勇気あるISP募集? 児童ポルノのブロッキング、通信の秘密が壁


「児童ポルノ流通防止協議会」の事務局であるインターネット協会の国分明男副理事長(25日に行われた協議会の報告会で)

 有識者やインターネット企業、通信業界団体などが参加する「児童ポルノ流通防止協議会」(事務局:インターネット協会)は25日、「ブロッキングに関する報告書」をとりまとめた。

 「ブロッキング」とは、あらかじめリストアップされた特定のWebサイトやページ、ファイルの閲覧を、ISPが加入者の同意なく一律に遮断する手段。インターネットにおける児童ポルノの流通防止対策の1つとして注目されている。

 しかし、そのコンテンツを遮断するかどうか判定するには、ユーザーの通信内容の一部をISPが検知する必要があるため、電気通信事業法上の「通信の秘密」の侵害にあたる。児童ポルノは「人命に比肩する侵害」とされるほど重大な問題だが、仮にブロッキングにその流通を抑止する効果があったとしても、簡単に導入が認められていい類のものでもないという難しさがある。

 協議会では、有識者や弁護士、テレコムサービス協会、インターネット協会、日本インターネットプロバイダー協会、ニフティ、日本ユニセフ協会、ECPAT/ストップ子ども買春の会などのメンバーで構成する「ブロッキング検討委員会」を2009年7月から開催。ブロッキングの導入・運用コストやネットワークへの影響といった技術面、通信の秘密との兼ね合いについての法的側面の2点について検討してきた。

 報告書では、「DNSブロッキング」「パケットドロップ」「URLフィルタリング」「ハイブリッドフィルタリング」という4方式についての特徴や、児童ポルノではないコンテンツまでオーバーブロッキングしてしまう可能性など、課題点を整理。また、すでにブロッキングを導入しているノルウェー、英国、韓国のISPなどへの聞き取り調査も行い、ブロッキングするコンテンツのリストの取得方法、実際の導入コストや運用手順などの違いについても一覧表にまとめている。

 法的側面では、通信の秘密を侵害する行為にあたるブロッキングをISPがとることについて、「違法性阻却事由を見いだせるか」(報告書、P.18)が論点となった。

 ISPは、ある行為が通信の秘密の侵害に該当するとしても、これが刑法35条の「正当行為」、同36条の「正当防衛」、同37条の「緊急避難」にあたる場合には、違法性が阻却され、許容されるとされている。

 例えば、そもそもユーザーが目的のWebサイトを閲覧できるのは、パケットの宛先の情報をISPが取得して通信を成立させているからであり、業務上必要な正当行為として認められる。また、P2Pソフトなど特定のアプリケーションが使用する帯域を制限したり、迷惑メール対策としてIP25B(Inbound Port 25 Blocking)の措置をとることも、正常にサービスを運用するために必要な手段だとして、違法性が阻却されるとの見解を総務省が示している。

 一方、児童ポルノのブロッキングについては、これらと同様にISPの正当業務と見ることはできない。児童ポルノ防止という目的の必要性や、手段の相当性という観点から「正当行為」にあたるかどうか検討されたが、意見は分かれた。また、「緊急避難」にあたるかどうかについては、さらなる議論が必要だとしている。

 報告書ではまた、ブロッキングという手段について、「児童ポルノ以外のコンテンツにも適用できるものであり、国民全体の表現の自由や通信の秘密の観点から、その対象となる範囲が野放図に広がることについての懸念もある」と指摘している。

日本でのブロッキング導入、まずは検索エンジンから?

 ブロッキングを行うには、児童ポルノが掲載されたWebサイトやWebページ、画像ファイルのURLをリストアップして、それをISPに提供するかたちになる。協議会では、技術的・法的課題の検討と並行して、児童ポルノのアドレスリストを作成・管理する団体のあり方についても検討してきた。

 この団体は、警察庁やインターネット・ホットラインセンターから情報提供を受けてリストを作成するイメージだという。児童ポルノではないコンテンツがリストに含まれてしまった際に、そのサイトの管理者からの除外要請も受け付ける。

 すでに協議会では1月に「児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体」の運用ガイドライン案を公表し、パブリックコメントを募集していた。その結果をふまえて今回、運用ガイドラインをまとめた。

 例えば、アドレスリスト作成管理団体の設置の経緯について説明する章で、案では「インターネット上の児童ポルノの流通に歯止めをかけるため、あらゆる手段を重層的に講じていく必要がある」と訴えていた部分を、「インターネット上の児童ポルノの流通に歯止めをかけるため、法令に反しない範囲でかつ合理的なあらゆる手段を重層的に講じていく必要がある」と改めるなど、6カ所を修正した。

 「ブロッキングに関する報告書」において、通信の秘密との兼ね合いからブロッキングの可否について結論が出ない一方で、アドレスリスト作成管理団体についてはこのようにガイドラインがまとめられ、団体設置に向けて準備が進められつつある。インターネット協会副理事長の国分明男氏も、「アドレスリスト作成については、通信の秘密の問題が解決しなければ進められないというわけではない。アドレスリストができれば、それなりの活用方法があるのではないか」とコメント。ブロッキングの可否について結論が出ないことで、すべてを先送りにするのではなく、4月以降、何らかの形で次のステップに前向きに進むべきと意欲を示した。

 例えば、協議会のメンバーにはグーグルやヤフーも名を連ねている。前述のように、ISPがブロッキングを導入することについては通信の秘密との兼ね合いから法的リスクがともなうが、検索エンジンにアドレスリストを反映することについては法的リスクは低いという。検索エンジンではすでに、検索結果において児童ポルノを非表示にする仕組みも導入しており、それに児童ポルノのアドレスリストが加わるだけのため、システム面でも導入のハードルは低い。インターネット協会によれば、グーグルやヤフーも協力的なスタンスだという。

 ISPについては、協議会のメンバーの中でも温度差があり、ブロッキング自体の是非についても意見は分かれている模様だ。通信の秘密の面から、総務省の見解が出なければ法的リスクを払拭できないという判断はもちろんのこと、コスト面、ネットワークや会員への影響面で、児童ポルノ対策といえども、ISPに大きな負担を強いることも考慮しなければならない。児童ポルノ対策が必要であるという認識は同じでも、それが果たしてブロッキングである必要があるのかという意見もある。

 その一方で、総務省が見解を示し、ISPにとってリスクがゼロであることが保証されなければブロッキングをやらないというのではなく、ISPとして可能であれば実行すべきと考えるISPもある。

 国分氏も、英BTが、ブロッキングを行うことに法的リスクを伴うことを承知しながらも、事の重大性を考え、導入を決断したと指摘。総務省の解釈や判例が出なければブロッキングに踏み出せないというのではなく、日本でも、そうしたISPが名乗りを挙げることに期待を寄せた。

 協議会の会長を務める文化女子大学教授の野口京子氏は、「アドレス管理団体が決まったら、アドレスリストを作成する。もし、どこかブロッキングをやろうというISPが現れたてくれたら、1つのISPから初めてみる。児童ポルノ流通防止協議会としては、できることからまず始めていきたい」とコメントしている。


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(永沢 茂)

2010/3/26 20:44