10代のネット利用を追う
商業高校に「電子商取引」科目が登場、学習指導要領の改訂で2013年度から
高校生が作るECサイト、先行実践校も
「高等学校学習指導要領」が改訂され、商業科において「電子商取引」が登場する。今回は同科目の概要を確認するとともに、この新学習指導要領の施行に先行してECサイト構築・運営の実践的な授業を取り入れている埼玉県立岩槻商業高等学校の事例をレポートする。
埼玉県立岩槻商業高等学校 |
●商業科の専門科目は20科目に、「文書デザイン」は「電子商取引」へ再構成
高等学校の新学習指導要領はすでに2009年3月に公示されており、2013年4月の入学生から適用される(一部教科では2012年4月入学生から)。文部科学省のサイトでは、新学習指導要領をはじめ、改正のポイントや新旧対照表、改訂の背景や狙いなどについて説明した資料などを公開している。
2010年1月付で公開した「高等学校学習指導要領解説 商業編」(以下、「解説」)によると、商業科の専門科目は、現行の17科目から3科目増の20科目へと再編成された。改訂後の科目は「ビジネス基礎」「課題研究」「総合実践」「ビジネス実務」「マーケティング」「商品開発」「広告と販売促進」「ビジネス経済」「ビジネス経済応用」「経済活動と法」「簿記」「財務会計I」「財務会計II」「原価計算」「管理会計」「情報処理」「ビジネス情報」「電子商取引」「プログラミング」「ビジネス情報管理」となる。
「商品開発」「ビジネス経済」「管理会計」「ビジネス情報管理」の4科目を新設する一方で、従来の「商業技術」と「英語実務」が「ビジネス実務」へと整理・統合された。このほか3科目が名称変更、そして従来の「文書デザイン」という科目に代わるのが「電子商取引」ということになる。「情報通信ネットワークを活用したビジネスの広がりに対応するため、主としてインターネットを活用してビジネスを行うことに伴う様々な課題に適切に対処し、情報通信技術をビジネスの諸活動に応用する能力と態度を育てる観点から」(解説)、「文書デザイン」の内容を「電子商取引」へと再構成したという。
新旧科目対照表(「高等学校学習指導要領解説 商業編」より) |
●「情報通信技術を電子商取引に応用する能力と態度を育てる」ことが目標
従来の「文書デザイン」は、「広報活動に必要な文書に関する知識と技術を習得させ、各種メディアで作成した情報を統合させることの重要性について理解させるとともに、ビジネスの諸活動において情報を効果的に発信する能力と態度を育てる」(現行の学習指導要領)ことを目標とし、以下の5項目で構成されていた。
1)広報活動と文書
2)図形ソフトウェアの活用
3)マルチメディアの活用
4)情報通信ネットワークの活用
5)プレゼンテーション
これに対して新しい「電子商取引」の目標は、「情報通信ネットワークを活用した商取引や広告・広報に関する知識と技術を習得させ、情報通信ネットワークを活用することの意義や課題について理解させるとともに、情報通信技術を電子商取引に応用する能力と態度を育てる」(新学習指導要領)こと。「プレゼンテーションに関する内容を『情報処理』に移行するとともに、電子商取引に関する課題や法規、ウェブデザインなど、電子商取引を推進するために必要な知識と技術に関する内容を取り入れるなどの改善を図った」(解説)としており、内容は以下の5項目になった。
1)情報通信技術の進歩とビジネス
2)コンテンツの制作
3)ウェブデザインと広告・広報
4)ウェブページと公開
5)電子商取引とビジネス
この科目の狙いとしては、「画像の作成・編集やウェブページの制作など、情報通信ネットワークを活用して商取引や広告・広報を行う知識と技術を習得させ、ビジネスの諸活動において情報通信ネットワークを活用することの意義や、情報の信頼性の確保や知的財産の保護などの課題について理解させるとともに、情報通信技術を電子商取引に応用する能力と態度を育てることにある」(解説)という。
なお、「指導に当たっては、情報通信ネットワークを活用した商取引や広告・広報に伴う課題について、具体的な事例を取り上げ、関係法規や情報モラルと関連付けて考えさせるとともに、利用者の立場に立ったウェブページを制作できるようにすること」(新学習指導要領)とされている。
つまり、オンラインショップなど、より時代に合わせた実践的側面が重視されたと考えられる。
それでは、こうした科目を導入することによってどんな効果が得られるのだろうか? 新学習指導要領の施行に先駆けて実際にECサイトの構築・運営の授業を開始している埼玉県立岩槻商業高等学校に取材した。同校ではどのように授業を行い、生徒の反応はどうだったのだろうか――。
