地図と位置情報

大学の「地理学科」ってどんなところ? “駒澤地理”の中の人に聞いてみた

「地図学」は2年次の必修。人文・自然地理学の専門科目も多彩

等々力渓谷での巡検の様子

 地図や地理が好きな高校生にとって、進学先として気になる大学の「地理学科」。この学科では一体どのようなことを学ぶことができて、学生は卒業後にどのような方向へ進んでいるのだろうか? 今回、地理学科として長い歴史を持つ駒澤大学文学部地理学科を訪ねて、講義の内容やその特徴、卒業後の進路などについて聞いてみた。

 取材を受けていただいたのは、地理学科の主任を務める鈴木秀和教授(地域環境研究専攻)と、瀬戸寿一准教授(地域文化研究専攻)。さらに在学中の学生である3年生の小板橋奏都さん(地域環境研究専攻)と鈴木美沙綺さん(地域文化研究専攻)にもお話を伺った。

どんなものでも地理学の研究対象になる――

 地理学科の名門として知られる駒澤大学文学部地理学科(駒澤地理)。その歴史は戦前の1929年(昭和4年)に始まった専門部(高等師範部)の「歴史地理科」にまでさかのぼり、今年で創立94周年となる。駒澤大学ではその後、1949年に文学部地理歴史学科が開設され、1967年に歴史学科とともに文学部地理学科として独立学科となり、2001年に地域文化研究専攻と地域環境研究専攻の2専攻に分離して今に至っている。

 駒澤地理で学べる「地理学」というのは一体どのような学問なのだろうか。鈴木教授に聞いてみたところ、以下のような答えが返ってきた。

 「非常に難しい質問ですが、私なりの解釈で言うと、地理学は様々な地域で起こっている自然現象や社会現象、人文現象、その他どんなことでも研究対象となります。世の中に存在するものや起こっていることを地理的な視点で見れば、どんなものでも地理学の研究対象になるということです。」

 実は鈴木教授も駒澤地理の出身。もともと電車に乗るのが好きで、路線図や地図を見るのが好きになり、地理学科を選んだそうだが、駒澤地理に入学後、興味の対象は地図以外の様々なものに広がっていったという。

 「当時は地形について研究する『自然地理学研究会』というサークルがあり、そこに入って先輩方が研究しているのを見て、次第に自然地理学の勉強をするようになりました。さらに、水文学(地球上の水の動きを扱う学問)を研究している先生が2人もいて、そこで学んだことにより、水文学や地形の研究分野に進むことができました。駒澤の場合は規模が大きく、講義で扱う分野も本当に幅広いので、入学当時に興味があった分野と卒論で研究する分野が変わるというのはよくあることなんです。」(鈴木教授)

地理学科主任の鈴木英和教授

 駒澤地理では1学年の人数は2つの専攻を合わせて140人に上り、常勤の教員だけでも12人、さらに常勤ではカバーしきれない地理学分野の講義を受け持つ非常勤の講師が21人もいるという。

 「地理的なことを学べる学部・学科は他の大学にもいろいろとありますが、今は細分化されてしまったところが多く、学科名に“地理”という名前を残しつつ、その規模も維持しているところは少ないです。駒澤地理の特徴はスケールメリットを生かせるところにあり、日本国内の地理学科の中では1、2位を争う講義の種類の豊富さで、とにかく地理に関して幅広い分野を学ぶことができます。」(鈴木教授)

人文地理学・自然地理学からデジタル地図まで、多彩な専門科目

 駒澤地理の特徴は「地域文化研究専攻」と「地域環境研究専攻」の2専攻に分離していることで、地域文化研究専攻では主に人文地理学、地域環境研究では主に自然地理学の分野を学ぶことができる。この2専攻は入学試験の段階から分かれており、同じ受験者が両方にエントリーすることも可能だ。また、入学したあとでも、面接試験を行ったうえでお互い別の専攻に移ることもできる(2年次・3年次)。

 「駒澤地理では、これまで着任された先生のそれぞれの専門分野を見ても、人文地理学と自然地理学のどちらかに偏っていたことはあまり無いので、どちらの専攻にも沿った講義がバランスよく配置されていることも特徴の1つです。」(瀬戸准教授)

瀬戸寿一准教授

 4年間の大まかな流れとしては、まず1年次に地理学の基礎として、「人文地理学入門」と「自然地理学入門」の科目が必修科目として用意されており、ここでは2年次以降で選択できる様々な専門科目をダイジェスト形式で学ぶことができる。また、初歩的な分析手法を修得できる「人文地理学実習」と「自然地理学実習」もそれぞれ必修科目として用意されている。

