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趣味のインターネット地図ウォッチ

第146回:「地図システムの作り方」を本に、Mapionの開発スタンスとこだわり


 あれ、こんな感じの地図、前に見たことがある――。Apple Mapsを最初に目にした時の印象をこう表現するのは、日本の地図サイトの草分け的な存在である「Mapion」の開発スタッフだ。Mapionがかつて、ゼンリンから提供を受けた地図データを初めて画像化した時が、実は「ああいう感じ」だったという。何をどう直せばいいのか分からず言葉も出なかったというが、Mapionはその後、数々の課題を解決、地図の品質向上や改良を繰り返し、今では月間訪問者数1200万人、月間ページビュー7600万PVという規模(2012年9月現在)に成長した。

「Mapion」のトップページ

 そんなMapionの地図システムの裏側を詳しく解説した書籍「Mapion・日本一の地図システムの作り方」(2709円)が、技術評論社から9月28日に出版された。同書はウェブサービスの運営者やシステム開発者などに向けたもので、内容の多くは技術的な解説に割かれている。しかしその開発プロセスにおいて、ひとつひとつの選択がどのような理由で行われたのかが丁寧に書かれており、地図サイトの運営者が日ごろどんなことにこだわり、悩みを抱いているのか、その思いが伝わる内容となっている。

「Mapion・日本一の地図システムの作り方」

 折しもiOS 6のリリースとともにApple Maps騒動が起き、地図の品質に対するインターネットユーザーの関心がこれまでになく高まっている時期でもある。今回は、同書の話題も踏まえつつ、Mapionにおける地図作りのスタンスなどを、株式会社マピオンの谷内栄樹氏(マピオン事業部メディア開発グループマネージャー)と山岸靖典氏(メディア企画グループマネージャー)にうかがった。両氏は同書の執筆者であるとともに、Mapionが2009年に行ったシステムの全面的なリニューアル作業で中核になったスタッフである。

株式会社マピオンの谷内栄樹氏(左)と山岸靖典氏(右)

地図データの変遷、国土地理院の数値地図からアルプス社製データへ

 「Mapion・日本一の地図システムの作り方」は2009年のシステムリニューアルの話が中心となっているが、Mapionはそこに至るまでにも地図サイト提供会社として10年以上の歴史がある。同社の前身となる株式会社サイバーマップ・ジャパンが設立され、ウェブでの地図配信サービスを開始したのは1997年で、さらにそのルーツは1996年に開始した凸版印刷とNTTの共同プロジェクト「インターネット・マーケット・モール」にまでさかのぼる。

 「プロジェクトの発足時はデジタル地図上にさまざまな店舗の“看板”を出すプラットフォームを目指していました。よく街で広告が入ったティッシュを配っていますが、あのような“場所に紐付いた広告”をインターネットと組み合わせることで何かできないか――というのが最初の発想だったのです。だから初めから地図サービスを始めようと思っていたわけではなくて、広告を出す媒体として、無料で地図を配信する必要があった。当初から見やすい地図、検索の使いやすさにはこだわりがありました。」(谷内氏)

 当時はまだインターネット上で無料で地図を配信するサービスなどはほとんど見当たらず、地図データを探すだけでも大変な時代だったという。

 「地図会社にとって地図データは大切な売り物なわけですから、『インターネットみたいな訳の分からないものに提供なんてできない』と断られてばかりでした。結局、提供してくれたのは国土地理院だけで、数値地図を加工してやっとスタートにこぎつけました。」(谷内氏)

国土地理院の数値地図がベースだった時の地図画面の例(「地図制作年月 1997年1月」とある)

 国土地理院の数値地図から始まった同社の地図サービスが最初の転換点を迎えたのは1999年のこと。数値地図から作った地図データに代わり、新たに株式会社アルプス社が提供する地図データに切り替えた。アルプス社は紙の地図「アトラスRD」シリーズやPC向け地図ソフト「プロアトラス」などを提供していた地図専門会社。2008年にヤフーに吸収合併され、その事業は現在ヤフーが継承している。

 Mapionが使い始めたのはこのアルプス社が作成したデジタル地図データで、地図デザインや縮尺ごとの情報量、検索システムなどは全面的にアルプス社に依存していた。ただし、初期導入時はMapion側からかなり細かく注文を出したという。

 「最初、アルプス社の地図データは色づかいがとても派手だったんですね。なぜかというと、アルプス社は地図自体が商品なので、地図の中でメリハリが付けられればいいという考え方だったからです。我々の場合は地図だけではなく、さらにその上に情報を重ねていく必要があるので、地の部分が派手だと上に乗せた情報が埋没して見にくくなってしまう。だからアイコンなどが目立つように、色味を抑えたMapion用のデザインというものを作ってもらいました。」(谷内氏)

