地図とデザイン
元Appleのカートグラファー・森亮氏が語る「MapTiler.JP」地図のこだわりとは? そもそも“カートグラファー”って何をする職業?
2020年2月6日 08:00
スイス発のグローバル向け地図配信サービス「MapTiler」の日本向けサービスとして1月末にスタートした「MapTiler.JP」。同サービスの開始にあたっては、地図タイルの配信サービス「MIERUNE地図」を提供してきた株式会社MIERUNEが協力しており、OpenStreerMap(OSM)の地図データをベースに日本向けのスタイルを採用した地図「JP MIERUNE」がMapTiler.JPを通じて提供される。
このJP MIERUNEのベクトル地図のスタイリング作製に携わったのが、元Appleのカートグラファー(地図製作者)であり、MIERUNEの社外取締役を務める森亮氏だ。Appleに在籍する前は、地図会社のアルプス社や、フィールドセールス向けクラウドサービスを提供する株式会社オークニーなどにおいて、一貫して地図の製作に関わってきた森氏は、OSGeo財団日本支部の元代表でもあり、オープンソースコミュニティのFOSS4G(Free and Open Source for Geospatial)の運営にも長年取り組んできた。その森氏に、国土地理院が提供する基盤地図情報の建物データなどを組み合わせたJP MIERUNEのベクトルタイルのスタイリングについての詳細と、地図製作に対する同氏のこだわりについて聞いた。
「Gray」「Dark」スタイルの地図も実はフルカラー、グレーに見える青や茶色で色彩的な深み
――JP MIERUNEの地図をスタイリングする際に、どのような点に気を付けたのかを教えてください。
JP MIERUNEには「Streets」「Gray」「Dark」の3種類の地図があります。このうちStreetsは従来のMIERUNE地図のマップスタイリングをアレンジしたもので、GrayとDarkについては何もない状態からスクラッチで作製しました。
Streetsの色づかいは、MIERUNE地図で使っていた色に、できるだけ似せるようにしています。本当は高速道路の色は緑っぽくしたかったのですが、MIERUNE地図ではオレンジだったので、その色を踏襲しました。また、GrayやDarkについては、一見すると単色のようですが、実はフルカラーです。グレーのように見える青や茶色、黄色などを使ってフルカラーで表現していて、それによって色彩的な深みが増しています。
――JP MIERUNE StreetsについてはMIERUNE地図の色使いを踏襲したとのことですが、そこからどのようなアレンジを行ったのでしょうか?
MIERUNE地図のデザインはとてもきれいだと思いますが、どちらかというと地図そのものとしての情報量は少なめで、デザイン優先という面があったように思います。そこで私としては、そこにカートグラファーとしてのこだわりをプラスして、スタイリングの美しさと地図としての実用性の両方を兼ね備えた地図を目指しました。
深いズームレベルの調整こそが、日本人を満足させる都市地図のカギ
――JP MIERUNEのスタイリングの過程で最も重視したことは?
ズームレベルを上げていったときの詳細図の表示の滑らかさですね。これについては全てのレイヤーで細かく手を入れています。日本の都市詳細図のように情報密度が濃い地図というのは、ほかの国にはあまりありません。その辺のズームレベルをきちんとやらないと日本人が満足する都市の地図にするのは難しいので、とにかく深いズームレベルの調整には、「そこまでしなくてもよかったかもしれない」と思うほど大変気を遣いました。
あとは、ズームしていったときに、シームレスというか、シルクのような滑らかさで、色や文字が淡いものから次第に濃くなっていったり、文字の大きさが次第に大きくなっていったりする変化の表現にもこだわっています。これらの調整は基本的にはMapTilerのエディタを使って行いましたが、最終的にはエディタではできないところもあったので、JSON形式のスタイル定義ファイルを直接いじって設定した部分もあります。
――MapTilerは世界共通のグローバル向けの地図も提供していますが、それとは別に日本向けの地図を作ることの意味について、どのようにお考えですか?
例えばGoogle マップなどの海外の地図では、サンフランシスコなどの密集地であっても、ズームレベル13~15くらいしか要求されません。これは日本で言えば北関東が一画面で表示されるくらいの大きさで、それ以上、拡大しても間延びしてしまう。ところが日本の場合はそれよりもさらに拡大したズームレベル15~17くらいがとても大事になります。日本で求められる地図というのは世界の中でも特殊なので、日本向けの地図を別に用意することには大きな意味があります。
小刻み過ぎるベクトル地図のズームレベル調整に、時間がどんどん溶けていく!
――今回、JP MIERUNEのラスター地図についても、森さんがスタイリングを行ったベクトル地図をもとにラスター化したものに入れ替わります。マップスタイリングを行う上で、ベクトル地図とラスター地図ではどのような違いがありますか?
カートグラフィーという点ではベクトルもラスターも本質はあまり変わりませんが、実装が違います。ズームレベルが13と14で1違うと、ラスターは大きく変化するので、それぞれのズームレベルを決め打ちで作れば良いけど、ベクトルの場合は13と14の間で細かく刻みながら変わっていくので、「13.5では表示させていいけど、13.4では表示させない」といった細かい設定が必要になり、こだわれば本当にきりがなくて、時間がどんどん溶けていきます(笑)。
JP MIERUNEについても、私がこのプロジェクトに参加している間は、継続して改良を重ねていくつもりです。さらに今後、新しいデータが入ってきた場合はスタイリングを変える必要が出てくる可能性もあるので、そういう点も含めてきちんとメンテナンスしていきたいと思います。
カートグラファーの役割は、バランスの取れた地図を設計すること。デザイナーとしてのセンスも
――“カートグラファー”というのは日本では聞き慣れない肩書きですが、一体どのような職業なのでしょうか?
表示されるべきものが表示されるズームレベルで、表示されるべき大きさで出てくる――そのようなバランスの取れた地図を設計するのがカートグラファーの役割であると考えています。色や線の太さなど、グラフィックデザイナーが考えるような要素にも関わってくるので、デザイナーとしてのセンスもある程度求められますが、もともとは地図がどの縮尺で何が表示されたらユーザーの目的にぴったりと合うのかということを考えて、設計するのがカートグラファーです。
昔と違って、今は定義されたスタイルファイルを編集する必要があるので、プログラミングの知識もある程度必要です。そういう意味では、クリエイターであり、エンジニアでもあるのがカートグラファーだと思います。
――今回、MapTilerが日本でのビジネスを開始することについてどのようにお考えですか?
mapboxが日本でビジネスを開始したあとも、次の選択肢として、すぐにMapTilerがやって来たように、オープンソースやオープンデータの世界というのは、次から次へといろいろなアプローチが生まれることが魅力であり、それはとてもすばらしいダイナミズムだと思います。ぼくは個人としてmapboxが大好きだし、とてもリスペクトしているけど、MapTilerのアプローチも大事だと思うし、両方とも好きです。
私自身、カートグラファーとしてGoogle マップ以外の選択肢を提供することについてはすごく使命感があるので、今後もJP MIERUNEを随時アップデートしながら、完成度を高めていきたいと思います。
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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。