福井弁護士のネット著作権ここがポイント

超ざっくり! TPP著作権問題の現在地点

 本欄でも2011年以来度々書いて来た「TPPと著作権」問題。ついに大筋合意が発表され、早速10月20日火曜日の13時30分から、一般も参加可能な政府による説明会が開かれる。今回は過去最大の1000人規模の会場となり、ニコニコ動画が再び生中継を敢行する(http://live.nicovideo.jp/watch/lv238692651)。

 そこで、前回の「超高速!」編の後の動きと伝えられる最新の条文案について、ここで簡単にまとめておこう(もっとも例によって、時間を盗んで書いた「超ざっくり」のまとめなので、一部情報の偏り・漏れはご寛容を高飛車に要求させていただきたい)。

その後の経緯

 前回2015年2月の記事後、thinkTPPIP(TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム)では緊急声明案(http://thinktppip.jp/?p=519&lang=ja)を公開し、3月13日、多数の団体・個人による連名で西村内閣府副大臣にこれを直接提出した。同大臣は自らのツイッターで善処を約束し(https://twitter.com/nishy03/status/576350588239114240)、赤松健・青空文庫大久保ゆう・田村善之・ドワンゴ甲斐会長室長・中村伊知哉・平田オリザ(敬称略)など各界関係者が危機感を訴えた当日の模様は、NHKニュースをはじめ多数のメディアで報じられた(http://thinktppip.jp/?p=575。7月23日には、二次集計分を含め110団体及び3637名による共同声明として再度提出。http://thinktppip.jp/?p=624)。

 このころから、国会で山田太郎・緒方林太郎議員らの質問に答え、安倍総理・甘利TPP担当大臣らのキーパーソンが、非親告罪化については日本の実情に応じたセーフガードの導入を交渉していく趣旨の答弁をするなど(http://nijigenkisei.ldblog.jp/archives/44966263.htmlほか)、一部で潮目は変わり始める。

 6月24日、TPP成立のカギを握るとされ米国議会で激論が続いていたTPA(大統領貿易促進権限、通称Fast Track)法案が可決、一時漂流も噂されたTPPは、一気に成立が現実味を帯び始める(http://jp.reuters.com/article/2015/06/25/usa-trade-vote-idJPKBN0P42MK20150625)。TPP成立間近の報を受け、8月6日、コミックマーケット準備会はthinkTPPIP共催でコミケにおいて初めて、TPP著作権問題を訴える公開トークを開催し、ニコニコ動画での生放送は再び多数の視聴を集めた(http://thinktppip.jp/?p=824)。

 10月5日、ついにTPP大筋合意が報じられ、同日、政府対策本部は概要を発表した(http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/10/151005_tpp_gaiyou.pdf)。そこでは、「著作権等の保護期間は著作者の死後70年、又は作品・実演・レコードの公表後70年に延長」、「著作権侵害の非親告罪化」(ただし商業的規模の侵害に限り、原作等の収益性に「大きな影響」を与えない場合は除外)、「法定賠償金又は追加的賠償金の導入」などの内容が含まれており(18章)、大メディアおよびネットは再びこの報に沸いた。

 直後にウィキリークスは、同団体としては3度目のTPP知財条項案リークを行う(https://wikileaks.org/tpp-ip3/)。ラフに見る限り、2013年の大規模リーク時に本欄で紹介した米国の主要要求11条項のうち、1)音や匂いの商標(最新リーク条文案QQ.C.1項)、4)保護期間延長(QQ.G.6項、同7項)、5)DRMの単純回避規制(QQ.G.10項)、8)ジェネリック医薬品規制(医薬品データの保護・QQ.E.16項)、9)著作権侵害・商標権侵害での法定賠償金導入(QQ.H.4.7〜10項)、10)同じく非親告罪化(QQ.H.7.6(g)項)、11)プロバイダーの義務・責任法制(QQ.I.1項)――の7項目が導入ないし大筋導入。他方、2)電子的な一時的記録も複製権の対象化(旧QQ.G.1項)、3)真正品の並行輸入の大幅な禁止権(旧QQ.G.3項)、6)7)特許対象範囲の拡張(QQ.E.1.3項)――の4項目は一見見送り、となったようだ。

