地図と位置情報

カーナビ用マップでは情報が足りない! (自動運転ではなく)安全運転のために必要な道路地図データ「SD Map+」開発中

ジオテクノロジーズのデジタル地図づくり最前線――SAR衛星やポイ活アプリの活用も

ジオテクノロジーズ株式会社の平野宗亮氏(左)、古口裕康氏(中)、佐々木秀孝氏(右)。同社のデジタル地図づくりの最新動向についてお話を伺った

 スマートフォン向け地図アプリやカーナビなどに地図データを提供するジオテクノロジーズ株式会社は今年4月、代表取締役社長CEOが前任の杉原博茂氏から八剱洋一郎氏へと代わって新たなスタートを切った。八剱社長の今後の方針については、7月5日に行われた記者懇談会で示されたが、その中で気になった話題や、新アプリの最新動向などについて追加取材を行ったので、今回はその内容をお伝えする。

 ジオテクノロジーズは、1994年にパイオニア子会社のインクリメントP株式会社としてスタートし、2021年6月に独立、2022年1月に現社名となった。現在は地図データのほか、地理空間情報に関連したさまざまなソリューションや、ポイ活アプリ「トリマ」などコンシューマー向けアプリの提供、それらのアプリから得られる人流データを活用した広告サービスなども展開している。

ジオテクノロジーズが提供する地図サービス「MapFan」

「SDMap+」を開発中。HD Mapよりも低コストで“車の安全性向上”目指す

 八剱社長は7月の記者懇談会で、近年のオートモーティブ分野の動向について言及したうえで、従来のカーナビ向け地図「SD Map」と、自動運転に向けた「HD Map(高精度3次元地図)」の中間に位置する新たな地図データ「SD Map+(Enhanced SD Map)」を開発中であることを表明した。

 SD Map+は、完全運転自動化の時代が間もなく訪れると考えられていた2018年当時から状況が変わり、もうしばらくは時間がかかるという見方が増えている状況の中で、まずは完全自動化よりも、ADAS(先進運転支援システム)などにより安全性向上に力を入れたいという自動車業界からの要請に応えたものだ。

 ジオテクノロジーズ執行役員の平野宗亮氏(オートモーティブ・グローバル営業本部 本部長)は以下のように語る。

 「これまで高速道路の自動運転化への実現に向けてOEM(自動車メーカー)各社が取り組んできましたが、まだまだ市場自体が進んでいない状況です。一方で各社とも死亡事故ゼロを目標として掲げてはいるものの、それを実現するためにはカーナビ用のSD Mapでは情報が足りません。しかし、HD MapはSD Mapよりもコストが大幅に上がってしまうため、SD Mapに足りない情報を加えた新たなマップを、普及価格帯の車に搭載できるレベルの金額で提供する必要があると考えました。」(平野氏)

ジオテクノロジーズ株式会社 執行役員の平野宗亮氏(オートモーティブ・グローバル営業本部 本部長)

 現在、自動車のシステム自体は大きく進化し、周囲のリアルタイムな交通環境の判断は、ほぼカメラやLiDAR(レーダースキャナー)などのセンサーで行えるようになっているという。とはいえ、カメラやセンサーでは曲がり角の先など見えない場所の情報を認識することはできないし、たとえ視認できたとしても距離が遠いため解像度が足りず状況を認識できなかったり、制限速度や一方通行など交通ルール次第で安全かどうかの判断が難しかったりする状況も発生する。

 そのため、「見えないもの」または「(交通ルールなどの)物理的に存在しないもの」をあらかじめ車が理解し、先読みするための情報として、従来のカーナビ用地図に含まれなかった情報を新たに加えたものがSD Map+という位置付けとなる。ジオテクノロジーズでは、特に交差点周辺で車がどのように動けばいいのかを判断するうえで役に立つ情報を多く盛り込む予定だ。

車両のカメラやセンサーでは認知できない情報を収録することでリアルタイムに道路構造を把握(画像提供:ジオテクノロジーズ)

 それでは従来のカーナビ用地図にない情報として、SD Map+に加えるのは具体的にどのような情報なのだろうか。ジオテクノロジーズが開発中のSD Map+に追加する情報は主に以下の項目となる。

1)交差点におけるレーンのつながりの情報
 SD Mapにもレーン情報は含まれているが、交差点でレーンがどのようにつながっているのかを示す詳細な情報は含まれていなかった。車線数が異なる道路同士が交差する場合や五叉路など、複雑な交差点の場合は特にレーンの接続情報が必要となる。

