● 頻度調査から機械的に3500字を選び、そこから絞り込む
前回まで説明した前提のもと、新常用漢字表の追加候補の選定作業が進められたわけだが、ここから先の作業については文書『国語分科会漢字小委員会における審議について(案)』が参考になる[*1]。執筆時点での審議状況を交えながら短くまとめると、まず最新の『漢字出現頻度数調査(3)』[*2]から日常よく使われる漢字を機械的に3500字選び[*3]、これに前述の新聞常用漢字を加えたものを母集合とする。重複を除けば都合3506字となり、ここから絞り込んでいく作業を行なった。
実際の作業は新たに選出された漢字ワーキンググループ(以下、漢字WG)が行ない[*4]、できあがった素案を叩き台に漢字小委員会で討議、出された意見を元に漢字WGが再検討するという進め方になる。選定を進めるにあたっては、単に使用頻度だけを見るのでなく、以下のような条件を総合的に勘案することが合意されている[*5]。
- 都道府県名漢字など固有名詞の専用字でも頻度が高ければ排除せず、機能性も勘案して選定する[*6]
- 頻度が低くても伝統文化の継承という意味で必要と思われる字は拾う(「伎」など)
- 漢字習得の観点から偏や旁を構成する基本的な漢字も拾う(「鋼・綱」の旁として「岡」等)
● 報道が先行してしまった第1次・字種候補素案
選定作業のさらなる詳細は『候補漢字の選定手順について』が参考になる[*7]。要はまず全体を表内字と表外字に分けて、表内字は頻度2500位を境に2つに分け、基本的に上位は残すことにし、下位はすぐ後に述べるAグループに入れる。一方表外字は1500位以内をS、1501~2500位をA、2501位以降をBというグループに分け、Sは基本的に残し、Aは基本的に残すが不要なものを落とす、Bは特に必要なものを拾うという方針で、それぞれの機能性、造語力を勘案して選定する。
基本的に残す境界線が、表内字で2500位と比較的ゆるい反面、表外字では1500位と厳しいのは、すでに常用漢字表にある字は、そこに収録されているというだけで使用頻度の面でアドバンテージがあるだろうという考え方によるものだ[*8]。
こうした作業の結果できあがったのが、5月12日の21回漢字小委員会で配布された『これまでの検討結果(第1次・字種候補素案)』(以下、第1次素案)にある220字だ。これはまだ粗いアルファバージョンと言えるものだったが、約3年にわたる漢字小委員会の審議の中で初めて出された具体案だったせいか、翌日の各紙1面を飾ることになったことは第1回に書いたとおり。
この段階で新常用漢字表の総字数としては、220字に現行の1945字を足した2165字よりも多くなることはないと予告された[*9]。つまり新常用漢字表の総字数は3000字とか4000字などということにはならず、小幅な増加にとどまるということが確定した。また絞り込み作業の結果、現行の常用漢字表から削除を検討する漢字として、特に頻度と造語力が低く法令にも使われていない「銑」「錘」「勺」「斤」「匁」「脹」の6字の削減がここで提案されている[*10]。
第21回でこの第1次素案が提示された際、各委員にそこから削ってもよい字、あるいは入れてもよい字を回答するという「宿題」が出された。これをまとめた文書が2週間後、同月26日に開催された第22回で配布されている[*11]。折りから字ではなく語のレベルの頻度を明らかにした『出現文字列頻度数調査』[*12]がまとまったばかりであり、委員からの回答とこの調査により、漢字WGが最初から220字を洗い直す作業が行なわれた。
● 大きく変わった第2次・字種候補案
こうした結果まとまったのが、6月16日の第23回漢字小委員会で配布された188字の第2次・字種候補案だ[*13]。前回の素案から字数が32字減ったというだけでなく、素案にはあった86字が消え、新たに50字以上が入っていることからもわかるとおり、大幅な再検討が行なわれたことが伺える。
