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第96回:現在地の移り変わりを古地図で確認、iPhoneアプリ「東京時層地図」


 日本地図センターは、iPhoneアプリ「東京時層地図」の提供を開始した。これは明治から現代までのさまざまな時代の地図を収録したアプリで、各時代を切り替えることにより、東京の移り変わりを調べられる。GPSで測位した現在位置を地図上に表示できるので、iPhoneを片手に昔の地図を見ながら散策することも可能だ。価格は2500円だが、10月末まで特別価格で1500円となっている。

 日本地図センターは国土地理院が所管する財団法人で、地図の販売や検定などを行っており、地図資料を閲覧できる資料室も備えている。今回リリースした「東京時層地図」も、地図の専門組織ならではのアプリであり、随所にさまざまなこだわりが感じられる。

 収録範囲は23区を中心としたエリアで、収録されている古地図は「文明開化期(明治9~19年)」「明治のおわり(明治39~42年)」「関東地震直前(大正5~10年)」「昭和戦前期(昭和3~11年)」「高度成長前夜(昭和30~35年)」の5種類。提供機関は「文明開化期」が陸軍参謀本部で、「明治のおわり」「関東地震直前」「昭和戦前期」が陸地測量部、「高度成長前夜」が地理調査所となっている。

 縮尺は「文明開化期」が5千分の1および2万分の1、「明治のおわり」が1万分の1および2万分の1、「関東地震直前」と「昭和戦前期」が1万分の1および2万5千分の1、「高度成長前夜」が1万分の1を収録している。

 これに加えて現代地図も収録している。現代地図はGoogleマップの地図および航空写真が見られるほか、国土地理院の数値地図5mメッシュ(標高)を使った地形地図も含まれている。これは微細な地形まで詳細にデータ化した標高データで、道路や行政界などは表示されないが、都心部の地面の凹凸がわかりやすく描かれている。古地図もさることながら、この数値地図も見ていて楽しい。

東京時層地図数値地図

 それでは各時代の古地図を見ていこう。

 銀座には、三越や松屋などの店が戦前から存在していたことがわかる。有楽町駅付近には、昔は江戸城外堀があった。現代の地図と見比べると、外堀のあった部分がそのまま首都高になっている。「数寄屋橋」というのは外堀にかかっていた橋の名だということも地図からわかる。

銀座四丁目交差点(文明開化期)銀座四丁目交差点(明治のおわり)銀座四丁目交差点(関東地震直前)銀座四丁目交差点(昭和戦前期)
銀座四丁目交差点(高度成長前夜)銀座四丁目交差点(数値地図)銀座四丁目交差点(現代)

 東京駅の八重洲口エリアにも、昔は江戸城外堀が流れていた。「関東地震直前」を見ると、北口付近に「鐵道省」の庁舎が存在している。現代に近付くにつれて、鉄道の路線が増えて次第に駅周辺のビルが増えていく様子がよくわかる。

東京駅(文明開化期)東京駅(明治のおわり)東京駅(関東地震直前)東京駅(昭和戦前期)
東京駅(高度成長前夜)東京駅(数値地図)東京駅(現代)

 現在は超高層ビル街となっている西新宿は、昔は淀橋町と呼ばれた地域で、現在も「ヨドバシカメラ」などの名称に名残が残っている。ここにはかつて玉川上水から引き入れた水の水質改善を目的とした淀橋浄水場があり、戦後に東村山浄水場へその機能が移されるまで稼働が続いた。地図を見ると、「明治のおわり」で浄水場が登場し、「高度成長前夜」の地図まで浄水場が描かれているが、途中の「昭和戦前期」だけなぜか天然の池になっている。これは“戦時改描”によるもので、軍事施設や重要施設を敵の目から隠すためにこのような表記になっている。

都庁周辺(文明開化期)都庁周辺(明治のおわり)都庁周辺(関東地震直前)都庁周辺(昭和戦前期)
都庁周辺(高度成長前夜)都庁周辺(数値地図)都庁周辺(現代)

 後楽園にもかつて「東京砲兵工廠」が存在し、兵器の製造が行われていた。淀橋浄水場と同じように、「昭和戦前期」の地図を見ると戦時改描で真っ白に表記されている。「高度成長前夜」を見ると、戦後に野球場や競輪場が建設されたのがわかる。

後楽園(文明開化期)後楽園(明治のおわり)後楽園(関東地震直前)後楽園(昭和戦前期)
後楽園(高度成長前夜)後楽園(数値地図)後楽園(現代)

 東京駅と同じように、上野駅の変遷も各時代の違いを比較することでよくわかる。数値地図を見ると、“上野の山”と呼ばれるこのエリアの地形がよくわかる。

上野駅(文明開化期)上野駅(明治のおわり)上野駅(関東地震直前)上野駅(昭和戦前期)
上野駅(高度成長前夜)上野駅(数値地図)上野駅(現代)

 各時代の地図にはそれぞれ凡例も付いており、地図上の記号の意味をすぐに調べられる。地図記号もまた時代によって違うが、「東京時層地図」を使えば各時代のデザインを比較しやすい。

 GPSとの連携機能については、左下の丸いマークをタッチすると現在地が地図上に表示される。自分が今、立っている場所に昔はどんな施設があったのかをすぐに調べられるので便利だ。

凡例表示現在地を青い丸印で表示

 同アプリに収録される古地図は、国土地理院が行う旧版地図の謄本交付に基づいて入手したもので、画像補正が加えられている。地図の交付手数料には約35万円かかるほか、画像処理の費用や手間もかなりかかったという。iPhoneアプリとしては高価といえるが、都心部だけとはいえ5つの時代の古地図を書籍などで探すのは手間だし、デジタル化したことで携帯性が高まり、各時代の比較もしやすくなった。現在地測位などの付加価値も考えると、けっして高くはないと思う。

 課題としては、古地図上で地名検索が行えないので、目的地をすばやく見つけられるように検索機能を搭載してほしい。昔の地名で検索ができるようになれば、歴史小説の参考書として使うなど、さまざまな使い方が可能となるだろう。また、収録している古地図についても、もっと種類を増やしてもらえるとありがたい。特に江戸時代の地図を見られるようになれば、さらに魅力が増すと思うので、ぜひアップデートに期待したいものである。


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2010/10/14 06:00


片岡 義明
 地図に関することならインターネットの地図サイトから紙メディア、カーナビ、ハンディGPS、地球儀まで、どんなジャンルにも首を突っ込む無類の地図好きライター。地図とコンパスとGPSを片手に街や山を徘徊する日々を送る一方で、地図関連の最新情報の収集にも余念がない。書籍「パソ鉄の旅-デジタル地図に残す自分だけの鉄道記-」がインプレスジャパンから発売中。