イベントレポート

DS.INSIGHT for Academy データ活用コンテスト

大学生は検索ビッグデータをどう活用する? データサイエンス教育の活性化へ、ヤフーがコンテスト初開催

ヤフー株式会社の大屋誠氏(データソリューション事業本部 パブリックエンゲージメント部 部長)

 ヤフー株式会社(Yahoo! JAPAN)が大学生を対象としたデータ活用コンテスト「DS.INSIGHT for Academy 第1回データ活用コンテスト」を2022年12月17日にオンラインにて開催した。

 「DS.INSIGHT for Academy」は、ヤフーが保有する検索や位置情報などの行動ビッグデータを分析できるリサーチツール「DS.INSIGHT」の教育機関向けプラン。さまざまな教育機関のデータサイエンス教育に活用されているという。

 今回のコンテストは、大学でのデータサイエンス教育の活性化を促進や、データ活用に関心のある大学生同士の連携などを目的としており、アイデアやオリジナリティなど「データ利活用」の観点や、 現実性・プロセス・共感性といった「課題・提案」の観点から審査を行い、「最優秀賞」「花王賞(マーケティング賞)」「分析賞」の3つを選出する。さらに、参加者からの投票で最も支持されたチームには「オーディエンス賞」も贈られる。初開催となる今回は、DS.INSIGHTを利用中の大学生に限定した開催で、4大学7チームが参加した。

 なお、審査員はヤフーの池宮伸次氏(データ統括本部データアプリケーション本部 データアナリシス2 リーダー)、花王株式会社の佐藤満紀氏(コンシューマープロダクツ事業統括部門DX戦略推進センター カスタマーサクセス部カスタマーアナリティクス室 室長)、ヤフーの谷口博基氏(チーフデータオフィサー)の3名が務めた。

 ヤフーの大屋誠氏(データソリューション事業本部 パブリックエンゲージメント部 部長)は開会のあいさつにおいて、コンテストの開催理由について以下のように語った。

 「DS.INSIGHTはもともとヤフー社内で培った分析ツールを社外向けに展開したもので、企業や自治体を含めていろいろな方にお使いいただいています。このサービスを開始して3年ほど経過し、インターネット企業である私達とは違う立場の人のデータ活用法を知ることで『こんなことにも使えるのか』といろいろな可能性を感じています。今回は学校の枠組みを超えた情報共有ができればと思ってこのコンテストを企画しました。」(大屋氏)

 各チームのプレゼンテーションは10分間。そのほかに質疑応答の時間も5分間設けられた。発表内容は以下の通り。

時系列キーワードによる移住希望者のニーズ把握と類型化

大正大学 地域創生学部 4年 仲北浦ゼミ/小川由乃輔さん

 地方移住に関心のある人が増えているにもかかわらず、実際に移住をしている人がそれほど増えていないという事実を踏まえて、移住希望者が「なぜ移住できないか」を明らかにするため、時系列で検索結果を比較できる「時系列キーワード」をもとに移住希望者のニーズを推察した。

 具体的には、「地方移住」というキーワードで検索した人について、その検索を行った時点より前に検索した内容は「地方移住をしたい理由」に関連があり、検索時点よりも後に検索した内容は「地方移住の障壁」に関連があると推測した。これに基づいて20代の検索結果を分析したところ、検索時点より前に行った検索では転職に関連するキーワードや、「仕事辞めたい」など仕事に対するネガティブなキーワードが多く、多くの人が現状の仕事が嫌で地方移住を考えていることが分かった。一方、検索時点より後の検索では「職業訓練学校」や「副業」など働き方についてのキーワードが多く、「スキルや収入を向上させないと移住を実現できない」という事情が推察できる。

「地方移住」の時系列キーワード

 また、都市地域からの移住者に対して地域おこし支援や農林水産業への従事、住民支援などへの協力を募る取り組み「地域おこし協力隊」による時系列キーワードも調べたところ、検索時点と同時期に「青年海外協力隊」や「地方創生」などで検索する人が多く見られ、社会課題に関心の強い人が地域に向かっている傾向があることが分かった。一方、このキーワードによる検索前には「農業 年収」や「カフェ 開業」など具体的な働き方で検索する人が多く、検索後には求人関連のキーワードで検索する人が多いことから、自分がしたい生活のためにお金を貯めて地方に住む選択肢を探している人もいることが分かった。