埼玉県立岩槻商業高等学校が運営するオンラインショッピングモール「碧旻高く!岩商まなびや」 |
●営業から制作まで、すべて高校生が行うショッピングモール
岩槻商業高等学校校長の関根宏氏 |
埼玉県立岩槻商業高等学校では、「碧旻高く!岩商まなびや」(以下、「まなびや」)というオンラインショッピングモールを運営している。ポイントは、授業の一環として営業から制作までをすべて高校内で行っている点、そして、一般企業が出店しており、実際に商品を販売している点だ。
トップページには、商品の紹介動画が掲載されている。もちろん、通常のオンラインショップと同様、商品ごとにページが用意されており、詳細を確認できる。希望の商品を買い物かごに入れて注文すれば確認メールが届き、その後、出店企業と購入者が直接連絡を取る仕組みだ。決済は出店企業のサイトで行う。出店企業の紹介ページや商品の紹介ページにも生徒が登場し、手作りの温かさがこもったページとなっている。
同校のあるさいたま市岩槻区は、雛人形を専門にする人形の店が多数あり、「人形の町」として知られる。地域に根ざした学校作りを進めている同校ではこれまで、人形作りを授業に取り入れたり、地元の和菓子店・藤宮製菓と連携して和菓子の開発を手がけてきた実績もある。2011年度は学科の枠を超え、埼玉県立杉戸農業高等学校、埼玉県立越谷総合技術高等学校とともに新「埼玉ブランド」の菓子として柿のブッセとようかんを開発した。埼玉県教育委員会が主催する「実践的職業教育推進プロジェクト」の中の「商品開発力の育成」分野の取り組みの一環だ。
「まなびや」も、岩槻の町を活性化させたいとの思いから、まず地元企業の参加を呼びかけていった。同じく「実践的職業教育推進プロジェクト」の「販売力の育成」分野の取り組みとして、2012年1月にオープン。「まなびや」全体としてのコンセプトやページ構成は3年生が担当し、2年生は営業などの部分を担当した。3年生が社長、企画部長、総務部長などの幹部となり、2年生からも副社長や営業部長などの役職に就いて、組織的に取り組んだ。
「商業高校ではこれまでは簿記などが中心だったが、今後はネットビジネスなど新しいものに対応するべき時代が来ている。」(岩槻商業高等学校校長の関根宏氏)
なお、埼玉県立羽生実業高等学校および埼玉県立熊谷商業高等学校でも同プロジェクトの取り組みを実施しているが、実施方法は各校工夫しており、それぞれ個性があるという。
●教育の一環だが、企業がお金を出して出店していることへの責任も
岩槻商業高等学校教諭の辻本秀樹氏 |
今回取材した2年生が担当するのは、営業、事務手続き、取材、CM作成などだ。まだ2年生ということもあり、実際のウェブページ制作の多くは担当教諭の辻本秀樹氏が手助けをしながら行った。
ある生徒に、「まなびや」の特徴は何か尋ねてみた。「まず出店料が安いこと。楽天では出店料として月額1万9500円から10万円かかり、売上手数料も2~6.5%かかるのに対して、まなびやは、出店料が月額5250円かかる以外は売上手数料もかからない」という。「あ、それから僕たち高校生がやっていること」。その言葉の通り、「高校生の教育のためになるなら」と、教育的価値を見いだして出店してくれた企業は多いという。社長が同校のOBという縁で出店してくれた企業もある。
月額5250円といえども、企業にとっては費用をかけて出店している。「生徒たちには、お金を出して参加してもらうことの責任をよく伝えた」(辻本氏)。現在は11社が出店しており、このほかに数社が検討中。出店料はサーバー代の実費に相当するもので、年間のサーバー管理費は12社集まればまかなうことができるため、何とか赤字は回避できそうだという。
一方、「まなびや」での商品販売実績を見ると、前述の柿のお菓子は売れているが、他の店舗の売上はまだそれほど上がってはいない。しかし辻本氏によると、「まなびや」で直接購入しなくてもリアル店舗の来店者が「まなびや」のことを話題にしていたり、他のオンラインショップでの注文が増えたといった話も聞くという。通販ページが出来た時、「立派なものが出来た」と喜んでくれた企業もある。一度は「まなびや」への出店を断ったものの、出店した企業の話を聞いて興味を持ち、再検討すると言ってくれた企業もある。「まなびや」における直接の売上以外にも効果があるようだ。
●いちばん大変だったのは、出店企業獲得のための「営業」
