地図とデザイン

地図や路線図でいろいろデザインするのって面白い! 現代の地図デザインで江戸時代の日本を表した「れきちず」が話題

開発者の@chizutodesignさんが“地図とデザイン”の魅力を語る

れきちず

 現代の地図デザインを使って江戸時代の日本を表した地図「れきちず」。一見すると普通のウェブ地図サイトのように思えるが、よく見るとあちこちに昔の地名が混じっていて、海岸線の形が今と違う。首都高速や東京湾アクアラインが存在しないし、ダム建設によってできた人造湖も見当たらない。街道は高速道路ではなく“五街道”が江戸を基点として四方へ広がり、街道沿いには宿場のアイコンが配置されている。

 もし江戸時代にインターネットやスマホがあったなら、このような地図になったのではないかと思わせるこのユニークな地図は、公開されて以来、ネットメディアだけでなくテレビなどでも紹介され話題を呼んだ。

地図とか路線図とか@chizutodesign

 「れきちず」を開発したのは、X(旧Twitter)アカウント:地図とかデザインとか(@chizutodesign)こと加藤創氏。加藤氏は、オープンソースGIS(地理情報システム)ソフト「QGIS」のソリューション開発やデジタル地図開発プラットフォーム「MapTiler」を提供する株式会社MIERUNEのデザイナーで、ほかにも地図を題材としたさまざまな作品をXで発表している。

 11月にはそれらの作品をまとめた書籍「地図とか路線図とか@chizutodesign」を株式会社天夢人より出版した。次から次へとユニークな作品を発表し続ける加藤氏は、なぜこのような活動を始め、地図をデザインすることについてどのような思いを抱いているのだろうか。12月6日に東京都内で行われた出版記念イベントの模様も交えてお伝えする。

本連載「地図とデザイン」では、連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、地図の図式や表現、地図のグラフィックデザイン/UIデザイン、デジタルによる新たな地図デザインの可能性……等々、“地図とデザイン”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けしています。

“鉄道の路線図風デザイン”の電力系統図がTwitterでバズる――いろいろな情報を路線図で表わす効果とは?

加藤創氏

 加藤氏は千葉県市川市生まれで、社会人になってからは東京都江東区に住みながらグラフィックデザイナーとしてデザイン制作会社に勤務していたが、2022年に北海道のベンチャー企業であるMIERUNEへ転職し、現在は札幌市に住んでいる。MIERUNEではグラフィックデザイナーとして会社のプロモーションツールやノベルティなどのデザインを担当している。

MIERUNEで加藤氏が手掛けたデザイン

 加藤氏は昔から地図や路線図が好きで、それらとデザインを組み合わせた作品を趣味で作り始めて、2018年からTwitter(現在のX)への作品の投稿を開始した。そして投稿を開始して間もなく、関東地域における電力系統図(発電所で作った電気を各地へ送る送電網を表した図)を鉄道の路線図のようなデザインで描いた作品を発表したところ、大きな反響を得た。電力の送電網という“バズり”とは無縁そうな分野にもかかわらず予想以上の反響があったことに加藤氏は驚き、「もっとほかにもいろいろと作ってみよう!」と決意したという。

初めてバズった作品「関東の電力系統図」

 路線図風のデザインを採用したのは、もともと加藤氏が路線図を好きだったというのもあるが、電力会社各社が公表している電力系統図を見て、それぞれの送電線に「○○線」という名前が付いていることに気付き、鉄道や道路の路線図のように見えたこともあり、「詳しくない人に分かりやすく見せるにはどうすればいいか?」と考えた末、路線図が最も適していると考えたという。

 加藤氏はその後も、古代道路や五街道、構造線など路線図風デザインの作品を数多く発表している。中には、電力系統図のような地理情報だけでなく、東京や大阪など全国各地の月ごとの平均気温を路線図風にした作品もある。加藤氏は、路線図風デザインは地理的なデータを可視化するのに適しているだけでなく、気温のように、複雑ではないグラフを可視化するのにも路線図は適していると考えており、「普通のグラフだと分かりづらい場合でも、路線図にすることで少し変わった視点で情報を見ることができるかもしれません」と語る。

古代道路地図
各都市の気温路線図

 なお、電力系統図については後年、「全国版」も発表している。全国版の電力系統図は、関東版とは異なり、路線図風ではあるが黒地にカラフルな線を組み合わせたネオンサインのようなデザインとなっている。このようにした理由について加藤氏は、「遊び心を入れ、電力ということで電気を使って発光し、夜を照らすネオンをモチーフにしました。親しみをもたせることで、より多くの人の目に留まるようになったと思います」と語る。

ネオンサインのようなデザインとなった全国版の電力系統マップ

“円形デザイン”によって時間情報を距離として可視化。新幹線は音楽フェスの“タイムテーブル風”に

 路線図風デザインと並んで加藤氏が数多く作っているのが、“時間”をテーマにした“円形デザイン”の作品だ。青春18きっぷを使用して東京駅を始発で出発したときの最速の到達時間を円形の“等時線”で描いた「18きっぷ 到達時間マップ」や、山手線各駅から郊外へ放射状に伸びる主な路線の最終電車の出発駅と到着駅を等時線で表現した「東京終電マップ」、五大都市を出発する昼行の高速バスを時間で表現した「高速バス 時間マップ」など、いずれも円形デザインを採用している。