「地域おこし協力隊」の時系列キーワード

 このような分析結果をもとに移住希望者を類型化すると、現在の仕事に不満を持ち現状の改善を望む「生活改善型」、社会課題に関心を持つ「社会課題型」、理想の生活を実現したい「個人理想型」の3つに分けられ、現状の移住支援は移住希望者の多様なニーズに対応できておらず、移住の目的から移住地域を検討できるようにする工夫が必要であると結論付けた。

巣鴨地蔵通り商店街に訪れる年齢層に関する調査

大正大学 地域創生学部 4年/永塚歩実さん

 「おばあちゃんの原宿」と言われる東京・巣鴨の訪問者は、現在でも高齢者層が多いのかどうかを調査した。調査手法は、ヤフーの検索データをもとにした「DS.INSIGHT People」と、人流データ分析サービス「DS.INSIGHT Place」、そして大正大学が設置した定点カメラを組み合わせて、巣鴨地蔵通り商店街について分析した。

 まず、Peopleの共起キーワードマップ(「巣鴨」と一緒によく検索されるキーワードを可視化したマップ)を通して2021年1月~12月の期間にどのようなニーズがあるのかを調べたところ、「ランチ」「ラーメン」「ケーキ」などのキーワードが多く、食事に関するニーズが高いことが分かった。検索ボリュームは5万4700人で、性別割合は女性が56%と多く、年代は40~50代が多かった。ここから、巣鴨に関心を持っている層は高齢者から40~50代の年齢層へと移っているのではないかという仮説を立てた。

「巣鴨」と一緒に検索されたワードを可視化した共起キーワードマップ

 次に、商店街の特定エリアにおいてPlaceと定点カメラを比較することで来訪者の現状を調べたところ、定点カメラデータとDS.INSIGHTの数値には差があり、特に定点カメラでは縁日の開催日である各月の4日・14日・24日に来訪者が多いことが分かった。そのため、来訪者の年代はDS.INSIGHTの検索データと齟齬がある可能性があると推察した。

人流データと定点カメラとの比較

 2021年の情報通信白書によると、70代以上のスマホやタブレットの所持率は他世代と比較して著しく低いとされている。このことから、データでは40~50代が多いものの、高齢者層も依然として多く、商店街を訪れる年齢層が他世代に広がっていることが分かった。

熊本中心部の活性化における歩行者天国の導入研究

熊本学園大学 商学部 ホスピタリティ・マネジメント学科/ほこてん's(岩崎絢音さん、阪田萌香さん、本田華子さん、宮本梨央さん)

 熊本市の中心部を活性化させるため、歩行者天国を導入することの効果について研究した。先行導入事例として東京の銀座・秋葉原・新宿の3エリアにおける歩行者天国の人流について、DS.INSIGHT Placeをもとに平常時と歩行者天国がある場合とで比較したところ、居住者に対する来訪者の比率は、銀座では約4倍、秋葉原では約15倍、新宿では約3.5倍と大幅に伸びており、歩行者天国の実施によって居住者の約3.5~15倍の集客が可能であることが分かった。

銀座・秋葉原・新宿における歩行者天国の導入事例

 この結果をもとに、熊本の歩行者天国の導入検討案として、時間帯は12~18時(10月~3月までは17時まで)、範囲は熊本市の中でも多くの人々が訪れる通町筋(全長300m)において毎月第4土曜に開催するという案を考えた。イベントとしては市電の車両を生かした“市電カフェ”などを開催。道路封鎖については、片側3車線のみ歩行者天国として、もう一方の片側はバスの片側相互通行で活用する。このようなプランにより、居住者2.7万人の約3.5~15倍の集客が可能になり、中心市街地に人が集まって空き店舗が埋まるなどの効果が期待されるとしている。

熊本中心市街地の渋滞解消に関する研究~ロードプライシング導入について~

熊本学園大学 商学部 ホスピタリティ・マネジメント学科/谷口惣一郎さん、明石健吾さん、堂芝大輝さん、福岡夢雅さん、木下由季菜さん、三嶋愛理さん

 熊本市内の交通渋滞を低減し、市内移動の脱自家用車を図るため、特定区間を通過する車両に対して課金する「ロードプライシング」の妥当性について検証した。熊本県のパーソントリップ調査によると、通勤における自動車利用の割合は69.9%と約3分の2を占めており、ピーク時の交通渋滞が恒常化している。この状況が続いた場合、2045年になっても渋滞が残存すると予測されている。また、DS.INSIGHTのデータによると、熊本県では地方都市間の移動がほとんどなく、中心部への移動は約4割が熊本市民で、市内で移動が完結している状況となっている。

