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“人流データ”を読み解くと、こんなことまで分かる

北陸新幹線延伸の影響から、交差点の危険度の推定まで

 スマートフォンの位置情報ビッグデータによる“人流データ”が近年、様々な分野において注目されている。人流データとは何か? どのように生成され、どのように活用されているのか? そして、ビジネスや社会の課題解決を実現するためのデータとして、どんな可能性を秘めているのか? ポイ活アプリ「トリマ」をもとにした人流データを保有するジオテクノロジーズ株式会社に詳しく話を聞いた。(全3回のうちの第2回)

[目次]

  1. スマホ位置情報ビッグデータで人々の動きを可視化
    “人流データ”から現実世界の今が見えてくる
  2. “人流データ”を読み解くと、こんなことまで分かる
    北陸新幹線延伸の影響から、交差点の危険度の推定まで(この記事)
  3. “人流データ×リサーチ”でマーケティングの解像度が上がる
    歩く方向を踏まえた屋外広告の効果測定、来店しない人への調査も(近日掲載予定)
ジオテクノロジーズ株式会社の加瀬正和氏(デジタル データアナリティクス ディレクター)

 「人流データは、人々の移動軌跡の集合であるため、その分析を通じてさまざまな洞察を得ることができます。例えば、交差点リスク推計モデルにおいて、人流データを活用することで、日本全国のすべての交差点のリスクを算出することが可能です。また、人流と交通事故との間に相関関係があることも明らかになっています。

 さらに、機械学習などの技術と組み合わせることで、人流データを用いて未来を予測することもできます。こうした取り組みをさまざまな分野に広げていくことで、新たな社会課題の解決にもつながると考えています」

※ジオテクノロジーズの人流データはプライバシーを保護した位置情報データです。収集・使用する全てのデータは許諾の取れた情報のみを使用しています。また、匿名加工処理により、使用する情報から個人を識別することはできません。

北陸新幹線・敦賀延伸の影響を人流で分析来訪手段によって人流ヒートマップに異なる傾向も

 マップマッチングや匿名加工処理が施されたジオテクノロジーズの人流データは、そのまま分析に使用する場合もあれば、このデータをもとに全体の傾向を推測するため“拡大推計”という手法を適用する場合もある。同社が2024年6月に発表した「北陸新幹線延伸後の終点である敦賀(福井県)の観光人流調査」の分析事例を説明しよう。

敦賀市街の人流データ(左)と北陸新幹線の路線(右)

 この調査では、2024年3月に北陸新幹線の金沢~敦賀間が開業後、初めての大型連休となるゴールデンウィーク(GW)を迎えた敦賀市街の観光人流を前年のGWと比較することで、北陸新幹線延伸の影響を調査した。まず、人流データから敦賀に居住・勤務しているユーザーを除外し、敦賀以外のエリアから訪れた人を抽出。そして敦賀への来訪者数の全体傾向を推測するため拡大推計を行った。その結果、北陸新幹線延伸後の敦賀への来訪者数は前年に比べて30%増加したことが分かった。

 さらに「交通手段別の来訪者数」の算出も行った。これは、敦賀へどのような交通手段で来訪したのかを人流データから分析したもので、GWに来訪した人の多くは近隣都道府県から車や自転車、徒歩など、鉄道以外の手段によって訪れた人が多いことが分かった。一方で、神奈川県や東京都など一部の遠方のエリアからの来訪手段は鉄道の割合が高かった。さらに、敦賀市内における人流を来訪手段ごとに可視化したところ、鉄道以外の手段による来訪者と、鉄道による来訪者とでは、訪れた施設・場所が異なることが分かった。人流データから特徴を抽出することで、年代間によって滞在スポットが異なる事も分かった。

 北陸新幹線を使って敦賀を訪れた人の数を単純に知りたいのであれば、鉄道会社や自治体の発表を調べるという方法もあるが、人流データを使うことにより、このような複雑な分析が可能となるわけだ。

2024年のGWに敦賀を訪れた観光客の人流データを、来訪手段別に可視化したヒートマップ
2024年のGWに敦賀を訪れた観光客の来訪手段別の滞留スポット

交通渋滞も人流データからリアルタイムに把握バスに乗っているかどうかまで判別

 人流データを活用することで、交通渋滞をリアルタイムに把握したり、予測したりすることもできる。前述したように、位置情報ビッグデータのローデータには、乗り物に乗って移動している人と歩行者の位置情報が混在しているが、そのうちスマートフォンのOS側で“in vehicle(乗り物に乗っている)”と判断した位置情報を取り出し、道路や線路に沿ってマップマッチングの処理を行うことで移動の軌跡や混雑状況をリアルタイムに把握することができる。

リアルタイム交通状況の地図(イメージ)

