トピック

スマホ位置情報ビッグデータで人々の動きを可視化
“人流データ”から現実世界の今が見えてくる

(左から)ジオテクノロジーズ株式会社の秋本和紀氏(メタバースBU 副統括)、京谷貴氏(デジタル データアナリティクス)、加瀬正和氏(デジタル データアナリティクス ディレクター)

 スマートフォンの位置情報ビッグデータによる“人流データ”が近年、様々な分野において注目されている。人流データとは何か? どのように生成され、どのように活用されているのか? そして、ビジネスや社会の課題解決を実現するためのデータとして、どんな可能性を秘めているのか? ポイ活アプリ「トリマ」をもとにした人流データを保有するジオテクノロジーズ株式会社に詳しく話を聞いた。(全3回のうちの第1回)

[目次]

  1. スマホ位置情報ビッグデータで人々の動きを可視化
    “人流データ”から現実世界の今が見えてくる(この記事)
  2. “人流データ”を読み解くと、こんなことまで分かる
    北陸新幹線延伸の影響から、交差点の危険度の推定まで(近日掲載予定)
  3. “人流データ×リサーチ”でマーケティングの解像度が上がる
    歩く方向を踏まえた屋外広告の効果測定、来店しない人への調査も(近日掲載予定)

“人流データ”とは何かどのようにして収集されるのか

 コロナ禍において混雑回避が叫ばれていたころ、テレビや新聞などの報道において“人流”というキーワードを見かける機会が多くなった。人流データとは、人々がどのように動いたのかをデータ化したもので、地図上に可視化することにより、特定の場所や時間帯における人の移動状況や滞留状況を把握することができる。

 移動体の混雑状況を可視化したものといえばカーナビの渋滞情報がおなじみだが、交通データが自動車の移動や渋滞の状況を表すものであるのに対して、人流データでは、歩行や自転車、自動車、鉄道、飛行機、船舶など、あらゆる手段を使った人の移動の状況を把握することができる。さらに、店舗や施設、イベント会場など特定のスポットに滞留する人の数も捉えることが可能だ。

ジオテクノロジーズの人流データを使って、ハロウィン直前の週末(2024年10月26日・27日)の東京都内の混雑状況を可視化した結果

 では、この人流データとは、一体どのようにして生成されるのだろうか。

 自動車の交通データの場合、路上に設置されたセンサーや、通信機能を搭載した自動車やカーナビ、ETCなどから収集された“プローブデータ”と呼ばれる車両走行記録データをもとに生成される。

 一方、人流データの生成には、人そのものをセンサーやカメラで計測する方法、鉄道やバスなどの交通事業者が改札等でICカードリーダーで読み取ったカード利用履歴情報を利用する方法、国土交通省の「パーソントリップ(PT)調査」などアンケートで調査する方法などがある。ただし、センサーやカメラ、ICカードリーダーなどの計測機器を設置する方法はコストがかかり範囲が限られるし、大規模なアンケート調査を頻繁に行うことは難しい。

 そこで、もっと多様な場所において高頻度に人の移動を捉えるための手法として注目されているのが、人が移動の際に持ち運ぶスマートフォンを介して位置情報を収集する方法だ。そのための技術はいくつかあるが、代表的なものとしては以下のような方法がある。

1. 携帯電話基地局との交信情報
 携帯電話が基地局と交信した履歴をもとに、いつどこに何台の携帯電話が存在するのかを集計し、そのデータをもとに一定距離で区切られたエリアごとの人口を推計する。携帯電話ネットワークに接続できる状態であれば、地上・屋内・地下などどこにいても計測可能であるため、多くのデータを集めることが可能だが、GPSを使った計測方法に比べると位置の精度は低い。