2)横断歩道
 SD Mapには横断歩道の情報は含まれていないが、歩行者の動きを予測するうえで横断歩道がどの位置にあるかを示す情報が必要となる。

3)信号機
 カーナビでは1つの交差点につき信号機の情報は1つで十分だったが、運転制御の用途で使うとなると、交差点内にいくつ信号機があり、カメラでどの信号機を認識して、その中でドライバーが注視しなければいけない信号はどれなのかを紐付ける必要があり、個別の信号機の位置情報が必要となる。

4)停止線
 停止線はカメラでも認識できるが、前方に車がいる場合は隠れて見えなくなってしまうため、地図情報に盛り込む必要がある。詳しい停止線の情報が追加されることで、停止線が近付いた場合に自動的に減速する支援機能などが可能となる。

「SD Map」と「SD Map+」のデータの違い(イメージ)(画像提供:ジオテクノロジーズ)

 以上の4点がSD Map+に盛り込むことを予定している項目で、ジオテクノロジーズは現在、自動車メーカー向けのサンプルとなるプロトタイプのマップを開発中だ。

 ただし開発中とは言っても、上記の情報について日本全国の道路を新たに調査して回るわけではない。同社が蓄積している日本全国の道路走行画像や衛星画像をもとに、AIを使ってレーン情報や標識、信号、停止線情報などを認識させることでデータを生成。最終的にオペレーターが目視確認を行ったうえで追加する。

 道路走行画像は、ジオテクノロジーズのグループ会社であるグローバル・サーベイ株式会社が、光学カメラを搭載した調査車両を使って全国の道路を走行して撮影したものだ。位置情報はGPSで取得したものであり、HD Mapの整備に使用するMMS(モービルマッピングシステム)車両が搭載するRTK(リアルタイムキネマティック)測位に比べると精度は低いが、MMSによる調査に比べて大幅にコストを抑えることが可能となる。

 「死亡事故ゼロに向けて、光学カメラやLiDARなどのセンサーを使って情報を検知するなど、マップが無くても自動車のシステム側で対応できることは多いですが、カメラやセンサーで認識したものが正しいとは100%言い切れないので、それを静的な地図データと比較して確認したり、見えないところはデータを使ったりと、そのような補完関係が成り立つようにしていきたいと思います。

 システムが作動する範囲をより広げてあげるために、必要な地図情報を厳選し、できるだけ安価に作ってSD Map+としてご提供していくことで、多くの車に事故防止のシステムを搭載できるようになり、その結果、より多くの人が安全性を享受できるようになることを目指していきたいと思います。」(平野氏)

 ジオテクノロジーズでは、SD Map+の正式版を2025年から2026年にかけて提供開始できるよう整備を進めている。

日本全国の“変化点”抽出に、SAR(合成開口レーダー)衛星のデータ活用

 ジオテクノロジーズの地図整備については、岩手県盛岡市にある同社の「東北開発センター(TDC)」においてどのようなプロセスで行っているのかを以前お伝えした。TDCでは近年、高解像度の航空写真や衛星写真をもとにセマンティックセグメンテーションというAI技術を使用して機械処理で変化点を抽出したうえで、新規に建てられた施設の家形(建物の形)や新たに開通した道路を地図データに描くという流れで進められている。

 従来は変化点の有無を目視で確認していたのに対して、AIによって変化点を自動的に見つけられるようになったことで大幅に効率化したわけだが、実はそこからもう一歩進んで、高解像度の航空写真や衛星写真を入手するエリアについても、さらなる最適化を追求しているという。

 衛星写真は近年、これまでよりも低コストで入手できるようになってきてはいるものの、安価な画像はどうしても解像度が低く、地図整備において建物や道路の形状修正に使えるレベルとなると、まだまだ価格が高い。そこで、光学センサーではなくSAR(合成開口レーダー)を搭載した衛星のデータを前段階で使用して変化点を抽出することにより、高解像度の衛星画像を購入するエリアを適正に選択するという取り組みだ。

SAR衛星データによる解析で変化点を抽出(画像提供:ジオテクノロジーズ)

 SARは自ら電波を発射して、地面や水面、建物など観測対象物から跳ね返ってきた電波を観測するセンサーだ。太陽光を光源とする光学センサーとは異なり、昼夜関係なく観測することが可能で、天候にも関係なく、地表が雲に覆われていても常に同じ条件で観測できる。見え方が太陽光の状態に左右される光学画像に比べて、SARデータは解像度が低くても対象物の変化を捉えやすい。この特徴を活かして、まず広範囲において地図の変化点を抽出するためにSARデータを使用することにした。

