イベントレポート

Interop Tokyo 2017

イラストのエロ基準を判断するのがTwitterでいいのか? “場”の細分化による超巨大SNSからのパラダイムシフト

ITmedia・インプレス・日経BP・アスキーの編集者らが「マストドン」現象について座談会

 「ジャーナリスト座談会~マストドン現象と日本のネットの特殊性を考える~」と題したセミナーが、「Interop Tokyo 2017」で8日、開催された。今春、日本のIT界で大きな盛り上がりを見せたSNS「マストドン(Mastodon)」について、ウェブ媒体や書籍の編集者はどのように見ているか、意見を交わした。

激動の2カ月

 座談会の参加者は、アイティメディア株式会社の松尾公也氏(ITmediaチーフキュレーター)、株式会社インプレスR&Dの山城敬氏(NextPublishing編集長)、株式会社日経BPの山田剛良氏(日経テクノロジーオンライン副編集長)。モデレーターは、株式会社角川アスキー総合研究所の遠藤諭氏(取締役主席研究員)が務めた。

(右から)アイティメディア株式会社の松尾公也氏、株式会社インプレスR&Dの山城敬氏、株式会社日経BPの山田剛良氏

 日本でマストドンが注目されるきっかけとなったのが、4月10日に遠藤氏が書いた「ASCII.jp」の記事(『Twitterのライバル? 実は、新しい「マストドン」(Mastodon)とは!』)。これを受け、4月13日には「ITmedia」でもマストドンを取り上げた記事が初掲載された(『ポストTwitter? 急速に流行中「マストドン」とは』)。その後も、インスタンス(サーバー)へのアクセス集中など話題には事欠くことなく、6月8日の座談会当日までにはITmediaでマストドンの関連記事が91本にまで増加。松尾氏はこのうち70本ほどを執筆したという。

 マストドンのインスタンスは誰でも構築・運用することができる。日本国内では、イラストSNSの「pixiv」が運営する「Pawoo」の16万人、学生の個人運用を起源とする「mstdn.jp 」の13万人、ドワンゴが運営する「friends.nico」の4万人などが大手として知られるが、小規模なものも無数にある。また、マストドンは開発の拠点こそ欧州だが、ユーザーの大半は日本人とみられている。

 山城氏によれば、マストドンの生みの親であるオイゲン・ロッコ氏は1インスタンスあたりの適正ユーザー数を数千人、最大でも1万人程度とみているという。1つのインスタンスに膨大なユーザーが集まるのではなく、インスタンスの数自体が増えていくことのほうが開発当初の理念に近いようだ。ただ、ユーザー数が増えることは悪いことではない。マストドンの使い方をまず理解してもらい、その上で別のインスタンスに移るのもアリだと山城氏は指摘する。

 山田氏は、日本でのマストドン勃興初期にpixivやドワンゴなどの「企業によるインスタンス立ち上げ」が、注目度アップのきっかけに繋がったのではないかと分析した。

株式会社角川アスキー総合研究所の遠藤諭氏がモデレーターを務めた

イラストのエロ基準を判断するのがTwitterでいいのか? ニコ動は「倉庫」なのか?

 FacebookやTwitterのような超巨大SNSの登場により、人々のコミュニケーションが活発になった一方、大きくなりすぎたがゆえの弊害もある。例えば前述のpixivに投稿されるイラストの一部は、日本人にとっては特に問題のないものであっても、米国基準で見れば性的要素が過剰で、そのままTwitterへ転載するとアカウント停止にも繋がりかねない。そんな問題への対処から、(pixivによる自治が働く)Pawooという場を用意するに至ったとされる。

 また、ドワンゴとしては、ニコニコ動画などの自社サービスが「倉庫にされている」という問題意識があるという。ユーザーによるコンテンツは確かに集積されているが、そこへの誘導に使われるSNSが、結果として広告収益を独占するという側面があるためだ。とはいえ、一企業がゼロからSNSを立ち上げるには開発コストなどで課題もある。

 さらに松尾氏は、ネット上のコミュニティが実は地域や趣味によっても細分化されている実情を指摘。例えば“オタク”も、単純にひとくくりにできない。ニコニコ動画の中だけを見ても、アイドルマスター、東方、ボカロなどのジャンルがあり、それぞれのファンの間での交流も少ない。

アイティメディア株式会社の松尾公也氏

 山田氏は「仲間が話している中で(見ず知らずの)他人が入ってきてほしくないという気持ちは誰でもあると思う。でもTwitterではそこへ入られてしまい、それこそ拡散もする。マストドンであれば少数での話ができる。『そのインスタンス、どれくらい会員数いるんです?』といった(規模の追求の)問題にもならないだろうし、そこは大きなパラダイムシフトではないか」と述べた。山城氏も、マストドンでは“場”が分かれているため、フォロワー数の多い少ないはそれほど問題にならず、ゆるくコミュニケーションできるのも魅力とした。

「マストドン」での稼ぎ方

 マストドンは、クラウドファンディングで資金を調達しながら開発が続けられている。しかし、規模を拡大していく上ではビジネス展開も欠かせない。では、インスタンスの運営主が収益を上げる方法は果たしてあるのだろうか?

 この点について山城氏は「(マストドン自体で)マネタイズをしようという議論はひとまず置いておいたほうがいいのではないか」と話す。pixivを例にした場合ならば、イラストSNSという本業でしっかり稼ぎつつ、その一方でコミュニティ活性化のためにPawooを運営する――といった具合だ。。

株式会社インプレスR&Dの山城敬氏

 マストドンはオープンソース製品ゆえ、広告掲出は現状でも十分可能という。とはいえ、広告を出すインスタンスが仮にある場合、周りのインスタンスは連合を切ってもいい。ここはまさに自由な部分であり、広告の仕組みともフィットしづらい。山城氏は「例えばラノベ作品のファン専用のインスタンスを作ったら、それ自体顧客サービスにもなる。(中略)コンテンツに組み込まれたマーケティングツールとしてマストドンを使ってみては」と発言した。

 また、山田氏は「少なくとも現状では純広告は無理。ユーザーは少なすぎるし、広告代理店も『おいしい』とは思わないだろう。少なくとも半年後、1年後の話。むしろ今すぐできるのは企業のオウンドメディアではないか」と分析した。

オープンソースならではの進化を

 座談会の終盤、遠藤氏は「マストドンはTwitterに比べて規模が小さいが、それでもやはり2カ月でこれだけのユーザー数になるのはメチャすごいこと。今後マストドンはどうなっていくべきか」との質問が投げ掛けられた。

 1つの答えとなりそうなのが、オープンソースならではの多様性だ。「本家マストドンのユーザーインターフェース(UI)はかなりそっけないが、ロッコさん自身がそれが気に入っているそうで、利用者からの変更要望にはほとんど答えていない。しかし(プログラマー向けコミュニティ)の「Qiita」が運営するインスタンスは独自に開発してUIの色変えをしている。開発力のあるところが開発したものが、本家にもフィードバックされていくことになるだろう」(山田氏)。

株式会社日経BPの山田剛良氏

 松尾氏は「TwitterやFacebookは、アメリカのシリコンバレーで作られたもの。そこのルールに縛られてきたわけだが、必ずしも従う必要はないんだと、昨日の講演でロッコさんも宣言されていた(2017年6月8日付関連記事『「マストドンを作った理由」、生みの親のオイゲン・ロッコ氏が語る、Interopの基調講演に生出演』参照)。我々もそれに乗っていっていいのではないか。これは文化の衝突という意味でなく、もっといろんなアイデアを出せるだろうということ」と述べた。