地図と位置情報

背景には“日本ならではの地図事情”が? あのGoogleと老舗デジタル地図会社が資本業務提携に至った経緯とは

ジオテクノロジーズの八剱洋一郎社長に聞いた

 地図会社のジオテクノロジーズ株式会社は9月17日、Googleとの資本業務提携に合意し、開発協業を開始したと発表した。ジオテクノロジーズの代表取締役社長を務める八剱洋一郎氏に、提携に至った経緯など詳しい話を聞いた。

 ジオテクノロジーズは1994年にパイオニア株式会社の子会社のインクリメントP株式会社として創業し、2021年6月にパイオニア傘下から独立して2022年1月に現在の社名に変更した。現在はカーナビや地図アプリへの地図データを提供するとともに、ポイ活アプリ「トリマ」およびその人流データ、ウェブ地図サービス「MapFan」など地理空間情報に関連したさまざまな事業を展開している。

――今回の資本業務提携の経緯について教えてください。

ジオテクノロジーズ株式会社代表取締役社長の八剱洋一郎氏

[八剱社長]当社が保有する地図データや道路ネットワークデータ、POI(地点)データなどの地理空間データをGoogleさんに提供し始めたのは約10年前です。当社としては、Googleさんはグローバルの地図データを独自に整備されると思っていたので、当社のデータを使用するのは一時的なことであり、これほど長い間お付き合いいただけるとは正直思っていませんでした。

 今回の資本業務提携の話は昨年の秋から始まったのですが、これは当社からGoogleさんへの地理空間データ提供にあたって、両社の関係を戦略的パートナーシップへと深化させることにより、今後の継続的なお付き合いをお約束することが出発点となっています。

 なぜそこで資本業務提携という話になったのかというと、今までお付き合いしてきた中で両社の信頼関係は成り立ってはいるものの、当社のオーナーが変わることなどによって方針変更となる場合は影響が大きいため、そのような場合は事前に情報を共有してほしいというリクエストをいただき、それに応えるためにはやはり資本を入れていただく必要があるという話になりました。

 つまり、地理空間データの継続的な提供という話が先にあり、それに付随して資本業務提携という話になったかたちです。

――ジオテクノロジーズの地理空間データがGoogleから評価を受けている理由は、どのような点にあるとお考えでしょうか?

[八剱社長]やはりそこは日本ならではの事情が関係しているのだと思います。日本は住所のシステムが複雑です。欧米では通りがあってそこに連番が振られているのが一般的ですが、日本の場合はブロックごとに分かれており、そこに振られている枝番は順番に並んでいません。

 また、これだけ人口が多く、歩道も整備されていて、車であれば一般道と高速道路、鉄道の場合は地下鉄・在来線・新幹線など多種多様で、世界から見ると特異な都市構造でありながらも、多くの人があまり迷うことなく理路整然と最適な交通手段を選んで移動しています。日本人の地図へのこだわりはとても強く、そのようなユーザーからの要求水準の高さを満たすために、長年日本で地理空間データを整備し続けてきた当社のデータ品質に魅力を感じていただいているのだと思われます。

――ジオテクノロジーズはGoogle以外にも地図アプリやカーナビなどを提供するさまざまな企業に対して地理空間データを提供していますが、他社へのデータ提供について何らかの変化はありますか?

[八剱社長]今回の資本業務提携にあたり、他社へのデータ提供について制限などは一切ありません。

 資本業務提携の話を詰めていく中において、当社が地理空間データを整備するのにあたってGoogleさんの知見やサービスが役に立つのではないか、という話も出ましたが、それらを使わせていただくことにより当社のデータの品質が向上したとしても、それを他社に提供することについては何も問題ありません。

――Googleが持つ知見やサービスの中で、ジオテクノロジーズが地理空間データの整備に活用できる技術として注目しているのは?

[八剱社長]やはりAI関連の技術ですね。当社は調査車両による現地調査を全国の道路上で行っており、調査車両が撮影した画像データを入力してAI技術により交通標識や道路形状などを抽出して地理空間データを生成する研究開発を進めています。AIの技術についてはGoogleさんのほうが先を行っているので、当社にとって良さそうなAI関連のサービスを当社が採用するというかたちでの協業が考えられます。

 一方、AI関連の取り組みとしては、当社の地理空間データをAIエンジンに学習させるといった使い方も考えられます。地理空間データをAIに学習させる取り組みはまだあまり進んでいませんが、当社としてはこれを試験的に行うことも検討しています。

――Googleから提供された資金については、どのような使い途を考えていますか?

