「電子書籍はワクワクするもの」、村上龍氏が電子書籍の新会社「G2010」設立


村上龍氏

 作家の村上龍氏と株式会社グリオは4日、電子書籍の制作・販売を行う新会社「株式会社G2010」を共同で設立すると発表し、都内で設立会見を開催した。新会社では、iPad/iPhone向けアプリとしての販売や、NTTドコモの「電子書籍トライアルサービス」への提供を予定。今後1年間で20点の販売、1億円の売上を目指す。

 グリオは、エンターテインメントコンテンツの企画制作や、音楽制作、ウェブメディア運営、着うたなどのデジタルコンテンツ配信などを手掛ける企業。7月には、村上氏の長編小説「歌うクジラ」の電子書籍化を手掛けており、今回、村上氏と共同で新会社を設立する。

 G2010のラインナップとしては、村上氏の「歌うクジラ」のほか、デビュー作の「限りなく透明に近いブルー」、1987年から続くエッセイシリーズ「すべての男は消耗品である」、よしもとばなな氏が電子書籍のために書き下ろしたエッセイ集「Banakobanashi/ばなこばなし」、瀬戸内寂聴氏の未発表の小説(タイトル未定)が現在の予定として挙げられている。

 「歌うクジラ」と「Banakobanashi/ばなこばなし」は、10月28日にスタートしたNTTドコモの「電子書籍トライアルサービス」で、Android OS搭載のスマートフォン向けに提供を開始。瀬戸内氏の新作は11月下旬、村上氏の「限りなく透明に近いブルー」「すべての男は消耗品である」は12月または2011年1月のリリースを予定する。

 「歌うクジラ」は坂本龍一氏が書き下ろした音楽やアートワークが加わった小説となっており、「限りなく透明に近いブルー」には、当時の手書き原稿の画像を収録。「すべての男は消耗品である」は、過去に発売したすべてのシリーズを1つのアプリケーションに収めるなど、電子小説ならではの利点を活かした作品を中心に展開していく予定としている。

(左から)G2010代表取締役社長の船山浩平氏、村上龍氏、よしもとばなな氏「限りなく透明に近いブルー」の電子書籍版には、当時の手書き原稿を全ページ収録する

 新会社の株式会社G2010は、グリオと有限会社村上龍事務所の50%ずつの出資により、5日に設立される。グリオの常務取締役で、G2010の代表取締役社長に就任する船山浩平氏は、「G2010に関わっているすべてのメンバーが、新しい作品を作っていくという熱い思いを胸に、燃えるような情熱をすべての作品に対して注ぎ込み、読者の皆様にお届けする」と新会社の抱負を語った。

 村上氏は、「出版社と話をしてきた中でわかったことだが、今の出版社には紙の書籍を作るプロはたくさんいるが、電子書籍を作るプロは少ない。だからベンチャーと組む方が効率がいい。機動力のあるコンテンツ制作をするために、会社を作ろうと思い立った」と設立意図を説明。出版社に対しては、「電子書籍については、出版社の側もまだ迷ったり、戸惑っていたりしている最中だと思う。今回の設立にあたっては、風当たりが強いかと思っていたが、話をしてきた中では共同作業をやりたい、電子書籍に関与したいという反応が多く、それは嬉しかった」とコメントした。

 G2010の電子書籍のラインナップについては、電子書籍ならではのリッチ化したアプリケーションを当面は中心にしていくと説明。プレーンな形での電子書籍については、時期を見て検討していきたいとした。

 設立会見には、G2010での作品発売を予定しているよしもとばなな氏も出席。よしもと氏は、「電子書籍でないとできないことがあるだろうと思い、その形はどんなものだろうかと、今回の作品を試しに書いてみた」とコメント。村上氏の「歌うクジラ」を読んだことで、「小説がもう一度パーソナルなものに近づいたような、自分と龍先生だけの世界ができたような、そういういい意味での錯覚が起きて、これはやってみたいと素直に思ってメールを送った」ことが参加のきっかけになったと説明。「こういう流れができるときは、瞬間だし、ものすごく個人的なものだと思う。今回は個人だけで判断して流れに乗った」と語った。

 会見に参加予定だった瀬戸内寂聴氏は、体調不良のためビデオメッセージを寄せ、「私は何でも新しいものが好きで、2年前には携帯小説も書いた。生きるということは、わくわくどきどきしてないとつまらない。電子書籍は、印刷術が始まって以来の革命だと思う。こうした革命に、生きているうちに出会ったことは幸せ。冥土の土産に参加させていただいた」とコメントした。

 村上氏は、「限りなく透明に近いブルー」の電子書籍版のデモを披露し、「電子書籍を巡る論議は、(出版市場の)縮小傾向というかネガティブな話が多いように思うが、『歌うクジラ』の電子書籍を作っているときは本当に興奮して、充実した毎日だった。電子書籍というのは、関与すればするほど、すごく興奮できてわくわくするもの。電子書籍は読者・出版業界・作家にとって、ネガティブなものでなく、わくわくどきどきするものになりうる可能性があると思っている」とコメント。「変化は外からやってきて、それによって自分たちがどうなるんだろうと考えがちだが、変化は自分たちで作り出せるかもしれないもの。電子書籍に関して、何が自分たちは起こせるのだろうかということを、G2010でやっていきたい」と語った。

瀬戸内寂聴氏はビデオメッセージでコメンtよしもとばなな氏の作品はNTTドコモの「電子書籍トライアルサービス」で配信中

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(三柳 英樹)

2010/11/4 19:08