2. スマートフォンのGPSの位置情報
 スマートフォンに搭載されたGPSによって取得した位置情報を、スマートフォンアプリを介して収集する方法。位置情報を収集するためにはユーザーがアプリをインストールし、位置情報の送信を許諾してもらう必要がある。位置情報を取得するアプリとしては、地図、カーナビ、クーポン配信、ライフログ、カレンダー、M2E(ポイ活)など様々な種類がある。

3. Wi-Fiの接続情報
 ユーザーのスマートフォンが街中のWi-Fiアクセスポイントに接続した履歴を利用することで、アクセスポイントの設置場所の位置情報をもとに人流データを生成する方法。外国人向けのフリーWi-Fiアプリから取得されるデータを使うことで、外国人に絞った人流データを取得することもできる。

4. ビーコンの接続情報
 店舗や施設に設置されたBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコンから送信される電波をスマートフォンなどが受信することで接続履歴が蓄積され、その接続情報をもとに人流データを生成する。

 中でも、広範囲にわたって人流データを収集する方法として近年、特に利活用が進んでいるのがスマートフォンのGPSによる位置情報だ。

ジオテクノロジーズ株式会社執行役員の秋本和紀氏(メタバースBU 副統括)

 「人流データを使えばリアルタイムに人の混雑や車の渋滞の状況が分かるし、どのような乗り物に乗っているかも分かります。今後は人流データをもとに移動手段と移動距離を割り出して、個人や自治体ごとのCO2削減量を算出するなど、GX(グリーントランスフォーメーション)にも大いに貢献する可能性があり、様々な分野で社会貢献につながる技術として期待しています。

 人流データを提供する会社はいろいろありますが、弊社は地図データを制作する地図会社であることや、1st Partyデータ(自社が直接収集しているデータ)である強みを活かしていきたいと思います」

※ジオテクノロジーズの人流データはプライバシーを保護した位置情報データです。収集・使用する全てのデータは許諾の取れた情報のみを使用しています。また、匿名加工処理により、使用する情報から個人を識別することはできません。

“遠回りなのに歩かれている道”も可視化できる活用が広がる人流データ、防災や都市計画の研究にも

 人流データを活用した都市空間解析の研究を手掛け、ジオテクノロジーズとの共同研究も行っている東京大学の山田育穂教授(空間情報科学研究センター 副センター長)によると、GPS位置情報による人流データが研究に活用されるようになってきたのは、携帯電話にGPSが標準搭載されるようになった2000年代後半からで、日本でも2010年代初めごろから様々な研究が行われるようになってきた。例えば東日本大震災のときには携帯電話の基地局情報をもとに災害時の人の移動状況を分析する研究などが行われた。

 山田教授が実際に人流データを自身の専門分野である都市空間解析に活用し始めたのは2020年ごろだという。それより前は、人流データを使った研究は携帯電話会社との共同研究などによって行われることが多く、データを利用できるのは一部の研究者に限られていた。それが、コロナ禍を境に様々な企業が人流データを提供し始めるようになり、一般の研究者にも手の届くデータとなっていった。山田教授は現在、ジオテクノロジーズから提供を受けた人流データを、都市におけるウォーカビリティ(歩きやすさ)の研究に活用している。

 山田教授によると、GPS付き携帯電話を被験者に持たせて移動状況を計測し、アンケート調査も組み合わせることで、「どのような属性の人が、どのような交通行動をしているのか」を調査する研究は以前から行われていた。しかし、この方法では被験者数は数十人ほどの規模で行うのが限界だった。

 これに対して、ジオテクノロジーズの人流データは、ポイ活アプリ「トリマ」[*1]のユーザーから許可を得て取得した位置情報ビッグデータをもとに生成されたものであるため、限られたサンプルで研究していたときと比べ、実際に人が街中のどこをどのように動いているのかを、より具体的に把握できるようになった。人の動き方は多様で個性があり、行動範囲や時間の使い方には個人属性による違いがあることが分かってきたため、今後はそのような点に着目した分析を行いたいと考えているという。

