趣味のインターネット地図ウォッチ
第148回:ウェブ地図の中の人が座談会、あの地図アプリの現状と期待を語る
●「FOSS4G 2012 Tokyo」開催、テーマは地理情報分野のオープンソースソフト
地理情報分野のオープンソースソフトウェア「FOSS4G(Free Open Source Software for Geospatial)」をテーマにしたカンファレンス「FOSS4G 2012 Tokyo」が11月3~5日の3日間、東京大学・駒場キャンパスおよび柏キャンパスにて開催された。同イベントは今年で5回目となるイベント。FOSS4Gを活用しているエンジニアや研究者だけでなく、自治体やGIS(地理情報システム)開発企業、地理・位置情報サービスを提供するIT企業、教育関係者など幅広いジャンルの参加者が訪れている。
主催はOSGeo財団(The Open Source Geospatial Foundation)日本支部および大阪市立大学・創造都市研究科(GSCC)、 東京大学・空間情報科学研究センター(CSIS)の3組織。OSGeo財団とはオープンソース地理空間ソフトウェアの支援と構築のために設立された組織で、日本支部の代表者は株式会社オークニーの森亮氏が務めている。
ちなみにFOSS4Gのソフトウェアとして代表的なものを挙げると、GISソフトの「Quantum GIS」や「GRASS」、マッピングエンジン「MapServer」、JavaScriptで作成された地図表示用ライブラリ「Open Layers」、ルート検索エンジン「pgRuting」、ラスターデータを処理するためのライブラリ「GDAL」、オープンソースのリレーショナルデータベース「PostgreSQL」に組み合わせて使う空間拡張ツール「PostGIS」など、現在20以上のソフトウェアがそろっているという。
会場に掲示されたポスター |
初日の「コミュニティデイ」は、森氏の挨拶で開始。2004年にGRASSとMapServerという2つのオープンソースソフトウェア(OSS)のコミュニティが出会ったエピソードから始まり、2007年に大阪で最初のFOSS4Gの会合が開かれたことなど、これまでの経緯を振り返った。その上で、FOSS4Gは技術やその活用法などの情報を交換し、人々との出会いを提供するとともに、趣味的な問題にとどまらず社会の問題を解決していくコミュニティでもあると語った。
その後、OSGeo財団から地理空間フリー&オープンソースソフトウェアコミュニティでリーダーシップを示した人に与えられる「Sol Katz賞」を今年受賞した大阪市立大学のベンカテッシュ・ラガワン教授の記念講演が行われたほか、今年夏に北海道で開催された「FOSS4G Hokkaido」や、9月に行われたオープンストリートマップ(OSM)の国際イベント「SotM 2012 Tokyo」についての報告も行われた。
森亮氏による開会の挨拶 |
●日本のウェブ地図の中の人が座談会、まずはAppleの「Maps」について考察
さらに初日の締めくくりとして、「これからの『モバイル地図』を考える」と題した座談会を開催。パネリストは、地図/位置情報サービスの提供会社として、ヤフー株式会社の廣瀬典和氏(システム統括本部)と河合太郎氏(CMO室)、株式会社マピオンの谷内栄樹氏(マピオン事業部メディア開発グループ)の3名と、屋内地図をテーマに研究活動に取り組んでいる国際航業株式会社/慶應大学研究員の中島円氏、さらに前述の森氏を加えた5名で、モデレーターは筆者が務めさせていただいた。
(左から)廣瀬典和氏、河合太郎氏、谷内栄樹氏、中島円氏、森亮氏 |
最初に、最近のモバイル地図の動向を語る上でのきっかけとして、AppleがiOS 6で採用した「Maps(iOS 6 Maps)」について考察。良くない点や評価すべき点、今後の課題などについて意見が述べられた。
「スナップショット的にダメな点というのはもちろんあるけれども、一番の問題は間違いを検出する仕組みなどが整っていない点で、中長期的に見ると辛いと思います。全世界からリソースを集めてきて、それを1個所で見せて出すという設計にしたのであれば、それに応じた体制作りが必要になるのではと思います。」(河合氏)
「仕入れてきたデータをそのまま表示してみた、という感じですね。測地系が統一されていないとか、同じ注記が複数出てきてマージされていないとか、調達したデータを検証・精査するプロセスがなかったのかな、という印象です。2009年にマピオンがリニューアルした時に、開発の初期段階でMapServerを使って何も考えず地図を作った時と非常に似ていて、『前に見たことのある地図だな』と思いました。」(谷内氏)
