地図と位置情報

街のどこに何があったら便利? “人流データ”から答が見えてくる――

大学の研究室など学術分野でのスマホ位置情報データ分析が興味深い

「都市の人流データ計測と都市計画のためのモデル化について」講演した長谷川大輔氏

 位置情報データの活用をテーマとしたイベント「ロケーションビジネス&マーケティングEXPO(LBM EXPO)2025」において5月21日、東京大学不動産イノベーション研究センター(CREI)の特任講師を務める長谷川大輔氏が「都市の人流データ計測と都市計画のためのモデル化について」と題した講演を行った。長谷川氏は都市解析やGIS(地理情報システム)、地域公共交通計画、ネットワーク分析などを専門としており、人流データを活用した駅徒歩圏の広がりと分布の計測をテーマとした論文で日本都市計画学会の2024年 年間優秀論文賞も受賞している。

解像度の高い人流データをモデル化して「施設配置問題」に活用

 長谷川氏は、人口動態や中心市街地活性化、不動産価値向上、災害の多発・激甚化や気候変動による酷暑など、都市におけるさまざまな問題には人の滞留・流動が大きく関わっており、人流をいかにマネジメントするかが重要であると語った。また、現在、世界の多くの都市において車中心から人中心への空間の再構築が進んでいることから「ウォーカビリティ(歩きやすさ)」の重要性が高まっており、ウォーカブルな都市を目指すために人流データが注目されているという。

 これまで人の移動実態は国勢調査や人口動態などの統計調査や目視計測によって調査されてきたが、「広範囲の移動の軌跡を追えない」「取得範囲・期間が限られる」「個人属性の違いを判別できない」などの課題があった。一方、スマートフォンのアプリから収集する軌跡ベースの人流データは人の動きを広範囲・高頻度、かつ高解像度で取得することが可能で、近年では提供する企業やサービスが増えており、ビジネスだけでなく学術分野でも利用が広がっている。

 スマートフォンから収集される“ポイント型人流データ”の解像度には、「空間解像度」と「時間解像度」の2種類があり、空間解像度はGPSデータの精度やデータノイズ、秘匿化処理などに影響される。一方、時間解像度は取得間隔の細かさによって異なる。例えば5分間隔で取得した人流データと1分間隔で取得した人流データを地図上に可視化すると、5分間隔のほうでも人流のおおよその方向は分かるものの、1分間隔のほうはどの道をどのように進んだのかまで詳細に把握できることが分かる。

5分間隔の軌跡(左)と1分間隔の軌跡(右)の違い

 長谷川氏は、このような解像度の高い人流データを都市計画の施設配置問題に活用する事例を紹介した。施設の効率的な利用を目的として配置場所を検討する場合、需要点(施設に対する需要の多い複数の地点:ノード)と施設との合計距離を最小化する「p-median問題」や、需要点から施設までの最大距離を最小化する「p-center問題」などのモデルが昔から使われており、その派生モデルとして、ノード間の移動経路(フロー)を考慮して施設を配置するモデル「フロー捕捉配置問題(FCLP)」による検討も行われてきた。

昔から使われてきた2つのモデル
移動経路を考慮したFCLP

 ただし、これまでFCLPはパークアンドライドや広告看板の配置、鉄道利用者への立ち寄り施設配置など、空間スケールが広い場合でしか利用できなかったが、高解像度な人流データを活用することで個々の移動軌跡を細かく把握できるようになったため、キッチンカーなどの移動店舗やベンチ、暑熱避難施設など、従来よりもミクロなスケールで施設配置を検討できるようになった。長谷川氏は、FCLPのベースとなるデータを人流データから生成可能となったことで、ヒューマンスケールの施設配置の検討が可能になり、今後は都市計画において人流データのさらなる活用が期待できると語った。

夜間帰宅時の「ラストワンマイル」に男女差。歩数の地域間格差も

 長谷川氏の講演が行われたLBM EXPO 2025は、位置情報データを活用したマーケティング/サービスを推進する一般社団法人LBMA Japanが主催するイベント。LBMA Japanは2025年5月現在で101社・団体が加盟しており、LBM EXPOは同団体が昨年初めて開催した。2回目となる今回は「位置情報データのマネタイズとロケーションAI・GX」をテーマに、5月20日・21日の2日間にわたって講演と展示が行われた。

「LBM EXPO 2025」の展示会場

 長谷川氏の講演とともに、デジタル地図会社のジオテクノロジーズ株式会社による講演も行われ、同社執行役員を務める宮原真氏がポイ活アプリ「トリマ」から収集される人流データとデジタル地図をもとにした位置情報ビッグデータの活用事例について解説した。

 なお、トリマから収集される人流データはプライバシーを保護した位置情報データであり、収集・使用する全てのデータは許諾の取れた情報のみを使用している。また、匿名加工処理により使用する情報から個人を識別することはできない。

ジオテクノロジーズ株式会社執行役員の宮原真氏による講演

 LBM EXPO 2025では、位置情報を活用したビジネスを展開する企業のほか、大学の研究室による下記のような展示も行われた。これら4つはいずれもジオテクノロジーズとの共同研究で、取得頻度の高いトリマの人流データならではの特性を活かした分析を行っているという。

夜間帰宅時の「ラストワンマイル」における男女差の実態解明(筑波大学)
歩数の地域間格差の可視化と政策応用(東京大学)
ライブイベント前後の行動分析(横浜市立大学)
3D+時間軸でまちのにぎわいを可視化するWebプラットフォームの開発(慶應義塾大学)

 LBM EXPOには上記のような大学の研究室のほか、位置情報ビッグデータを活用したソリューションや人流データのプロバイダーなどさまざまな企業や団体、行政など42組織が出展した。今回紹介した講演も含め、期間中に会場で行われた23の講演については、公式サイトで6月30日まで動画が視聴可能となっている(視聴するには無料のサイト会員登録が必要)。

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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。