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「新常用漢字表(仮称)」のパブコメ募集が始まった
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【 2008/11/28 】
第3部 印刷文字から符号化文字へ
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第3部 印刷文字から符号化文字へ
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第6回 漢字の字体史から見た『議員氏名の正確な表記』
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第3部 印刷文字から符号化文字へ
第5回 『議員氏名の正確な表記』はどうやって作られたか
[11:21]
【 2008/10/30 】
第3部 印刷文字から符号化文字へ
第4回 議員本人のWebページとの比較結果
[15:03]
【 2008/10/29 】
第3部 印刷文字から符号化文字へ
第3回 実装の上から『議員氏名の正確な表記』を考える
[15:15]
【 2008/10/28 】
第3部 印刷文字から符号化文字へ
第2回 規格の上から『議員氏名の正確な表記』を考える
[11:08]
【 2008/10/27 】
第3部 印刷文字から符号化文字へ
第1回 現代日本の「ゴルディアスの結び目」をほどくのは?
[16:44]
“情報化時代”に追いつけるか? 
審議が進む「新常用漢字表(仮)」

第3部 印刷文字から符号化文字へ
第5回 『議員氏名の正確な表記』はどうやって作られたか


衆議院事務局からの回答

 前回は『議員氏名の正確な表記』に掲載されている議員本人のWebページを実際に調べたところ、半分以上の議員が『正確な表記』での字体を自らは使っていなかったことが明らかになった。そうなると気になるのは、実際にどのようにして『正確な表記』のページが作られているのかということだ。これについて衆議院事務局広報課に問い合わせてみたところ、以下のような文書による回答をいただいた。多忙にかかわらず丁寧に答えてくださった衆議院事務局の方々に深く感謝したい。以下に回答の全文を掲載する。



小形様

 いくつかのご質問がございましたが、回答が重複する箇所もあるため、一つにまとめさせていただきました。

 まず、衆議院ホームページについてお話させていただきます。
 衆議院ホームページでは、ユニバーサルデザインに配慮し、読み上げ、文字拡大、配色変換ができるツールを提供しています。
 ウェブサイトの閲覧者には、様々な制約を受けている方々も存在すると思われます。
 そのため、可能な限り多くの方が衆議院ホームページから必要な情報を入手できるようウェブサイトのアクセスビリティを向上する必要があると考えています。
 衆議院事務局では、総務省が推進している「電気通信アクセス協議会(現情報通信アクセス協議会)」において定義されている点検項目をクリアする「衆議院ホームページユニバーサルデザインガイドライン」を策定し、これを遵守しています。
 お問い合わせの中に、「ホームページで使用する文字の範囲はありますか」とございましたが、ガイドラインの中で、「機種依存文字は原則として使用しない。」という項目があります。(機種依存文字の定義は、JIS規格のJIS X 0208の符号表上の空領域にメーカーが独自に定義した文字を示します〈引用者注:「指します」か〉。)
 機種依存文字を使用しない理由は2つあります。
 まず、機種依存文字は、機種間での互換性がないため、異なるOSで表示した場合に、該当文字が閲覧できない可能性があります。
 また、衆議院ホームページでは自動音声読み上げサービスを行っておりますが、機種依存文字はこちらにも対応できない場合があります。
 以上のことから、衆議院ホームページで使用する文字については、JIS X 0208を適用しております。
 このことについては、「衆議院サイトマップ」に記載しております。


図1 衆議院サイトマップ〈引用者注:回答原文にあった図を再現〉
http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/sitemap.htm


 話は変わりまして、議員氏名の届出についてお話させていただきます。
 衆議院議員選挙後、当選した議員又は秘書に、衆議院事務局に提出してもらう書類一式を渡しています。
 その書類の一つに議員自身の氏名(字画)に関する書類があります。
 主な記入項目は選挙区、所属政党、生年月日、氏名、住所等ですが、国会内のすべての名札、会議録、文書等に使用するため、すみやかに担当課である庶務部議員課に提出してもらっています。
 特に議員氏名については、この書類が基準になり、任期中、院内使用の氏名として登録されるため、記入欄を姓と名に分け、楷書で記入し、ふりがなを付けるようお願いしています。
 書類については、手書きで提出されることが多いため、特殊な文字を使用している場合は、先方からその旨を伝えられてきたり、また、担当職員においても注意しながら、どういった文字を使用するのか確認しています。
 それでも書類がFAX等などで送られ、字画等で判断がつきにくい文字については、万全を期すためパソコンなどで一般的に使われる文字と外字を活字で提示し、どちらであるか旨の確認を先方にとっています。
 このように議員の氏名については、すべて議員の届出により決まることになります。