一方で素案段階で常用漢字表から外す6字とされたものから「斤」が復活することになり、都合5字が削除候補とされた。かつて常用漢字表の際には、試案段階で33字、中間答申の段階で19字を当用漢字字体表から削除するとされていたが[*14]、反対の声が根強く土壇場で全部を復活させた因縁を持つ(ちなみに5字のすべてが、当時も削除候補に入っていた)。これらが本当に削除できるとすれば、1946年の当用漢字表制定以来、増えることはあっても減ることがなかった国語施策の漢字表として、初めての出来事となる。
また第1次素案では「別表に入れる可能性のある候補漢字」(P.3)として52の熟語にある54字が挙げられていたが、なるべくシンプルにわかりやすい表を作るという基本方針の元、別表は本表に繰り入れて解消されることになった。もともとこれは第18回での金武伸弥委員の発案によるもので、「挨拶」の「挨」「拶」や「元旦」や「旦那」の「旦」など、特定の熟語にしか使われないが頻度が高い字を拾う手段として考えられた[*15]。その発言からも明らかなように、もともと本表の字が2000字を大きく上回る場合に、総字数を抑える方法として考え出された経緯がある。大幅増にはならないことがはっきりした現在、これがなくなるのは自然な方向と言えるだろう。第2次・字種候補案の188字は以下のとおり。
藤 誰 俺 岡 頃 奈 阪 韓 弥 那 鹿 斬 虎 狙 脇 熊 尻 旦 闇 籠 呂 亀 <頬> 膝 鶴 匂 沙 須 椅 股 眉 挨 拶 鎌 凄 謎 稽 曾 喉 拭 貌 塞 蹴 鍵 膳 袖 潰 駒 <剥> 鍋 湧 葛 梨 貼 拉 枕 顎 苛 蓋 裾 腫 爪 嵐 鬱 妖 藍 捉 宛 崖 叱 瓦 拳 乞 呪 汰 勃 昧 唾 艶 痕 諦 餅 瞳 唄 隙 淫 錦 箸 戚 蒙 妬 蔑 嗅 蜜 戴 <痩> 怨 醒 詣 窟 巾 蜂 骸 弄 嫉 罵 璧 阜 埼 伎 曖 餌 爽 詮 芯 綻 肘 麓 憧 頓 牙 咽 嘲 臆 挫 溺 侶 丼 瘍 僅 諜 柵 腎 梗 瑠 羨 酎 畿 畏 瞭 踪 栃 蔽 茨 慄 傲 虹 捻 臼 喩 萎 腺 桁 玩 冶 羞 惧 舷 貪 采 堆 煎 斑 冥 遜 旺 <麺> 璃 串 <填> 箋 脊 緻 辣 摯 汎 憚 哨 氾 諧 媛 彙 恣 聘 沃 憬 捗 訃
(※上記のうち<>で括ったものは、資料にある字がシフトJISでは表現できず別字体に置き換えたもの)
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この第2次・字種候補案で注目されるのは、「入れる基準」よりも「入れない基準」だろう。漢字WGの判断基準として新たに示された4箇条のうち、2つだけ挙げると、〈出現頻度が高くても、造語力(熟語の構成能力)が低く、訓のみ、あるいは訓中心に使用〉〈造語力が低く、仮名書き、ルビ使用で、対応できると判断〉というものだ[*16]。前者の例としては「濡」「覗」、後者の例としては「醤」「填」[訂正1]が挙げられているが、これは素案段階にはなかった考え方であり、いよいよ最終コーナーに向けて大鉈を振るいはじめた印象がある。
この時の第23回では第2次・字種候補案に対し、削ってよい字、入れるべき字を回答することが委員に呼びかけられた。ここでの意見を元に漢字WGが第2次・字種候補案のままとする最終的な字種案を作成、7月15日の第24回で了承された。これは同月31日開催の国語分科会でも承認、この段階でまず字種がほぼ固まったことになる。
その後、9月22日に開催された第25回から、次の段階として音訓の審議が始まる。そして、これにともない「刹」「椎」「賭」「遡」の4字を加え、代わりに「蒙」を削除する修正修正案案が発表された。以前から前田主査は音訓の検討によって一部字種の差し替えをする可能性を予告しており、この修正はそれを裏付けるものだ。この修正の結果、追加候補は合計291字となった。
● 今後の予定
ここまでの原稿で使った「新常用漢字表」とは仮称にすぎないことは第1回で述べたとおりだが、その正式名称も今後議題にのぼることになる。もともと常用漢字表には「常用=高頻度」の漢字ばかりあるわけではない。たとえば何回か例に出した「璽」は日本国憲法に由来する漢字で、現状の審議を聞く限りではおそらく削除はされない。こうした「常用」とは言えない字があるのに「常用」を名乗ってよいのか? こうしたことについても今後検討されるはずだ[*17]。