 また、人流データはこれまで理系の研究者による活用が中心だったが、今は文系の研究者でも興味を持って使う人が増えており、山田教授は今後、その利活用の範囲が学際的なテーマに広がっていくと予想している。例えば「人はいつも同じようなタイプの人と会う機会が多いのか」「異なる属性を持った人と出会う機会があるのか」といったことも人流データを読み解くことで分析できる可能性があり、それをもとに都市の豊かさについて考察している研究者もいるそうだ。

 歩行者の行動データ分析に関する取り組みとしては、ジオテクノロジーズが2024年5月、街のウォーカビリティを測定する指標となる「街歩きインデックス」を東京大学・麗澤大学の研究者と共同開発したと発表した。歩行者が好んで選択する道順や場所をに地図上に可視化することで、そこを移動する人たちの歩行経路の選択志向を明らかにできるという。人流データをもとに、最短経路を歩く道は±0、最短経路なのに歩かない道は-1、遠回りだが歩く道は+1としてスコア化して集計。このスコアが高くなればなるほど、遠回りであるにもかわらず選ばれることを意味しており、つまり「居心地が良く歩きたくなる街路空間」ということになるとしている。

東京大学・麗澤大学と共同開発した「街歩きインデックス」。スコアが低いほど青く、高いほど赤く表示される。浅草寺や東京スカイツリー周辺、隅田川沿いで特にスコアが高くなっており、東京都墨田区が主体となって取り組んだ整備事業の効果が表れていることが伺える
「街歩きインデックス」スコア化の方法

 共同開発パートナーである麗澤大学の柴崎亮介教授によると、街の整備が市民のウォーカビリティにどれほど寄与しているかを示すことは都市計画において極めて重要であり、人流データを活用した街歩きインデックスという新たな指標によってこれを示すことができたという。今後も人流データを分析することで新たな都市整備の効果測定が可能になると、柴崎教授は期待している。

「歩かれている道」(左)と「そうでない道」(右)の比較。インフラ整備の効果計測や観光回遊の調査、不動産の評価、事故・犯罪リスクの評価などに、こうした「街歩きインデックス」を活用することが考えられる

 もともとは交通分野で活用されることが多かった人流データだが、今や都市計画や防災、犯罪対策など多様な用途に広がりつつある。

[*1]…… 移動するだけでマイル(ポイント)が貯まり、貯めたマイルを使って現金や各種ポイント、商品引換券などに交換できる。徒歩、自転車、自動車、電車など移動手段を問わず利用可能。2024年10月時点で2000万ダウンロード、月間アクティブユーザー数は400万人を超える。

1日10億件・地球約3000周分のスマホ位置情報データを収集ポイ活アプリ「トリマ」による人流データの特徴

 では、ジオテクノロジーズの人流データは一体どのように生成されるのか、一連の流れを見てみよう。

 同社が提供するポイ活アプリ「トリマ」では、インストール時にユーザーに対して位置情報へのアクセスを許可するかどうかの確認が行われるとともに、アプリから収集した位置情報の利用に関する規約が表示される。この許諾を得たユーザーの位置情報データがビッグデータとしてクラウドに蓄積される。

 位置情報の取得間隔はユーザーの移動状況によって異なり、5秒間隔または20m移動するごとに取得される。また、“移動することでマイルを取得できる”というアプリの特性上、他のアプリを使用中にもバックグラウンドでアプリを起動しているユーザーが多く、位置情報のバックグラウンド取得率は90%を超えるという。

 クラウドに蓄積されるデータの中身は、スマートフォンの位置情報(緯度・経度)およびアプリが各端末へ固有に割り当てたID、移動手段(滞在中/歩行/ランニング/自転車/車両)、方向、移動中か停止中かの判定、取得時刻、速度などが含まれている。これらの要素をCSVファイルのようにカンマで区切って1行に並べたものを“1レコード”とし、こうしたレコードを1ユーザーごとに数百~数千行にわたって時系列に並べたものが位置情報ビッグデータのローデータ(生データ)となる。トリマでは、日本全国のユーザーから取得されるレコードは1日あたり10億件、総移動距離は約1億2000万km、地球約3000周分に上る。

