ネット配信のビジネスモデル確立に必要なものは、夏野氏らが議論


 19日に開催された「JASRACシンポジウム2009」の後半では、「ネット配信のビジネスモデルと権利処理システムの構築に向けて」と題したパネルディスカッションが行われた。NHKが動画配信サービス「NHKオンデマンド」を開始し、民放各局も動画配信サービスへの参加を勧めているが、こうしたサービスがビジネスとして確立するためには何が必要かといった議論が行われた。

PCだけのネット配信市場は「実は無い」?

関本好則氏
夏野剛氏

 司会を務めた慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授の中村伊知哉氏は、米国では2006年頃、日本では2008年頃からテレビ局などがインターネット上にコンテンツを配信しようという流れが活発になり、ユーザーの視聴行動なども含めて環境は大きく変化していると説明。こうした変化の中で、ネット配信の問題についてどのように考えているのかを、参加したパネリスト各氏に尋ねた。

 「NHKオンデマンド」を手掛けるNHK放送総局特別主幹の関本好則氏は、「NHKとしての意見ではなく、あくまで個人的な意見」と断った上で、「これまでの新しい放送の立ち上げと、ネット配信の立ち上げは随分違うと感じている」とコメント。「20年前の衛星放送の立ち上げ時には、まず受像器を買ってもらうためには何をすればいいかということから考えて、『ヘップバーン特集』『裕次郎特集』といった編成をするなど、とても自由な発想ができ、それが普及にも貢献した。一方、ネット配信の方はと言うと、PCはもう誰もが持っている。しかし、PCでコンテンツにお金を払おうという人は少なく、市場というものが実は無い状況だ」と語り、テレビやセットトップボックス(STB)などの対応が進まなければ、市場としては成り立たないだろうという感想を述べた。

 慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏は、「ユーザーサイドに立った議論が必要で、タイムリーに、リーズナブルに、きちんとしたコンテンツが出てくるのであれば、需要はある」とコメント。「タダの方がいいという人がいるのは確かだが、現在の価格付けが適当ではないのでは」という見解を示した。

 また、HDDレコーダーが売れていることからも、見逃し視聴についてはニーズがあるはずだとして、「このままだと日本では5000万世帯に全部HDDレコーダーが入るのではと思っている。1台5万円として、5000万台なら2.5兆円。それだけあれば放送局がサーバーを立てた方がいい」と主張。見逃しサービスからは収入は上がらないが、広告を出す側としてはきちんと視聴者にリーチできればテレビでなくてもいいので、広告をテレビと見逃しサービスの「コミコミでやればいい」という考えを語った。

日本で成功例と呼べるのは着メロぐらい、配信も世界展開を

伊能美和子氏
菅原瑞夫氏

 司会の中村氏は、ネット配信ビジネスの現状について、現在成功しているネット配信ビジネスは何かと質問。NTT研究企画部門担当部長の伊能美和子氏は、「成功の条件らしきものはわかってきたかなという段階」だとして、「ひかりTV」は今年度中に100万契約を突破する勢いだが、放送業界の関係者からすると1000万単位でないと成功とは見なされないのではないかと説明。また、今後はテレビ放送の再送信だけでなく、双方向ならではのコンテンツが出てくることに期待したいと語った。

 関本氏は、世界的に見た場合の放送局の成功例と呼べるのは、BBCの「iPlayer」だけだろうとコメント。BBCはiPlayerで見逃し番組を視聴できるサービスを提供したことで、受信料が400億円程度増えるなどの効果があったとした。また、米国ではFOX、NBC、ABCなど大手放送局が参加した動画配信サービス「Hulu」が好調で、こうしたサービスはいずれも世界展開を狙ったフォーマット作りをしており、日本も海外にどのようにコンテンツを配信していくかが今後の課題だとした。

 夏野氏は、「一番の実績のあるデジタル配信ビジネスは着メロだと思う」とコメント。夏野氏がNTTドコモ在籍時に着メロのビジネスを立ち上げた際は、レーベル各社から提供を断られたが、その後着メロ市場は爆発的に伸びたという経緯を紹介。こうしたビジネスは、「ユーザーサイドに魅力ある形で、どういうフォーマットにするかというのをまず仮定して、それを支えるビジネスモデルはどういうものかという考え方をしていかないといけない」として、「iモードが当初は月額課金モデルのみとしていたのも、都度課金は高く見えるため。ユーザーにリーズナブルだと感じてもらうため、当初はあえて都度課金は避けた」と説明。ビジネスモデルだけが先行して、ユーザーにとって面白くないものでは失敗するだろうと語った。

 JASRAC常務理事の菅原瑞夫氏も、「唯一の成功例は着メロだと思う」とした上で、一方では品揃えが増えることで管理コストも増えるという問題が出ていると指摘。また、放送番組のネット配信については、「民放全体の売上2兆円のうち、1割でも来れば2000億円になるという考え方では絶対失敗すると思う」として、放送波を単に置き換えるものではなく、新たなビジネスをどのように展開していくかを考えていく必要があるだろうと語った。