 さて、衆議院ホームページのコンテンツの一つである「議員氏名の正確な表記について」は、前述したサイトマップの記載を具体的に表したリストになります。
 このリストについては、議員事務所から庶務部議員課にあった届出のとおり作成しており、「標記の議員について、本来、議員からは氏名について、正確な表記として右表にある届出がされていますが、赤字については機種依存文字及び外字になるため、ユニバーサルデザインを考え、ホームページ上の表記は左表の文字を使用しています。ご了承ください。」といった主旨〈引用者注:「趣旨」か〉で掲載しているものであります。

 衆議院事務局からの回答は、以上となります。

(衆議院事務局庶務部広報課)


回答の主旨をまとめてみると

 以上が衆議院事務局からの回答だ。今これを私なりにまとめてみると、次のようになるだろう。

(a)衆議院ホームページは万人が閲覧可能であることが至上課題。
(b)そのために『衆議院ホームページユニバーサルデザインガイドライン』を策定している。
(c)『ガイドライン』の中にJIS X 0208以外の機種依存文字を原則禁止する条項がある。
(d)機種依存文字とは「JIS規格のJIS X 0208の符号表上の空領域にメーカーが独自に定義した文字」のこと。
(e)この『ガイドライン』に基づき、衆議院ホームページで使用する文字はJIS X 0208を適用し、機種依存文字や外字を原則的に使用しないことにしている。
(f)そして、議員から届けられた字が機種依存文字や外字になってしまい、ユニバーサルデザイン上から使用できない文字をリストアップしたのが『正確な表記』。
(g)作成の手順だが、選挙後に議員へ書類を渡し、ここに選挙区、所属政党、生年月日、氏名、住所等を記入、提出してもらっている。
(h)この書類に基づいて国会内のすべての名札、会議録、文書等を作成することになる。
(i)中でも議員氏名は、任期中に院内使用の氏名としてこの欄に書かれた字を登録するため、大変重要になる。
(j)そこで記入欄を姓と名に分け、楷書で記入し、ふりがなを付けるようお願いしている。
(k)この書類は手書きで提出されることが多いため、特殊な文字が使用されている場合は、議員と担当職員の双方で確認し合いながら作業を進めている。
(l)それでも判断がつきにくい文字については、事務局からパソコン等により一般的に使われる文字と外字を活字によって提示し、どちらであるか議員に確認してもらっている[*1]
(m)このように議員の氏名表記は、すべて議員の届出により決まることになる。


「書かれた字のとおり」という神話

 では、この回答を分析してみよう。まず、衆議院のWebページ全体で使用する文字はJIS X 0208を適用しており((e))、「機種依存文字や外字」になって使用できない文字をリストアップしたのが『正確な表記』だ。その作成にあたっては、議員本人、もしくはそれに近い人が作成した書類に基づいている((g))。この書類は、ほぼすべてが手書きだ。姓と名が分けられるような書式において、パソコン等を使うことは現実的とは思えないからだ((j))。その上で衆議院事務局はどのような規範意識によって『正確な表記』を作成しているのかというと、(m)を見て分かるように「届出のとおり」、つまり「書かれた字のとおり」が規範であると考えられる。ということは、最も検証すべきなのはこの規範ということになる。ここで『正確な表記』を再掲しよう(図2)。


図2 『議員氏名の正確な表記』[*2]

 回答からは『正確な表記』の作成者はあたかも無色透明な存在であって、そうした者の意志は介在せず、「議員によって書かれた字のとおり」に再現しているだけとの意識がうかがえる。そこで考えたいのは「書かれた字のとおり」を目指すだけで、はたして忠実な再現は可能なのかということだ。何を当たり前なことをと笑う人がいるかもしれない。しかし思われているほど、この問題は自明ではない。なぜなら『正確な表記』で使われているのは印刷字体である明朝体だからだ。つまりここでは手書きの字体から明朝体へという異なった様式への変換が必要とされる。