熊本の渋滞状況

 一方で、公共交通の現状を見ると、バスの共同運行や路面電車、JRはあるものの、路線が限定されて朝夕に積み残しが発生している。また、渋滞の解消に効果があるとされる企業分散も進んでいない。このような状況を打開するため、熊本市でも中心部から高速道路のICまで10分、空港まで20分での移動を可能にする道路整備計画があるが、早期実現は困難であり、当面の解決策としてロードプライシングが有効であると考えた。

 ロードプライシングの実施例としては近年、東京オリンピックの選手移動を円滑にするため首都高速で実施したところ、最大29%の交通量抑制効果が確認された。熊本への導入案としては、通勤・帰宅ラッシュの渋滞を緩和するため、DS.INSIGHTにて混雑範囲をもとに適用範囲を円状に選定したうえで、平日の7~9時と17~19時の通行に2000円を課金する案を考えた。これにより、中心部流入の2万286人分の自動車抑制効果が期待できるという。

検索キーワード分析と検索行動解析によるNAFLD・NASHの新規WEB啓発手法の開発

佐賀大学医学部附属病院肝疾患センター 佐賀大学医学系研究科博士課程/井上香さん

 DS.INSIGHTを利用して、NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)およびNASH(非アルコール性脂肪肝炎)のリスクがある人の行動を推測し、それに基づいてオンラインでの啓発活動を行った。NAFLDは世界中で25%という高い有病率にもかかわらず、自覚症状が乏しく、診断のために必要な腹部エコー検査が十分に実施されていないという課題があり、これを解決するため、より多くの人に啓発して早期で受診してもらう必要がある。

 そこで、DS.INSIGHTの時系列キーワードを利用して、「脂肪肝 治し方」で検索した人の検索前と検索後の行動解析を行い、「検索前に多く見られるキーワードで検索した人に対して啓発を行えば、理想的な受診・受領行動を取ってくれるのではないか」と考えた。まず、検索前のキーワード全274語の中で3割程度を占めると最も多い「メタボリックシンドローム」に関するワードに絞り、「ダイエット」「降圧剤」「血糖値」「コレステロール」「内臓脂肪」「中性脂肪」の6ワードを選定した。

「脂肪肝 治し方」の時系列キーワード

 これら6ワードについてYahoo!検索で調べた人に対してウェブ上で啓発活動を行い、これを「TGT群」とした。啓発内容は、ランディングページに「『日本人の4人に1人が脂肪肝』という事実をご存じですか?」という文章を最初に配置したうえで、診療の流れを説明するマンガを提示し、最後に受診に関するアンケートを設置した。また、マンガを使ったバナー広告も掲示した。

 一方、TGT群の検証でクリック率の高かった「40~50代」「女性」かつ「ダイエット、健康に興味がある」ユーザーを対象に、検索時にランダムに広告を表示して、これを「CTR群」とした。

 クリック率やアンケート回答率・回答内容をTGT・CTRの両群で比較したところ、バナークリック率はどの年代でもTGT群のほうが高く、アンケートの回答率については差が見られなかった。また、アンケート内容については「これから受診したい」と回答した人のうち、「できるだけ早く受診したい」と回答した人はTGT群のほうが多く、より早く受診させるという点では、特定のキーワードで検索した人に対して啓発活動を行う今回の手法が有用であることが分かった。

朝ドラに関するデータ分析~地域活性化への活用~

近畿大学 名渕ゼミ/上野ましろさん、川崎愛奈さん、塩田彩華さん、道川真依さん

 NHKの朝ドラをきっかけとした東大阪市の地域活性化と、ウェブサイトに掲載するコンテンツの提案やSNSを用いた宣伝などのPR方法について、DS.INSIGHTのデータをもとに考えた。調査の結果、朝ドラに関連する重要なキーワードとして「タイトル」「ドラマの内容」「出演者」の3要素があることが明らかになった。

 また、ドラマ視聴率と検索数は必ずしも連動するわけではなく、例えば朝ドラ「おかえりモネ」において平均視聴率と平均検索数を調べると、時期によって視聴率は高いが検索数は低いときもあれば、反対に視聴率は低いが検索数は高いという現象が見られた。

視聴率と検索数の推移

 人々の検索までの流れとしては、内容に感化されたり、新しい登場人物が気になったりしたときに検索で調べるほか、Twitterや芸能ニュース、友人からの口コミによって検索するという2つの流れがある。つまり、ドラマ未視聴者が、視聴者の発信したSNSの情報から検索に促されるという現象があることで、視聴率が低くても検索数が高くなるというパターンが発生するという。