「私も以前、MapServerを使い始めたころに同じような悩みを持ったことがあるんですね。測地系の違いで位置がずれてしまったり、投影法の違いによる問題が発生したりとか。Appleもきっと同じようなことについて悩んでいるんだと思います。」(中島氏)
「現状のiOS 6 Mapsでは、大縮尺で道路を表現するのに、中心線だけで実幅員のデータが使われていません。これだと日本の場合は限界があるのかなと思います。」(廣瀬氏)
「ユーザーレベルで困っているのが、検索がダメな点ですね。ユーザーとしては地図そのものが見たいのではなくて、移動のための最短の的確なガイダンスを得たいわけです。Google マップが出てから7年経ちますが、Googleはその間に検索と地図に関してものすごく努力を重ねてきてきました。それをぼくらは無償で使っていて、それが当然であるかのように思ってきたのに、それをいきなり『取られてしまった』ということで本当に困惑しています。」(森氏)
次に、どのような点を改善したらiOS 6 Mapsが良くなるのかを尋ねてみた。
「データを集めてきて、自分たちで地図を作り上げるのが無理なのであれば、Apple Mapsとして満たすべき要件を決めた上で、データを買うだけではなく、各国の地図のプロバイダーに委託するという、Googleとは違ったモデルを作ってみてはどうかと思います。」(河合氏)
「現状では、行きたい場所がどういう場所なのか、回りにはどんなものがあるのか、そういった地図が語りかけてくるような要素がない。注記の種類によってフォントの色や種類を変えたり、色分けをしたりといったことをすることによってそれが改善できるのでは、と思いました。」(谷内氏)
「注記の間違いなどは少しずつ改善されていくのでしょうが、これからAppleがこの世界でリードしようと思うのであれば、地図関連のさまざまなコミュニティにかかわっていく必要があると思います。あまりクローズドでやっているとどこかで無理が出てくるし、尊敬も得られないのではないかと思います。」(中島氏)
やはり全体的に厳しい意見ばかりとなったが、一方で、評価すべき点や期待すべき点についてもコメントがあった。
「地図データの中身はともかく、描画のレスポンスやパフォーマンスは極めて高い。回転させたり、2Dからバードビューに切り換えたりしても、引っかかったりせずに安定したレスポンスが来る。ビューのモジュールの基礎は非常によくできていると思います。」(河合氏)
「Mapsアプリの特長の1つとして、サードパーティ製のアプリとの連携機能があります。現時点では乗換案内機能などで使われていますが、これには期待しています。Mapsアプリ自体の機能を増やすという方向性もあると思いますが、それではシンプルさが損なわれてしまうので、連携アプリが増えて使う人が選べるようになればいいかなと思います。」(谷内氏)
「インドアマップをどう楽に見せてあげるか、というUIの工夫に期待したいですね。例えば地図画面を扉のように開けると地下が見えるとか、建物の階層を引き出しのように出すとフロア図が出てきたりとか、そういうUIを作ってくれたらいいな、と思います。」(中島氏)
●デスクトップからモバイルへ、ウェブ地図は今後どうなるのか?
次に、このようなiOS 6 Mapsの状況を踏まえた上で、デスクトップ地図からモバイル地図へ移行した際の取り組みや、デスクトップ地図とモバイル地図との違いについて意見を聞いた。
「デスクトップ地図とモバイル地図に本質的な違いはありませんが、すべてを満たす魔法の地図というのは無くて、コンテキスト別に最適なビューというものがあると思ってます。ヤフーでは、端末の解像度が違っていても、実寸として地図がなるべく均一のサイズになるようにデバイスごとに出していくとか、回線に応じてデータの量を半分に落として、快適なユーザー体験を維持するためにデータや配信の仕組みを変えるというような取り組みを行っています。」(河合氏)
「モバイル向けの地図はアンチエイリアスをかけずに色数を減らしたりすることで、データ量を減らす方向でやっています。今後は、スマートフォンのディスプレイの高解像度化も進んでいますので、それに対応した地図作りも模索しています。」(谷内氏)
さらに、今後のモバイル地図はどのようになっていくのか、その展望についても意見を聞いた。
「地図というのは行動支援のツールであり、何をしたいのかというシミュレーションをするためのツールであると思います。そのツールがオープンでないと統合して使うことができないので、APIのような形で提供されることによって、自分の使い方に応じて出てくるものが変わったりすればいいと思うんですね。」(森氏)
「ナビゲーションはもっともっと進化していくと思いますし、いずれは机や看板などのいろいろなものがディスプレイになり、スマートフォン自体を持たなくなる可能性もあります。そういう意味では地図の使われ方の変化にも注目する必要があると思います。」(中島)
