アジアと日本を結ぶ新海底ケーブル「SJC」、ケーブル製造工場&敷設船見学会


 日本と東南アジア各国を結ぶ新たな光海底ケーブル「SJC(South-East Asia Japan Cable)」の敷設作業が、2013年の運用開始を目指して進められている。

北九州のOCC海底システム事業所海底ケーブル敷設船「KDDIパシフィックリンク」

 SJCは、日本と中国、香港、ブルネイ、フィリピン、シンガポールの各国を結ぶ、総延長約9000km、初期回線容量16Tbps、総建設費約4億ドルの光海底ケーブル。

 敷設にあたっては、KDDI(日本)、Globe Telecom(フィリピン)、SingTel(シンガポール)、PT Telkom International(インドネシア)、China Telecom(中国)、China Mobile(中国)、Donghwa Telecom(香港)、BIG(ブルネイ)、TOT(タイ)といった各国の通信キャリアと、米Googleがコンソーシアムを組んでおり、海底への敷設は日本電気株式会社(NEC)と米TE Subcomが共同で行う。

 SJCは、すでに敷設されている日米間ケーブル「Unity」と接続され、SJCとUnityが東南アジアと米国をほぼ最短ルートで結ぶ形となる。

 今回、光海底ケーブルを製造している株式会社OCCの海底システム事業所で、ケーブルの製造工程とケーブルを敷設船に積み込む作業が報道陣に公開された。

SJCの概要。日本とシンガポールを結ぶ海底ケーブル日本経由で東南アジアと米国をほぼ最短ルートで結ぶ

光海底ケーブルの製造工場から、岸壁の敷設船に直接ケーブルを積み込む

北九州のOCC海底システム事業所概要

 OCCはNECの子会社で、光海底ケーブルの製造のほか、通信キャリア向けの同軸ケーブルの製造、海底地震観測システムや海洋資源調査などに向けたケーブルシステムの開発などを行なっている。

 北九州にあるOCCの海底システム事業所は、年間2万kmの生産能力を持つ光海底ケーブルの生産工場で、1995年の竣工以来、これまでに20万km超のケーブルを生産している。工場内には何千kmにも及ぶ海底ケーブルを貯めておくための施設も必要となるため、敷地面積は18万6000平米と広大で、完成したケーブルを敷設船に直接積み込めるよう、岸壁まで伸びるラインを有している点も特徴となっている。

 実際に敷設される光海底ケーブルは、40~100kmおきに信号の増幅器をはさみながら、1本の線として陸地間を結んでいる。増幅器への電力供給は地上局から行っており、ケーブルは水深約1500mまでは海底面の下(地中)に埋設、さらに深い場所では海底面に這わせて敷設される。どれほど深い海溝であっても、安全面から海底面に這わせることが必要なため、日米間ケーブルなどでは最大約水深8000mの海溝の底までケーブルを這わせるという。

 OCCでのケーブルの製造工程は、まず実際に信号が通る極めて細い光ファイバーの周囲を、扇形の鉄個片を3つ組み合わせたもので覆っていく。この形がOCCの海底ケーブルの特徴で、堅牢な構造であると同時に溶接などによる影響が抑えられ、高速かつ省工程での生産が可能になっているという。

海底ケーブルシステムの概要OCCで製造する海底ケーブルの構造

 このケーブルの外側に鉄線が巻かれ、さらにその外側には銅板が巻かれる。この銅板の部分が、増幅器への電力供給に用いられる。この周囲にポリエチレンを巻いたものが実際に敷設される「無外装ケーブル」で、主に水深1500m以上の深い場所で用いられる。

光ファイバーの周囲を鉄個片で保護し、鉄線、銅板を巻いていく銅板までを巻いた段階で巨大なドラムにいったん巻き取る
さらに周囲にポリエチレンを巻く工程に送られる工場内には多数のドラムが並ぶ

 一方、浅い場所に設置するケーブルの場合は、底引き網漁や船のアンカー(錨)などで傷付けられる恐れがあるため、さらに周囲に鉄線などを巻いて頑丈にする必要がある。これを「外装ケーブル」と呼ぶ。単純に考えると深海に敷設するケーブルほど太いものになりそうだが、実際は逆で、浅海部には太く頑丈な外装ケーブル、深海部には細く軽量な無外装ケーブルが用いられている。

海底ケーブルの種類。太いケーブルは浅い場所に、細いケーブルは深い場所に敷設される今回の作業で敷設されるケーブルの見本

 完成したケーブルは、いったん巻いてタンクに保管し、水を入れて電圧をかけるなどの試験を行った後、必要に応じて増幅器を接続。実際に敷設するケーブルをすべてつないだ状態で、ケーブル敷設船に引き渡される。