 また、地図上の道路や鉄道路線にどれくらい追従しているかを見ることで、自動車と鉄道のどちらを利用しているかを判別することも可能だ。さらには、同じ道路を走行する軌跡についても、バス停付近で停止していたり、バス路線に沿って移動しているデータについては、マイカーやトラックではなくバスに乗って移動しているとみなすことができる。

バスによる移動の軌跡の例。★がバス停、黄色の●が「in vehicle」でバスに乗っていると推定している軌跡。緑色の●は「WALKING」での軌跡

 ジオテクノロジーズは2023年4月、人流データとAI技術である深層学習を組み合わせることにより、主要な道路だけでなく一般道も対象とした「AI渋滞予測モデル」を開発したと発表している。従来の渋滞予測サービスは、数時間単位での予測や、高速道路や主要幹線道路に限定された予測しか提供できていなかったが、同社のAI渋滞予測モデルでは一般道も対象として5分単位で予測を行える。

 このほか、製造業が工場の稼働率を上げる際に、既存の物流が街の交通にどのような影響を与えているかを可視化したうえで、稼働率が上がるとどれくらい交通渋滞が増えるかをシミュレーションした事例もある。人流データを活用することで、工場内への滞在履歴のない車両(=一般車両)と、工場内への滞在履歴のある車両(トラック)の動きを区別して捉えるとともに、広域で追うことができるため、「工場周辺の交通に与える影響を大きくしないためには、出入りするトラックの台数をどれくらいの量まで抑えればいいか」といった具体策も導き出せる。人流データを活用することで、このように未来を予測することも可能となるのだ。

まだ事故が起きていなくても「潜在的に危険な交差点」も通行者の軌跡から交差点の事故リスク推定

 ジオテクノロジーズは2024年5月、人流データに基づく「交差点リスク推定モデル」を開発したと発表した。人流データとAI技術を組み合わせることにより交差点の事故リスクを算出するもので、危険な交差点を把握することで安全性の高い運送ルートの提示や、ドライバーや周辺住民への注意喚起、安心・安全に向けた道路整備など事故の未然防止につながる。

 同社が開発した交差点リスク推定モデルの特徴は、人流データをもとに、対象となる交差点を通行する歩行者や車両のすべての軌跡を生成することで、交差点における直進・右折・左折などの通行パターンを識別し、交差通行量(交差して通行する人や車両の量)と、合流通行者(合流して通行する人や車両の量)を、リスクを推定するための因子(事故を引き起こす確率を高める要因)として採り入れている点だ。

交差通行量や合流通行量が多いと事故リスクが上がる

 これは、通行者が互いに向かい合って直進する場合は接触が起こりにくく、交差する場合や合流する場合は接触が起こりやすいという特徴を捉えたもので、単純に「交差点を行き交う通行量が多い=事故リスクが高い」と断じるのではないことがポイントだ。例えば、通行量が少なめでも交差・合流する量が多ければ事故リスクは高まるし、通行量が多くても向かい合って直進する量が多ければ事故リスクは低めに算出される。

 このような分析ができるのは、ジオテクノロジーズの人流データには、車両で移動している人だけではなく、歩行している人の情報も含まれているからであり、歩行者と車両を区別し、通行軌跡をもとに歩行者と車両それぞれの通行パターンを分析することができるからである。特に車両と歩行者の事故リスク推定においては「歩行者の交差通行量」が最も寄与しており、歩行者の情報は推定の精度を高めるための重要な要素だという。

 ジオテクノロジーズは、都市部および地方都市部4エリアにおける信号のない交差点について、2019年1月~2022年12月の4年間に警察庁が発表した交通事故統計情報と、同社によるリスク推定結果を比較して精度検証を行った。その結果、リスク推定で危険と判定された交差点数は、エリア内の全交差点1万3787件のうち115件。その中で実際に事故が発生していたのは70件だった。

「交差点リスク推定モデル」による判定結果と、実際の事故の有無の関連表

 この結果は、実際に事故が発生した危険な交差点を高い精度で割り出すことができただけでなく、危険と判定されたが事故は発生していない残り45件の交差点についても、事故が起きた交差点と同様の特徴を持っていることを意味しており、潜在的に危険な交差点であることが浮き彫りとなった。(第3回に続く)

[目次]

  1. スマホ位置情報ビッグデータで人々の動きを可視化
    “人流データ”から現実世界の今が見えてくる
  2. “人流データ”を読み解くと、こんなことまで分かる
    北陸新幹線延伸の影響から、交差点の危険度の推定まで(この記事)
  3. “人流データ×リサーチ”でマーケティングの解像度が上がる
    歩く方向を踏まえた屋外広告の効果測定、来店しない人への調査も(近日掲載予定)

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。