辻本氏は生徒たちに当初、「どういうお店が電子商取引サイトに出店してくれるのか、自分で考えて営業に行ってごらん」と指示を出した。「岩槻と言えば人形」と考え、人形店を中心に回った生徒はすべて断られた。ネットだとすぐに在庫切れになってしまい、対応できないからだ。生徒にとっては意外だったという。トンカツなどの食べ物の店に「通販には向いていない」と断られた生徒もいる。
いちばん大変だったことは、多くの生徒が「営業」と答える。ある生徒は飛び込み営業、ある生徒は事前にネットなどで調べて電話でアポを取ってから訪ねたりと、それぞれのやり方で岩槻じゅうの店を回った。訪問する度に「まなびや」の概要や参加するメリットを説くが、1軒目で契約をとれた生徒もいれば、12軒目でやっととれた生徒、結局とれずに他の生徒のサポートに回ることになった生徒もいる。「生徒全員に成功体験を与えることはできなかったが、失敗体験は与えられた」(辻本氏)。
契約がとれた時のことを聞くと「本当にうれしかった!」と誰もが顔を輝かせる。畦道にミントを植えて害虫を寄せ付けない工夫をした「ミント米」を販売する米店、無農薬野菜や無添加化粧品などを販売する自然食品店などが快く出店してくれ、結果的に商品にこだわりのある優良店が集まった。
出店の契約がとれた後は、店舗とアポを取って取材に向かい、撮影したり必要な情報を聞き出す作業となる。店舗に訪れるのは学校の授業が終わった後が多いが、店舗の都合に合わせて休日に訪問した生徒もいる。「どうすれば見てくれる人が買いたくなるかを考えるのが難しい」と、商品説明文の難しさを語る生徒もいた。「営業で1カ月、制作で2カ月かかりました。もうすぐ完成です」(※2012年2月の取材時点)。
本授業の取材で、生徒が店舗で商品撮影を行っているところ |
●「電子商取引」の実践で成長する生徒たち
生徒たちは、この授業を受けてどう変わったのだろうか。やはりポイントは、まねごとではなく、実際にお金が動くビジネスにかかわれるという点だ。「生徒が自信を持てるようになった。外部の人と連携したり、いろいろな刺激も受けるので学べることが多く、成長している」(辻本氏)。
同校の生徒の半数は、卒業後に就職を希望している。「ネット通販などの仕事に携わるかどうかはわからないが、このような体験をすることで、勤めた先でなくてもネット上で商品が販売できるようになる。売る側の気持ちがわかれば多角的視点が持てる。これからは賢い消費者としてもそういう力が必要となるだろう」(辻本氏)。
現在の課題は、消費者が「まなびや」の各ページまでたどりついてくれていないことだ。露出を増やすため、近くのお寺で開かれている朝市のサイトにリンクを張ってもらったり、地元で活躍している人のホームページにリンクを張ってもらうなどの地道な努力を重ねている。
今後の継続も、課題の1つだ。この取り組みでは2年生と3年生が連携しており、取材時に2年生だった生徒で、3年生になっても引き続きやりたいという生徒も現れている。また、現在は出店企業が岩槻中心だが、今後は他の地域の企業にも拡大することを検討したいという。
「生徒ががんばっている姿が伝わるようなショッピングモールにしていきたい。電子商取引の技術はもちろん、コミュニケーション能力、課題解決能力、生きる力が身に付く授業でありたい。」(辻本氏)
同校では、この授業のほかにも電子商取引を体験できる授業として、楽天の「ネットビジネス体験教室:楽天IT学校」を実施している。2010年度は、楽天に出店する「草加煎餅ほりゐ」と同校がコラボレーション。ハバネロせんべいが混じっている「ロシアンルーレットせんべい」などの商品を企画し、実際に製造してもらって販売した。2011年度は、既存の商品を組み合わせ、年末商戦に向けたセット商品を考えた。楽天の社員が講師として6回来校。5回にわたってウェブページ作りを学び、6回目は販売実績などの効果検証を行ったという。どちらも実際にビジネスにかかわることができ、市場の反応が見えるところがポイントと言える。
辻本氏は、新学習指導要領に盛り込まれた「電子商取引」科目について、「ポイントは、ネットの向こうにいる消費者のことを考えなければならないということ。本校のように実際にオンラインショッピングモールを運営することはなくても、消費者を意識した授業展開の工夫が求められる」と述べている。
「楽天IT学校」の授業の様子 |
関連情報
2012/4/12 06:00
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