 大筋導入といっても、1)のうち「匂いの商標」は努力義務に落とされたし、11)プロバイダーの義務・責任法制からは「反復侵害者のアカウントの終了(いわゆる3ストライクルール)」が消えるなど、他国の抵抗の跡もかなり見られる。とはいえ、これ以外にも本欄では紹介して来なかった多くの条項が導入されているので、知財を最重要視した米国的には大勝利だったと評価して良いだろう。特に、著作権分野では「保護期間の大幅延長」と「法定賠償金」を国際ルールとして勝ち取ったことは大きい。

いわゆる「3点セット」のゆくえ

 各メニューのラフな内容は上記記事を参照されたいが、4)の「保護期間延長」では、日本では現在「著作者の死後50年」である著作権が死後70年(匿名・変名・団体名義の場合は「公表後50年」が公表後70年)に、延長されそうだ。この件では、「保護期間は死後70年が世界標準」といった言説も見られたが、実際には世界ではまだ死後50年国の方が多数だった。しかし、この日本・カナダ等の譲歩で間違いなく世界は死後70年化へと雪崩をうつだろう。

 また、実演家やレコードの著作隣接権は「実演・発行から50年」の現制度が、実演固定・発行から70年などに延長されそうである。すでに一部切れ始めていたビートルズなど1960年代の原盤権が、これで2030年代まではパブリックドメイン化しないことになるだろう。この点では米国の当初要求は70年どころか「95年」(!)だったので、EU並みの70年にとどめたことが、保護期間における日本等の交渉の成果だったとは言えようか。

 なお、「ラブ・ミー・ドゥ」「シー・ラヴズ・ユー」など1960年代前半までの原盤は実は恐らくすでにパブリックドメインで、延長でも復活しない(http://www.kottolaw.com/column/000609.htmlほか参照)。この点は「上を向いて歩こう」(1961年、坂本九)や「スーダラ節」(同年、クレージーキャッツ)のような日本の名盤についても同じで、これらはすでにパブリックドメインだ。ただし、あくまで音源の権利の話で、曲の著作権はまだまだ続くので要注意。

 また、「保護期間延長すればバーターで解消できる」と盛んに喧伝された戦時加算(http://digital.asahi.com/articles/ASH7R67GKH7RULFA038.html)だが、当然ながらTPP条文のどこにもそんな記載はない。今後の二国間交渉に委ねるのだろうが、ああいった情報を振りまいた個人や団体は当然、最後までちゃんと責任を取るべきだ。

 9)の「法定賠償金又は追加的賠償金の導入」だが、これはいわゆる懲罰的賠償金を含むとされ、条約案では「将来の侵害予防の観点等から十分な賠償金額を裁判所が独自に認定できること」などの条件が明記された。権利者側の泣き寝入りの防止や侵害の予防効果が期待できる反面、知財訴訟の増加や賠償金高額化に伴う企業・個人のリスク増大につながる可能性はありそうだ。

 そして10)の「非親告罪化」は、日本では特にセーフガード規定への関心が高いので、少し多めに解説しよう(この点、繰り返し書いて来たが非親告罪化、それも二次創作関連に突出して関心が高いのは交渉国の中でも日本特有だ。国際的には保護期間延長が著作権での代表論争点だったし、DRM単純回避規制、フェアユースの導入是非などにも関心が高い)。

 政府発表では、非親告罪化の対象は「商業的規模の侵害」で、「原作等の市場での収益性に大きな影響を与えない場合は除外」とされ、これは前述した日本政府の交渉努力の成果と言えるだろう。実際、発表を受けて二次創作界隈ではかなり楽観論が広がった。ただし、一応正確を期しておけばリークされた条項案では、「商業的規模」とは「経済的利益を求めての行為」「利益目的ではなくても、市場で権利者に不利な影響を及ぼす重要な行為」を少なくとも含む、とされるので(QQ.H.7.1項)、かなり幅広い侵害が対象にはなりそうだ。加えて、問題の「大きな影響」の原文は注44にあり、直訳すれば「市場における権利者による作品の活用可能性に影響(impact)がある場合に、非親告罪化の対象を限定することができる」である。実は「大きい影響」とは書いていない。このままでは解釈でどうにでもなりそうなので、要はどういう国内法の条文にしていくか、十分なセーフガード規定を入れられるか次第、だろう。

