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マンガの海賊版撲滅には国内版と翻訳版のサイマル配信が必要……経産省の調査事業「マンガ制作・流通技術ガイド」報告会
(2015/7/23 15:47)
一般財団法人デジタルコンテンツ協会は22日、マンガなどのデジタル制作工程の整備に関する調査「マンガ制作・流通技術ガイド」の報告会を実施した。
同調査は、マンガの制作や配信でデジタル化が進み、タブレットやスマートフォンでもマンガを親しむ環境が整いつつあると同時に、海外向けの翻訳出版・配信が行われるようになったことを受け、経済産業省が実施したもの。調査自体は、同協会のほか株式会社ヒューマンメディアが事務局となって担当している。報告書は141ページに上るが、報告会では一部要点を抜き出して説明した。
なお、調査の趣旨としては、デジタル技術の進展により大きく変化したマンガの制作・流通の実態を、技術的な面から見つめ直して課題を抽出し、作家などクリエイターから流通事業者まで情報を共有するためとしている。
海賊版対策には、国内版と同時に翻訳版もサイマル配信
マンガ制作・流通の現状として、株式会社ヒューマンメディア代表取締役の小野打恵氏が報告した。
マンガ全体の市場規模は年々縮小。単行本の売上は、ここ数年2200億円程度で推移しているが、雑誌が苦戦しており、2009年で1913億円だった市場規模は2013年には1438億円まで減少。その間、電子配信が423億円から731億円に増加したが、減少分を補填できていない。また、海外における日本のマンガの売上は2011年時点で、ライセンス売上が110億円、ライセンスによる市場売上が約1380億円。近年はフランスなどの欧州や北米市場は厳しくなっているという。なお、売上データには電子書籍は加算されていない。
現在、マンガ家のデジタルでの制作率は、カラー原稿で全体の44%。使用ソフトは「Photoshop」が63.3%を占め、「SAI」が10.2%、「Illustrator」が9.2%と続く。モノクロ原稿では、フルデジタル制作は13%にとどまるが、トーン・仕上げのみデジタルを導入している割合も32%あり、合計して45%がデジタル化している。使用ソフトは「Comic Studio」が66%と最も多く、「Photoshop」が30%、「Illustrator」が4%と続く。マンガ家から編集部へのデジタル入稿率は40~50%と、デジタルとアナログがおおよそ半々の状態だ。
マンガの制作工程では、アナログ入稿の場合にスキャニングを行った後で、出版社や編集会社などがデジタルで編集・組版を行う。デジタル入稿も同様の編集・組版を行うのだが、スキャニングされたアナログデータと同じ扱いのため、デジタルデータが持つレイヤー情報などを失ってしまうという。このままではデジタルの特色を生かし切れないが、デジタル化がさらに進むことで、改善の余地があるとしている。なお、編集・組版されたデータは、印刷工程に入るほか、同時に電子書籍としてオーサリング工程に入る。この工程もスキャニングされたアナログ原稿とデジタル原稿は同じ扱いとなる。
電子配信オンリー、デジタルファーストの配信事業者では、デジタルで原稿を受け取った後、そのままデジタルで編集・組版、オーサリング作業に移行する。ただし、電子配信オンリーの事業者でもEPUB形式で出力しており、印刷出版できるよう紙面体裁の作品を出しているところが多いという。また、スマートフォン向けマンガアプリなどで近年増加している“縦スクロール”形式で配信する事業者では、編集・組版やオーサリング工程に、それぞれ独自に開発されたものを使用しているため、統一されていないほか、縦スクロール形式だったマンガを印刷出版する際に紙面体裁に戻す作業も行われているという。小野打氏は、EPUB形式では作業工程が一定の完成を見ているが、縦スクロールなどの新しい形式のプラットフォームはまだまだだという。
海外向け翻訳版は、アナログ入稿/デジタル入稿いずれも、編集・組版終了後に、国内向け・国外向け同時にオーサリング工程に入る。デジタルデータ完成後に翻訳作業に入るため、翻訳期間分だけ出版が遅れてしまう。また、海外の出版社でもデジタル配信に不慣れなところが多く、翻訳版の出版だけが国内版より遅くなってしまい、海外読者の不満が高まり海賊版に手を出してしまう原因にもなっているという。このため、国内版と海外版をサイマル配信する必要があり、一部では編集・組版途中で吹き出し文字を翻訳に掛け、デジタルデータ完成時に翻訳データを組み合わせて国内版と同時にオーサリング工程に移しているという。ただし、欠点もあり、提供国が決定していなければ同時進行で作業できない。これは、各国に合わせてローカライズする必要があり、米国などでは書き文字は日本語のままでもよいが、韓国では書き文字もすべて翻訳する。また、閲覧する環境はさまざまで、配信用データの標準的なフォーマットがないとしている。
