趣味のインターネット地図ウォッチ

第192回

山行計画を乗換案内の感覚で――山と溪谷社が「ヤマタイム」公開

 山好きの人にとって地図を眺めながら山行計画を立てるのは至福のひとときだと思うが、このような時に参考になるのが、ガイドブックや登山地図に記載されているコースタイムだ。人それぞれ体力や技術が異なるので、誰もが同じタイムで移動できるとは限らないが、計画を立てる上でのおおまかな目安にはなる。

 このコースタイムをウェブの地図上で見られる新しいサービスが始まった。山と溪谷社が山岳ポータルサイト「ヤマケイオンライン」内の1コーナーとして提供開始した「ヤマタイム」である。今回は同サービスの詳しい機能を紹介するとともに、プロジェクトマネージャーである神谷有二氏(株式会社山と溪谷社Yamakei Online部部長)にお話をうかがったので、その内容をお届けしよう。

ヤマタイム
神谷有二氏

 ヤマケイオンラインのトップページ上部のメニューにある「登山地図&計画」をクリックすると、ヤマタイムのトップページにアクセスできる。ヤマタイムには、コースタイムなどの情報が入ったデジタル登山地図を見られる「閲覧モード」と、地図を使って山行計画を立てられる「計画モード」の2つが用意されており、デフォルトでは閲覧モードとなっている。このモードでは、見たい山域を山名や山小屋名で検索して探すことが可能だ。例えば「穂高」というキーワードで検索すると、そのキーワードが含まれる山名と山小屋名のリストが表示される。探している山や山小屋をクリックすればその地点が地図画面に表示される。

ヤマケイオンライン

 地図データは国土地理院の「数値地図」をもとに作成したオリジナルの地図で、「地理院地図」の標準地図とは異なり、地図上に独自の地名や山名、コースタイム、水場、危険箇所、ビューポイント、通行禁止、バス停などさまざまな情報が付加されている。これらの情報は山と溪谷社が発行する「ヤマケイアルペンガイド」などのガイドブックの情報をもとにしており、各アイコンをクリックすると、危険箇所の内容や山小屋の電話番号などの詳細情報がポップアップで表示される。また、ポップアップウィンドウ内の「詳細を見る」をクリックすると、ヤマケイオンラインの「山のデータブック」に収録されている山小屋情報のページに飛ぶことも可能だ。

 「当初は地理院地図のAPIをそのまま使用するつもりだったのですが、実際に作ってみると、地名が思わぬ位置に記載されているなど、さまざまな問題がありました。例えば県境のすぐそばに大きく“長野県”と県名が記載されていたりすると、登山地図としては見づらく使いにくいものになってしまいます。そこで数値地図をもとに、既存の地名レイヤーを外した上で、弊社独自の情報を付加してオリジナルの地図を作成しました。弊社はもともと山名や山小屋を位置情報化したデータベースを持っていたので、それを利用したわけです。」

 コースの位置やコースタイムについては、今回のサービス開始にあたって、ガイドブックの著者たちに改めて確認を取ったという。

 「地理院地図の破線ルートは実際の登山コースと微妙にズレている箇所もあるので、そのような場合は著者の情報を優先しました。主要なルートについてはGPSのログを活用して、実踏調査の結果を組み合わせてきれいに整えたものを記載しています。ほかにも水場や山小屋、キャンプ指定地、ビューポイント、駐車場などさまざまな情報を入れています。地名についても、山名だけでなく沢名や峠名、“◯◯の岩”といった見どころの名前など、普通の地図には載っていない情報ってたくさんあるんですよ。あと、登山口のバス停名なども一般の地図には意外と載っていません。今回このサービスを作ってみて、自分たちはやはりたくさん情報を持っているんだ、というのを再認識しましたね。」

 このように多くの情報が入っているにもかかわらず、地図のスクロールや拡大・縮小の動作は実に軽快で、使っていてストレスをほとんど感じない。

 「コースタイムや地名などのネームレイヤーについてはラスター化して、それを数値地図(国土基本情報)から作成した背景地図の上に重ね合わせています。想定するズームレベルを2段階に限定して、そのレベルで大きすぎず、小さすぎない大きさに調整したラスターのレイヤーをそのままズームレベルに合わせて拡大・縮小している形になります。開発の段階ではベクトル表示も検討しましたが、ユーザーの使い勝手や地図の見栄えを優先しラスターを採用し、地図の作り込みを行いました。」

山名や山小屋名で検索可能
アイコンをクリックすると詳細情報が表示
ネームレイヤーはラスター化されているので地図を拡大すると大きく表示される

 この状態から上部の「計画をたてる」ボタンをクリックすると閲覧モードから計画モードに移り、コースのラインが赤色から青色へと変化する。使い方は、まず入山口の◯印をクリックしてスタート地点を決める。その先は目的の山に向かって、休憩ポイントや分岐点、山小屋、山頂などの主要スポット上にある◯印や、登るコースのラインをクリックしていく。◯やコースは順路に従っていちいち1つずつクリックしていく必要はなく、例えば入山口をクリックしたあとにすぐ山頂を押せば、自動的に最短経路が選択される。

