地図と位置情報
日本全国1.3億人分の擬似人流を再現したデータ無償提供、特定の属性の人の1日分の行動を生成するAIの研究も進む
2025年12月17日 06:55
地図会社のジオテクノロジーズ株式会社は11月21日、メディア向けセミナー「生成AI時代の“人流データ”活用最前線 ―東京大学×ジオテクノロジーズが語る『人流シミュレーション』の将来―」を開催した。
ジオテクノロジーズはカーナビやスマートフォンの地図アプリ向けの地図データを提供するとともに、ポイ活アプリ「トリマ」からユーザーの許可を得て取得した位置情報データをもとに生成した人流データ「Geo-People」を提供している。今回のメディアセミナーは、同社の人流データを通じた産学連携の取り組みの一環として開催されたもので、東京大学空間情報科学研究センター(CSIS)センター長および一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会(AIGID)代表理事を務める関本義秀教授が「生成AI時代におけるグローバルな人流生成に向けて」と題した講演を行った。
パーソントリップ調査をもとに「人の流れデータ」を生成
関本教授は2000年代前半から位置情報データに着目し、GPS受信機を複数人に配布して軌跡を収集するといった取り組みを行っていたが、調査範囲が商業施設など特定エリアに限られてしまうことが課題だった。その後、都市レベルで多くの人の動きを分析することを目的として、人の行動データを処理して人流に関するデータを提供する「人の流れプロジェクト」をCSISにおいて2008年7月に立ち上げた。同プロジェクトでは、2011年3月に発生した東日本大震災では携帯電話キャリアから人流データの提供を受けて地図上に可視化し、地震前後の人の流れの変化を捉えた動画を公開した。関本教授によると、大規模災害による広範囲の人々の行動変容を可視化した事例としてはおそらく世界初だったという。
関本教授はその後も人流に関するさまざまな研究を行ってきた。例えば災害時の避難行動を地域ごとにグラフ化することで震度と避難率との関係が分かり、「これくらいの震度の大きさだと避難する人がこれくらい増える」といったことが分かる。また、人々の流動をもとに大規模災害後のレジリエンス(回復力)について日米の都市を比較するといった研究も行っている。さらにコロナ禍の際には、人流データをもとに人々の接触状況と再生産数(1人の感染者が何人に感染させるかを示した値)の関係を分析するといった取り組みも行った。
人の流れを捉えたデータとしては、じつは携帯電話が普及する以前から、国土交通省が行っている「パーソントリップ調査(PT調査)」のデータがある。これは通勤・通学や買い物、レジャーなどさまざまな人の移動(トリップ)と交通手段を市民に回答してもらうアンケート調査で、時空間位置は断片的ではあるものの偏りのない多数のサンプルが得られることが特徴となっている。人の流れプロジェクトでは、このPT調査の結果をもとに各トリップデータのジオコーディング(位置情報の付与)を行ったうえで点と線で構成されるネットワークデータとして整えて、GPSデータのように扱える「人の流れデータ」として研究者向けに無償で公開しており、現在は14都市圏において延べ350万人分の「人の流れデータ」を提供している。
国勢調査やPT調査のデータをもとに「擬似人流データ」を生成
関本教授はジオテクノロジーズの人流データをはじめ携帯電話(スマートフォン)から得られる人流データを使ったさまざまな研究も行っているが、一般的にキャリアが提供する人流データは高価であり、多くの研究者でデータを共有して研究したり、自治体が政策を検討する際に活用したりするのは難しく、個人情報保護の観点から個人属性情報を取り扱いにくいという課題もある。そこで関本教授は、国勢調査やPT調査などオープンな統計データや衛星画像や建物などの低廉な静的データを使って都市全体の人流データを擬似的に生成した「擬似人流データ」の基盤構築に取り組んでいる。擬似人流データについて関本教授は、「携帯電話の人流データは確かにとても価値があり便利ですが、もう少し仮想的で推定ベースの人流データを多くの人で扱えるようにしようと取り組んでいます」と語る。
擬似人流データは、国勢調査やPT調査、経済センサス、労働力調査、住宅・建物データ、道路ネットワークデータなどの各種データを組み合わせて、PT調査が行われていない都市についても国勢調査データの情報などをもとに「この建物にはこのような属性の人が住んでいる」といった推定や、個々人がそれぞれどの地域に通勤しているかといった推定なども行って、1日の典型的な移動状況を全国レベルで割り出したもので、GPSで取得したデータと同様に密な点の集合として表現できる。
擬似人流データの大まかな生成プロセスは以下のような順番で行われる。
- 世帯ごとにどのような属性の人が住んでいるかを推計(世帯推計モデル)
- 家→職場→取引先→職場→買い物→家といった1日の活動内容を生成(活動生成モデル)
- それぞれの活動目的に準じて活動場所を確率的に選定(活動場所選定モデル)
- 目的地に準じて交通手段を選定(交通手段選定モデル)
- 移動経路をもとに1分ごとの位置情報の軌跡にする(経路選択・時空間内挿入処理)
上記のような方法で日本全国1.3億人分の擬似人流を再現し、2022年4月から無償で提供開始している。もちろん精度においては携帯電話の人流データに敵わないが、マクロなレベルでは携帯電話から得られる人流データと比較して0.81という高い相関を持つという。擬似人流データは2022年4月にバージョン1.0をリリース後、1.1と1.2を経て2024年8月には活動開始分布や交通手段の選択を都市ごとに精緻化したバージョン2.0がリリースされており、バージョン2.0では携帯電話データとの相関係数も向上した。さらに2025年度末にはバージョン3.0のリリースも予定している。
