趣味のインターネット地図ウォッチ

アルプス社時代からの“地図屋”が改良を重ねる「Yahoo!地図」のUIと図式、最新データは検索トレンドもとに独自更新

ヤフー 地図/カーナビ作りの現場を訪ねて名古屋・東京〜第1回

 インターネットの地図サービスとして長い歴史を持ち、ウェブの地図サイトおよびスマートフォン向け地図アプリの双方で大きな存在感を放つ「Yahoo!地図」。2014年には新たにiPhone/Android向けカーナビアプリ「Yahoo!カーナビ」も無料で提供開始するなど、ヤフー株式会社では地図を活用したユーザーの課題解決に積極的に取り組んでいる。

 今回は、そんな同社の地図/カーナビの企画・開発部門(メディアカンパニー 生活メディア事業本部に所属)を取材した。そのレポートを3回に分けてお届けする。


ヤフー株式会社の名古屋支社が入る名古屋プライムセントラルタワー

地図/カーナビ部門は東京・名古屋・大阪の3都市に分散

 ヤフーの地図/カーナビ部門は、2015年9月までは「マップイノベーションセンター(MIC)」と呼ばれていた社内組織で、スタッフは総勢100名を超えており、その拠点は東京・名古屋・大阪と3都市に分かれている。その中でも中心的な役割を担っているのが名古屋支社だ。名古屋支社において地図関連の業務を担当しているのは現在のところ約80名。その業務内容は、地図データの更新・整備、新機能や新コンテンツ、アプリの企画・開発など多岐にわたる。

 ヤフーは2004年、地図制作・販売会社のアルプス社の事業を継承。ポータルサイト「Yahoo! JAPAN」において、それまではほとんどの部分で外製だった地図サービスを自社で手がけるようになった。アルプス社は名古屋を拠点としていた地図会社のため、その事業を継承したヤフーの名古屋支社にはアルプス社時代からのスタッフがかなり多く在籍しており、ヤフーの地図/カーナビ部門の中でも名古屋支社は最大のスタッフ数を誇る地図コンテンツの企画・開発拠点となっている。

「Yahoo!地図」ウェブ版
名古屋支社の入口
名古屋支社のオフィス
アルプス社が提供していた地図ソフト「プロアトラス」シリーズ

ゼンリンの地図データに独自の更新情報を追加

 「Yahoo!地図」の地図データは現在、株式会社ゼンリンが提供する地図データをベースにしているが、ゼンリンによるデータ更新の頻度は1年に3回ほど。そのタイミングに間に合わない更新内容については、ヤフー社内で独自に整備を行っている。更新スタッフは5人。地図整備の全体の流れとしては、まず情報収集を行い、集めた情報をもとに、現状の地図に対してどの情報をアップデートすべきかを検討した上で、更新用のツールを使って地図を修正するという順番になる。

 更新情報はインターネットから収集することが多く、大きな道路や話題の店のほか、地震や噴火などの自然災害が起きた場合も関連情報をすばやく反映する。例えば小笠原諸島の西之島に新島が誕生したとき、「Yahoo!地図」では国土地理院が発表した航空写真をもとに、いち早く島の輪郭を地図に反映した。注目度の高いニュースの情報が迅速に地図に反映されるという、このフットワークの軽さこそが「Yahoo!地図」の魅力の1つである(本誌2013年12月13日付記事『小笠原の「新しい島」、鮮明な航空写真を「Yahoo!地図」で見られるように』参照)。

 どの情報を反映するかを検討する際によく使うのが、「Yahoo!検索」の検索キーワードのランキングデータだ。ランキング上位のものは世間から注目されている事象であると判断し、注目度の高いものから優先的に修正する。また、開店当初はそれほどニュースにならなかったカフェやレストランが、何かのきっかけで急に注目されるようになった場合にも、検索ランキングの推移からその状況を察知し、すばやく地図に反映していく。これは店以外の施設でも同様で、一例を挙げると、伊勢神宮の式年遷宮(20年に一度、お宮を移す行事)のときに、ご遷御に合わせてお宮の位置を細かく修正したことがある。このような取り組みも、検索ランキングを活用した情報収集によるところが大きい。