最後にこれからの予定をまとめておこう。6月16日の第23回で第2次・字種候補案に対し、削ってよい字、入れるべき字を回答することが委員に呼びかけられた。こうした意見を元に漢字WGが最終案を作成、いよいよ7月15日の第24回で字種が固まることになる。これは同月31日に開催予定の国語分科会で承認を求める予定だという。とはいえ、その後に始まる音訓の検討により一部で字種の差し替えがあるかもしれないことが予告されている。つまり、この「最終案」も暫定案にすぎないということだ。
音訓の決定の後、最後に字体を決定する[*18]。つまり現在の素案にあるのは字種であり字体ではないことに注意してほしい。2009年2月までに試案としてまとめ、国語分科会の承認を得てパブリックコメントにかけられる予定だ。そして来年度から始まる新たな漢字小委員会がパブリックコメント等を元に試案を審議して答申案を作成、ここで再度パブリックコメントにかけられ、無事に終わればいよいよ最終答申となる。つまり最終答申は早くて2009年度末(2010年3月)だ[*19]。ただし、かつての常用漢字表では最終答申まで試案と中間答申の2回を出した歴史がある。答申が本当に2009年度中に出せるかどうかは、まだ誰にも確言できない。
以上、現在までの審議状況を5回に分けてお伝えした。繰り返しになるが、新常用漢字表の選定作業は途中であり、これからまだまだ紆余曲折が予想される。そこでどういう考え方から議論がまとまっていったのかがわかるよう、なるべく参照すべき議事録や配布文書を示しながら説明した。読者の皆さんにもこれから大いに議論をしていただきたいと思うが、それに際しては事実に即して考えることを呼びかけたい。「国語」に対して是非はあろうが、とりもなおさずこれは我々日本語を読み書きする者すべての公共財なのだから。
次回は第2部として文字コード規格の影響を考えたい。どうかお楽しみに。
● 更新履歴
[変更]……この原稿の初出以降の状況に基づき、以下のように原稿を変更する。なお、9月22日開催の第25回漢字小委員会で発表された字種候補修正案については、第2部第2回の変更記事をご覧いただきたい。
「大きく変わった第2次・字種候補案」の見出しから始まる本文末尾に、以下の一文をそのまま追加。(2008/10/11)
この時の第23回では第2次・字種候補案に対し、削ってよい字、入れるべき字を回答することが委員に呼びかけられた。ここでの意見を元に漢字WGが第2次・字種候補案のままとする最終的な字種案を作成、7月15日の第24回で了承された。これは同月31日開催の国語分科会でも承認、この段階でまず字種がほぼ固まったことになる。
その後、9月22日に開催された第25回から、次の段階として音訓の審議が始まる。そして、これにともない「刹」「椎」「賭」「遡」の4字を加え、代わりに「蒙」を削除する修正修正案案が発表された。以前から前田主査は音訓の検討によって一部字種の差し替えをする可能性を予告しており、この修正はそれを裏付けるものだ。この修正の結果、追加候補は合計291字となった。
[訂正1]……候補漢字のうち、本来「填」(土+眞、U+5861)とすべきところを誤って「顛」としていました。以下の通りお詫びして訂正いたします。(2009/04/09)
誤:前者の例としては「濡」「覗」、後者の例としては「醤」「顛」が挙げられているが、これは素案段階にはなかった考え方であり、いよいよ最終コーナーに向けて大鉈を振るいはじめた印象がある。
正:前者の例としては「濡」「覗」、後者の例としては「醤」「填」が挙げられているが、これは素案段階にはなかった考え方であり、いよいよ最終コーナーに向けて大鉈を振るいはじめた印象がある。
2008/06/25 11:17
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小形克宏(おがた かつひろ) 文字とコンピュータのフリーライター。本紙連載「文字の海、ビットの舟」で文字の世界に漕ぎ出してから早くも8年あまり。知るほどに「海」の広さ深さに打ちのめされています。文字ブログ「もじのなまえ」ときどき更新中。 |
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