アルプス社の地図データを使用していた時の地図画面の例(「BB Watch」2005年9月29日付記事より)

オープンソースソフトウェアを駆使して自前の地図データを作成

 そうして10年間、アルプス社の地図データを使ってきたMapionだが、2009年にいよいよ全面的なリニューアルを果たすことになる。地図データはアルプス社製からゼンリン製に変更。さらに、それまでは画像の形で提供を受けていた地図データをベクターデータに切り替えて、自社で画像化することにした。

谷内栄樹氏(マピオン事業部メディア開発グループマネージャー)

 「理由としては、アルプス社の場合は詳細な大縮尺の地図を整備しているエリアが限られていたということが大きいです。その結果、大都市以外では1/1500や1/3000といった縮尺レベルの地図を提供できていなくて、もうそれは自分たちで作るしかないと判断しました。やり方としてはベクターデータから生成する方法を選んだわけです。ベクターデータを提供している地図会社はほかにも何社かありますが、そこで評価を重ねて最終的にゼンリンのデータに決めました。」(谷内氏)

 開発の詳細な内容は「Mapion・日本一の地図システムの作り方」に載っているが、その特徴はなんといってもオープンソースソフトウェアの活用だ。地図データをデータベースに格納して演算を行うための「PostGIS」、ラスターデータを処理するためのライブラリ「GDAL」(データフォーマット交換に使用)、地図配信・画像作成ソフト「MapServer」(地図のレンダリングに使用)など、いわゆる「FOSS4G(Free Open Source Software for Geospatial:地理情報分野において自由に利用可能でソースが公開されているソフトウェア)」と呼ばれるさまざまなソフトウェアが使用されている。

 「オープンソースを利用した理由はコストの問題もありますが、私たちが専門的なGISを扱うような技術者の集まりではなくて、あくまでも“インターネットのサービスを作る集団”であることが大きいと思います。もし、それまでGISに特化した活動をしてきたのであれば、もしかしたら商用の高機能なソフトウェアを利用する形もあったかもしれませんが、そのような経験がなかったので、“ソースコードが開示されていて、それを読めば何をやっているのかが分かる”というオープンソースソフトウェアを選んだのです。」(谷内氏)

 地図画像の配信システムや検索システムを一から作り直すのは想像以上に大変なことで、あらゆる局面で何かしら問題が起こっては、それを解決するという繰り返しとなった。さらにシステム面だけでなく、地図のデザインの作り込みにおいても苦労の連続だったという。

 「最初にApple Mapsを見た時の感想は、『前にも見たことのある画像だな』と(笑)。リニューアルにあたって自分たちがゼンリンの地図データを使って、ただ何も考えずに画像にしたのがああいう感じだったんですね。それまで使っていたアルプス社の地図というのは、プロの地図屋さんが作った、まさに職人の手による地図画像だったので、それと比べた時に『これからどうすればいいんだろう』としばらく呆然としてしまいました。そして、なんとしてでもその品質まで上げていかなければならない、というのが大きな課題となりました。」(谷内氏)


MapServerのウェブサイト

 自前でやらなければならないのは、地図画像の作成だけではない。地図サービスを提供する上で重要な更新作業についても、情報の鮮度を保つために、高い頻度で更新できるシステムが必要だった。

 「以前はデータの更新もアルプス社にお願いしていて、その時もけっこう頻度は高かったのですが、ゼンリンの方が会社の規模が大きい分だけ、更新間隔が長くなってしまったので、自社で更新する体制を作ることにしました。さらに、地図の右下に『地図間違い指摘』というリンクを作って、これをクリックすればユーザーが簡単に間違っている個所の修正リクエストを出せるようにしました。また、有名で話題性の高い施設については、建設中の段階から地図に反映させるようにしています。」(山岸氏)

 「当社はコンシューマー向けサービスのほか、法人向けサービスも提供しています。企業サイトの店舗検索サービスなど、お客様の方で更新していただくシステムを提供しているのですが、その最新データを活用してMapionの地図に反映させるという取り組みも行っています。飲食店や小売業の新規出店などの情報は、その企業自身が持っているデータが最も信頼性が高いわけですから、正確さではこれ以上のものはありません。これは当社がコンシューマー向けと法人向けの両方を提供しているからこそできる強みだと思っています。」(谷内氏)

「地図間違い指摘」の入力フォーム

縮尺レベルごとにテーマを設けてデザイン

 苦労の甲斐あって、新しくなった地図は2009年度のグッドデザイン賞を受けるほど完成度の高いものとなった。受賞にあたっては、ユーザーも参加して一緒に地図の品質を上げていくという、そのプロセスも評価された。