 以上を踏まえて、現在放送中の朝ドラ「舞いあがれ!」ロケ地となっている東大阪市のウェブサイトに掲載するべきコンテンツとして、視聴者の検索が増えるタイミングで、キャスト名やあらすじと一緒にロケ地を紹介したり、キャストが訪れた場所を紹介したりすることで、東大阪市のサイトを見てもらえるようにするという案を提示した。

 また、トレンドに入っている単語や共感が得られるような感想など、視聴者の目にとまりやすく、インプレッション数が上がるようなタイミングと内容で公式アカウントからツイートする案も提示した。これにより、東大阪への聖地巡礼を促し、地域活性化の実現が期待できるとしている。

子ども食堂の理解と大学生にできる支援のカタチ

近畿大学 名渕ゼミ/チーム・コンシャル(今村未来さん、東本星菜さん、黒浜颯太さん、山中柊二さん)

 ゼミ活動の一環として東大阪市内の子ども食堂を中心にサポートを行っているチーム・コンシャル。子ども食堂とは、子ども達に無料または低価格で食事を提供する施設で、この6年間でその数が増加しつつあるという。同チームは支援活動を通じて、子ども食堂は食事支援だけでなく、子育て支援や子どもの居場所の提供など利用目的が多様化しており、当初は「相対的貧困層の子ども達だけが訪れる場所」という先入観を持っていたが、誰もが利用できるコミュニティの場であることに気付いたという。

 そこで、この現状を知っている人は少ないのではないかと思い、DS.INSIGHTを使用して子ども食堂に関する新たな気付きを得ることにより、今後すべきことを明確化しようと考えた。具体的には、「子ども食堂」というキーワードを軸に、一緒に検索されたキーワードを抽出する「共起ネットワーク」を分析し、どのようなキーワードが多いのかを調べることで、子ども食堂の認知が広まっていることや、運営に携わる人が増加して資金繰りに疑問を持っている人が多くなっていること、新たに運営したい人が増えていることなど、近年の子ども食堂に関する傾向を分析した。

「子ども食堂」の共起キーワードマップ

 このほか、「子ども食堂 寄付」の時系列キーワードを調べることで、支援者目線と運営者目線のどちらが多いのかを調べた。また、利用者目線からの意識も調べるため、「子ども食堂 利用条件」での検索ボリュームの推移を分析して、子ども食堂に対する認識の変化についても調べた。

「子ども食堂 ボランティア」の時系列キーワード

 これらの調査結果をもとに、今後コンシャルにできることとして、「現状のサポート体制をより強化させる」「子ども食堂の運営・利用に関する情報発信」の2点を挙げて、「より子ども食堂が運営・利用しやすい環境を目指していきたい」と語った。


 各チームのプレゼン後に、受賞結果が発表された。最優秀賞に選ばれたのは、佐賀大学の「検索キーワード分析と検索行動解析によるNAFLD・NASHの新規WEB啓発手法の開発」。テーマの重要性とDS.INSIGHTの活用方法、実際に広告を出して検証している点など、総合的な完成度が評価された。

 佐賀大学の井上香さんは、「NAFLDは40~60代の女性の罹患率が多く、病院で受診しないとアプローチができないので、どうやってアプローチするかが長年の悩みでした。DS.INSIGHTという画期的なものを使って今回結果が出たので非常にうれしい限りです」とコメントした。

 参加者による投票数が最も多かった「オーディエンス賞」と、分析視点で最も優れている作品に贈られる「分析賞」は、いずれも近畿大学の「子ども食堂の理解と大学生にできる支援のカタチ」が受賞した。チーム・コンシャルは「今後も活動を続けていくので、今回の調査を無駄にせず、さらにもっと活用し、今後につなげていきたいと思います」とコメントした。なお、マーケティング視点で最も優れている作品に贈られる「花王賞」には、「朝ドラに関するデータ分析~地域活性化への活用~」が選ばれた。

 審査員の谷口氏は講評として、以下のように語った。

 「身近なテーマから社会的な課題まで、多くの課題に対してDS.INSIGHTの使い方を示していただいて、想定していた幅を超えてデータの力はすごいなと感じましたし、ひとつひとつの発表を楽しませていただきました。今回は第1回のコンテストということで運営も手探りな部分もあり、ある意味“異種格闘技戦”のようになりましたが、今後はデータを使っていただくみなさんをどんどん増やし、テーマを分けるなどして、より大きな大会にしていきたいと思っていますので、今後もよろしくお願いします。」

 今回はDS.INSIGHT for Academyを利用している大学に限定したコンテストとなったが、ヤフーは今後、オープンに参加者を募集するかたちでの開催も検討している。

ヤフー株式会社の谷口博基氏(チーフデータオフィサー)