地図と位置情報
QGISの“オープンソースとビジネスの両立”へ、「MIERUNE MEETUP 2025」で新戦略が発表される
2025年6月18日 06:00

札幌を拠点にオープンソースのGIS(地理情報システム)ソリューションを提供する株式会社MIERUNEは、位置情報技術をテーマとしたプライベートカンファレンス「MIERUNE MEETUP 2025」を5月22日に札幌にて開催した。同社は地理空間情報に関連したオープンソースソフトウェア(FOSS4G)のコミュニティから生まれた企業で、2016年に札幌市内でスタートし、現在は30人を超える社員が所属している。
MIERUNEのビジネスの土台はオープンソースGISソフト「QGIS」を活用したソリューションの提供であり、建設・測量や運輸・交通、情報・通信、農業など幅広い企業や官公庁、研究機関・大学に地図・位置情報関連のシステム開発やコンサルティングを手掛けている。
今回のイベントでは、MIERUNEのQGISソリューションを導入した5つの企業・団体による活用事例の発表が行われた。まずは、その中から2つの事例を紹介する。
アジア航測、海底地形マップ「釣りドコ」のバックエンドシステムを刷新
海底地形マップサービス「釣りドコ」について、MIERUNEと連携しながらプロダクトのリニューアルを行った。釣りドコは航空レーザー測深機(ALB)によって取得した詳細な海底地形図をスマートフォンやPCから閲覧できるPWA(Progressive Web Apps)で、水深に応じて色分けされた「水深段彩図」に加えて、海底地形の変化を判読しやすい「赤色立体地図」も閲覧できる。
登壇したアジア航測株式会社の高柳茂暢氏は2017年に社内説明会において海底地形図を初めて見て衝撃を覚え、アプリを作ることを思いついて社内ベンチャー制度に応募し、2019年にサービスをリリースした。釣りドコはALBで作成した詳細な海底地形を見られる世界初のウェブアプリで、これまで経験と勘の世界に頼っていた「釣り」の世界にDXをもたらしたと言える。
一方で、現状のシステムでは公開エリア拡大への対応が難しく、地図の読み込みスピードや課金までの動作の分かりにくさ、釣果やコンテンツの閲覧性の悪さなどが課題となっていた。そこで同社はMIERUNEに相談してバックエンドの地図配信システムをリニューアルし、Google マップにサーバー上の海底地形図を重ね合わせる従来の方法から、タイル化した地形図をクラウドベースで配信する方法に変更することで地図動作の動きを改善した。このリニューアルにより、他サービスへの海底地形図の配信も可能となった。
さらに2024~2025年度には第2弾としてMIERUNEとともにフロントエンドの改修にも取り組んでおり、地図の導線を改善しすぐに地図を見られるようにするとともに、ボタン配置にもこだわり、シンプルで直感的なUIとなるように改良している。同社は今後、フルリニューアルした新たな釣りドコを2025年10月に公開する予定だ。
大和不動産鑑定、QGISへの移行で社内データ標準化プラグイン開発も
不動産鑑定評価や固定資産システム評価などを手掛ける大和不動産鑑定株式会社では、評価額の比較検討や価格シミュレーション、各種図面の作成・整備、都市計画図や道路台帳などの資料の整理などにGISを利用している。従来はこれらの業務にソースコードが公開されていない商用のGISソフトウェアを利用していたが、ソフトウェアのサポート切れやコスト低減などを理由に、MIERUNEに依頼してオープンソースのQGISへの移行を進めている。
従来は社内で保有している図形ファイルが統一されていなかったため、MIERUNEは、属性や図形の構造を統一してデータ編集・属性更新の効率化を図るためQGIS用の社内データ標準化プラグインを開発した。このプラグインを利用することにより、従来のファイルを標準化したシェープファイルに変換できる。
このほか、納品仕様に沿ったシェープデータを自動作成できる「成果品データ作成ツール」や、属性値の絞り込みや対象データを抽出して一覧化する「属性・リスト検索ツール」などを開発したほか、不動産の評価計算に必要な距離測定を可能にする「距離計測ツール」もQGISアドオンとして開発を行っている。
大和不動産鑑定の金城海渡氏は、締めくくりとして、以下のように語った。
