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慶應大学環境情報学部教授の村井純氏
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「きずな」の概要
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宇宙航空研究開発機構(JAXA)と情報通信研究機構(NICT)は24日、超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)に関するシンポジウムを開催した。シンポジウムでは、慶應大学環境情報学部教授の村井純氏が、「超高速インターネット社会~Global空間を創世する絆~」と題して講演し、衛星インターネットの可能性や課題を語った。
「きずな」は、最大1.2Gbpsのデータ通信が可能な超高速通信衛星で、2008年2月23日に打ち上げられた。アンテナ直径45cm程度の地球局では、衛星から地球局へは最大155Mbps、地球局から衛星へは1.5Mbps~6Mbpsの通信が行える。また、電波の送受信する放射方向を変化させる「アクティブ・フェーズドアレイ・アンテナ」によって、「きずな」の静止軌道から見える、地球の約3分の1の範囲で通信が可能だ。
広い範囲で通信が可能な点について村井氏は、「カバレッジが地球全体を向いている」と評価するが、この点に「今風の課題がある」と指摘。マルチキャストがスケーラビリティを持って運用できるのかが重要であるとした。「インターネットにはマルチキャストが本当にスケーラブルに動けるのかという課題があり、世界全体でどういう規模で1対多の通信ができるかという技術的な課題が残っている。」
さらなる課題としては、衛星がインターネット通信を行うことで、異なる自律したネットワークである「AS(自律システム)」が連結すると指摘。こうしたケースで、経路制御を行えるかどうかも問題であるとした。「JGN2とNSFNETをいきなりつなぐことができていまう。そうなったときに、1つのインターネットとして動くのか。これまでは、地球全体をつなぐ『きずな』のようなメディアを予想していなかったため、プロトコルを開発しなければならない」。
「きずな」の特徴としては、トポロジーにダイナミックなパスを高速に設定可能な点を指摘。「要するに、インターネットの地図が一瞬にして世界で変わることになる。これで経路制御があっという間に変わるが、それが本当にスケールして、ある時間の中で収束するかについて、経路制御の学問の研究テーマとして、根本的に新たに再挑戦するような部分もある」。
● 衛星インターネットが「アンワイヤード」を促進
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「アンワイヤード」の概要
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続けて村井氏は「世の中がどう変わるか」と切り出し、インターネットのアーキテクチャを大きく変える要素として、ケーブル不要でインターネットに接続する「アンワイヤード」を挙げた。特に衛星インターネットについては、地球の大部分で通信をカバーできるという特徴があることから、アンワイヤードのインターネットにおいて大きな期待が持てると話した。
村井氏はさらに、「惑星間インターネット(Interplanetary Internet)」の研究も進んでいると説明。惑星間通信や探査機との通信では、信号の大きな遅延、中断、切断といったことがしばしば発生するが、こうした状況でも通信できるソフトウェアプロトコル「DTN(Disruption-Tolerant Networking)」が開発されているとした。「我々の学生の3割はDTNを研究していて、いわばブームになっている」。
「世の中がどう変わるか」という観点では、デバイスの発展も見逃せないと村井氏は指摘。特に「来るところまで来た」という携帯電話については、「ディスプレイ、キーボード、音、カメラ、時計、位置情報、センサー、スキャナーが揃う。通信としても電話や放送だけでなく、緊急通信にも対応し始めている」と評価。多くの携帯電話にRFIDリーダー/ライターが搭載されていることについて「こんな国は珍しい」としたほか、Wi-FiやBluetoothもサポートしているとした。
「このようなデバイスがあれば、どのような情報でも伝えることができる。おそらく将来的には、我々の心臓の鼓動をモニターするような健康管理に使われるだろう。また、少子化で小学校が少なくなり、自宅から学校までの距離が遠くなれば、通学時間での教育が重視されるかもしれない。そのようなときにポータブルデバイスは重要な役割を果たすだろう。」
● テレビが情報社会を作る
家庭内の情報環境に変化を促すものとしては、テレビが普及したことを挙げ、「最近のテレビは12Mbpsでしゃべっていて、最高のディスプレイを持っている」と評価。その上で、今後は「テレビを受信するためのテレビ」が「情報社会を作るためのテレビ」に生まれ変われるかが課題とした。「光インフラが発達しているのが日本の特徴。その意味では、広帯域コンテンツの流通が(良質な画面を持つテレビなどのデバイスの発展により)促進される可能性がある」。
その反面、コンテンツの流通促進では、仕組みや制度が大きな課題だという。具体例として村井氏は、自らが策定にかかわった地上デジタル放送の録画ルール「ダビング10」を紹介。「技術的には、なぜ(結論までに)3年かかったのか」という人がいるかもしれないと前置きした上で、ダビング10の議論は「ハイスピードのネットワーク環境があったときに、どのコンテンツを本当に共有するのかというDRMのメカニズムと、それが本当に誰に使われるべきなのかという、インテレクチャルプロパティ(知的財産)の問題」と話した。
さらに村井氏は、2005年から2007年までの国内一般家庭でのトラフィック推移を示すデータを紹介し、トラフィックのピークとなる時間帯が、従来の夜間から夕食の時間帯へシフトしていると指摘。また、トラフィックの伸びが予想される分野としては、ディスプレイなどに映像を表示する「デジタルサイネージ」を含む屋外広告を挙げ、今後は、ディスプレイにインテルのチップが搭載されることでWiMAXによる通信の恩恵も得られるとした。
「このイメージに一番ふさわしいのは『タイムズスクエア』。バラバラなディスプレイを通信で制御できるかが問題だが、そこ(タイムズスクエアに林立するディスプレイ)に1つの絵を表示することも不可能ではなくなっている」。
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さまざまな種類の「デジタルサイネージ」
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「タイムズスクエア」にあるディスプレイ全体に1つの絵を表示させたところ
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● 「グローバルな情報空間」にアジア地域も
なお、「きずな」が打ち上げられてから、2009年2月23日で1年を迎えた。この間、北京オリンピックでのハイビジョン伝送、徳島県での災害時における通信衛星の有効性検証、アジア地域と連携した遠隔教育など、「きずな」を活用した各種実験が実施されている。
村井氏は、シンポジウムの副題「アジア太平洋における新たな絆(きずな)を目指して」を引き合いに出し、日本が“Far East”ではなく“Far West”であると指摘。この発言は、日本の光ファイバが現在、米国を経由してヨーロッパにつながっているということを指している。「2005年になりだんだんとトラフィックが変わっていったが、いずれにせよ太平洋と大西洋にある光ファイバに集中している状況だ」。
村井氏は、光の速度で地球を1周するのに133ミリ秒(0.133秒)という遅延の程度で、全地球をインターネットでつなげられると説明した上で、「グローバルな情報空間はこのままで良いのか」と疑問を投げかけた。特にアジア地域では、科学技術用に使える10Gbps以上の光ファイバが整っていないとして、「日本の責任で」日本を含むアジア地域をまたぐ光ファイバを敷設する必要性を訴えた。
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2001年における世界のインターネットトラフィックの状況
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2005年における世界のインターネットトラフィックの状況
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今日における世界の主要光ファイバ分布図
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日本を含むアジア、アフリカ地域にまたがる光ファイバの敷設例
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関連情報
■URL
シンポジウムの概要
http://www.jaxa.jp/press/2009/01/20090130_kizuna_j.html
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( 増田 覚 )
2009/02/24 19:10
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