[八剱社長]研究開発や人材採用の強化に使用することを検討しています。当社には地理空間データの開発拠点として盛岡に東北開発センターがあり、Googleさんもこちらを視察されたことがありますが、ここでは約200名の人員が毎日、地理空間データの整備を行っています。5~6年前からRPA(Robotic Process Automation:ロボットを活用した業務工程の自動化)を導入し、単純作業を自動化することで効率化を図っています。

 AIを導入する際にも、もともとRPAの導入に取り組んでいたのがすごく効いていて、今では地図整備だけでなく請求書発行の際に住所を引くとか、それ以外の業務においても新しい技術による効率化を積極的に進めています。毎年、社内で効率化の取り組みを評価するコンテストも実施しており、RPAやAIについての勉強会などもあって、スキルを持つ人が知見を共有する仕組みが整っています。このようにITのスキルセットを使って効率化を図るための、広い意味での研究開発にも資金を使っていきたいと考えています。

 ただし効率化を図った分だけ、人員を削減するということではありません。人員はそのままで、地理空間データの更新頻度を上げたり、外注していることを内製化したりすることにより品質を向上させていきたいと考えています。

――両社とも人流データを保有していますが、この分野で何らかの連携を行うことは検討していますか?

[八剱社長]人流データに関する連携は今のところ考えておりません。当社の人流データはポイ活アプリ「トリマ」のユーザーから許可を得て取得した位置情報ビッグデータをもとに生成されたものです。トリマのDAU(日次アクティブユーザー数)は二百数十万人に上り、これは日本の人口の約2%で、地方に行ってもほぼ満遍なくユーザーがいるので、統計的に人の流れを把握するのならこの数で十分であると考えており、劇的に増やす必要があるとは考えていません。

――今回のGoogleとの資本業務提携はジオテクノロジーズにとってどのような意味を持ちますか?

[八剱社長]今回の協業は当社にとって大きなターニングポイントだと思っています。これによって当社の地理空間データの品質がより向上し、社会インフラとしての地理空間データの活用が進むと思いますし、Googleさんの技術や知見を活用することで当社の成長も大きく推進できると思います。

――八剱社長が就任されたのは2024年4月ですが、就任後の1年間半を振り返って感想をお願いします。

[八剱社長]基本的な方針は社長に就任して以来、変わっていません。地理空間データというのは特殊な商品で、手元のアプリなどを見れば自分達が提供しているものが見えるので、お客様から要望されたデータが無い場合は「このデータは整備していません」と即答してしまいがちなのですが、何かが欲しいというリクエストを受けて、それが無いのであれば追加することを考えるべきです。我々は地図を作ってそれを提供している会社なのだから、何だってできるはずです。

 2024年6月にリリースしたアプリ「GeoQuest(通称:ジオクエ)」もその一環です。これは私が社長に就任する前に社外取締役を務めていたときに、自動運転車などで車両センサーによる情報収集する取り組みが進んでいるけれど、この欠点は車の視点からしか撮影できないことだと考えて、もしトリマのユーザーがここに参画すれば大きなアドバンテージになると思って提案したら、社員から「プランがもうあります」と言われて、それがジオクエでした。

 ジオクエは街中のいろいろなものが“クエスト”として提示され、ユーザーが現地の写真を撮影して投稿すると、トリマと共通のマイルがもらえるアプリです。投稿された写真は、地理空間データの整備に活用されます。例えば東京・六本木で一方通行の規制に変更があったときには2日ほどで全ての情報が集まり、その結果を翌月のデータのアップデートに間に合わせて出荷したことがあります。このアプリは地理空間データの整備にかかるタイムラグの削減とコストを抑えた情報鮮度の向上にとても効くことが分かり、Googleさんとのディスカッションにおいても、このアプリには大変興味を持っていただけました。

――ジオテクノロジーズは近年、さまざまな企業との協業や大学との連携などを図っていますが、今後もこのような連携を積極的に行っていく方針ですか?

[八剱社長]はい。当社はそれほど大きな会社ではありませんが、当社にしかできない地理空間データを提供しているつもりです。ただし、それをユーザーに届けるためには当社の力だけでは難しいので、多様なパートナー様と連携しながら一緒に取り組んでいきたいと考えています。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。