インタビュー

三井住友FGが取り組むデジタルイノベーションとは? 「目指すのは、明日の金融にサプライズを起こすこと」

APIの公開やスタートアップを含めた連携、そして渋谷へのイノベーション拠点開設など……

三井住友フィナンシャルグループITイノベーション推進部部長代理の平手佑季氏

 三井住友フィナンシャルグループが、デジタルイノベーションに積極的に取り組んでいる。

 2015年10月には、ITイノベーション推進部を設置。金融関連技術を用いたイノベーションをグループ横断的に推進。「目指しているのは、常に新しい顧客体験を創造し、明日の金融にサプライズを起こすこと」だという。すでに“フィンテック”による金融サービスを事業化。2017月9月には、オープンイノベーションの拠点を渋谷に開設し、企業や業界の枠を超えた取り組みを加速させる。

 同社は、10月3日から幕張メッセで開催される「CEATEC JAPAN 2017」の「IoTタウン」にも出展する予定であり、同グループのフィンテックをはじめとする最新の取り組みが展示される。三井住友フィナンシャルグループITイノベーション推進部部長代理の平手佑季氏に、同グループにおけるデジタルイノベーションへの取り組みについて聞いた。

グループ全体のデジタル化を進める「ITイノベーション推進部」を設立

――三井住友フィナンシャルグループは、デジタルイノベーションに向けてどんな姿勢で取り組んでいますか。

 デジタル化が進展する中、三井住友フィナンシャルグループは、IT戦略を重要な経営戦略の1つに位置付けています。

 お客様の利便性向上、新規ビジネスの創造、生産性・効率性の向上、経営インフラの高度化といった4つの側面から、さまざまな最新テクノロジーを取り込んだIT戦略を実行しているところです。

 世の中では、フィンテックに注目が集まっていますが、三井住友フィナンシャルグループでは、その領域だけにとどまらずに、グループ全体のビジネスをどう変えていくのかという視点で取り組み、新たなビジネスのあり方を模索しているところです。2017年4月には、CDIO(チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー)を新設し、グループ全体としてデジタライゼーションを加速しています。

――三井住友フィナンシャルグループは、2015年10月から、ITイノベーション推進部を設置していますね。この組織の役割について教えてください。

 2012年に、新たな技術の探索などを目的にした部門横断型プロジェクトチームをベースに、2015年に専門部署化し、ITを活用したイノベーションの実現に向けた活動を行っているのが、ITイノベーション推進部です。グループ各社のイノベーションへの取り組みを行う部門や担当者と連携しながら、三井住友フィナンシャルグループ全体のデジタル化やイノベーションを進めることをミッションとしています。未来の金融のあるべき姿を見据えた取り組みを行い、新たなアイデアや技術に対して、失敗を恐れずに挑戦すること、そして、外部パートナーとの積極的な協業を通じて、サプライズのあるイノベーション創出に取り組んでいます。掲げているスローガンは、「常に新しい顧客体験を創造し、明日の金融にサプライズを」であり、従来の金融機関の発想や取り組みにはとらわれずに新たなことに挑戦しています。

 また、北米やアジアなどのイノベーションの中心地に拠点を設けて、先進的な商品およびサービスの国内導入を図ったり、海外展開に取り組んでます。特に、米西海岸では、ベンチャーキャピタルやアクセラレーターなどと提携しつつ、2017年4月には「SMFGシリコンバレー・デジタルイノベーションラボ」を開設しました。これまでにも長年に渡って、シリコンバレーでのネットワークづくりを行い、FG全体としてStripeやSquareといったフィンテック企業との連携成果も上がっています。こうした実績をベースにしながら、先進IT企業が集積するシリコンバレーでの活動を強化しています。ITイノベーション推進部の約2年間の活動を通じて、イノベーションを起こしたり、新たな事業を作るための仕組みやプロセスがようやく出来上がってきたといえます。

ITイノベーション推進部のミッションは、三井住友フィナンシャルグループ全体のデジタル化やイノベーションを進めることという。同社サイトより。

――ITイノベーション推進部は、どんなスキルを持った人材で構成されているのですか。

 3分の1が三井住友フィナンシャルグループ各社の社員、3分の1がグループの日本総合研究所などに在籍していたシステム分野における経験を持つ社員、残りの3分の1がキャリア採用組になります。キャリア採用組が3分の1を構成する組織は三井住友フィナンシャルグループ各社の中でも異例ではないでしょうか。経営コンサルティングの経験者のほか、システムイングレーター、EC事業出身者など多様です。

 ITスキルや知識はベースとして持っているのは当然ですが、この組織に求められているのは、いままでの金融機関にはないスピード感や、新たな事象を逃さないアンテナを持つことです。ブロックチェーンはどんな用途で効果を発揮するのか、いまのAIはどれぐらい使えるのかといったことに対して、貪欲に知識を収集し、検証しながら、実用化を目指す役割を担っています。