地図更新スタッフの1人、村瀬みつる氏
式年遷宮のときの地図更新

更新作業に使うのは3つのツール

 更新する内容を決めたら、次は実際に修正するプロセスへと移る。地図整備のスタッフが使っているツールは、ユーザーが見られる現状のレイヤーをすばやく切り替えられるウェブ閲覧ツールと、データ更新を行うための独自の社内ツール「ふくろう」(Windows用デスクトップアプリケーション)、そして市販のGISツール「mapinfo」(ピツニーボウズ・ソフトウェア株式会社)の3つだ。

 「Yahoo!地図」の地図データは、そのもととなるデータベースにベクトル形式で格納されており、大縮尺・中縮尺・小縮尺の3段階に分かれている。データは「点」と「線」、そして「面」の3つの要素で構成されており、それぞれのデータにはさまざまな属性情報が付いている。この地図データをもとに、ウェブブラウザー版向けにラスター地図が、スマートフォンアプリ向けにベクトルデータが配信される。ルート検索に使用するネットワークデータについても、ゼンリンが提供するものを使用している。

 更新にあたっては、大きな施設であれば家形(建物形状)の変更も行う。家形の変更は航空写真を参考にし、航空写真がない場合は図面を事業者から取り寄せる。航空写真や図面をもとに道路中心線や縁の線を引き、交差点や合流地点なども描き込んでいく。さらに、高速道路・国道・県道など道ごとに異なる色の指定やインターチェンジなどの施設も描き入れた上で、道路名や道幅などの属性も変更し、検索データも更新する。1つの変更箇所ごとに、各縮尺それぞれに描き込んでいく必要がある。

 GISソフト「mapinfo」を使用して、長い距離の道路を図面からスキャンして形を変換したり、最も大きい縮尺で描いた道路や家形を異なる縮尺に貼り付けたりすることで省力化はしているものの、更新にかかる手間はけっして少なくはない。例えば幹線道路を1km作るのに1時間以上もかかるという。

 地図整備の作業で苦労する点について、地図整備のスタッフの1人である村瀬みつる氏に聞いたところ、「10kmの道路を図面をもとに描く場合は、トレースする図面を切り替えながら20面ほど作る必要があります。図郭と図郭の境目でズレないようにぴったりと合わせるのが大変ですね」とのこと。最新の状況をできるだけ早く地図に反映するために更新スタッフは毎日、地道な作業を続けているのだ。

さまざまなレイヤーを切り替えられる閲覧ツール
更新ツール「ふくろう」の上で図面をトレース
トレースした道路の外形
道路の属性情報

基本コンセプトは“日本に住む人に使いやすく”

 このような鮮度の高い地図データをフルに活かすため、「Yahoo!地図」では地図のデザインやアプリのUI研究にも力を入れている。近年で「Yahoo!地図」の大きな転機となったのは、2013年にベクトル版の「Yahoo!地図」アプリをリリースしたときで、それまではウェブ版と同じようにラスター形式で配信していたスマートフォンアプリを、ベクトル地図を採用したアプリにフルリニューアルした。これにより、地図画面の高速な拡大・縮小や回転、3Dのバードビューが可能となった。また、注記(地図上に記載されている文字情報)の文字サイズも大小がワンタッチで切り替え可能になるなど、使う人の好みに応じて柔軟に表示内容を切り替えられるようになった(本誌2013年12月26日付記事『ラスターではもう戦えない――ベクトル化でパワーアップした「Yahoo!地図」の中の人に話を聞きました』参照)。

 ベクトル化の際にアプリのUIおよび地図のデザインを担当したのは、マップイノベーションセンター企画部のクリエイティブリーダーである山口匡氏(UI担当)と星名努氏(図式担当)。両名ともアルプス社時代から地図制作に携わっているスタッフで、山口氏はアルプス社時代には書籍の地図帳や役所向けパンフレットのデザイナーを務め、現在もデザイナーとしてアプリのUI制作などを担当している。開発実績としては、ベクトル版「Yahoo!地図」アプリの前には、地図と写真を1枚の画像にまとめて作品を作れる「チズカメラ」というアプリのUIデザインを担当したこともある。

