地図とデザイン

日本地図学会が「女性と地図のいい関係を探る!」シンポジウム、静かな地図ブーム背景に開催

 地理空間情報(G空間情報)をテーマにしたイベント「G空間EXPO2017」が10月12日~14日、東京・お台場の日本科学未来館で開催された。その中で日本地図学会が「女性と地図のいい関係を探る!」と題したシンポジウムを開催した。同学会が「女性と地図」に関連したテーマでシンポジウムを開催するのは、2012年のG空間EXPOに続いて2回目。これは、最近になって女性向け地図アプリのリリース、地図の好きな女性を主人公にしたコミックスの出版、地図関連グッズの充実など、静かな地図ブームが起きていることが背景にある。

「地理×女子」が製作、段彩図や迅速測図を重ねられるクリアファイル

 今回のシンポジウムは司会も登壇者もすべて女性という構成で、前半は地図に関わる女性たちによる講演が行われた。

 最初に、お茶の水女子大学において、地図に関する活動している有志グループ「地理×女子」のメンバーとして、木村翠氏、飯田佑美子氏、平岩理菜氏が登壇した。3人は2年前、雑誌「地理×お茶の水女子」という本を古今書院から出版した。これは、表参道をフィールドに“まち歩きマップ”を作成したという内容で、このことがきっかけで有志で地図に関する活動を始めた。

「地理×女子」の3人

 3人は、ガイドマップに地誌的な情報を組み込むことにより、もっと面白く地理を楽しめるのではないかという発想から、授業でもさまざまな“まちあるきマップ”を作成。木村氏は「表参道青山アート探訪」、飯田氏は「神田川一駅さんぽ」、平岩氏は「浅草ぐるぐる地図」と、それぞれの関心に基づいて地誌を抽出して地図に盛り込んだ。また、株式会社ゼンリンとのコラボレーションにより、クリアファイルやノート、メモパッドなどの地図グッズも製作した。

ゼンリンとのコラボで製作した地図グッズ

 クリアファイルは、お茶の水女子大学がある東京都文京区大塚周辺の住宅地図をもとにデザインしたもので、グラデーションを付けて地形を見やすくした段彩図を重ねられる「現代編」と、明治時代に作成された迅速測図を組み合わせた「過去編」の2種類がある。それぞれ地理的スポットを紹介したイラストマップも重ねられる。「地図の面白さとして、違う情報を重ね合わせることで、違った街の姿が見えてくるという点が挙げられると思います」(木村氏)。

クリアファイルの過去編は迅速測図を重ね合わせることが可能
現代編は段彩図を重ねられる

パルコは寺社仏閣、スペイン坂は参道~「江戸切絵図」のデザインで描く現代の街並

 江戸切絵図の図式で現代の都市空間を描き直した「現代の江戸切絵図」を制作する慶應義塾大学大学院の吉田桃子氏も登壇。江戸切絵図とは、江戸時代に大名屋敷などの探索・散策するために用いられた絵図のこと。吉田氏はその独特の美しいデザインを生かして、現代の都市を歩行者の目線で描き直すことをテーマに取り組んでいる。昨年のG空間EXPOにおいて「Geoアクティビティコンテスト」の「審査員特別賞(地図デザイン賞)」も獲得した。

慶應義塾大学大学院の吉田桃子氏

 吉田氏は当初、現代の地図を江戸切絵図の色使いにならって描きさえすれば、江戸切絵図のように見えると思っていたが、実際に試してみたところ、江戸切絵図の特徴は色使いだけではないことに気付いた。そこで、道幅を極端に狭く、道の方向や配置を分かりやすく描き、色鉛筆で色を濃く描くようにしたところ、建物が建ち並ぶ様子が江戸時代の武家地に似た構図になっていることが理解できたという。

 また、大学構内で研究棟が並ぶ一角を描く際には、小教室を町屋に、廊下を路地に見立てることで、江戸切絵図の町人地に似た構図が浮かび上がった。このような試みを通じて、現代の都市を江戸切絵図として表現するには、色使いを真似るだけではなく、道幅を誇張したり、現代の施設を江戸の施設に見立てたりする工夫が必要であることが分かった。