 もちろん、安全であること、お客様の資産を守ること、信頼性を担保することは金融機関として大切なことです。しかし、そうしたこととは切り離しながら、新たなものに取り組むのが、ITイノベーション推進部の役割であり、むしろ、失敗することも必要なプロセスであるという認識を持っています。

外部との連携を強化、渋谷にオープンイノベーション拠点も開設

――ITイノベーション推進部では、具体的にはどんな取り組みを行っていますか。

 まずはシーズ探索などの調査から行い、可能性が感じられるものに対しては、PoC(概念検証)や実証実験を行い、事業化や実用化につなげるといった流れです。

 調査段階においては、Geodesic CapitalやWork-Bench Managementといったベンチャーキャピタル、Plug and Play、Entrepreneurs Roundtable Accelerator(ERA)をはじめとするアクセラレーターとの提携、ミートアップやハッカソンなどのイノベーションイベントの開催などを行っています。シリコンバレーだけでなく、ニューヨークの企業とも提携をしたのは、昨今、フィンテックに関する優れた会社が集まってきていることが背景にあります。そうした情報をしっかりと収集できるようにし、すでにいくつかの成果も出ています。アイデア発掘においては、デザイン思考やメンタリング、人材育成にも力を注いでいます。

 また、PoCや実証実験においては、ブロックチェーンやAI、IoTといった金融機関が重視する技術を中心に取り組みを進めています。APIにより外部サービスや機能と連携するための取り組みも進めています。ここでは、それぞれの技術分野に担当者を配置しながら、深堀できるような体制を整えています。すでに、国立情報学研究所や近畿大学などとブロックチェーンの共同開発をスタートしていますし、貿易分野におけるブロックチェーン技術の実証実験も開始しました。さらに、AIにもかなり力を入れており、ビッグデータをもとに分析することで、カード利用の不正検知を行ったり、顔認証技術を活用した決済や、リース案件における設備稼働可視化サービスも進めています。

 そして、事業化や実用化においては、金融領域におけるサービスの高度化のほか、これまでは事業領域としては捉えていなかった領域も視野に幅広く取り組む考えです。2017年3月からは、振り込み機能を含む法人向けAPI接続サービスを開始しており、さらに、5月にはPolarifyを設立し、生体情報を活用した本人認証プラットフォームの提供を開始しました。

 Polarifyは、NTTデータとアイルランドのDaonと共同で設立した会社で、海外のネットワークを活用してスタートした事業であること、さまざまな領域において活用されるプラットフォームビジネスとして展開できるという点で大きな成果だと考えています。顔や指、声などの生体情報を使い、パスワードなしで認証ができるアプリを提供しており、ユーザーと事業者をシームレスに結ぶことができます。すでに、三井住友銀行アプリで、この本人認証アプリが利用できるようになっており、Android版の提供を開始しています。9月にはiOS版の提供も開始しています。今後、この本人認証アプリを利用したサービスが広がるよう、取り組みを進めています。

 そのほかにも、2015年には、GMOと三井住友銀行が、SMBC GMO PAYMENTを設立し、決済代行ビジネスを開始したり、2016年にはブリースコーポレーションをNECと三井住友銀行が設立し、スマホを利用したコンビニ収納サービスを提供しています。このように、事業化につなげることを重視しているのがITイノベーション推進部の特徴であり、毎年のように新たな事業を生み出しています。これを、ますます加速させていきたいですね。

 2017年9月1日には、オープンイノベーション拠点“hoops link tokyo”を渋谷に開設し、これまでお話ししたような調査、PoC、事業化を推進する体制を強化します。これによって、我々の取り組みは新たなフェーズに入ることになります。ここでは、特定の会社を集めて、コワーキングスペースとして利用するようなものではなく、さまざまなイベントや企画を実施し、多くの企業に出入りしてもらい、その接点を通じて、新たなビジネスを生み出したいと考えています。三井住友フィナンシャルグループが持っているリソースを、スタートアップ企業や中堅・大手企業、NPO、官公庁や大学などに活用してもらいながら、新たなイノベーションを生み出したいと思っています。

 大手町は金融の中心地ですが、大手町に加え、渋谷という場に飛び込むことで、新たなビジネスの創出につなげたいと思っています。そして、三井住友フィナンシャルグループの海外ネットワークも生かしたいですね。国内外のさまざまなプレーヤーがフラットにつながりながら、新たなビジネスを生み出す場にしたいと思っています。私は、スタートアップ企業が登壇して、それを大企業が聞く、というような分けられた世界や、一方通行の情報発信というようなスタイルにはしたくないんです。さまざまな企業や組織が混ぜ合わさりながら、自由に、新たなビジネスを模索する場にしていきたいですね。まだまだやりたいことは山積しています。