マンガのアシスタントはセンスが求められる時代に
デジタル作画の工程・仕様について報告した有限会社デジタルノイズ取締役の小高みちる氏は、現場のデジタル化が進むにつれて、アシスタントなどマンガ家周辺の環境が変化してきたと説明する。
小高氏の肌感覚ではマンガ家の6割がデジタル制作に移行しており、表現の幅を広げたほか、一人で行える作業の幅が広がったという。これが、現場環境に変化をもたらしており、アシスタントの人員削減を行うマンガ家がいる一方で、デジタルに対応するアシスタントの調達が困難になっているという。人員削減には、デジタル制作を行うためのPCやタブレットといった機材をそろえられない懐具合であったり、アシスタントとのトラブルを回避する目的もあるという。また、アシスタントを調達する場合は、デジタル制作を導入している専門学校に問い合わせることで確保するケースが多いという。
人員削減にともない、最近では在宅アシスタントと呼ばれる、アシスタント自身が用意した自宅のデジタル制作環境を使うアシスタントの需要も増えてきているという。ただし、在宅アシスタントにも課題があり、マンガ家が遠隔で指示を送ったり、データのやり取りを行うスキルを身に付ける必要があるほか、アシスタントが著作権に対しての意識が希薄な場合、インターネットで拾ったデータをそのまま資料にしてしまうなど、マンガ家が考慮しなければならない領域が増えてしまう。また、アシスタントの目の前で指示を出せないため、トーン貼りなどを“おまかせ”でアシスタントにお願いするシーンも増えているという。小高氏は、「学校で勉強している学生も、自分のセンスでトーンを貼れる人じゃないとアシスタントとして難しくなっている」としている。
また、携帯でマンガの配信を行うようになった時代から、モアレの回避やセリフの大きさの加工のために、トーンレイヤーと吹き出しレイヤーを分けてくれという指示が編集部から来るようになったほか、現在はサイマル配信や作品が翻訳される機会も増え、吹出しレイヤーや書き文字レイヤーを分けてくるよう指示を出す出版社が増えており、膨大なレイヤーをどう分けるかマンガ家側が対応に追われるシーンもあるとしている。編集側がマンガをどのように制作しているのか把握していなかったり、原稿がどのように処理されるのかをマンガ家側も把握していない場合が多いという。制作工程において、1つのまとまったフォーマットがあれば、それに合わせたマンガ家も制作でき、作品作りに時間を割けるとしている。
標準化されたデジタルマンガプラットフォームで世界市場を席巻せよ
報告書をまとめた専修大学文学部教授の植村八潮氏は、出版社と印刷会社には“ハウスルール”が存在し、各出版社で新書サイズも微妙に異なるなど、これまでそれぞれのルールの中で出版物を送り出してきたと指摘。また、移行期の電子書籍は印刷物をベースとした電子書籍であり、新刊制作では印刷物と電子書籍を一気通貫で制作しないと効率が悪いという。このため、統一したフォーマットで、印刷物と電子書籍のサイマル配信環境を整えるため、各出版社のノウハウを出し合って共通のワークフローを整備するのが今回の調査事業の目的でもあるとした。
印刷物と電子書籍のサイマル配信には、海外向けに翻訳されたコンテンツも含む。これは、いわゆる海賊版対策であり、ローカライズされた正規版が手に入らず、海外読者が海賊版に手を出してしまうのを防ぐ目的もあるとしている。サイマル配信を実現するためにも、各社共通の枠組みづくりが必要になるという。また、モバイルデバイスへの移行ほか、ソーシャルメディアの登場により、日常や家族のメッセージと一緒にニュース、ビジネスノウハウも流れてくる時代となった。こういった状況でデジタルコンテンツはどうあるべきか、どのように収益化し、海賊版と戦わなければならないかと考える必要があるとした。
植村氏は、共通化したデジタルマンガ用のプラットフォームを用意し、それを標準化する大切さを訴えている。デジタルコンテンツは“工業製品”であり、世界共通のプラットフォームとなった時に、世界を含む業界全体をリードできるとしている。日本発の国際標準の枠組みを整備するためにも、出版社同士が協力しあう必要性を指摘した。また、プラットフォームを共通化・標準化することで、出版社間で競争が生まれるほか、将来にわたってプラットフォームを保持できるため、ユーザーが安心してコンテンツを購入できる心理的なメリットもあるとした。
最後に、世界にデジタルマンガという市場を打ち立てて、よりよい作品を読者に届けることで、未来の読者に夢や希望、感動を届けたいとしており、マンガ家がマンガを自由に制作できる環境があって、道具は共通にすればいいと述べた。