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ビーコンによる測位精度を向上させるには? 「G空間EXPO2015」屋内位置情報サービス実証実験・報告会

 2015年11月26日〜28日に開催された地理空間情報のイベント「G空間EXPO2015」。このイベントにおいて、位置情報サービス研究機構(Location Information Service Research Agency:Lisra)が主導して行なったのが、無線LANやBluetooth、レーザーレーダー(LIDAR)、PDR(Pedestrian Dead Reckoning:歩行者自律航法)などさまざまな方式による屋内測位技術を活用した「屋内位置情報サービス実証実験」だ。この実証実験に参加した企業の情報共有を図るための報告会が12月21日に開催されたので、その模様をレポートする。

名古屋大学教授の河口信夫氏

 Lisraは、 位置情報に関する技術やサービスの研究・開発や、位置に関するさまざまな情報・データの流通支援、位置情報ボランティアの支援を目的としたNPO法人(特定非営利活動法人)で、2012年9月に設立された。これまでにも同組織は「G空間EXPO」や、位置情報ビジネスをテーマにしたイベント「Location Business Japan」などにおいて屋内位置情報を活用した実証実験を実施しており、その実験成果を、Lisraに加盟している企業や個人の間で共有している。また、今回の報告会のように、Lisraに加盟していない人に対して公開する場合もある。なお、今回の実験で得られたデータそのものについては、実証実験の実行委員会に限って共有しており、実行委員会メンバーの中にはLisraに加盟していない企業も含まれている。

複数の屋内測位技術を組み合わせて分析

 今回の報告会では、まずLisraの代表理事を務める名古屋大学教授の河口信夫氏により、「G空間EXPO2015」における実証実験の概要が紹介された。Lisraがこれまで行ってきたのは、Wi-Fi測位など単一メディアによる実証実験だったが、今年はWi-Fiに加えてBluetooth、LIDAR、PDRなどさまざまな屋内測位技術を組み合わせて検証している点が大きく異なる。また、これらの実験に加えて、レーザースキャナーシステムを使った3D地図の作成なども行なった。

Wi-Fiによるヒートマップ
PDRで計測した軌跡

 LIDARの測位には赤外線レーザーによるスキャン装置を使用した。設置台数は、株式会社日立情報通信エンジニアリングが5台、株式会社ATR-Promotionsが10台で、展示会場をほぼ半分ずつのエリアに分けてそれぞれ設置した。エリアの区分けは、入口から入って手前側(屋内地図の下半分側)が日立情報通信エンジニアリングで、奥側(屋内地図の上半分側)がATR-Promotionsのエリアとなる。LIDARによる人流計測はWi-Fiやビーコンによる計測とは異なり、スマートフォンなどのデバイスを持たない人でも計測が可能だ。会場ではそれぞれのエリアにおける人の流れをリアルタイムに大型ディスプレイで映し出した。

日立情報通信エンジニアリングのLIDARセンサー
ATR-PromotionsのLIDARセンサー
日立情報通信エンジニアリングの計測結果
ATR-Promotionsの計測結果

 「LIDARが計測した人の流れとWi-Fiによる計測結果を比較したところ、かなりの差が見られ、Wi-Fiのほうが人の集まりが中央に偏る傾向が見えました。また、LIDARは人の流れが途中で消えてしまう現象が見られました。LIDARによる計測は、会場入口付近でも行ないましたので、今後は入場者数を計測するカウンターの計測数値と比較することも考えています。」(河口氏)

LIDARが計測した人の流れ
Wi-Fi測位により計測した人の流れ

参加者にビーコンを配布して行った実証実験「G空間EXPO見学サポート」

 一方、Bluetoothのビーコンについては、通常と異なるアプローチで実験を行なった。

 「ビーコンというと一般的には施設側に設置して、それらのビーコンから発した電波をスマートフォンの端末などで受信することで自分の位置が分かる仕組みですが、今回は人にビーコンを配り、それを持って会場を歩いてもらうという実験も行いました。そして会場側にはRaspberry Piを設置し、それをセンサーとしてビーコンの電波を受信し、その電波強度による位置推定を行なっています。」(河口氏)

名古屋大学特任助教の廣井慧氏

 このビーコンを使った実証実験「G空間EXPO見学サポート」の詳細については、名古屋大学特任助教の廣井慧氏による報告も行なわれた。今回の実証実験では、会場内の30カ所にビーコン受信機を設置してデータを抽出した。参加者数は3日間で185名。配布したビーコンは、加速度センサーを搭載したFDK製の薄型BLE(Bluetooth Low Energy)タグや、ホシデン製のタグなどを使用した。

 配布用ビーコンとは別に、会場の各所には設置用のビーコンも配置した。また、配布用ビーコンに加えてAndroid端末も貸し出し、この設置用ビーコンの電波を受信させることにより、歩数や移動距離の測定などを行なった。Android端末ではこのほか、加速度や角速度、地磁気、GPS、気圧、回転ベクトル、Wi-Fiなどのデータも収集して記録した。

 実験参加者には、最初に受付でビーコンタグとAndroid端末を貸し出し、それを身に付けた状態で、PDRのキャリブレーションのため決められた地点間を歩いてもらった。その後、参加者が会場内を見終わって受付ブースに戻ってきたらビーコンタグおよびAndroid端末を回収し、最後に、会場の屋内地図とともに訪問したブースの記録や歩数データが記載された結果シート(お持ち帰りシート)をプリントアウトして渡すという流れとなる。なお、この結果シートには、参加者が訪れていないブースで、かつおすすめのブースも記載した。