財布を持たなくても顔認証で決済、「CEATEC JAPAN 2017」で認証プラットフォームをデモ

――三井住友フィナンシャルグループは、今年初めて「CEATEC JAPAN」に出展します。この狙いは何ですか。

 私たちが、新たな取り組みを開始するためには、外部の会社といかに協業できるかが重要になります。「CEATEC JAPAN 2017」に出展することで、多くの方々に三井住友フィナンシャルグループ各社がどんな取り組みをしているのかを俯瞰的に見ていただき、協業の可能性を検討いただくきっかけになればと考えています。

 ブースでは、三井住友フィナンシャルグループ、三井住友銀行、三井住友カード、SMBC日興証券、三井住友ファナンス&リース、日本総合研究所が出展し、それぞれの会社の取り組みを一堂に見ていただくことができます。こうした機会はなかなかありません。企業間取引でのビジネスチャンスを模索するだけでなく、個人ユーザーの方々にもサービスを知っていただける機会だと捉えています。実際に体感し、三井住友フィナンシャルグループの取り組みをご理解いただけます。

 実は、昨年のCEATEC JAPANで講演を行わせていただき、多くのメディアに取り上げられたり、講演後の名刺交換を通じて、新たな結び付きが始まったり、さまざまな情報を交換させていただくなど、ビジネスにプラスになっています。

 これだけの規模のIT関連イベントに三井住友フィナンシャルグループとして各社・各部の取り組みを出展をするのは初めてのことですが、CEATEC JAPANは、ITおよびエレクトロニクス業界だけにとどまらず、幅広い業界の方々が来場されるイベントであるという点を評価していますし、金融業界を問わず、世の中に対して広く情報を発信するという場としても有効だと考えています。

――どんな展示内容になりますか。

 1つはAPIの展示です。三井住友フィナンシャルグループのAPIに対する考え方を示す一方で、これらの公開されたAPIを使うことで、どんなことができるのかといったことを、実際に感じていただけると思います。各社のサービスに、金融サービスを組み込むと、こんなことができるというアイデアを、ぜひさまざまな業界の方々に検討いただくきっかけにしたいですね。

 また、Polarifyの生体情報を活用した本人認証プラットフォームの展示も行いますし、三井住友カードが実証実験を行っている顔認証サービスも展示します。財布を持たなくても、その場で決済できる様子をデモストレーションする予定です。

 そのほかに、農業と先端技術を融合した“アグリテック”の展示も行います。

 三井住友銀行などが秋田県で設立した農業法人「みらい共創ファーム秋田」や、日本総合研究所の農業分野での取り組みを紹介します。今回は、水田センサーや農作業支援ロボットの展示を予定しており、このようなフィンテック以外の領域の展示も行うことで、三井住友フィナンシャルグループ全体でのデジタライゼーションの取り組みをお見せできると考えています。

金融業界にとらわれない領域にも展開、“Society 5.0”実現に貢献

――今回のCEATEC JAPANの「IoTタウン」では、「Society 5.0(超スマート社会)をIoTで実現する」ことがテーマになっています。三井住友フィナンシャルグループでは“Society 5.0”をどう捉えていますか。

 1995年にWindows 95が登場し、2007年にiPhoneが登場するといった歴史の中で、人々が情報を入手する方法は大きく変化し、個人の情報発信も増えてきました。さらに、ここにきて、クラウドの活用が広がり、スマホを通じて生体情報や位置情報を活用したり、通信のさらなる高速化、AIの登場といった動きも出ています。

 こうした中で、スタートアップ企業が日本でも数多く立ち上がってきました。日本はもともと起業が少ないと言われていましたが、そこにも変化が起きています。新たなアイデアや新たな技術を使って、これまでにない事業をやりたいという会社が増えているのです。私たちは、そうした会社とも組んで、事業を推進していきたいという思いがあります。三井住友フィナンシャルグループのITイノベーション推進部は数十人規模ですから、そこでいくらアイデアを出しても限界があります。もっと広く連携をしていかなくてはならないと考えています。

――Society 5.0において、三井住友フィナンシャルグループはどんな貢献ができますか。

 いかにデータを取得し、それをいかに利用するか。そして、それによって、新たなビジネスへとどうつなげていくかといったことを考えています。金融機関のサービスでイメージしやすいのは、預金や送金・決済、融資といったサービスかと思いますが、世の中の変化を捉えたときに、三井住友フィナンシャルグループの各社がそれぞれの立場から、デジタライゼーションを幅広く捉え、外部の会社と提携しながら、お客様にとって価値あるサービスを生み出していきたいですね。

 例えば、先ほど触れたアグリテックは、非効率な農業の世界を変え、効率的に収益があがるための取り組みですし、設備稼働可視化サービスは、フォークリフトにセンサーを付けて、データを取得しながら、それをもとに新たなサービスの創出を目指しています。これは、デジタライゼーションによって、リースビジネスを変える取り組みの一例です。三井住友フィナンシャルグループは、金融サービスを核にしながらも、既存領域以外のサービス構築も視野に、Society 5.0の実現に貢献したいと考えています。