趣味のインターネット地図ウォッチ
ゼンリン 地図制作の現場を巡る~第1回 北九州本社編
(2015/6/18 06:00)
住宅地図を全国展開する唯一の地図会社であるとともに、多くのカーナビやインターネットの地図サービスに地図データを提供している株式会社ゼンリン。国内最大手の地図会社である同社は、一体どのように地図データを整備し、提供しているのだろうか。
今回、福岡県北九州市にあるゼンリンの本社をはじめ、3D都市モデルデータを制作する関連会社の株式会社ジオ技術研究所、ゼンリンが運営する「地図の資料館」、そして各地の営業所で活動する「ゼンリン調査員」のお仕事も併せて取材する機会を得たので、その地図制作の現場のレポートを3回に分けてお送りする。
2つの地図データベースを保有
ゼンリンの前身である「観光文化宣伝社」は1948年に創業した。同社はその翌年に観光小冊子「年刊別府」を発行し、その巻末に添えた市街地図が読者から大人気となった。創業者の大迫正冨氏はこの状況を見て、「地図は添え物ではなく、最も重要な情報源である」と認識し、1950年に社名を「善隣出版社」と改称。別府の観光ガイド「観光別府」を発行を開始し、さらに1952年には住宅地図帳の第1号となる「別府市住宅案内図」を発行した。
現在、全国すべての都道府県で住宅地図帳を刊行しているのは、ゼンリンただ1社である。住宅地図とは、建物の形状(家形)や事業者名・居住者名まで詳細に描かれた地図のことで、ゼンリンの住宅地図ではアパートやマンションの居住者名やビル内のテナント名についても、それが公開情報であれば別記として収録している。その情報源となるのは、全国70カ所の調査拠点で活動する“ゼンリン調査員”だ。調査員は地域を歩いて回りながら、一戸建ての家や集合住宅、事業所ビルなどの表札や看板などを一軒一軒、足で歩いて調べる。全国で約1000人の調査員が日々、情報を収集しているという。
調査員が収集したデータはすべて北九州本社にあるデータベースに登録され、さまざまな用途に活用される。今回、ゼンリンの北九州本社を訪れて、地図の整備状況を見せてもらった。
ゼンリンが保有する地図データベースは、大きく分けて2つある。1つは前述した住宅地図の核となるデータ(コアデータ)を管理するためのもので、1984年に整備が開始された。もう1つはカーナビゲーション用の地図データで、こちらは1989年に提供を開始した。住宅地図用とカーナビ用でデータベースは分かれているものの、住宅地図データベースの家形データをナビ地図データベースの市街地図へ転用するなど、両データベースはさまざまな連携が行われている。また、ゼンリンでは現在、これら2つのデータベースの統合に着手しており、時系列の変化も追える新たなシステムの構築に取り組んでいる。
調査員の情報を「デジタイザー」で住宅地図データベースに入力
それでは2つのデータベースについて見ていこう。まずは住宅地図データベースの整備の現場を紹介する。
住宅地図のデータベースは、さまざまなデータがレイヤー(階層)構造になっている。どのようなレイヤーがあるかというと、例えば市区町村の境界や県境を分ける「行政界」、建物の形を描いた「家形」、「道路」「文字」「水域」「等高線」などがある。さらに、これらのデータは、例えば道路データであれば「高速道路」「国道」「県道」「一般道」「橋」「トンネル」など種類ごとにレイヤーが細分化されている。地図商品として提供する場合やインターネットの地図サービスにデータを提供する場合、調査用の地図を出力する場合など、それぞれの用途に応じて必要なレイヤーだけを組み合わせることで、さまざまなニーズに対応できる。
レイヤーの数は全部で1000レイヤーに上るが、住宅地図帳で使用するのはそのうちの約400レイヤーで、残りの600レイヤーは顧客から提供されたデータなどのために使われる。例えば消防用の地図を作る場合は消火栓の位置情報データ、水道管理用の地図を作る場合はマンホールの位置情報データといったふうに、顧客が保有するデータと組み合わせてさまざまな地図を作成できる。
住宅地図データベースの整備は、全国の調査拠点から送られてくる調査結果をもとに、北九州本社のオペレーターがWindows PCを使って入力する。使用するソフトはオリジナルのデータ編集ソフトだ。調査結果は、住宅地図をA0~A1サイズに出力した紙地図に手書きで情報が書き込まれたもので、まず地図をボードに貼り付けてから、「デジタイザー」を使って紙地図の4隅を入力する。こうしてデジタイザーの位置と画面上の位置とで同期を取った上で、紙地図に書き込まれた情報を反映していくという流れとなる。文字を修正する場合は該当箇所をデジタイザーで指定してからキーボードで入力する。家形を修正したり、新たな建物を追加したりする場合は、デジタイザーを使って形状を入力する。
