米国の2人の経済学者が、音楽のファイル交換とレコード業界の売上減少の関係について経験的な手法による分析を行なった結果を論文のドラフトとして公表し、話題を集めている。
研究論文のドラフトを公開しているのは、ハーバードビジネススクールのFelix Oberholzer助教授とノースカロライナ大学チャペルヒル校のKoleman Strumpf助教授。論文によると、ファイル交換がレコード業界の売上に与える影響は統計的にほとんど無視できるほど小さく、たとえ影響があったとしてもごくわずかであることが判明したという。全米レコード協会(RIAA)をはじめとする世界各国のレコード業界は、違法なファイル交換によってレコード業界の売上が大幅に減少していると主張し、ファイル交換サービスを提供している事業者やファイル交換技術を開発している企業に対する訴訟を多く起こしている。今回の研究結果は、こうしたレコード業界の主張と真っ向から食い違うものだ。
論文ではあくまでもファイル交換がレコード業界の売上に与える影響についてのみ調査分析しているため、レコード業界の売上減少の実証分析には至っていないものの、著者らはいくつかの考えられる要因を挙げている。例えばマクロ経済不況、アルバムリリース数の減少、ゲームのグラフィックの向上とDVDプレーヤーの価格低下に伴うビデオゲームとDVDなど他のエンターテイメントの台頭、ラジオ局の合併などに伴う音楽ジャンルのバラエティの減少、一連のレコード業界の戦略に対する消費者の反感などである。さらに、ここ数年見られているレコード業界の売上減少と似た現象が1970年代後半と1980年代初頭に起きていることも指摘。また、1990年代のレコード業界の売上は、アナログレコードなどの古いメディアからCDに買い替える人々が多かったために異常に高かったと考えられるとも指摘している。
その上でファイル交換が音楽の売上に2つの側面から影響を与えていると分析する。まず、メジャーレーベルから出される“スーパースター”のアルバムに関しては、ファイル交換は売上を減少させるどころかむしろポジティブな影響すら与えていると指摘。逆にそれほど有名でなく、わずかなアルバムしか発表していないアーティストには売上減少の影響を与えるとしている。しかし、この売上減少の割合も統計的に見て著しく小さいと考えられ、音楽産業が新しい音楽を創造する際に影響を受けるとは考えにくいと指摘。その理由として、音楽アルバムの売上により利益をあげられるアーティストの割合は上位1%にも満たない状況であり、こうしたアーティストのほとんどは金銭的な利益のために音楽を創造しているわけではないことが推測できるからだとしている。
レコード業界ではなく、社会全体の福祉を考えた場合、もしこの経験的な分析が正しいのであれば、ファイル交換は社会全体の福祉を向上させる可能性がある。ファイル交換が新しい音楽の創造コストにわずかな影響しか与えていないのであれば、社会全体としては音楽の消費量を増やしたと言え、多くの人が音楽を楽しむようになったと結論付けることができる。
この研究はさまざまな意味で興味深いが、サンプルとしているのが世界中のインターネットによるダウンロードの0.01%であり、因果関係をつきとめるためにファイル交換に関する技術的な考察を加え、計量的なモデルを構築していることから、これらのサンプルの取り方、モデルの建て方が正しいと言えるのかどうかをさらに詳しく分析しなくてはならないことは言うまでもない。
また、経済学的な意味で被害がほとんど出ていないことによって違法な著作物の再配布が正当化されるわけでもない。しかし、現在は違法な著作物の再配布であっても、それが社会的な福祉を向上させるのであれば、著作権法が社会全体の福祉の足かせになってしまう。さらに続く研究により、新しい技術と新しい経済の時代により適した、社会全体の福祉を目指す著作権法が必要となるのかもしれない。
関連情報
■URL
研究論文のドラフト(英文、PDF)
http://www.unc.edu/~cigar/papers/FileSharing_March2004.pdf
関連記事:米国での音楽ソフト売上減少の要因は「オンライン海賊行為」~RIAA
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2002/0226/riaa.htm
関連記事:音楽のネット配信売上減少はファイル共有サービスと関係~米調査
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2002/1105/coms.htm
関連記事:音楽業界の売上減少はファイル交換ソフトの“ヘビーユーザー”が原因
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2003/0619/edison.htm
( 青木大我 taiga@scientist.com )
2004/03/30 13:50
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