人流データは社会のインフラ、自治体向けの交通分析システムも開発
擬似人流データの活用事例としては、神戸市においてコミュニティバス「神戸はまちどりミニバス」の増便可否を判断するために活用された。同バスにおいて、増便前の平均乗降客数については、実際の100人/日に対して、擬似人流データを活用したシミュレーションでは123人/日とやや過大評価されたものの、駅ごとの乗車人数は実数に近い結果を再現したという。また、増便後のシミュレーションを行ったところ、平均待ち時間を1時間から30分に短縮して最終便を18時まで延長すると、乗車人数が約1.5倍に増加して収入と運営コストのバランスが取れることが確認され、これにより増便の必要性が示された。この結果を受けて増便および追加車両の導入が行われた。
人流データ分析をより簡便にするために、擬似人流データを活用した自治体向けの交通分析システム「MyCityMobility」も開発している。「バスを増便した場合の利用者数」や「バスを減便してオンデマンドタクシーに転換した場合の利用者数」など、いくつかの典型的なユースケースに絞って、シンプルなUIで数分程度で結果が分かるシステムを目指しており、全国の自治体で利用可能なサブスクリプション形式の低価格なものを目指している。
また、都市圏ごとのPT調査データとオープンソースのLLM(大規模言語モデル)を組み合わせて、プロンプトに入力するだけで擬似人流を生成する研究にも取り組んでいる。例えば「武蔵野市に住む40~44歳の男性通勤者の1日の行動を生成」と指示を出すと、同じ属性を持つ100人の1日分の行動を再現するといった使い方が可能で、これにより多様な人流データを可視化することができる。
関本教授は締めくくりとして、以下のように語った。
「人流データは社会のインフラとして価値が高いと思いますし、研究者サイドとしては擬似人流データによってシミュレーションが行いやすくなり、いろいろな政策立案への活用が可能となりポテンシャルは大きいです。擬似人流データは携帯電話データなどのリアルデータと比べてどれくらいギャップがあるのかを示す精度のラベルも示していくことが大事であり、米国でも携帯電話データをベースに推定データを組み合わせた人流データを自治体に提供しているという事例もあるので、日本でも最先端の研究に取り組んでいきたいと思います」
人流データ活用におけるジオテクノロジーズの産学連携
今回のセミナーではジオテクノロジーズの八剱洋一郎代表取締役社長も登壇し、人流データ関連を中心に同社の取り組みを紹介した。
関本教授は同社の人流データを広島県竹原市において自治体が開催するイベントの効果計測を分析するのに活用し、その分析結果を類型化することで他の小規模自治体に展開する研究を行っている。
また、筑波大学システム情報系社会工学域の雨宮護准教授は、ジオテクノロジーズの人流データをもとに犯罪が多く発生している場所の人通りの特性を分析して、犯罪が発生しやすい状況を検証する研究を行っており、女性や子どもなど犯罪被害リスクの高い歩行者層がどの道を歩き、避けているかを分析して都市の防犯性向上に活かす取り組みを行っている。
横浜市立大学都市社会文化研究所の有馬貴之准教授は、横浜みなとみらいのイベント時に会場に来て帰る人と周辺エリアを回遊する人を分類し、ジオテクノロジーズの人流データを使った分析とアンケート調査を行い、周辺エリアへの観光回遊への促進施策に活かす取り組みを行っている。
八剱社長は「トリマの人流データは国内の人口とほぼ同じ比率でバランス良く分布しており、いろいろな人流分析に向いているデータだと思います」と語った。
“地図好き”なら読んでおきたい、片岡義明氏の地図・位置情報界隈オススメ記事
- 新しい地図表現、求む! “主題図”を広く募集するプロジェクト「Map Museum 2026」が始動
- 世界中の交通機関の“動き”、3Dマップ上に可視化。公共交通の運行を愛でるアプリ「GTFS box」で時間が溶けます
- 次世代の地図で社会はどう変わる? 自動運転を支えるダイナミックマッププラットフォームの挑戦
- カーナビ用マップでは情報が足りない! (自動運転ではなく)安全運転のために必要な道路地図データ「SD Map+」開発中
- カーナビの歴史を振り返るイベント開催。これからのナビはどう進化する? 最短ルート至上主義からの脱却が課題?
- ゼンリン、離島地図のトレーディングカード発売。日本の有人離島304島から、まずは第1弾・70島
- 「赤色立体地図で見る日本百名山」をアジア航測が公開。3Dマップで地形の凹凸を一目で把握
- 坂道の勾配を地図上に一覧表示する新機能「サカミチズ」提供開始~MapFan 勾配率を5段階の色分けで表示
- 「ジオ展2025」がビジネス展示会を超越した一体感で熱かった。これはもう地図・位置情報界隈の某同人イベントなのかも
- 「登記所備付地図」の電子データを法務省が無償公開→有志による「変換ツール」や「地番を調べられる地図サイト」など続々登場
- 違う意味で“伊能忠敬界隈”なんです、私達。
- まるで現代の伊能忠敬――その極みにはAIもまだ辿り着けてない!? 地図データ整備の最前線を盛岡で見た
- 「一億総伊能化」を掲げる 青山学院大学・古橋大地教授の授業がレジリエントだった。
- 大学の「地理学科」ってどんなところ? “駒澤地理”の中の人に聞いてみた
- 高校の「地理総合」必修化で、地理教員の有志らがGoogleスライドで教材を共有
- 「れきちず」が話題、開発者の@chizutodesignさんが“地図とデザイン”の魅力を語る
- スマホ位置情報の精度が向上、“高さ”特定可能に。日本で10月より「垂直測位サービス」
- スマホの「北」は「真北」「磁北」どっち? 8月11日「山の日」を前に考えてみよう
INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。