SAR衛星と光学衛星の違い(画像提供:ジオテクノロジーズ)

 ジオテクノロジーズ執行役員の佐々木秀孝氏(マップディベロップメント 統括/東北開発センター 所長)は以下のように語る。

 「この取り組みは、SARデータの解析技術を持つスタートアップ企業の株式会社スペースシフトと共同で2023年から進めています。これまでも都市部については高解像度な衛星画像や航空写真を網羅的に取得していましたが、郊外は都市部に比べて変化点が少ないため、高解像度画像を購入してもほとんど変化点がなく、コストが無駄になってしまうことも少なくありませんでした。そこで、低解像度のSARデータを使ってまず日本全国でスキャンをかけて、そのデータをもとにメンテナンス計画を立てようと考えました。」

ジオテクノロジーズ株式会社 執行役員の佐々木秀孝氏(マップディベロップメント 統括/東北開発センター 所長)

 高解像度の衛星画像を使えば精度良く変化点を抽出できるが、日本全国くまなく画像をそろえるとなると非常にコストがかかる。安価かつ高頻度に変化点を把握できるようにすることで、同じコストで変化のある箇所をより多くメンテナンスし、高品質な地図を提供できるようにすることを目指している。

 この取り組みは2023年度にPoC(概念実証)を行ったところ結果が良好だったため、2024年度から実際に現場に導入されているそうだ。現在、ジオテクノロジーズが使用しているSARデータは、実は無償で公開されている海外の衛星データであり、素材自体にはお金がかかっていない。ただし解析にはそれなりのコストがかかるため、まずは1年間の差分を取ることから始めて、今後はより頻度を高めていくことも検討している。また、解析の結果、抽出された変化点が正しかったのかどうかをスペースシフトと共有しながら、解析技術を向上させる取り組みも行っている。

 「解析で抽出された変化点については、当社がその部分の高解像度の衛星画像を取得すれば正解かどうかが分かります。また、サンプルをいただいてジオテクノロジーズのオペレーターが判断した結果と、スペースシフト社で検出したものを突合させたうえで、パラメータをチューニングしたり、新たに教師データとして覚え込ませたりと、スペースシフト社のほうでさまざまな工夫をしていただくことで、以前は見つけられなかった変化点が抽出できるようになった例もあります。

 当社としては、SARデータの解析結果をもとにどのようなメンテナンス計画を立てていくのか、そのノウハウを今後は構築する必要があります。これまでは経験をもとに人の判断で地図のメンテナンス計画を立てていましたが、SARデータの解析結果を活用することでデータドリブンで計画を立てられるようになります。ただし、具体的な計画の立て方については、何がベストなのかを模索している最中です。その精度が上がってくると、より有効に活用できるようになると思います。」(佐々木氏)

ポイ活用アプリ「GeoQuest」に投稿された写真を地図更新に活用

 ジオテクノロジーズは6月10日、ユーザーが撮影した写真に価値が付く“Photo to Earn”をコンセプトとした新アプリ「GeoQuest」を提供開始した。

 GeoQuest(ジオクエスト、通称:ジオクエ)は、街中にあるビルやコインパーキングなど、さまざまな施設が“クエスト”として出題され、ユーザーはお題に沿って現地へ行き、写真を撮影して投稿することでマイル(ポイント)がもらえる。貯めたマイルはポイ活アプリの「トリマ」を通して、現金やAmazonギフトカード、他社ポイントなどと交換できる。

「GeoQuest」アプリの概要(画像提供:ジオテクノロジーズ)
写真を投稿するとポイントをもらえる(画像提供:ジオテクノロジーズ)

 同社はこれまで、移動するとマイルがもらえる“Move to Earn”のアプリとしてトリマを提供し、それで得られた位置情報ビッグデータを地図整備や人流解析に活用してきた。GeoQuestも、ユーザーからリアルタイムな写真情報の提供を受けることにより、地図更新に役立てることを狙いとしている。

 従来より同社は、地図更新のための情報収集方法として、以下の情報ソースをチェックしている。

  • ウェブの記事
  • ユーザーからの指摘や問い合わせ
  • 自治体や官公庁への定期的な取材
  • 新聞記事のクリッピング
  • 走行調査画像
  • 衛星写真/航空写真

