開発者が語る初音ミクの魅力と創作者のための二次創作許諾制度
(左から)ヤマハの剣持氏、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤氏、産業技術総合研究所の後藤氏 |
情報処理学会創立50周年記念全国大会で10日、講演「CGMの現在と未来:初音ミク、ニコニコ動画、ピアプロの切り拓いた世界」が実施された。ボーカル作成ソフト「初音ミク」や動画コミュニケーションサイト「ニコニコ動画」の開発者ら4名が登壇。それぞれの立場からCGM(Consumer Generated Media)の現状を分析するとともに、その未来像について討論した。
今回の講演では4名の登壇者がそれぞれ20分ずつの持ち時間で講演。その後にパネルディスカッションを行う形式で進行した。なお司会は、産業技術総合研究所で「VocaListener (ぼかりす)」の研究を行う後藤真孝氏が担当した。
●初音ミクは「代用」から「目的」へ
剣持氏が示したスライド。「初音ミク」ならではのメリットが顕在化したことにより、肉声とは異なる用途が生まれたと指摘している |
最初に講演を行ったのは、ヤマハ株式会社 サウンドテクノロジー開発センターの剣持秀紀氏。「初音ミク」に導入されている音声合成技術「VOCALOID」の研究を行う立場から、「歌声合成がなぜ利用されるのか」を解説した。
剣持氏はまず序説として、機械式メトロノームと電子メトロノームの関係性を例示。「電子メトロノームは、機械式メトロノームが進化する形で誕生した。しかし当初は肝心の電子音が聞き取りにくかったり、かならずしも完全ではなかった」と説明する。
しかし、その進化の過程において、電子メトロノームはより複雑なリズムを打てるようになり、持ち運びもしやすくなった。また平行な場所に置かなくても使えるという新しいメリットも生み出された。メトロノームの主流は、いまや機械式から電子式へと移り変わった。
剣持氏はこの状況を初音ミクになぞらえ、「あくまでも機械式の代用品であった電子メトロノームが、進化を経てより積極的に使われるようになった。『歌ってくれる人がいない』という理由から初音ミクを使うのではなく、『初音ミクを使うとニコニコ動画で聞いてもらいやすい』『かわいい声なので単純に聞いていて楽しい』というレベルへ変化してきているのでは」と例える。“代用品”の境地を超え、すでに“目的化”されたというのが剣持氏の見解だ。
ボーカル作成ソフトには、設定値が同じであれば100%確実に同一の結果(歌声)を返すという、機械処理ならではの特徴がある。体調や心境によってもニュアンスが変化する人間の歌唱とは違い、つねに同じ品質の結果を得られることも、初音ミクならではのメリットだと剣持氏は語る。
一方、VOCALOID発展の方向性にはどのようなものがあるのだろうか。剣持氏はまずバリエーションの拡大を挙げる。講演中にはスペイン語版の音声デモを実際に披露し、英語版・日本語版以外にも研究開発が広がっていることを説明した。
また、話し声や朗読といった通常の会話を、音声合成によって再現する試みも行われているという。剣持氏は「音声合成の分野では、歌声と話し声はまったく処理が異なる別のものとして扱われる。しかし日常会話の中にも音楽的な口調はある。これらを譜面化することもいずれは可能かもしれない」と期待を示した。
初音ミクが知名度を上げたことにより、ボーカル作成ソフトの入門書やデータ集が出版されるなど、関連市場も拡大している。この状況下、音楽を聞く側だったユーザーが作る側に回る例も少なからず増えるはずだと剣持氏は分析。さらなる将来においては「新人歌手の声をとりあえずVOCALID化したり、合成音声による楽曲が増加して逆に生声が珍重されるようになる時代もありえる」と展望している。
●「安心して二次創作をしてもらうため」のライセンス制度
伊藤氏は、二次創作を誰もが自由にできることの重要性、それと相反する著作権とのバランスについて語った |
剣持氏に続いて、「初音ミク」の販売元であるクリプトン・フューチャー・メディア代表取締役の伊藤博之氏が、創作を語る上での前提事項となる「著作権」について解説した。伊藤氏は初音ミク誕生の背景には「もともとボーカル作成ソフトは極めて専門性が高い商品であり、誰もが買う製品ではない。そこで可愛らしいイラストなどを付加して声に顔を付けることで、コスプレや二次創作など“ネタ”としての盛り上がりを狙った」と語った。
こういった手法が奏功し、楽曲作成はもちろん、ファンによるイラスト、自主作成の3Dモデリングデータなど、初音ミクのキャラクター性に根ざした“二次創作物”も爆発的に増加した。
しかし、それらの原典となる初音ミクのパッケージイラストには著作権が発生している。法律を厳密に解釈した場合、イラストを書いてネット上などで公開したい一般ユーザーは著作権者であるクリプトンの許諾が必要となる。現に、問い合わせメールが大量に寄せられ、当初はその対応に苦慮したという。
初音ミクをもとにした創作活動は自由に行われるべきだが、著作権は商標権など違って自動的に発生する権利であるため、問い合わせが多数寄せられる状況を放置することもできない。そこでクリプトンは対応策として、初音ミク発売から4カ月後の2007年12月、個人ユーザーによる二次創作を部分的に許諾するライセンス条項を発表。宣伝・広告などへの転用を禁止する一方で、自由な二次創作を許可した。
伊藤氏は「二次創作でユーザーが盛り上がってくれることは、結果的に商品の販促にもつながる大変良いことだと考えている」と発言。二次創作物を投稿するための専用サイト「ピアプロ」を立ち上げた。ライセンス条項も「ピアプロ・キャラクター・ライセンス」としてより詳細に明文化し、非営利ながら対価をとる行為(同人誌の発行など)については頒布物の利用申請機能「ピアプロリンク」を別途設けた。
著作権の運用上、さまざまな制限のつく二次創作だが、その二次創作をもとにした三次創作、さらなる四次創作など、“N次創作”では許諾先への確認処理がさらに何重にも階層化してしまう。このため「ピアプロ」では、N次創作に関するルールについて投稿時に同意してもらい、確認作業を軽減するという試みも行っているという。
伊藤氏は「初音ミクをモチーフにした自作イラストをブログで公開するのは、法的にいえばグレーゾーン。しかしそういった心配なく、安心して二次創作をしてもらうためのライセンス制度」と、その位置づけを強調。積極的な創作活動を呼びかけた。「ピアプロ」についても、現在は初音ミクなど自社キャラクターの二次創作物だけを対象としているが、よりオープンな方向での展開を模索していきたいという。
関連情報
(森田 秀一)
2010/3/11 11:48
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