イベントレポート

アドテック九州

予定調和では人は集まらない、武雄市長が考える「拡散するコンテンツ」とは

 デジタルマーケティングのカンファレンス「ad:tech Kyushu 2013(アドテック九州)」で6日、佐賀県武雄市長の樋渡啓祐氏と、ワタナベエンターテインメント会長の吉田正樹氏が登壇。武雄市にオープンして注目を集める「TSUTAYA図書館」などを引き合いに出し、「拡散するコンテンツ」をテーマにパネルディスカッションが行われた。

 以下、主な発言をまとめる。モデレーターは、日本コカ・コーラ在籍時にウェブサイト「コカ・コーラ パーク」を運営して、多くのユーザーをコミュニティ化した経験を持ち、現在は日本マイクロソフトに在籍する江端浩人氏が務めた。

ワタナベエンターテインメント会長の吉田正樹氏(左)と佐賀県武雄市長の樋渡啓祐氏

コンテンツ拡散のキーワードは「過ぎる」と「TTP」

樋渡:おはようございます。眠いでしょう。僕がしゃべるのは9分13秒です。眠っている方は眠っていただいていただいて結構です。図書館はおかげさまで多くの人が集まっています。僕らが目指したのは気持ちの良い空間、居心地の良い空間です。

 私たちはホームページをFacebookに切り替えたことで、今まで月間5万人だったアクセスが今は360万人に増えました。図書館も今までの5〜7倍の人が来ています。それはなぜか。デジタルもアナログも関係なく、気持ちの良い、居心地の良い空間だからなんです。

 図書館には子どもたちが多く来ています。春休み中に夕方4時、小学校4年生が決まって来て、スターバックスに入って「ドリップください」と頼んでいます。武雄の人たちはスターバックスをよく知らないでオートバックスと勘違いしている(会場笑)。ネタです。

 私たちはどのように市政を展開したか。僕らは組みます。例えばホームページだったらFacebookと組む。図書館だったらCCCと組む。病院(の民間移譲)ではリコールを食らいました。リコールは車と鹿児島の阿久根市長だけかと思ったら、僕まで食らいました。病院を民間移譲した時には、福岡の「池友会」という病院と組みました。

 僕は「過ぎる」っていうのは大事だと思っています。予定調和だと人は誰も集まってこない。あとは「TTP」ですね。「TPP」じゃありません。「徹底的にパクる」です。パクってパクってパクリ倒す。パクったら100の議論より1の実行。やりながら修正していって、空間でもネットでも気持ちのよい空間を作ろうと考えています。

視聴者を味方にしたければ作り手の顔を晒せ

吉田:こんなに市長が話が面白いとは。ぜひワタナベエンターテインメント来ませんか(笑)。私はお笑い一筋でやってきましたが、ずっとフジテレビでお笑い番組をプロデュースしてきました。最初は「ひょうきん族」でした。それから「笑っていいとも」、いいとも青年隊として歌い、踊ったこともありました。1つの転機は「笑う犬の生活」をプロデュースしたことでした。

 当時はコント不毛の時代と言われ、テレビがどんどんライトになっていった。そんな中で、「作り物がいい」と提案してコントをやることになったのです。当時1999年は2ちゃんねるが登場してBBSが栄えていた。その時に、実名で視聴者と対話をすることを思いつきまして。

 その前には、「踊る大捜査線」のテレビシリーズ時に「勝手BBS」が非常に盛り上がっていて、第2シリーズ、映画化という流れにつながった。これを横目に見ながら、「視聴者を味方に付けなければダメだ」と。それには作り手が顔を晒して、自分たちが何をしたいかの旗を立てる必要があると感じたんです。

 2005年には、検索数の変化は株価の変化と同じでヒットする予兆があるのではと思い、ヤフーから検索データをいただいて番組を作りました。そこでわかったことは、マスとネットの話題性はキャッチボールで、マスが取り上げるとネットが盛り上がる、ネットが盛り上がるとマスが取り上げる。どちらか一方では成立しないことがよくわかりました。

 ヒットの原点は何かというと、個人の発信力。秋元康が「カルピスの原液」となるようなコンテンツを作ると言いましたが、最初に「こういう考えでやりたいんだ」というプレゼンテーションをすることが拡散の力につながると感じています。

お題目を掲げるよりも見せつけろ

江端:コンテンツは自分だけでやるのではなく、コラボレーションが効果的だったようですが、今後も続けていきますか?