「屋内地図だけでなく、駐車場での車の位置なども的確に見つけられる行動支援ツールとして進化していくことを期待しています。我々はどうしても地図ありきで物事を見てしまうんですが、モバイルデバイスでは『何をしたいのか』が大切になってくると思うので、そういう視点も大事にしたいですね。」(廣瀬氏)
「モバイルではあらゆる行為に位置情報が紐付くわけで、扱う量も桁違いに大きくなるので、それがシステムにフィードバックされるようになるともっといろいろなことができるようになると思います。あと、個人にとって本当に必要な地図の範囲って、実はそれほど多くはないんですね。そうなると、個々人がエリアを絞ってそこを完璧にしていくという方向になるわけで、今後はそのような個人個人の細かい完璧なクラスターが集まることで、全体として完成度が高まるという方向に向かうのではないかと思います。」(河合氏)
●FOSS4Gを活用して改良が進む、国土地理院の「電子国土」
2日目のコアデイでは、最初に国土地理院の佐藤壮紀氏(地理空間情報部)が登壇。「国土地理院におけるFOSS4G利用の取り組み~利用者が求める電子国土Webを目指して~」と題して基調講演を行った。
佐藤壮紀氏 |
「電子国土」とはインターネットなどを活用して国民が地理空間情報を共有することにより、相互の利活用が進む社会のことで、それを実現するための1つのツールとして「電子国土Webシステム」が存在する。2003年のプラグインソフト版の提供から始まり、2008年にはJavaScriptベースで動作するバージョン2を提供開始。2011年にオープンソースソフトを活用してバージョン2を改良したバージョン3がリリースとなり、2012年に地図の仕様をデファクトスタンダードにしたバージョン4がリリースとなった。今回の講演では、このバージョン4の開発について紹介された。
ちなみに国土地理院が電子国土Webシステムの「利用者」として想定しているのは行政機関であり、行政機関に支援・協力することにより、行政事務を効率化し、それがより良い行政サービスの提供につながり、国民のためになるという考え方で取り組んでいるという。ただし、そのニーズについては行政機関だけでなく、行政機関が仕事を発注する先となるGIS開発会社のニーズも踏まえる必要がある。
GIS開発会社のニーズを踏まえて最近行った取り組みは、地図データをコンピューターが使いやすいデータに変更したこと。従来は独自のサイズで、場所によってサイズが違う地図タイルを使っていたのを、一般的な地図サイトが使っている256ピクセルのものに変更した。これにより、電子国土サイトでしか地図が使えなかったのが、スマートフォンや一般のGISソフトでも使えるようになったという。「256ピクセルの地図タイルにしたことにより、国土地理院地図データを利用したソフトウェアの開発が促進されています。また、国土地理院自らもいろいろな取り組みが格段にしやすくなり、さまざまなニーズに応えてスピーディにサービスを提供できるようになりました」と佐藤氏は語った。
次の改良点としては、システムを使いやすくしたことを挙げた。これまでは機能追加をしようとした時にシステムの仕様が特殊すぎて機能追加のための情報がなく使いづらかったが、この反省を生かしてシステムの基幹部分はオープンソースを使って構築し、システムの仕様を特殊にしないようにした。これにはOpenLayersやPostgreSQL/PostGIS、「Proj4.js」といったソフトウェアが使われているという。こうすることでシステムの仕様が分かりやすく、類似の情報がネット上ですぐに探せるようになり、機能も追加しやすくなった。民間によるシステム開発が容易になり、より高度なGISの開発ができるようになったという。
また、行政従事者を支援するための取り組みとしては、見た目の表現を変えた地図を追加した。以前からあった標準の地図に加えて、モノトーンの地図と白地図を追加することにより、報告書や資料に地図を使う際に色付きの矢印などを入れて目立たせることが可能となった。このタイルデータの作成にはFOSS4Gソフトウェアの「TileMill」を使用している。
さらに、地図閲覧サイトについても、従来は「地図の描画が遅い」「スクロールや拡大・縮小が遅い」「操作方法が分からない」といった苦情が寄せられていたので、民間の地図サイトを参考にリニューアルし、「電子国土Web.NEXT」として公開。描画やスクロール、拡大・縮小のスピードは、OpenLayersでサイトを構築することにより劇的に改善したという。また、写真に切り換えたり、全画面表示したりする際のボタンの配置も、民間のサイトを参考に変えたところ使い勝手が大幅に向上した。