 一方、星名氏はアルプス社時代には編集者として活動し、「Yahoo!地図」の開発に携わるようになってからは、縮尺ごとに地図の表示内容やデザインをどのように構成するかを検討する作業を担当している。ウェブ版の「Yahoo!地図」では、「ビビッド」「ボールド」「モノトーン」「水域図」など、アプリには無い多彩なレイヤーが用意されているが、これらの地図の開発にも山口氏と星名氏のコンビがかかわっている。

 山口氏は、ベクトル版「Yahoo!地図」アプリのUI開発にあたって、100種類以上のプロトタイプを作ったという。「『Yahoo!地図』はとても多機能なので、どのようにまとめたら使いやすいか、どこにどのボタンを入れたらユーザーがたどり着きやすいのかを考えました。また、日本に住む人向けのアプリなので、とにかく“日本に住む人に使いやすい”という点に特化させることもコンセプトにしました。使っている色も、日本人に好まれやすい、ホッとする色遣いにしています」(山口氏)。

 リリース後に、ユーザーの反応を見て手を入れた部分もある。「アプリ上部の検索窓の左側に位置する三本線のマークは、当初はグレーだったのですが、ユーザービリティテストなどを行った結果、iPhoneの標準デザインに合わせて青色に変更しました。また、検索窓右側に位置する『ルート』という文字についても、当初はアイコンだったのですが、ここがタップできることが分からない人もいたので、文字表示に切り替えました」(山口氏)。

山口匡氏
星名努氏
「Yahoo!地図」アプリ

施設のランクに応じて文字サイズなどを調整

 地図のベクトル化にあたっては、図式担当の星名氏も多くの試行錯誤を行った。「ラスター地図では、縮尺ごとにあらかじめ緻密に計算してきれいに注記を貼り付けた状態で配信することができましたが、ベクトル地図ではアルゴリズムに基づいてその場で生成して自動的に注記が配置されるため、地図の向きが変わると表示される注記の内容が変わります。そのため、最初に『これくらいの縮尺では、注記がこれ以上の数に増えると見難くなる』といった目安を作る必要があります。また、注記の表記方法についても、施設の正式名称ではなく略称にすることで文字数を削減するといった工夫をする必要があります」(星名氏)。

 星名氏は、図式担当ならではの苦労として、ユーザーからの要望が少ないことを挙げている。「ユーザビリティテストなどで検証しても、UIに対する要望は多いですが、『この文字は大きすぎる』といった図式に関する批判はあまり来ません。少しくらい違和感があっても使えてしまうので、ユーザーからの声をすくい上げるのが難しいですね」(星名氏)。

 図式を決める上で心がけているのは、施設のランク付けだという。「『Yahoo!地図』の注記は基本的に、重要な駅を目立たせて、次にランドマークが目立つようにデザインし、最後に細かい施設を描くという順位付けをしています。また、文字の大きさや太さ、色などによるグルーピングも行なっています。スマートフォンの場合は機種やOSによって書体が変わるので、そのような個体差を踏まえて、いかに見やすく使いやすいようにデザインしていくかが課題となります」(星名氏)。

 UIおよび図式について今後の方向性を聞いたところ、山口氏・星名氏とも「地図のパーソナライズ化」を挙げた。「道路の見え方や文字の見え方など、個々のユーザーの用途や好みに合った地図の形をそれぞれに提供できるようになると、地図の使われる頻度も上がってくると思います」(山口氏)。

 なお、山口氏と星名氏の両名は、2014年にリリースされたスマートフォン向け「Yahoo!カーナビ」アプリのデザインにもかかわっている。「Yahoo!カーナビ」のデザインに関する話は、第3回で改めてお伝えしたい。

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。