完成したケーブルをタンクに収める。この部分は手作業で、製造ラインから出てくるケーブルを正確に巻いていくのは「ベテランの作業員でないとできない仕事」とのこと無外装ケーブルの状態で、タンクに水を入れて光学的な試験や電圧をかけての試験などを行う
試験を終えた後、浅い場所に敷設するケーブルにはさらに外装を巻いていく長距離のケーブルでは、40~100kmおきに増幅器が入る

海底ケーブル敷設船「KDDIパシフィックリンク」が敷設を担当

 ケーブル敷設船には、岸壁までつながるラインでそのままケーブルが引き込まれる。今回のSJCでは、NECが各国の上陸部分を主に担当しており、この区間の敷設はKDDI子会社の国際ケーブル・シップ株式会社(KCS)が保有する敷設船「KDDIパシフィックリンク」が行う。

 今回積み込まれるケーブルは、日本への上陸区間の約40kmのケーブルで、OCCの工場から送られてきたケーブルが船内のタンクへと積み込まれていく。タンクは直径15m、高さ8mと巨大なもので、最も細いケーブルの場合で約2200kmのケーブルを収容できるタンクが2個船内に設置されている。

工場から岸壁まで伸びているラインで敷設船にケーブルを運ぶ敷設船にケーブルが積み込まれる
到着したケーブルは船内のタンクへ船内の巨大タンクに収容される

 ケーブルの敷設時には、海底面を掘ってケーブルを埋設するためのロボット「Cable Plow-II」がケーブルと同時に海底に送り込まれる。海底面にジェット水流などで溝を掘ることができ、水深約1500mまでこのロボットでケーブルを埋設していく。

 KDDIパシフィックリンクにはもう1台、「MARCAS-III」というロボットも備えられている。MARCAS-IIIは、海底面が傾いている場合の埋設作業や、ケーブルを修理する際に海底からケーブルを引き上げるための作業に用いられるロボットで、海中を自在に移動することが可能。特定の周波数や金属探知のセンサーにより、海中のケーブルを探す機能も備えている。

海底の下にケーブルを埋設するロボット「Cable Plow-II」ケーブルの修理作業などに活躍するロボット「MARCAS-III」

 KDDIパシフィックリンクは、今回の作業に必要なケーブルを積み込んだ後、陸揚げ作業が行われる予定の千葉県南房総市千倉に向けて出航する。今回は比較的短距離での作業だが、日米間ケーブルの敷設などでは一度出航すると40日以上も洋上での作業が続くことになるという。

ケーブルを海中に送り出す「リニアケーブルエンジン」修理時などにケーブルを引き上げて巻きつける「ドラムケーブルエンジン」

需要増を受け、大容量化した新ケーブルに移行

 KDDIネットワーク技術本部国際ネットワーク部担当部長の戸所弘光氏は、太平洋横断クラスのケーブルでは建設費が約300億~400億円、保守費が年間約10億円かかるため、通信事業者のコンソーシアム(連合体)で敷設することが一般的だと説明。海底ケーブルは約25年の寿命を想定して設計しているため、コンソーシアムに参加する通信事業者などの選定では「25年付き合っていける相手であることも重要」になるという。

 新ケーブルの必要性については、インターネット系トラフィックの増加による需要増大に加え、新ケーブルは波長多重技術が進み大容量化していることや、遅延時間短縮への要望が高いことがあると説明。また、ケーブル1本の保守にかかる費用は、旧式であっても新しいケーブルであってもさほど変わらないため、旧式ケーブルを運用停止して新ケーブルに切り替えた方が経済的だとした。

 NEC海洋システム事業部シニアエキスパートの増田彰太氏は、海底ケーブルシステム業界では、NEC、米TE Subcom、仏Alcatel Lucentが世界3大ベンダーとなっており、NECは主にアジア太平洋地域の海底ケーブルを手がけていると説明。今回のSJCでは、NECは主に各国の上陸部分を担当する形となっている。

 海底ケーブルシステムの世界市場は年間約27億ドル規模で、特にアジア地域では年率30%のペースで需要が伸びているという。海底ケーブルは、実使用容量が最大容量の半分程度に達した段階がケーブル新設のタイミングとなっており、アジアにおいてはSJCが運用を開始する予定の2013年がちょうどその段階にあたるが、現在の需要の増加ペースであれば、さらに新しいケーブルの敷設プロジェクトも間もなく始まるのではないかという見通しを示した。

KDDIの戸所弘光氏NECの増田彰太氏
OCCの斉藤久富氏SJCのNEC担当部分
NEC、TE Subcom、Alcatel Lucentが世界3大ベンダー海底ケーブルの市場動向

関連情報


(三柳 英樹)

2012/11/14 06:00