樋渡:次々に組みますね。図書館で組む成功例ができたので、あとは庁舎。建て替える時に窓口を全部やめにしようと。たらい回しの窓口をやめにして、居心地の良い空間を作る。

 僕らがやることはお題目を掲げることではないんです、国と違って。見せつけることが大事なんですね、地方自治体は。そこに前段階からうまくいろんな人の意見を取り込む仕掛けは重要だと思います。

吉田:武雄市図書館は、単に図書館をTSUTAYAにしただけじゃない。TSUTAYAの全店舗の中でも革新的。おそらくTSUTAYAの中でも安牌ではなかったパターン。六本木とか代官山とかセンスの良い土地柄ではなく、一番前衛の部分を武雄に持ち込んだ冒険と結果を出すことへのエネルギーを感じましたね。

革命は辺境からしか起こらない

樋渡:ズレですよね。やっぱり「武雄はどんなもんだ」となった時に、トップクラスのズレ感があればみんな来るし、ワサワサ感がいいですよね。来たら泊まらざるをえないですもんね(笑)。革命は辺境からしか起こらないと思いますよ。それが全国のロールモデルとなって広がることを考えると、九州は革命の発信地であるべきだと思いますね。

 補足すると、代官山(の蔦屋書店)を狙ったわけではないんですよ。そこにしかできないことをやろうと思ったんですね。例えば、地方に行くと箱物はすごく大きいんだけどオペレーションが悪くて居心地が悪い空間になる。そこにCCCのオペレーションを持ち込んだんですけど、いくつか地雷を置いたんですよ。

 まず、Tカードで本が借りられる。しかも、本を借りるとポイントが付くんですよ。これね、本当にCCCはすごく嫌がったんですよ。そんなこと言ったら絶対騒ぎになると。「僕は納めますから」といって余計騒ぎになったんですけど。TカードはTSUTAYAのTじゃなくてTAKEOのTですから(会場笑)。

吉田:新しいものは必ずサブカルチャーから来る。それを大衆が支持した時にメインカルチャーになるんです。例えば、笑っていいともでタモリさんが登場した時は、こんなサブカルな人が毎日お昼に出てるのはおかしいとみんな思っていた。しかし、30年の歳月を経て、すっかり日本のメインストリームになっている。

 武雄市図書館のセンスがいいと思うのは、本棚の上からライトを上から当てていること。そうすると本がかっこよく見えて借りたくなる。でも、絶対に今までの図書館であれば「本が黄ばみますから」と反対される。

樋渡:相当言われましたね。

江端:ちょっと流れも予定調和じゃなくなってるんですけど(会場笑)。

吉田:人間の気持ちをよくわかっている。かっこいいから借りたいんだもん。

ソーシャルの行動は「まとめサイト」で振り返っても一貫しているかが勝負

江端:タブーや常識に切り込むのは難しいと思いますけど、秘訣はあるのですか?

樋渡:無視しますよ。今回、文科省も散々言われましたもん。事務方がこまっていたので、全部無視しろと。

吉田:樋渡市長は単なる炎上マーケティングの人かなと思っていたんです。騒動を起こして話題にする。ただ、この点をつなげていくことが難しい。ネットの世界はログが残るじゃないですか。まとめサイトで読んだ時に一貫しているかしていないか。ここが勝負だと思うんですね。

 目立てばいいというネットの使い方もありますが、樋渡市長は点と点がつながって物語になっている。人は言っていることが変わるものですが、その瞬間に人は口を閉ざして急にTwitterの更新を止めたりする。悪い時、批判された時こそ反論し、首尾一貫していることがソーシャルに必要なことだと思います。

江端:点と点で一貫性を持ってストーリーになって伝わりやすくなるという。

樋渡:自分が間違いと思ったら非を認めてすぐに謝りますね。でも、謝りすぎていて気持ちがこもっていないと言われてます。

「横の公平性」がコンテンツをつまらなくする

江端:市長は個人でものすごく強いパワーを持って推進しているが、最近見ていると職員や市民も変わっていると傍から見ていて感じます。

樋渡:特に飲食店がものすごく変わりましたね。ちゃんと出せば、前年同月比で2割増とか数字が出るんですよ。僕らは感情じゃなくて数字を言ってあげるのが大事。がんばれとは言わない。やると2割伸びるとか誘い込むんですよ。誘い込んだ以上は僕らはその人達を徹底的にサポートする。

江端:飲食店はFacebookを活用しているのでしょうか?

樋渡:これは美味しい、伸びると思ったら、僕のTwitterで出すんですね。武雄市には「AERA」をパクっている市報があるんですが、来月号から「TERA」としようと思っていて、毎月1件だけ美味しい店を紹介するんですよ。そうなると、前年同月比200%増とかになる。お客さんも市報を見てきたよとなると、違うお店が載せてくれとなるんですね。

 これまで行政というのは、「横の公平性」ばかりを意識していた。AからDまでがあれば全部載せようと。こんなつまらないコンテンツなんて無いんですよ。だけど、僕らは「縦の公平性」を考えていて、AからZまでを順々に載せていこうと。そうするとことでコンテンツが光る。

 田舎の人は自信がないんですよ。東京や福岡と比べて消費者とのつながりがないから。人の数よりもイノシシの数が多いから。武雄ですよ、それは(笑)。そういう風に評価をされるのがあまりなかったんですね。評価されるとモチベーションが上がるし、じゃあ発信するとモチベーションが上がると、良い循環が地方は起こしやすいと実感していますね。

吉田:今まではそれを訴えて評価される手段がなかった。FacebookやTwitterは実は革命的ですよね。直接つながれるという部分では。でも、えこひいきするなと、文句を言われるんでしょうね。