 このように日頃からさまざまな情報収集を行っているが、入手した情報をそのまま反映するのではなく、必ず現地の状態を確認してから反映するようにしている。これまでは情報確認を外部の会社に委託して、現地での聞き込みや、同社グループでの走行調査などで確認していたが、GeoQuestに投稿されるユーザーの写真を活用することで、情報収集にかかるタイムラグとコストの一部を省くことが可能となる。

 GeoQuestを企画したジオテクノロジーズの古口裕康氏(メタバースBU Maps & LBS MapStrategy)は、「GeoQuestを活用することで、ユーザーとWin-Winな関係を結ぶことにより、コストを下げつつ鮮度の高い情報を地図に反映することが可能になります」と語る。

 GeoQuestには通常クエストのほかに、緊急性の高い情報を求める“緊急クエスト”が実施されることがある。緊急クエストの場合、1カ所あたり複数人のユーザーが投稿すると募集が締め切られる。今年7月に東京都内18カ所で標識の確認を行う緊急クエストを開催したところ、2日間ほどで全ての箇所の投稿が集まり調査完了したという。

「GeoQuest」で出されたクエストと投稿写真の例(画像提供:ジオテクノロジーズ)

 また、群馬県において鉄道の踏切が閉鎖されているという情報が寄せられたため、それを確認する緊急クエストを8月に開催したところ、3地点の確認が2日間で終了した。このときは、どのような方向から撮影するか細かい条件を付けたうえで募集したが、ユーザーの熱意が非常に高く、網羅性の高い情報が得られたそうだ。

 なお、クエストで出題されるのは、必ずしも地図更新に直接役立てるための情報だけではない。地図更新のためだけのクエストに限定すると、周囲に撮影対象がないユーザーも多くなる。それではアプリ利用が広がらないので、自動販売機や街灯、ポスト、ベンチ、バス停など身近にあるものをお題として出すこともある。このようなお題を出すことによって、ユーザーの網羅性がどれくらいあるのかという検証材料にもなるという。ちなみに、最も投稿の集まりが良かったのは自動販売機だったという。

 GeoQuestは9月現在、ダウンロード数は約2万で、累計の写真投稿枚数は約50万枚に上る。このうち画像の有効率は96%と高く、「これほどの信頼度を誇る情報はなかなかほかにはなく、真面目なユーザーが多い」と古口氏は語る。

ジオテクノロジーズ株式会社の古口裕康氏(メタバースBU Maps & LBS MapStrategy)

 「GeoQuestやトリマはポイント還元率が他社アプリと比べて高いのが特徴で、それはジオテクノロジーズがアプリから得られた写真や人流データを地図整備に役立てることで、従来の地図整備費用をユーザーに還元しているからです。広告から得られる収入だけで運営していたらなかなかポイント還元率は上がりません。

 マンホールや電柱などインフラ監視のための写真投稿アプリはほかにもありますが、撮影対象が限られているものが多いのに対して、GeoQuestは街にあるものならなんでも撮影対象になるので拡張性も高い。その強みを活かして、自治体や企業に対してプラットフォームを提供するといったことも検討しています。地図整備に加えBtoBのビジネスと連携させることでユーザーへの還元を増やし、それによってユーザーがさらに増えれば、より信頼度の高いデータが集まる――今後はそのような好循環につなげていきたいと思います。」(古口氏)

パートナーシップ強化でシナジー創出

 今回の取材の直前、株式会社Geoloniaをジオテクノロジーズがグループ会社化したというニュースが発表された。Geoloniaはウェブ地図の提供事業やロケーションプラットフォーム事業を展開するスタートアップ企業で、近年は自治体向けにDX/スマートシティを実現するための地理空間データ連係基盤も提供している。

 この件についてジオテクノロジーズ執行役員の菅野健氏(コーポレートストラテジー 統括)は、「Geoloniaは優れた技術力や国・自治体等への導入・運用実績があり、現時点ではどちらかというとサービスの導入・提供面での協力がメインとなっていますが、Geoloniaとの取り組みの中で地図データや整備に関するアイデアが出てくる可能性は高いので、ぜひそういった面でもシナジーを産み出していきたいと考えています」と語る。

 ジオテクノロジーズはほかにも、株式会社電通との人流データを活用した独自の広告プロダクトの開発推進や 、東京大学との人流データの共同研究、前述したスペースシフトとの共同開発など、近年さまざまなパートナーシップを推進しており、前述のSARデータの活用などすでに成果が出ている分野もある。このようなさまざまな企業との連携の中から、今後、さらに地図・位置情報の活用を加速させる成果が生まれてくることが期待される。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。