアンくらい」のどのレベルだと思うかについての質問があった。「エイリアンくらい賢い」と考える生徒が多かったが、答は「猫レベル」。現在のコンピューターの賢さはまだまだだし、検索サービスの能力もまだ十分ではない。けれど、長崎さんは言う。「将来的には自分が検索しなくても教えてくれるようになるかもしれない。挑戦すべきことはまだまだたくさんあり、夢や発展性がある」。

 Q&Aコーナーでは長崎さんを含む3名の女性社員が登場し、生徒たちの質問に回答した。「エンジニアとして仕事をする上で必要な資格は」「エンジニアになるには学部は決まっているか?」「1つのアイデアから開発するまでにどのくらいかかるか?」「会社に行かなければならない時間は?」「この会社に入って変わったことは?」など具体的な質問が多数あり、生徒たちの関心の高さがうかがえた。

 続いて、教育用プログラミング環境「Scratch」のワークショップが行われた。2、3人のチームごとにChromebookが配られ、マニュアルを見ながら、スプライト機能を使ってキャラクターを動かすプログラムを組んでいく。すべての動きを次々と試すチームもいれば、海の絵を描いてその中を泳がせるプログラムにトライしているチームもあった。集中してあれこれ試しては、失敗して笑い声を上げたりするなど、とても楽しそうな姿が見られた。終始、「あ、動いた」「えー、なんでこうなるの」と声が上がっていた。

「難しそう」という先入観が消えたという生徒たち

 Mind the Gapに参加した感想を生徒たちに聞いたところ、「思ったより難しくなくて、いろいろ体験できて楽しかった」「意外と思ったより難しくなくて自分でもやれそうと感じた」など、「難しそう」という先入観が消えたという生徒が多かった。

 そのほか、「実際に働いているところを見たり話が聞けて楽しかった」「エンジニアの人は、自由な環境の中でいろいろ作っているんだなと感じた」など、「楽しかった」という意見も目立った。

 「(エンジニアの仕事に)興味が高まった」「もともと興味があったけれど、さらに興味を持った」など、仕事として興味を持った、興味が高まったという生徒も多い。

 一方、引率の教員は、「生の声が聞けていろいろな体験ができたのがよかった。生徒たちの食い付きも良くて、アイデアはあるけど技術がついていかない感じだったので、もう少しやったらもっと楽しそう」といった感想を語ってくれた。

手探り状態で始めた「Mind the Gap」の取り組み

Xinmei Cai氏

 日本におけるMind the Gapは、Xinmei Cai氏がその存在をイスラエルの同僚に聞いて感動し、「日本でもやりたい」と考えて始めたものだ。初回は、Googleの社員の子供たちを招いてトライアルをやってみた。ある社員が子供を2人連れてきたが、兄の方は興味を示さなかった一方で、6歳の妹は興味を持って帰宅してからもプログラミングに熱中。Mind the Gapの取り組みに対する確信を深めたという。

 しかし、学校へのアプローチ手段が分からず、社員たちに「母校に連絡してほしい」と依頼し、資料を作ってアプローチした。当初は何をやるのか分かってもらえず、半数くらい断られたこともあったが、「面白い」と言ってくれた先生たちと進めていった。

女性のエンジニア職の割合を増やしたい

 「Googleでも、会議室に女性は私1人だけということもある。技術職を選ぶ女性はまだまだ少ない」と、Xinmei Cai氏は言う。Google全体における社員の女性比率は31%であり、技術職に限ると19%にまで減ってしまう。「男性と女性は人口比では半々なので、2対8というのはどうか。いろいろなバックグラウンドの人がいる方が面白いイノベーションが生まれるはず」。

 女性が増えることで、女性がコミュニティの中で例外ではなく普通に振る舞えるようになると予想される。そこには女性のリーダーが少ないという問題もある。しかし、「女性の割合が増えていくことでロールモデルとなる女性が増え、見習うことができるようになる」とXinmei Cai氏は考える。

 Googleがとりまとめたレポート「女性が情報科学を専攻するきっかけ」(2014年5月)によると、女性が情報科学の学位取得を目指すかどうかは、主に以下の4つの要因によって決まる傾向にあることが分かっている。

  • 社会的な奨励:情報科学分野に進むことに対する、家族や仲間からの積極的な応援。
  • 自己認識:パズルや問題解決への関心やそのようなスキルが事業の成功につながるという考え。
  • 情報科学と接する機会:情報科学に関する体系的な授業(学年別の勉強など)、非体系的な授業(放課後プログラムなど)への参加の機会。
  • 職業の認識:情報科学への理解と、情報科学が多様な応用性と社会にプラスの影響を与える大きな可能性を持つ職業につながるという認識。

 例えば、Mind the GapのScratchワークショップは、このうちの“自己認識”を高めるために行っている。やってみることで、「意外と好きかも」という発見がある可能性もある。オフィスツアーは、女性がフロアで実際に働いていることを実感したり、どのような仕事をしているのかを感じてもらうために行っている。Mind the Gapは、“職業の認識”を高めたり、“情報科学と接する機会”にもなっているのだ。

 Mind the Gapでは、「2時間半というわずかな時間の間に、生徒たちの考えが驚くほど変わる」という。どのセッションでも、最初は会場に静かに入ってきた生徒たちが、徐々に盛り上がって変わっていくのは同じだ。アンケートで「難しいと思っていたが楽しかった」という感想があがるのも共通だという。

コンピューターサイエンスは、道を開く鍵

 Xinmei Cai氏は、これまでに2300名以上の女性がMind the Gapに参加してくれたこと自体には満足している。しかし、現在は東京近郊限定のようになってしまっていることは課題としてとらえている。そこで、東京以外の人たちにも届けたいという思いで、YouTubeでMind the Gapを紹介する動画を公開した。さらに、その先の人たちにMind the Gapを届けるにはどうしたらいいのかという問題に取り組んでいるところだ。今後、NPOや学校、先生などのパートナーとの協力も考えている。

「Mind the Gap」を紹介するYouTube動画

 「コンピューターサイエンスに関する問題は日本全体の課題」とXinmei Cai氏は考える。オーストラリアでは、コンピューターサイエンスを紹介するパンフレットが高校生全員に配られているという。両親がそのような職業自体を知らない場合が多く、応援してもらうのが難しいため、両親を教育する目的があるというわけだ。さらに「自分の子供を医者や看護師にと望む親が多いが、メディアの中で職業がどう描かれているかが影響しているのでは。アニメなどで女性エンジニアがヒーローとして活躍したら印象が変わるかもしれない」とも考える。

 「コンピューターサイエンスは今後、いろいろな道を開いてくれる鍵。自分の味方になってくれるスキルセットだと思うので、興味を持っていただけたらうれしい。」(Xinmei Cai氏)

 女性がコンピューターサイエンスに興味を持つきっかけを作ることで、先入観によって最初から排除してしまっていた層にリーチできる可能性を感じた。

高橋 暁子

小学校教員、ウェブ編集者を経てITジャーナリストに。Facebook、Twitter、mixi などのSNSに詳しく、「Facebook×Twitterで儲かる会社に変わる本」(日本実業出版社)、「Facebook+Twitter販促の教科書」(翔泳社)など著作多数。PCとケータイを含めたウェブサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持ってる。http://akiakatsuki.com/