樋渡:怪文書は山のようにもらう。市長辞める時に日本怪文書集を作ろうかなあと。もっとこう書けとか。市報をFacebookに乗せるとレスポンスがいい。だから写真や文章もこだわるんですね。良いコンテンツを出すと、東京であれ福岡であれ地方でも関係ないということがわかりましたね。

武雄市スタバが売り上げ全国6位の理由は「体感価格」

吉田:水を差すと、武雄市図書館のような存在はコンテンツ制作者側の人間にとっては大変。こんなに居心地の良い図書館があると、本が売れないのではないかと。

樋渡:ものすごく重要な論点で、人は居心地の良い環境だと買うんですよ。例えばスターバックスは1000店舗くらいあるじゃないですか。武雄の売り上げ6位くらいですもん。最高が2位で、平均して6位。武雄がですよ。TSUTAYA書店も売り上げは言えませんが、ものすごい数字を叩き出している。

 その理由には、体感価格があると思います。スターバックスは高いじゃないですか、高校生には。でも一番買っているのは高校生なんですよ。スターバックスの500円のラテがあっても、武雄の図書館で飲むと2000円くらいの体感価格がして買ってくれているのでは。

 本についても見放題なんですけど、良い本というのは買っていくんですね。ここで買っていくという気持ちを大切にしないといけないなあと思っています。図書館だからこそ売れなくなるというのは違うと思う。

江端:私もマーケティングをやっていて、ものを買う時にいくつかの基準があると思いますが、価格だけで比較して同じ性能を求めるのを上回るのは、そのものが与えてくれる情緒的な満足感といいますか、まさに心地よさが大きい。その場で買いたいという気持ちにさせてくれるというのはある。それはブランディングにもつながり、武雄市のブランドが図書館を成功に導いている。

批判に耐えられないコンテンツは残らない

モデレーターを務めた日本マイクロソフトの江端浩人氏

吉田:倒れないように頑張ってください。

樋渡:その前に刺されそうですけどね。

吉田:戦いですよね。個人が前面に立つ時代は応援団も多いけど反対者も多い。

樋渡:でも批判大好きなんですよ。批判がないとつまらない。このごろ追い風になっているのでつまらない。トヨタの張会長と話した時にすごく印象的なことをおっしゃっていて、批判に耐えられないものは残りませんと。トヨタのプリウスでも板金を1万回くらい叩くらしくて、零下40度と50度のところを走らせて、それに残ったパーツを使うと。批判に耐えられないものは残らないですからとおっしゃていて、それはそうだなと。

 地方にとって最大の悪は「無関心」なんです。マザー・テレサは「好きの反対は嫌いではなく無関心」と言いましたが、それは地方にも当てはまる。うちはお陰様でメディアが報じてくれていますが、報じられないと地方から離れていく。振り向かせるのはコンテンツとソーシャルネットワークの力だと思いますけどね。

江端:批判されるのは、そのことを考えてくれている証拠。好きになってくれるきっかけにもなる。

樋渡:批判って関心の表れのひとつなんですよね。批判されて「これは」と思うと修正する。そうすると、ものすごくファンになってくれる。だからスピードは最大の付加価値なんですよ。スピードは正義。同じことをやっていても2週間後だったら誰も振り向かないけど、瞬時に変える。瞬時に変えられなくても、「1週間後に変えます」とその時点でアナウンスするとものすごく好感度を持って受け入れられる。

拡散を逆算して作るコンテンツは失敗する

江端:今度ネット選挙が解禁されますが、何が変わるのでしょうか?

吉田:劇的に変わると思いますけれども、AKBの総選挙を見習っていただいてですね、投票率が高くなるようにしていただきたい。関心がない状況を解消するのがスタートだと思うんです。投票に行かないのは関心がない表れ。

樋渡:おかげさまで武雄市は投票率が80%を超えている。武雄市の状態がネット選挙で広がればいい。ネット選挙解禁後で大事なのは佐賀新聞や西日本新聞の力。ネットではあることないこと書かれる中で、冷静に新聞がきちんと書く。検証も含めて。僕は新聞の価値が上がると思うんですよね。見ている人は選択の幅が広がる。そうすると、新聞の果たす役割は劇的に変わると思います。

江端:今までの話を踏まえて、コンテンツは今後どうなるのでしょうか。

吉田:コンテンツ制作は必ず勝負であり冒険であるという覚悟を持つべき。逆に拡散するにはどういうコンテンツがいいかと、逆算で考えると迷路に入ってしまう。

樋渡:まったく同じです。ひとつ補足すると、自分がやりたいこと。自分が欲していることをサービスとして追求して提供することが大事。失敗を恐れない。失敗を恐れて無難な空間やコンテンツは絶対に淘汰されていく。

 最後に帰着するのは、自分が気持ちが良いということ。エゴを追求していく中で、間違いも多分にあり、外すこともあるので、それは柔軟に修正していく。編集力に加えて修正力が必要。それによってその場の最適解ができていく。それを九州のみなさんといっしょに作っていきたいと思っています。

【お詫びと訂正 19:30】
記事初出時、スターバックスの店舗数を「2000店舗くらい」としていましたが、樋渡氏の発言は「1000店舗くらい」でした。お詫びして訂正いたします。

(増田 覚)