メディア、デバイスの使い分けは大事だが

司会を務めた中村伊知哉氏

 中村氏は、テレビ、PC、携帯電話の「3スクリーン」を使いこなすユーザーが増える中で、どの機器への配信ビジネスが本命視されるのか、あるいは連携をどのように考えていくのかと質問した。

 菅原氏は、「AかBかではなく、メディアによる使い分け、コンテンツによる使い分けが必要。小さい画面向けのコンテンツなど、メディアの特徴に応じたコンテンツが工夫されていくことで面白くなるのでは」と語った。

 夏野氏は、「便利な新しいメディア、ツールが出てくればユーザーは使うし、状況に応じて使い分ける。それを前提にした方がいい」とコメント。また、メディアやデバイスに応じたコテンツの作り分けについては、「このメディア向きのコンテンツは、という前提を逆に考えすぎなのでは。たとえばアニメならどのメディアでも展開できる。作る側はもう少し方の力を抜いてもいいのでは」と主張した。

 関本氏は、「NHKだからということもあるが、NHKオンデマンドを主に見ているのは40代男性。一方でNHKのテレビを見ている人は60代70代が圧倒的に多い。ユーザーにとって使いやすいというのは、若い人、メカに強い人と、そうでない人ではまた全然違う」として、「コンテンツにお金を払おうという人がどれだけいて、その層に使いやすいものを考えていかなければいけない」と語った。

 伊能氏は、「コンテンツは作っている側の思い込み、こうあってほしいという考えに縛られている部分があるかもしれない。自分自身は、テレビはHDDレコーダーに録画して見る、事実上のVOD状態になっている」として、タイムシフトやプレイスシフトなどのニーズを満たす形でのサービス展開が望ましいとした。

ネット権、日本版フェアユースについては懐疑的な意見も

 ネット配信で問題となる権利処理について、NHKオンデマンドを手掛ける関本氏は、「ドラマなどプロが作っているものよりも、ドキュメンタリー系などの出演者に許諾を得るのがものすごく大変だ」という状況を説明。また、「ネット配信はお断り」と言われればあきらめるしかないが、支払う金額の折り合いが付かないこともあり、著作権管理団体などで指針が示されている場合はいいが、そうでない人にもガイダンスのようなものがあると交渉がしやすいと語った。

 コンテンツ流通促進の観点からは、ネット権やフェアユースといった法整備の議論も上がっているが、菅原氏は「マルチユースは素晴らしいという仮定の上で、そのためにどうするかということが議論の出発にあったように思うが、それが見る人、聴く人にとってどれだけのニーズがあるのかといった話は十分でない」と指摘。

 関本氏も「ネット権は、肝心な所が煮詰まっていないので賛成できない。ネット権の考えでは、たとえば出演者と『ネットには出しません』という契約を結んでいたらどうなるのかと聞いたら、それは契約が優先するという。それなら今までと変わらない。フェアユースも、頭に『日本版』と付くフェアユースは、ベンチャー育成と言ったり、米国より厳しいものだと言ったり、人によって説明が違い、よくわからない」と語った。

環境の変化に対応する政策、ビジネスを

 中村氏は、「やはりビジネスを作ることではないか。たとえば、着うたのサービスを実現するために著作権法を変えたりはしていない」と語り、法整備の議論よりもビジネスを立ち上げることの方が重要だと指摘。また、中村氏はダビング10の調整に関わってきたが、現在でも補償金の問題を巡って権利者側とメーカー側が対立するなど、「霞ヶ関の地盤沈下という部分も感じている」とした。

 こうした中で、中村氏が政権交代に期待することを夏野氏に尋ねると、「民主党でも自民党でも構わないと思っているが、政権交代で感動したのは、羽田と成田の話のように、みんながおかしいと思ってたけど言い出せなかった話が言えるようになったこと。そういう話は通信と放送の間にもたくさんある。ぜひ今までの規制の見直しをしていただきたい」とコメントした。

 夏野氏は、「世界の環境も変わっている、ユーザーの行動も変化している、あらゆることが変化している。そういう変化を認めたくない人もたくさんいるが、変化しないと日本が世界から遅れていくだけ。もっと変わっていかなければ」と主張。菅原氏も、「変化はどんどん来ている。業界はもうそのど真ん中にいる感じ。JASRACがコンテンツを作るわけではないが、政府のサイバー特区などにも参加して、どういうトライアルができるかということを考えている。どうすればユーザーが楽しく豊かなコンテンツに接することができるか、確定的なモデルはないが、現実的なトライアルにJASRACとしても取り組んでいきたい」と語った。


関連情報

(三柳 英樹)

2009/11/20 13:50