 普段私たちは意識しないが、手書き字体も明朝体も、伝統や習慣に裏付けられた一定の様式がある。この様式のことを「書体」と呼ぶ。『正確な表記』において、最も顕著に見られるのはこの「書体の違い」を無視してしまっていることだ。例えば明朝体のしんにょうは、手書きと形が違う(図3上)。本当に「書かれた字のとおり」を目指すなら、しんにょうの形まで手書き字体を再現すべきと思える。そんな形はないからという反論は、『正確な表記』の現実と矛盾する。すでに私たちは、『正確な表記』でわざわざ作字した字体が掲載されていることを知っているからだ(第3回図1(3)の鳩山議員他9名)。

 実際には図2の伊藤逹也議員の右欄にある字を見て分かるとおり、『正確な表記』では手書き字体のしんにょうを再現していない。なぜ鳩山議員達と同じように、しんにょうも忠実に作字しなかったのだろう? 手書き字体と明朝体の違いは他にもたくさんある。例えば明朝体には横棒右端に止めを表す「ウロコ」と呼ばれる表現をする(図3中央)。当然これは手書き字体にはない。もしも本当に「書かれた字のとおり」を尊重するなら、こういう明朝体特有の表現をしてはいけないことになる。また、明朝体では字画を折る際、見かけ上は二画であるかのような表現をする(図3下)。しかし図2の井上議員の「治」、大野議員の「松」の「ム」の部分を見て分かるように、『正確な表記』では明朝体特有の表現をそのまま使っている。これも「書かれた字のとおり」に反している。


図3 上:手書きのしんにょう(左)と明朝体のしんにょう(右)(『常用漢字表・現代仮名遣い・外来語の表記』大蔵省印刷局、1992年、P.7)、中央:明朝体における「ウロコ」、下:明朝体(左)と手書き字体(右)の字画の折り方(前掲『常用漢字表・現代仮名遣い・外来語の表記』P.6)

 つまり『正確な表記』は、作成者が思っているほどには「書かれた字のとおり」にはなっていない。実は「書かれた字のとおり」を目指しているつもりでも、無意識のうちに違いを無視(包摂)する部分、無視せず再現する部分という境界線を引いているのだ。そもそも様式が違う以上、手書き字体を明朝体に置き換えるのに、単純な「書かれた字のとおり」では規範になり得ない。本来的に翻刻者は透明な存在にはなり得ず、むしろどの違いは無視し、どの違いは再現するかという包摂の判断こそが求められる[*3]。『正確な表記』はその点に理解が及んでおらず混乱が見られる。その結果、日本の明朝体としては例のない珍しい形が再現されてしまっているのである。

 ではこうした矛盾が、『正確な表記』に掲載された字に、どのような影響を及ぼしているのか。次回はこれを少し詳しく見ていくことにしよう。

[*1]……原文「万全を期すためパソコンなどで一般的に使われる文字と外字を活字で提示し、どちらであるか旨の確認を先方にとっています」だが、「どちらであるか」の意味が私にはよく分からない。本人への確認が必要になるほど判別が難しい異体字において、「一般的に使われる文字」と「外字」の「どちら」が正しいのかという質問自体が矛盾するように思える。「どちら」という以上は、本人が使いたい字が「一般的に使われる文字」である可能性もあることになるが、その場合にわざわざ確認する必要が発生すると思えないからだ。おそらく衆議院事務局で作成した外字を、参考のため一般的に使われる文字を添えて本人に確認していることを言いたいのではないか。
[*2]……『議員氏名の正確な表記』http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/syu/gaiji.htm
[*3]……この問題については次を参照。『「原文に忠実な翻刻」をめぐって』豊島正之、1998年、http://www.joao-roiz.jp/mtoyo/on-JCS/mt-trns.pdf


関連情報

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  “情報化時代”に追いつけるか? 審議が進む「新常用漢字表(仮)」
 連載バックナンバー一覧
  http://internet.watch.impress.co.jp/cda/jouyou_backnumber/


2008/10/31 11:21
小形克宏(おがた かつひろ)
文字とコンピュータのフリーライター。本紙連載「文字の海、ビットの舟」で文字の世界に漕ぎ出してから早くも8年あまり。知るほどに「海」の広さ深さに打ちのめされています。文字ブログ「もじのなまえ」ときどき更新中。

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