 加藤氏は、このような形に表現することで、時間情報を空間と同じように距離として可視化できると考えており、読みやすさと分かりやすさを意識して作成しているという。

18きっぷ 到達時間マップ
東京終電マップ

 加藤氏の時間をテーマとした作品には、円形以外のデザインもある。中でもユニークなのが「新幹線タイムテーブル」という作品だ。これは新幹線の都道府県ごとの通過時間をライブやフェスなどの音楽イベントのタイムテーブル風に可視化した作品で、色使いは新幹線カラーを採用している。このデザインについて加藤氏は、「鉄道という、ややもすればマニアックな世界に寄ってしまいがちなところを、音楽イベント風のビジュアルにすることで、より多くの方に興味を持っていただけるのではないかと思いました」と語る。

新幹線タイムテーブル

47都道府県におけるコンビニ3社のシェア、“加法混色”と“減法混色”で地図に表現すると――

 このほかデザインの知識を活かした作品として、“加法混色(光の三原色)”と“減法混色(色の三原色)”でそれぞれ表現した「コンビニシェアマップ」という作品もある。これを作った理由について、加藤氏は以下のように語る。

 「各地域で1位のコンビニで塗り分けられている日本地図は昔からよくありますが、ある地域ではコンビニ大手3社がほとんど拮抗しているのにも関わらず、1社が数店舗多いだけでその会社の色に塗り分けられてしまうというのが気になっていました。それを改善するために、三原色の色の割合と対応させることで、3社のどこが優勢なのか、それとも拮抗しているのかが色を見るだけで理解できるようになったのではないかと思っています。」

コンビニシェアマップ(加法混色)

地図・路線図好きのグラフィックデザイナー、ついに……地図業界へ転職してしまう

 このようなさまざまな作品を作っていく中、加藤氏は2019年に「れきちず」のルーツと言える、江戸時代の関東地域をGoogleマップ風に描いた地図を発表して、またしても大きな反響を得た。加藤氏はこの作品について、「私はそれほど歴史に詳しくなかったので、これを見た人からは『ここが違うよ』とか、『これを追加したほうがいいよ』といったアドバイスをいただいて、より良いものを一緒に作り上げることができたのがうれしかったです」と語る。

Googleマップみたいな江戸時代の地図

 そんな加藤氏のもとに、あるときTwitterでDMが届いた。MIERUNEの代表取締役社長を務める朝日孝輔氏から送られてきた、オープンソースの地理情報ソフトウェア群(Free Open Source Software for GeoSpatial:FOSS4G)をテーマとしたカンファレンス「FOSS4G HOKKAIDO 2019」への参加要請だった。

 「北海道に行ったことないし、せっかくなら行ってみよう!」と思った加藤氏は札幌へ行き、これまで手掛けた作品の数々をイベントで発表した。当時を振り返り、加藤氏は「そのような発表を人前でするのは初めてだったので緊張しましたが、知らない人たちといろいろな交流ができて楽しかったです」と語る。

札幌で開催された「FOSS4G Hokkaido 2019」

 このイベントへの参加をきっかけに、加藤氏は2022年にMIERUNEへ転職。その後も作品作りは続き、未来の高速道路図を描いたマップや、サクラの開花を可視化した動画の地図などを発表している。また、デジタル作品だけでなく、湖の水部を立体化したレジン製の模型などアナログ作品も制作した。

湖の水部を立体化

 そして2022年には、かつて発表した江戸時代のGoogleマップ風の地図についても大幅に進化させることを決意。関東だけでなく関西や中部のマップなどもそれぞれ1枚の画像として作品にしていたが、「これをGoogleマップ風ではなくオリジナルデザインにして、しかも拡大・縮小できるようにしたい!」と思って開発したのが「れきちず」だった。

2023年8月に「れきちず」を公開

古地図の課題を“デザインの力”で解決!「れきちず」将来バージョンでは江戸時代の経路検索も可能になる?

 「れきちず」を開発した理由について、加藤氏は以下のように語る。

 「昔から古地図や絵図が好きだったのですが、昔の地図はくずし字で表記されていたり、文字の向きがバラバラに書かれていたりするので見にくいという課題がありました。これまでも江戸時代を復元した地図サイトやアプリはありましたが、古地図のデザインをそのまま踏襲したものが多く、掲載範囲も江戸周辺に限られているので、現代の地図デザインを使って歴史や地理に詳しくない人にも分かりやすい地図を作ろうと思いました。」

古地図の課題をデザインの力で解決しようと思ったのが開発の理由

 開発にあたっては、まず「国立公文書館デジタルアーカイブ」が所蔵する江戸時代の絵図や、農研機構の「歴史的農業環境閲覧システム」で公開されている明治初期の「迅速測図」、明治から平成にかけての旧版地図を見られる時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」などを参考に、QGISを使って海岸線や街道、国境、航路などを描画し、細かい位置の誤差については国土地理院が公開する地図データ「地理院タイル」を使って補正した。