閲覧モード
計画モード

 選んだコースは右側に行程表として表示される。この行程表では、コースタイムの積算値と出発時刻から導き出された到着時刻が表示される。出発時刻を変更すればそれに従って到着時刻が計算されるし、逆に到着時刻を指定して出発時刻を算出することもできるので、「◯時までにあの山小屋に着きたい」という目標がある場合にも逆算する手間がかからない。つまり、鉄道や道路の経路探索ツールと同じ感覚で山行計画を練ることが可能となるわけだ。山行計画を立てるツールとして、このような使い勝手を実現した例は過去にも見当たらず、おそらく初のサービスではないかと思う。

 行程表を一度作成した後に、分岐点や山小屋でどれくらいの休憩時間を取るかを後から設定し直すことも可能で、時間の設定を変更すると到着時刻にもすぐ反映される。さらに、山小屋で「宿泊」を設定すると、その地点で行程表が区切られて1日目と2日目に分けられる。

登るコースを選ぶと右カラムに行程表が作成される
宿泊地を設定すると行程表が2日に区切られる

 前述したように、ガイドブックや登山地図に載っている標準コースタイムというのは誰しもその通りに移動できるというわけではない。移動速度が遅い人からすれば「短すぎる」と感じるだろうし、逆に健脚の人は「長すぎる」と感じるだろう。ヤマタイムではそのような個々人のペースに合わせて、コースタイムに「倍率」を設定することも可能だ。標準よりも自分の移動速度は「遅い」「速い」と思ったら、「1.2倍」「0.7倍」などと倍率を設定することにより、すべての区間のタイムを一律に長くしたり短くしたりすることができる。休憩時間とコースタイムの倍率設定という2つの項目を調整することにより、実際の移動時間に近い到着時刻を算出することが可能だ。

 「登山地図を使ったウェブサービスを開発するにあたって考えたのは、『ガイドブックにできないことは何か』ということでした。ガイドブックに掲載している地図には、コースタイムやスポット情報などいろいろな情報が載っていますが、本のままでは使い勝手が良くありません。そこで、ガイドブックの地図を補完するツールとしてヤマタイムを思い付いたのです。将来的には電車や自動車の経路検索ツールと組み合わせて、家をスタート地点として山行計画を立てられるツールを目指したいですね。」(神谷氏)

通常のコースタイム
倍率を変更

 このようにして作成した行程表は、地図とともに印刷して持ち運ぶことも可能だ。印刷時には地図に磁北線を入れることも可能で、地図の下には出発時刻や到着時刻が入った行程リストが分かりやすく掲載される。宿泊地となる山小屋の電話番号が自動的に記載されるほか、自由に記入できるメモ欄も用意されており、ここにパーティーのメンバーの携帯電話番号を記載しておくことで、メンバーに配布する資料として使える。

 また、印刷するだけでなく、行程表をもとに登山計画書を作成することも可能だ。登山計画書で登る予定となっているコースや標高グラフのほか、パーティー人数やエスケープルートを記載する欄も設けられている。このようにして作成した登山計画書は、プリントアウトして登山口のボックスに投函したり、警察にメールで提出することができる。

磁北線を入れて印刷可能
登山計画書を作成可能

 ヤマタイムには、山行前のプランニング機能だけでなく、山から帰った後に実際の移動タイムを記録する機能も搭載している。作成した登山計画を保存するとマイページにリストが作成されるので、「登山記録」タブをクリックして記録したい計画を選び、「地図を編集する」を選択すると、実際にかかった時間を入力することが可能となる。記録を細かく入力すると、ヤマタイムの標準コースタイムと自分の記録とを比較したグラフが作成されるので、どの区間が遅かったのかを確認できる。この比較結果は、ヤマケイオンラインの「みんなの山行記録」でシェアすることも可能だ。

 「計画内容に対して、実際に自分がどれくらいの時間で登れたかというデータを入力してもらうことで、『登りに強い』『下りが速い』といった自分の特性を把握できます。」

記録の入力画面
ガイドブックのコースタイムと自分の記録との比較グラフ

 一般的な地図サイトでは道路上で出発地と目的地を指定してルート検索し、到着時刻を調べたりすることができるが、これを登山ルートで実現したのがヤマタイムであり、数多くのコースタイム入り登山ガイドブックを出版している山と溪谷社ならではのサービスといえるだろう。現時点はPCブラウザー向けサービスとして提供されているが、将来的にはスマートフォンへの対応も検討中だという。

 「コースタイムというのは人によって差が大きく、以前からそれが私どもの課題となっていました。ヤマタイムを多くの人に使っていただき、実際のコースタイムをどんどん入力してもらうことで、いずれはコースタイムそのものもみんなで作っていくというかたちにしていきたいと考えています。また、地図そのものについても、現時点でもコースの通行止め情報など、フロー情報に近いものを記載していますが、リアルタイム情報をやりとりできるプラットフォームにすることも目指していきたいと思います。」

 7月15日にスタートしたばかりのヤマタイムだが、サービス開始時にはまず、ヤマケイアルペンガイド16冊のうち日本アルプスを紹介した5冊(北アルプス3冊、中央アルプス・御嶽山・白山1冊、南アルプス1冊)および八ヶ岳の1冊に、富士山を加えたエリアをカバーする。これに続いて8月15日と9月15日に更新を予定しており、9月15日までに北海道・中国・四国・九州を除く11冊をカバーする予定となっている。夏休みに登山を計画している人には要注目のサービスだ。

わかりやすいチュートリアルも搭載
現時点では日本アルプスおよび八ヶ岳、富士山、御嶽山、白山をカバー

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。