 これらの科目で基礎的な知識を学んだうえで、2年次から4年次にかけては数多くの専門科目の中から学生それぞれの興味に応じて講義を選択する。専門科目には、「地図学」「測量学」など地図に関連したものから、「都市地理学」「社会地理学」「交通地理学」「文化地理学」「景観地理学」「歴史地理学」「経済地理学」などの人文地理学や、「土壌地理学」「環境地理学」「生物地理学」「地球物理学」「第四紀学」「気候学」「地形学」「水文学」などの自然地理学、そして「GIS(地理情報システム)実習」や「リモートセンシング(遠隔地から対象物に触れることなく調査・測定すること)」などデジタル地図を利用したものまで、実に多彩なラインアップとなっている。

 駒澤地理ならではの特徴としては、2年次に必修科目として「地図学(A/B)」が用意されていること。Aでは地図の歴史に始まり、投影法や座標系など地図に関する基本的な概念を学び、Bでは地図と社会とのつながりをテーマに、都市計画図やハザードマップなど様々な主題図や、地名・住所などに関する課題などについて学べる。

鎌原観音堂における火山災害とその伝承に関する聞き取り調査
長野県小諸市にある氷風穴における聞き取り調査
北海道室蘭市における工場夜景の現地調査
福島県会津若松市・鈴善漆器店での聞き取り調査

 2年次以降、特に3年次には必修科目としてフィールド調査を含む実習を通じて、野外での調査手法を修得する。これらの実習科目では学生がグループごとに巡検や現地調査を企画して実際に外出したり、図書館等に所蔵する古地図を読解したりと、様々な取り組みが行われる。そして最後の年となる4年次は、3年間学んだことをもとに卒業論文に取り組む。

「特定の興味を持たない人」にぴったり!?文系・理系の垣根を越えて学べるのは、地理学科ならでは

 前述の専門科目のラインアップを見ると分かるように、自然地理学の専門科目の中には、土壌や生物、地形、気候、水文、地質など理系の知識が求められる科目が多く含まれている。文系・理系の垣根を越えて学ぶことができるのは、幅広い事象を扱う地理学ならではだ。

 「例えば自然現象について学ぶ場合は物理や化学の知識も必要となりますが、数式や化学式を苦手にしている学生も多いので、噛み砕いて説明するように工夫しています。ただし、中には『もう少し詳しく勉強したい』という学生も出てくるので、分からない場合は個人的に指導したり、本を紹介したりすることはあります。」(鈴木教授)

浅間山北麓におけるクロカワゴケの生育環境調査

 このような理系寄りの専門科目について学生はどのように感じているのだろうか。地域環境研究専攻の小板橋さんは「本来であれば理系の知識が必要な専門科目であっても、高度な専門知識が無くても講義時間内に理解できるように、分かりやすく説明していただいてありがたいと思ってます」と語る。

 小板橋さんは地域文化研究専攻と地域環境研究専攻の両方を受験したところ、地域環境研究専攻に合格したのだという。駒澤地理を選んだのはどのような理由だったのだろうか。

 「ぼくの場合は地理とか鉄道とか、特に好きなものがあって駒澤地理を選んだわけではなく、中学や高校のときに受けた地理の授業を通して『世界って面白いな』と漠然と感じたのがきっかけです。そこで駒澤地理の講義の多彩さを知り、特定の興味を持たない自分にはぴったりだと思いました。非常に幅広いことを学べるので、そこでいろいろな刺激を受けて、そこからさらに興味を見つけられるのがこの大学ではないかと思います。」

地域環境研究専攻の小板橋奏都さん

 一方、地域文化研究専攻の鈴木美沙綺さんは、もともと文化や歴史に興味があり、文学部に進学することは決めていて、その中で地理学科を選んだのは高校の地理の授業がきっかけだったという。

 「高校の地理の先生に恵まれまして、都市や地形の面白さを知り、地理学科を志望しました。入学後は、もともと興味があった人文地理学も面白かったのですが、1年のときに『自然地理学入門』を受けて、植生や水文学など、以前は関心の無かった自然地理学にも興味を持ちました。

 また、先輩からの勧めでなんとなく履修してみたリモートセンシングやGISの授業も、実際に受けてみたら本当に面白かったので驚きました。就職先としては、航空測量会社とか、大学で学んだことを活かせる業界を考えています。」

地域文化研究専攻の鈴木美沙綺さん

今やデジタル地図の活用は当たり前! 多くの授業で欠かせない存在に

 GIS実習や地図学Bを担当する瀬戸准教授によると、最近では担当科目以外でも様々な専門科目の中で、デジタル地図を使う機会がかなり増えているという。

 「高校で地理を学んでこなかった学生でも、Googleマップなどの地図アプリは日常的に使っている時代ですし、高校の授業で『地理院地図』や地域分析システム『RESAS』を使ったことがある学生も増えてきています。