歴史的農業環境閲覧システム(https://habs.rad.naro.go.jp/
昔の地図をもとに地図を作成
地理院タイルを使って細かい部分を補正

 このようにして昔の海岸線と街道を描いた地図を作成し、その上に「江戸名所図会」など当時の文献をもとに地点情報(POI)を追加していった。村や宿場の位置は明治時代の地図や「日本歴史地名大系」「角川日本地名大事典」などの文献をもとに位置を推定して追加した。

 これらの情報を追加する際には、参考文献として国や地方自治体、博物館など公的機関による信頼性の高い出典元を極力使用し、著作権を侵害する恐れがあるため、Googleマップなど商業地図の情報は使わないことを心掛けたとのこと。加藤氏によると、開発で最も苦労したのはこのPOI追加の作業だったが、一方で、自分が訪れたことのない場所の情報を追加するのは、まるで旅をしているような気分を味わえてとても楽しかったという。

 なお、POIのアイコンは、例えば劇場は「能面」、茶屋は「団子」をモチーフにするなど、現代の地図とは異なるオリジナルのデザインを作成し、アイコンが表示される順番についてもPOIの重要度に応じて自然に見せられるように調整した。

 完成した地図は、QGISのタイル作成機能を使用してウェブで閲覧できる形式に変換したうえで、オープンソースの地図ライブラリ「MapLibre」に読み込んでサーバー上にアップロードした。

オリジナルのアイコンを作成
アイコンを配置

 現状の課題としては、POI情報がまだまだ少なく、地域によってばらつきが見られることや、ある程度までしか地図を拡大できないこと、重要度を高くしている地点が途中で消えるなど表示の挙動がいまひとつであることなどが挙げられ、今後改良を続けていくとしている。

 また、今後強化したい点としては、現代の地図と2画面で並べて比較したり、重ね合わせたりできるようにすることや、地点のアイコンを押すと情報が表示されるようにすること、多言語表示やふりがなの表示、経路検索機能の追加などを目指している。さらに、国立情報研などが運営する「ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター」がオープンデータとして公開している「歴史地名データセット」などを活用することも考えている。いずれは古代から現在、未来までも閲覧できる地図サイトを目指しており、昔の地図に関する情報やアドバイスなども募集している。

「れきちず」のロードマップ

デザイナーを志す人へ伝えたい「地図をデザインの素材として使うこと」の魅力とは?

 12月6日に行われた出版記念イベントでは、参加者から加藤氏にさまざまな質問が寄せられた。「地図を作るときにこだわっているところは?」という質問に対しては、「細部までこだわりたい。遊び心を入れたい」と回答。また、デザインの題材として地図を扱うことの面白さについては、「Excelの数字データなどを地図に載せることで、ひと目見ただけで分かるように可視化できること」と語った。

 一方、センシティブな要素やネガティブな要素を地図に可視化することで、見る人の不安を煽ったり、悲しい気持ちにさせたりすることもあるので、バランスを考えながら作ることも意識しているという。一般的なデザインに比べると、地図のほうが視覚的に分かりやすく伝えられるが、それだけに適切ではない情報も視覚化できてしまうため、「なんでも可視化」するのではなく、見る人がどのように思うかを考えながら制作・公開することを心掛けている。

 加藤氏はこれまでさまざまな作品を作ってきたが、これらのアイデアは考えようと頑張って捻りだしたのではなく、ふとしたときに浮かんでくるものだという。アイデアを思いついたら頭の中でぼんやりと考えて、何か異なるデザインのモチーフがあれば参考にして形にする。このようなユニークな作品を作り続けられる秘訣としては、「自分が作りたいものや、公開すると世の中に少しでも役立つような地図を作りたいと普段から考えることでしょうか。ただし最近は以前よりもネタが思い浮かばなくて困っています(笑)」と語る。

 そんな加藤氏に、デザイナーを志している人に向けて「地図をデザインの素材として使うこと」の魅力についてメッセージをお願いした。

 「デザイナー、特にグラフィックデザイナーというのは、何らかの情報をデザインを通して人に伝えるのが仕事です。地図もそれとよく似ていて『空間を人に伝えるために表現されたもの』だと思うので、『情報を分かりやすく伝えたい!』という思いで、ぜひ地図を作ってみてください!」(加藤氏)

 なお、このような加藤氏の地図作りへの思いがMIERUNEにも理解され、「れきちず」は2024年以降、会社のサポートを受けて運用することになったという(MIERUNEの2023年12月19日付発表文)。「れきちず」のプロジェクトは加藤氏が中心となって進めて、より良い地図を目指す方針だ。ただし、従来の「れきちず」のオープンで自由に使える精神は変えないとのこと。加藤氏のこだわりが詰まったこの「れきちず」が今後、MIERUNEの技術力によってどのように進化するのか大いに期待したい。

“地図好き”なら読んでおきたい、片岡義明氏の地図・位置情報界隈オススメ記事

INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。