「QGISへの移行はゴールではなく、始まりです。現在、既存システムからの脱却と業務特化ツール群の整備を進めており、属人性を排除してデータの再利用性を向上させています。その次に見据えているのがAPI化による内部・外部連携の加速で、成果品の出力作成をモジュール化して連携することで、社内の他拠点や他の業者とのデータ共有を可能にしたいと思います。データの統一と連携の加速により、最終的にはAIや機械学習によって蓄積したデータを活用し、予測などができるようにしたいと考えています。」
掲げるキーワードは「QGIS as a Product」
テクニカルセッションでは、MIERUNE CTOの井口奏大氏が同社の取り組みや新たに提供開始するサービスについて語った。
MIERUNEは創業当時からQGISのコミュニティに対して寄付を行うとともに、QGISの多様なプラグインを無償で公開している。また、2024年秋にはQGISの使い方や最新情報を公開する総合情報メディア「QGIS LAB by MIERUNE」も開設し、QGISに関する体系的な知識とスキルを学べる「QGIS研修」などのサービスも提供している。
井口氏は、これまでQGIS関連のビジネスで得た利益の一部をQGISの支援や普及促進に還元してきたが、これは社会的責任として行ってきたことであり、必ずしも経済的には合理的ではなく、“オープンソースとビジネスの両立”という意味では課題があるため、持続性という観点から考えるともっと良いかたちがあると考えている。
そこで従来のビジネスサイクルを逆転し、「QGISへの支援および普及促進を行い、それがMIERUNEのビジネスの利益につながる」というかたちを作り、そのうえで顧客に価値を提供するという流れを作ることで、コミュニティとMIERUNE、そして顧客の全てが利益を得られる“三方よし”のビジネスの構築を目指している。
このような考え方から井口氏は、MIERUNEのプロダクトとしてQGISの普及を推進する「QGIS as a Product」というキーワードを掲げており、QGISの新規のユーザーを増やす新たな施策として「QGISサポート」、既存ユーザーの利便性を高める新たな施策として、QGIS向け新サービスを紹介した。
QGISサポートは、オープンソースソフトウェアであるQGISを企業が利用するうえで、MIERUNEのQGISスペシャリストが効果的な操作方法と活用方法を支援する商用のサポートサービス。ライト(10時間/20万円)、スタンダード(28時間/55万円)、エンタープライズ(55時間/100万円)、カスタム(個別見積)の4コースを用意している。単なる操作説明やQ&Aだけでなく、モデルビルダーやスクリプトの実装による自動化支援や業務内製化支援(スタンダード)、組織内の業務フロー改善支援(エンタープライズ)なども提供するほか、カスタムプランではプラグイン開発やカスタマイズ研修の企画・実施も行う。
QGIS向け新サービスについては、QGISと開発中の新サービスが稼働するサーバーを利用してデモを行った。
井口氏は、「MIERUNEはQGISをベースとしてビジネスを行ってきましたが、ここからの10年に向けて、より一層QGISをMIERUNEのプロダクトとして普及に努めていきたいと思いますので、皆さんぜひ“QGISと言えばMIERUNE”と覚えていただければと思います」と語った。
位置情報技術で「位置」を「価値」に変える
MIERUNE CEOの桐本靖規氏は本イベントにて以下のように語った。
「生成AIやAIエージェントの登場で将来の企業のあり方が今問われていますが、MIERUNEにとってはまだまだ追い風だと思っています。わたしたちには位置情報技術の幅広い知見と、さまざまなバックグラウンドやドメイン知識があります。それらの知見でクライアントのみなさまと対話や伴走を行って課題解決するというのは、なかなか他のシステム会社さんにはできないことであり、差別化できていると思っています。当社は今後もソリューション事業とQGISプロダクト事業の両方を推進していきます。
当社は“位置から、価値へ”のスローガンで位置情報技術のプロフェッショナル集団として、『位置』の力を『価値』に変えてお客様の課題解決をサポートするとともに、オープンソースのコミュニティから生まれた営利企業としてコミュニティの精神でメンバーが協力し合い、クライアントと併走しながら多様な業界へ貢献していきたいと思います。」
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。