 そのような学生がステップアップして学んでいく中で、今は紙地図を使った基礎的な方法だけでなく、デジタル地図の利用があらゆる科目に入ってきています。特に2年生以降は現地に行って調査する科目もあり、その下調べで地理院地図を使って地形や標高を確認するといった作業は当たり前となっているし、『来週までに地理院地図を確認して地形や標高の特徴を読み取ってきてください』といった課題も出るので、今やデジタル地図は学生にとっても欠かせない存在と言えます。」(瀬戸准教授)

 GISについては、Esriジャパン株式会社が提供する「ArcGIS Pro」のほか、「QGIS」や「MANDARA」などオープンソースのGISソフトを使用する科目もあるとのこと。また、プログラミングに特化した講義は専門科目としては現時点では用意されていないが、教養教育科目ではプログラミングを学べる科目がいくつかある。ちなみにリモートセンシングや地形解析などのゼミではPythonを使用するという。

技術者やプログラマーとして採用される事例も増加

 駒澤地理では卒業論文が必修となっている。講義の内容が多彩なためか、卒論のテーマも観光や地域振興、交通、防災、農業、医療、不動産、地形、気候、環境、生物、教育など非常にバラエティに富んでいる。2022年度の卒業論文のリストを見ると、「ポケモンGOからみる位置情報ゲームの観光振興」「観光におけるSNSの影響」「関東大震災関連の石碑文をテキストマイニングする」といったIT関連をテーマとした論文も見られた。

 なお、地理学科で取得できる特筆すべき資格は「測量士補」「GIS学術士」「地域調査士」の3つで、測量士補は所定の科目を履修すれば申請のみで資格を取得できる。GIS学術士はGISの専門的なスキルを有することを示す資格で、所定の科目を履修したうえでGISを用いた卒論を作成することで申請できる。地域調査士はフィールドワークのスキルと地域分析の手法を身に付けた地域調査の専門家で、所定の科目を履修したうえで日本地理学会の講習を受講することで資格申請を行える。

 それでは駒澤地理で地理学を学んだ学生は、卒業後どのような方向へ進むのだろうか。

 「地理の知識を生かすとなると測量会社や地図会社、旅行会社、鉄道会社、物流会社などで、一般企業では小売業や銀行、保険会社などに就職する人もいます。地理学科を知らない人たちからすると、『地理ってどういうことを学ぶの?』と疑問を持たれる人も多いようで、就職試験の面接のときに大学で学んだことを話題に盛り上がったという話もよく聞きます。」(鈴木教授)

 このほか、駒澤大学には首都圏の出身者だけでなく、全国から学生が集まるため、将来的に地元に戻って貢献したいという意欲を持つ学生もいるという。

 また、以前は航空測量会社やGIS会社などに就職する場合は営業職で採用されることが多かったが、最近はそれらの企業に技術者やプログラマーとして採用されるケースも増えてきたという。文系学部の出身者が技術職として採用されることがあるのも、やはり地理学科ならではと言えるだろう。

 「中には、入社するときは技術的な仕事をするつもりはなかったのに、異動でたまたまエリアマーケティングなどGIS関連の部署に配属され、そこの部署で技術面で貢献するという人もいます。地理についてある程度の知識があり、やる気があれば、そのようなかたちで社会で活躍できる人材が駒澤地理にはいます。」(鈴木教授)

 最後に、今後、駒澤地理が目指す方向について瀬戸准教授と鈴木教授に聞いた。

 「地理学の魅力は、フィールドワークでいろいろなところへ実際に行って、その地域ならではの事象を、出会った人々や現地で得られた資料から深く理解できることです。最近はGISやデジタル地図など、仮想空間やデジタル処理の方向に注目が集まっていますが、駒澤地理ではリアルとバーチャルの両輪をうまく回しながら、フィールドワークの知識も持ちつつ、GISをはじめとする情報技術の両方を身に付けたハイブリッドな人材を育てていきたいと思います。」(瀬戸准教授)

 「地理における最新の技術をしっかり身に付けてもらうことはとても重要で、それを生かすための職業はこれからますます増えていくと思います。特にGISは今後伸びてくる分野だと思うので、近々GIS関連の授業を増やすことも考えています。同時に、フィールドに出て野外で実際に現象を見たり、人の話を聞いたりといったことも大事にする、そういうかたちの学科としてどんどん成長していければいいなと思います。」(鈴木教授)

 なお、駒澤大学は今後、8月5日・6日と9月10日にオープンキャンパスを開催する予定だ。駒澤地理が気になる高校生はぜひ一度、実際にキャンパスを訪れてみてはいかがだろうか。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。