 「例えば、Apple Mapsの地図は全世界で一律に同じ仕様で、あらゆる国に同じ見せ方の地図を提供していますが、生活スタイルの違いを考えると、国ごとに地図の見せ方というのは当然違ってくると考えています。では、『日本のユーザーにとっていい地図ってなんだろう』と考えた場合、例えば地方では車で移動するのが中心なので道路情報が重要ですが、都市部では駅が重要なランドマークになるので、駅の見せ方にこだわる必要がある。渋谷駅などの大きな駅は赤色に塗ることで強調して一番目立つようにして、駅の出口の情報も目立つように四角い枠で表示しています。また、大きな駅はどこからどこまでが駅の範囲なのかという情報が重要になり、これは地図サイトごとに微妙に異なります。駅の範囲を示すポリゴンが最初からあってそこに色を塗っているという単純なものではなく、駅舎以外にも駅の範囲を表現する複数のデータを重ね合わせたり、優先順位を決めたりして調整しながら、駅の形を描いているわけです。」(谷内氏)

渋谷駅。単純に駅ホームを塗りつぶすだけならもっと範囲は狭くなり、一般的な渋谷駅の感覚とは異なってくる。Mapionでは、そのほかに駅ビルや連絡橋の部分も含めて渋谷駅ととらえているようだ

 「近年、日本各地で市町村合併が行われていますが、Mapionでは市町村合併が行われる以前の古い住所も薄い文字で記載しています。これは実際にユーザーから寄せられた声を反映させたのですが、古い住所しか覚えていない場合や、住所を記載する場合に旧住所も併せて記載したい場合などに便利です。」(山岸氏)

旧住所の「旧土肥町」「旧賀茂村」「旧天城湯ヶ島町」が薄い文字で記載されている

 地図画像の作成において苦労した点を質問したところ、最も難しかったのは「情報量のコントロール」という答が返ってきた。

 「都市部で見栄えがいい情報量にしてしまうと、地方では逆に情報量が無さすぎてしまうので、そのバランスを取るのがとても難しい。現在、縮尺は10段階のレベルで提供していますが、レベルごとにテーマを設けてデザインをしていて、1/1500や1/3000などの大きな縮尺では歩行者目線で、歩く人が見やすく使いやすいデザインにしています。対して、縮尺を小さくしてズームアウトしていくと、今度は車の利用者が見やすいように変わっていきます。何をどれくらい載せるかという基準は全国一律なので、縮尺レベルごとのバランス設定が重要なんですね。」(谷内氏)

 地図データの内容については、ゼンリンが整備しているデータ以上の情報を独自に追加している個所もある。

 「例えば兵庫県の姫路城は、ゼンリンのデータではもともと『姫路城』しか記載していません。しかしその敷地には門や建物などいろいろあるので、それを自分たちで調べてどんどん1個ずつ書いていきました。Mapionで姫路城を見れば分かりますが、無駄に情報が多くて、ほとんどスタッフの趣味の世界になってます(笑)。このような注記の充実がスタッフの手により簡単に行えるようになったのも、地図をすばやくメンテナンスするためのシステムを整えたからです。もともとはユーザーから寄せられる地図に対する細かいクレームにすばやく対応するために作ったシステムですが、それがさまざまな面で役立っています。」(谷内氏)

姫路城の地図。併設する市立動物園の中も、動物の場所まで記載されている

住所・海抜表示機能や「3D風地図」などユニークな機能を搭載

 2009年にPC向けウェブサービスのリニューアルを果たしたMapionだが、最近ではスマートフォンアプリにも力を入れている。2010年にはAndroidアプリ「地図マピオン」をリリースし、今年の6月にはそのiOS版も提供開始した。このiOS版「地図マピオン」は、Apple Mapsに代わる“おすすめの地図アプリ”としてiTunes App Storeで紹介されたアプリの1つで、今回の騒動をきっかけに大きく注目を集めた。

 「おかげさまでApp Storeのランキングの上位にも入りまして、ユーザーもかなり増えました。その分、『自分の現在地がリアルタイムでわかるようにきちんと追従させてほしい』とか、『コンパスに連動して地図を回せるようにしてほしい』『もっと詳細な縮尺の地図がほしい』など、リクエストもたくさんいただいているので、これらの声にはきちんと応えなくてはと思っています。」(谷内氏)

地図マピオン

 「地図マピオン」は、「Google マップ」や「Yahoo!ロコ地図」と違って航空写真などは用意されていないものの、ほかにはないユニークな特徴が数多くある。例えばiOS/Android版ともに、画面移動に連動して、上部に住所と標高がリアルタイムに表示される機能だ。海抜を調べるAPIは独自に開発したもので、特に大震災以降にニーズが増えた。自治体から主要な場所の標高をこの機能で調べて、それを掲示していいかという問い合わせが数多く寄せられたという。