「トリマ」で取得している位置情報データの内容
「トリマ」で取得している位置情報データから推定される移動の状態と立ち寄り地の例(イメージ)

 なお、人流データの提供会社の中には、位置情報を取得するためのSDK(ソフトウェア開発キット)を複数のアプリ開発事業者に配布し、そのSDKを導入した多種多様なアプリから得られた位置情報ビッグデータを統合して人流データとして提供している企業もある。一方、ジオテクノロジーズが提供する人流データは「トリマ」から得られる位置情報ビッグデータのみをソースとしているため、位置情報の利用に関してユーザーの許諾が得られていることが明確であるとともに、ユーザーの性別や年齢層、居住地、趣味嗜好などの属性をしっかりと取得できていることも特徴として挙げられる。さらに、位置情報データの取得にタイムラグがなく、リアルタイム性も高いという。

「トリマ」で取得している位置情報データの表示例。横浜・赤レンガ倉庫に来訪した人々の1日のログを視覚化したもので、性年代をランダムに色分け表示している

位置情報の誤差をマップマッチングで補正匿名加工処理によるプライバシー保護も

 このローデータを、プログラミングによる分析やGIS(地理情報システム)ソフトウェアを使った可視化を行いやすいように加工することで人流データとなるわけだが、それにあたってはいくつかの処理が行われる。

1. マップマッチング
 まず、移動中であると推測される位置情報データを抽出し、地図データと照合させる“マップマッチング”と呼ばれる処理だ。スマートフォンのGPSで計測した位置情報にはおよそ5~30m程度の誤差が発生するとされており、そのままだと、どこをどのように通ったのかが分からないようなデータも含まれている。これを実際に走行/歩行したと思われる道路に沿うように補正することにより、どのような経路で移動したのかが明確となる。

マップマッチング前(左)、マップマッチング後(右)の位置情報データの違い(イメージ)

 ジオテクノロジーズは、カーナビや地図アプリなどで使われる地図データを制作する地図会社でもあり、地形や家形(建物の外形)などの地図データに加えて、道路がどのようにつながっているかを表す“道路ネットワーク”データを保有している。マップマッチングする際の基準として常に鮮度の高い道路ネットワークデータを利用できるのは、地図会社ならではの強みと言える。

2. 匿名加工処理
 個人が特定できないようにするための“匿名加工処理”も行う。匿名加工処理では、居住地周辺と推定される位置情報データは削除するとともに、ユーザーが連続して留まる位置情報データは間引き処理して匿名化することにより、他の情報と関連付けたとしても個人が特定できないようにしている。

 このほか、地域を125m四方の網目(メッシュ)状に分けて区画ごとに位置情報データを統計化処理したり、道路単位で通行量を集計したりすることでプライバシー保護に対応している。

 なお、日本では2020年2月、位置情報関連の事業者によって一般社団法人LBMA Japan(Location Business & Marketing Association Japan)が設立。位置情報データを取り扱う際のプライバシー保護の推進活動、位置情報データの利活用に関する事業者共通ガイドラインの作成・運用を行っている。委員会や研究会を設置して会員間で共通課題についても議論しており、ジオテクノロジーズも参画している。(第2回に続く)

[目次]

  1. スマホ位置情報ビッグデータで人々の動きを可視化
    “人流データ”から現実世界の今が見えてくる(この記事)
  2. “人流データ”を読み解くと、こんなことまで分かる
    北陸新幹線延伸の影響から、交差点の危険度の推定まで(近日掲載予定)
  3. “人流データ×リサーチ”でマーケティングの解像度が上がる
    歩く方向を踏まえた屋外広告の効果測定、来店しない人への調査も(近日掲載予定)

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。