見学サポートの流れ

 参加者の展示会場内での位置を測位し、どの訪問ブースに訪れたかを特定するにあたっては、イベント開催日の前日に会場内の各ブースの周囲へビーコンを置いて、それぞれの地点でビーコンの電波強度をRaspberry Piのセンサーで測定し、“フィンガープリント”と呼ばれる電波強度の分布データを収集した。その上で、イベント当日に参加者が持つ配布タグの電波強度を比較して、フィンガープリントに最も近い地点を参加者が訪れたブースとして推定した。

データ受信環境
訪問ブースの推定手法

 このようにして位置推定を行なったところ、似たような電波強度の分布に引き寄せられてしまうためか、ビーコンの推定位置を時間を追って見てみると、あるときは正しいところを示すものの、一時的に別の場所を示してしまうことがあり、まるで離れた場所へ飛んでしまうかのように見える事態が発生した。

 「推定した位置があちこちに飛んでしまう現象をなんとか解決できないかと、さまざまな分析を行いました。測位精度を向上させるためには、取得したデータに重み付けをするか、フィンガープリントデータに重み付けをするかのいずれかの方法が考えられますが、そのために電波強度の“平均値”を“最頻値”にするとか、ビーコンとセンサーが10m以上離れていると思われるデータは一切使わないとか、逆に10m以内の近い位置にある場合のデータを大きくするとか、いろいろと試しました。」(廣井氏)

 ところが、いろいろと試行錯誤を繰り返してみたものの、大きく測位精度を向上させる方法はなかなか見つからない。そこで次に行ったのが、センサーの設置環境を考慮した手法だった。

 「展示会の場合は、人が向く方向がある程度決まっています。そこで、参加者の後ろ方向に受信したデータを考慮せずに位置推定を行なったところ、最も精度が良くなり、推定ブースを1つだけ選ぶ場合の確率は60.9%から73.9%へと向上しました。それでも26.1%は誤ったブースを選んでしまう計算にはなりますが、その場合でも全く見当外れの場所を選んでしまうことは少なくなり、1つ隣のブースを選ぶなど、小さな間違いしか起こらなくなりました。2番めに精度が良かったのが、地図上でビーコンに最も近いと思われるセンサーで測定したデータに重み付けを行なったときでした。」(廣井氏)

 このようなさまざまなトライ&エラーにより、位置精度を向上させる手法が見つかったわけだが、その手法をさらに極端にして、“近くの受信機以外は使わない”“正面側の受信機しか使わない”といった処理をしたところ、今度は逆に大幅に精度が下がってしまったという。この辺りのさじ加減については今後の研究課題となる。

後ろ方向に受信したデータを考慮せずに位置推定
正解率が73.9%に向上

 「G空間EXPO見学サポート」において、もう1つ行った実験が、参加者に配る「お持ち帰りシート」に“おすすめブース”を記載するサービスだ。方法としては、まず、実験参加者それぞれが訪れたブースをリストとして作成し、ほかの参加者が来たときに、自分が見て回ったブースの傾向と似た人の中から、その人が訪れていないブースを選んで推薦するというプロセスになっている。

お持ち帰りシート

 推薦アルゴリズムは、まず事前の“学習フェーズ”として、ビーコンタグによる屋内位置情報をもとに参加者が訪問したブースを取得し、ブース間の相関ルールを計算する。次に、“推薦フェーズ”として、参加者が最も長く滞在したブースと、その相関ルールから、関連ブースのランキングを作成し、ランキング上位から、ユーザーの滞在していないブースを推薦する。

 「おすすめブースの推薦サービスについては、精度的なことを評価するのは難しいです。推薦アルゴリズムを使っているときと使わないときを比べて、『行ってみたいブースが増えた』とか、『実は行きたかった』という気持ちを参加者から引き出せればいいな、と思っていたのですが、残念ながらデータ的にこのような差は見られませんでした。初日はビーコンによる位置推定があまり上手くいかず、位置の推定に結果が引っ張られてしまったため、位置推定とは分けてデータを取る方法も考える必要があると思います。」(廣井氏)

“おすすめブース”の結果

 廣井氏は、配布用ビーコンから得られたこのような結果をもとに、今後はさらに、PDRやレーザー測位などを組み合わせた分析を行うと説明した。また、ビーコンの配布時にはアンケートで被験者の属性情報(年齢、性別、職業など)も採っており、これらのデータと組み合わせた解析も行う予定だ。

 「今回は3種類のビーコンタグを使いましたが、その中でも最も電波強度の強いタグを使った場合のデータしか分析していません。今後はほかのタグのデータも組み合わせてみることで、もっと精度が向上する可能性はあります。また、今回は人が特定の方向にしか向かないという環境でしたが、人がいろいろな方向へ向くような環境であれば、もう少し精度は上がるかもしれません。」(廣井氏)

 今回の実証実験で得られたデータはかなり膨大な量で、これらのデータは実証実験の実行委員会で共有されるため、廣井氏のほかにも、今回の実証実験に参加した企業や研究者の手により、さまざまな分析が今後行われる予定だ。今後Lisraが開催するイベントにおいて、このような分析の報告が発表される可能性もある。興味のある人はLisraの公式サイトで、報告会などのイベント状況をチェックしてみてはいかがだろうか。

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。