 第一印象では、ネットでの個人による情報発信程度は非親告罪化の対象外とも思えたが、コミケによる同人誌の販売や、同じネット発信でも広告収入などを当て込んでおり閲覧数も多いもの等は微妙だろう。言うまでもないが通常の海賊版、ファイル交換で音楽や画像をばらまく行為、新聞記事の全文アップなどはストレートに非親告罪となりそうだ。

今後どうなるか

 さて、今後の見通しである。前記事で述べた通り、一般的な手順では、これから、1)条文の詳細を詰める重要な作業が続く。2)いずれかの段階で全分野の条文案の公表があり(少なくとも米国では大統領署名の2カ月前)、恐らくこの段階で各国世論は沸騰する。3)それから各国政府の採択・署名。4)日本の場合、ここから国会承認があって「批准」だ。5)通常は一定数以上の国の批准手続が済んで、条約は発効。6)決められた期限までに各国が国内法を整備する(前倒しで国内立法を済ませてしまう場合もある)。7)国内法ができると、しばしば、ここでも施行までの猶予期間が設けられる(即時施行の条文もある)。8)施行期日が来て、初めて新ルールで動きはじめる、となる。

 保護期間の延長も非親告罪化も、この後の問題だ。よくある質問だが、この施行期日の時点ですでに日本での保護期間が切れている作品は、恐らく復活しない。パブリックドメイン化した作品の復活は、EUは一度行ったが、通常は混乱が大きいので行われない。つまり、青空文庫で一度公開された作品が消されることは、恐らくない。

 では、国内法はいつごろ変わりそうか。さっぱり分からない。そもそも上記1)〜5)の段階でTPP自体がつまずく可能性だって十分ある。かつて話題になったACTAという条約は各国署名後、5)の時点になってから欧州で大規模な反対デモが起こり葬られた。特に米国議会でのTPPの評価は極めて微妙なバランスの上に成り立っている点は、TPA可決の綱渡りですでに明らかだが(http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/222555.html)、大筋合意後もヒラリー・クリントンが反対を明言するなど、予断を許さない状況は続く(http://edition.cnn.com/2015/10/07/politics/hillary-clinton-opposes-tpp/)。米国1国でもTPPに署名できなければ、当然話は振り出しに戻るだろう。

 こう考えると、日本では一番早くても2016年の通常国会までの署名、通常国会での承認、早い国内法はここで前倒し立法、翌年(2017年)頭から施行が最短か。いやいや難しいとは思うが。

 となると、2015年末に日本での保護期間が切れる谷崎潤一郎や江戸川乱歩は延長で復活はしないので、パブリックドメイン入りは確定となる。2017年中にパブリックドメインとなる「くまのプーさん」(原作)はそれより微妙だ(http://digital.asahi.com/articles/ASH7R67GKH7RULFA038.html)。果たしてパブリックドメイン入りして「プーさん新訳ブーム」は到来するのか。期待したい。

 いずれにせよ、TPPは大筋合意された。米国情勢など綱渡りは続くものの、わが国民が全体をメリットありと考えて進むならそれはそれで良いだろう。問題は、多分野協議であるので当然日本にとってのリスク要因も多いはずであり、それについてきっちり対策を取ることだ。政府の概要発表などを見ていると「TPPはメリットばかり」といった宣伝に余念がないようだが、そんなことは政府の仕事ではないし、だいたいあり得ない。

 自慢じゃないが主権者たる我々国民は、ただでさえ相当間違いを犯しやすい存在だ。そこに不正確な報告しか上げないような番頭(政府)は、一歩間違えれば致命傷になるから要らないのだ。知財面でもメリットとデメリットを正確に伝え、メリットを生かし、デメリットを軽減できる国内法制の導入が、これから最も大切な作業になる。

 フェアユース、権利情報データベース、権利者・利用者間の包括契約、クリエイティブ・コモンズ(CC)などのパブリックライセンスの普及、孤児著作物対策を含むアーカイブ促進法の導入――詳細は次の機会に譲るが、取り組むべきメニューはいくらでもある。

 そして早速、冒頭の10月20日政府説明会である(ニコ生中継 http://live.nicovideo.jp/watch/lv238692651)。我々が、これからの情報のルール作りを注視しているというメッセージを、我々の政府に伝え続けることができるか? 勝負はその一点だろう。

福井 健策

HP: http://www.kottolaw.com
Twitter: @fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)、「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考一覧は、上記HPのコラム欄を参照。