もう1つの取り組みとして、「標高が分かるWeb地図」も紹介。国民の防災意識の高まりを受けて、国土地理院が貢献できることは何かと考えて作ったサービスで、地図上で指定した位置の標高が調べられるようになった。同サイトは公開後、かなりアクセスが伸びて人気サイトになっているという。また、国民に向けて同サイトを公開するとともに、行政機関に対して標高情報も提供し、それをもとに自治体がハザードマップなどを作成しているという。
一方、電子国土Webとは別に、国土地理院ではGISソフトのQuantum GISを内部業務で幅広く利用しているという。佐藤氏は講演の締めくくりとして、「電子国土WebはFOSS4Gに本当に本当に支えられています!」と強調。FOSS4Gの発展により、国土地理院のGIS業務・サービスが効率化・高度化し、行政機関やGIS開発会社により良いデータとサービスを提供できるようになり、それが質の高い行政サービスを国民に提供することにつながると語った。
●地図/地理空間情報をキーワードに、さまざまな層に開かれたイベント
このほか2つの基調講演が行われたほか、午後からは2つの会場に分かれてさまざまな事例紹介が行われた。一般の地図ユーザーに興味のある話題としては、北海道地図株式会社の田原大輔氏による「釧路湿原・阿寒・摩周観光圏の移動支援システムの紹介」や、千葉工業大学の青木和也氏による「地域の合意形成を促すGISの活用事例の紹介」、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)の山本直孝氏による「国際標準規格に基づいた地質情報配信計画」など。山本氏の講演では、公開されたばかりの地質に関するポータルサイト「地質図Navi」も紹介された。また、国土交通省の藤村英範氏も「FOSS4GとWebによる地図公開の共有」と題して講演し、電子国土Webシステムの海外展開などについて語った。
田原大輔氏 |
山本直孝氏 |
藤村英範氏 |
コアデイの最後は、農業環境技術研究所の岩崎亘典氏がモデレーターを務めて、「できたらいいなFOSS4G」と題した特別セッションを開催。北海道大学の藤森研司氏による「急性期病院が活用するQGISの機能」、産総研の吉川敏之氏による「地質調査デジタル化の現状と期待」、株式会社日建設計の羽島達也氏による「『逃げ地図』プロジェクト(避難地形時間地図)」、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の都甲章己氏による「災害監視無人機システムとFOSS4Gとの関わり」という4つの講演が行われた後、FOSS4Gに対する要望や課題などについてのディスカッションが開かれて、活発な意見交換が行われた。
特別セッションに参加した日建設計の「逃げ地図」プロジェクトは、紙の地図に手書きで情報を入れるという取り組みから始まり、現在ではそれをスキャンしてウェブで公開したり、3D地図上にIllustratorなどを使って人海戦術で描いたりという手法を採っているという。このように現時点ではGISを駆使しているわけではないプロジェクトも参加し、ほかの参加者と意見を交換できるのもこのイベントならではだ。
(左から)岩崎亘典氏、藤森研司氏、吉川敏之氏、羽島達也氏、都甲章己氏 |
FOSS4Gカンファレンスでは毎年、イベントでFOSS4Gに興味を持った人のために、ハンズオンも用意している。今年は3日目の11月5日に、東京大学・柏キャンパスにおいてハンズオンデイを開催。午前と午後の部に分かれて、Quantum GISをはじめ、OpenLayersなどのソフトウェアの講習が行われた。なお、東京会場での開催に加えて、大阪会場でも「FOSS4G 2012 Osaka」として11月7日にハンズオンデイ、8日にコアデイが開催される。
FOSS4Gカンファレンスの参加者には、GISやデータ分析の専門知識を持った研究者やエンジニアが多いが、けっして専門家だけの閉じたイベントではなく、今回のようにiOS 6 Mapsやモバイル地図をテーマとした座談会が入っていたり、電子国土Webの現状を詳しく聞けたり、「逃げ地図」プロジェクトのような事例が紹介されたりと、同イベントは地図/地理空間情報をキーワードとしてさまざまな層に開かれている。地図や地理空間情報を使って何か問題を解決しようと考えている人がヒントを得たり、新たな人や製品に出会ったりする総合的な場として、今後の展開が注目される。
コミュニティデイの夜に開かれた懇親会 |
懇親会のライトニングトーク |
関連情報
2012/11/8 06:00
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