最初に描いた「現代の江戸切絵図」
道幅の誇張や施設の見立てを行って描くことで江戸切絵図として見える

 さらに、江戸切絵図の色使いにおけるデザインの特徴を明らかにするため、各色が地図上でどれくらいの面積を占めているのかをPhotoshopを用いて計測した。江戸切絵図では、赤は寺社仏閣、緑は緑地や田畑など、それぞれの色は土地利用や施設を示しており、これらの色の配分を調べれば土地や施設の利用状況が分かる。青山や麻布、高輪、日本橋などさまざまな場所の江戸切絵図を計測したところ、特に歩道を表す黄色については、最大面積の絵図と最小面積の絵図の割合の差がほかの色に比べて少ないことが分かった。

江戸切絵図の色の配分を計測した結果

 このことから、地図のカバー範囲や縮尺が変わっても、江戸切絵図の中で黄色、つまり歩道が描かれている割合は一定であり、道を描くにあたって一定の規則で面積が調整されていたと吉田氏は推測した。「江戸切絵図は道の構造を分かりやすく抽象化した地図であると考えることもできます」(吉田氏)。

 このような解析と実践を踏まえて作成されたのが、Geoアクティビティコンテストの受賞作品「東都澁谷繪圖」だ。制作するにあたっては、渋谷にあるさまざまな施設を江戸時代のどの施設に見立てるのが妥当であるかを考えながら色使いを決めた。

「東都澁谷繪圖」

 例えば、青は江戸時代では川などの水域を表すが、現代の切絵図では車道の色として使っている。車道は歩行者にとって歩行できない空間であり、江戸時代の川は物流を行うためのものでもあったため、その点でも現在の車道を、江戸時代の川や掘割に見立てることができる。一方、赤は江戸時代は寺社仏閣を表すものであり、人が集まるランドマークの役目を果たしていた。現代の渋谷では人が集まるハチ公前広場や109がそれにあたるものとして、同じく赤で示している。

 パルコなど一部の商業施設は若者にとってランドマークとなる建物であるため、同様に赤で描いている。また、パルコを寺社仏閣と考えた場合、スペイン坂はその参道であり、スペイン坂周辺はパルコの門前町であると見立てることができる。さらに、渋谷のスクランブル交差点は、池に橋がかかっているように描き、信号が青になると、そこに横断歩道という橋がかかると解釈した。

 吉田氏は「現代の江戸切絵図」の制作を通じて、ある強いルールを課すことにより、新しい角度から街を再発見できることが分かったという。また、江戸切絵図のデザインは、移動は歩行しかなく、街は歩行の場であったという制約された条件のもとで最適化された美しいグラフィックデザインであり、今後も制作を続けたいと語った。

 このほか、女性向け地図アプリ「恋するマップ~女子地図~」の紹介も、株式会社ゼンリンデータコムの中西紀子氏により行われた。同マップの詳細については以前、本連載でも紹介している(2017年3月30日付関連記事『「女子ちず」は私鉄路線も縞模様、目指したのは女性が見てもテンションが下がらない地図アプリ』参照)。同アプリの特徴の1つに、地図の周りに写真のようにフレームを付けられる点が挙げられるが、吉田氏とのコラボレーションにより、「現代の江戸切絵図」をテーマとしたフレームを10月にリリースする予定であると発表した。

株式会社ゼンリンデータコムの中西紀子氏
「現代の江戸切絵図」のフレーム

 シンポジウム後半は吉田氏が講師となり、「現代の江戸切絵図」を制作するワークショップが開かれた。テーマは、お台場エリアの江戸切絵図。お台場エリアの輪郭が描かれた台紙に街全体のおおまかな道の構造を考えてペンで描き、道路や建物などの紙を切り抜いて貼り付け、色鉛筆などを使って仕上げる手順となっている。「現代の江戸切絵図」を一から描くのは時間がかかるが、あらかじめ用意されたパーツを並べて仕上げるこの方法ならば、誰もが手軽に江戸切絵図のようなデザインで地図を作成することが可能で、参加者は楽しそうに作成していた。

江戸切絵図風のパーツを貼り付けて制作する
完成見本

本連載「地図とデザイン」では、INTERNET Watchの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、地図の図式や表現、地図のグラフィックデザイン/UIデザイン、デジタルによる新たな地図デザインの可能性……等々、「地図とデザイン」をテーマにした記事を不定期掲載でお届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。