 さらに「3D風地図」という独特の立体的な地図が見られるのも「地図マピオン」ならではだ。

 「『3D風地図』の元データは北海道地図株式会社の『GISMAP TEXTURE』という製品で、これは土地の用途や景観などをイラスト風にグラフィカルに示した地図です。最初は北海道地図自身もそれをどのように商品にしていいか悩んでいたのですが、テスト段階で見せていただいて、すごくきれいで見ていて楽しいものだったので、これをMapionでも使いたいということで採用しました。元データには地名や道路が入っていなくて、色が塗ってあるだけのものだったので、それにゼンリンの地図データなどを重ね合わせて描画しています。」(谷内氏)

「3D風地図」で北アルプスを表示

ウェブ版「3D風地図」

ウェブ版「3D風地図」で富士山を表示

普通の人たちが地図の違いを意識し始めた

 Mapionでは、「地図マピオン」のほかにも、ウェブサイトで好評の距離測定ツール「キョリ測」のAndroidアプリ版を提供しているほか、今年9月にはロガーアプリ「キョリ録」もAndroid向けにリリースした。

 「Mapionの基本コンセプトとして、『お出かけを楽しくしたい、便利にしたい』という思いがあります。以前はハンディGPSのようなロガー専用機を持つ人は少なかったけど、スマートフォンが普及して敷居が下がりつつあります。それでは普通の人がロガーを持った時にどういう楽しいことができるか――という視点で『キョリ録』を作りました。」(山岸氏)

Android版「キョリ測」 移動した軌跡を記録できる「キョリ録」

 スマートフォン向けのロガーアプリは数多くあるが、「キョリ録」はPC版の「キョリ測」との連動機能を持っている点が特徴だ。

山岸靖典氏(メディア企画グループマネージャー)

 「ランニングや登山用のロガーだと、移動速度や経過時間などが重要になってきますが、『キョリ録』ではお出かけの記録を大事にしたいと考えているので、記録したログを地図上に表示させたり、『キョリ測』と連動させたりといった機能を盛り込んでいます。地図上に観光地とお出かけ先を載せることで、ユーザーは行きたい場所を発見し、『キョリ測』を使って距離を測りながらルートを検討し、作成したルートをスマートフォンに入れて、現地ではそれを見ながら行動してログを取る――。そのようなサイクルを充実させるために、一連のアプリをそろえていこうと考えています。」(山岸氏)

 スマートフォンアプリには今後も注力していく方針とのこと。特にApple Mapsの問題で需要が高まっているiOS版の地図アプリについては、Android版ではすでに可能となっているルート検索機能の搭載も予定している。

 「Apple Mapsの問題が騒がれたことで、私どもの地図に注目が集まったわけですが、今まで一般のユーザーは地図データの違いにはあまり関心がなく、『これ(Google マップ)を使っていればいいや』という感じだったと思うんです。でも今回の騒動で、地図マニアだけでなく、普通の人も地図の違いを意識し始めました。『デザインによって地図から得られるものがこんなにも違うのだ』ということを理解し始めたわけですね。『地図マピオン』のユーザーの中には、『Google マップよりもMapionの地図のほうがデザインがいい』と言ってくれる人が少なからずいて、デザインの違いによる利便性の向上を実感しているようです。仮に今後iOS 6向けのGoogle マップのアプリがリリースされたとしても、そういう方たちにはMapionを使い続けていただけるのかなと期待しています。」(山岸氏)

 早くからインターネット上での地図配信サービスに取り組み、数ある地図サイトの中でも大きな存在感を持つMapionは、大規模なシステムリニューアルを経て、スマートフォン時代になった今もなお進化を続けている。Apple Mapsに不満を感じた人だけでなく、使いやすい地図サイトや地図アプリを探している人は、ぜひ一度使ってみて、同社ならではの地図へのこだわりを感じ取ってほしい。

【お詫びと訂正 15:35】
 記事初出時、「GDAL」と「MapServer」の説明が誤解を招くものだったため、修正しました。


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2012/10/11 06:00


片岡 義明
 地図に関することならインターネットの地図サイトから紙メディア、カーナビ、ハンディGPS、地球儀まで、どんなジャンルにも首を突っ込む無類の地図好きライター。地図とコンパスとGPSを片手に街や山を徘徊する日々を送る一方で、地図関連の最新情報の収集にも余念がない。書籍「パソ鉄の旅−デジタル地図に残す自分だけの鉄道記−」がインプレスジャパンから発売中。