全国の事業所から届く調査結果の量は、1日に約10地区・1500図で、年間で36万枚におよぶ調査結果を処理しなければならない。ただし、地域によって情報の密度は大きく異なり、情報量の多い地区の場合の入力作業は2~3時間ほどかかるが、少ない地区では5~10分ほどで終わってしまうところもある。調査結果は基本的にすべて手書きであり、調査員はできるだけきれいな字で書くよう努めてはいるが、情報が多いと見づらい場合もあり、そのような場合は電話で確認する必要がある。なお、新たな建物が登場した場合の家形の書き込みについては、基本的には調査員の目測や歩測に頼っているが、数年に一度、都市計画図が発行されるタイミングで、実際の家形と大きなズレがないかを確認している。
建物の「到着地点情報」により“ドア・ツー・ドア”の経路探索が可能
このような情報に加えて、住宅地図帳など表には出ない情報として建物の「到着地点情報」がある。これは2008年から整備が開始されたもので、カーナビにおいて正しく経路探索を行うための整備だ。カーナビで経路探索を行う場合、目的地の入口の前に到達しなくても、周辺に近づいただけで「到着しました」という音声が出て、幹線道路上で案内を終えてしまうことがあるが、それだとどこが目的地なのか分かりづらいことも多い。
そこで、建物ごとに経路探索のゴール地点として最適な道路上の地点を建物と紐付けて登録することにより、“ドア・ツー・ドア”の経路探索が可能となる。2008年以前も、大きなランドマークについてはゴール地点を細かく設定していたが、個人宅については出入口の情報を持っていなかったため、現在その整備に取り組んでいる。
調査用の地図上では、この到着地点情報が、家形の辺の1つと道路を結ぶ黒い線として描かれる。一方、データベース上では建物と道路を結ぶピンク色の線として描かれる。調査する際は、この線が正しいかどうかを確認し、間違っていれば正しい位置に修正する。家の前の道路が自動車が入れない狭い道路の場合などは、最も近い地点を到着地点とするため、複数の建物に対して広い道にある同一の到着地点が割り当てられることもある。個人宅ごとに細かく到着地点情報を設定できるのは、多くの調査員が現場で調査を行っているゼンリンならではと言えるだろう。
撮影画像をもとに規制情報を道路ネットワークデータに登録
次に、ナビゲーション用の地図データベースの整備について紹介する。ゼンリンがカーナビゲーション用地図データの整備を始めたのは1980年代後半で、そのおおもととなるのは国土地理院が発行する2万5千分の1地形図だが、現在は独自の情報収集により整備しているデータがかなり多い。現在のナビ地図データベースは、大きく分けて「道路地図データ(道路ネットワークデータ)」、住宅地図の家形データをもとに作成する「市街地図データ」、「検索データ(POIデータ)」、そして方面案内看板などの「意匠系データ」の4種類に分けられる。
このうち、道路ネットワークデータはノード(点)とノード間を結ぶリンク(線)のデータで成り立っており、それぞれに道路名称や交差点名称、進行方向、規制情報などさまざまな情報が「属性情報」として格納されている。
例えば前述したドア・ツー・ドアのナビゲーションを行うためには、建物の出入口情報のほかに、道路の規制情報や幅員情報も必要となる。これらの情報を取得するために、ゼンリンでは全国で「細道路計測車両」を走らせている。これはルーフキャリアの上に360度全方位カメラを搭載した車両で、全方位の静止画を2~3mおきに撮影するとともに、GPSを使って撮影地点も同時に記録している。
北九州本社では、オペレーターが専用ソフトを使って全国で撮影されたこれらの画像を見ながら、さまざまな規制情報を道路ネットワークデータに入力していく。同ソフト上では、静止画を連続再生させながら標識を探し、標識を見つけた場合は再生をストップさせた上で、上部の規制標識のアイコンが描かれたボタンを押して規制情報を登録する。取得するデータとしては、進入禁止や一方通行、駐停車禁止、高さ規制、階段、車止めなど。
また、車両の走行にふさわしい道路を選んでルート案内をするため、細い道路の場合は幅員を測って道路ネットワークに入力する。撮影された画像の上で道路の端と端を線分でつなぐことにより、道路の幅員を測ることが可能だ。都市部の住宅街などでは、ときおり運転が困難なほど細い道路があるが、細道路の幅員データをもとに、そのような走行困難な道路を避けたルート案内が可能となる。
新規開通道路の情報をいち早く反映
道路ネットワークの整備の中でも特に重要なのは、新規開通道路の開通前整備だ。主要な道路は開通情報をインターネットや県報、官報などで事前に入手し、調査された図面や工事図面、現地の写真のデータなどを集約した上で、既存のデータベースに新たな道路ネットワークを作成する。開通直後でもすぐにルート案内を行えるように、あらかじめデータを完成させて準備しておくわけだ。
なお、住宅地などの細かい市区町村道などは、住宅地図データベースから反映するため、最短で年1回の更新となるが、こちらは調査スタッフが実際に歩いて取得したデータであるため、数年に一度の更新である都市計画図よりもすばやい反映が可能となるケースもある。
このほか、「高精度計測車両」を使った標高データの整備も行っている。高精度計測車両は、ルーフキャリアにネットワークRTK-GPS測位による高精度の緯度経度・標高測位機器および前方撮影カメラを搭載する。高速道路、有料道路、一般国道についてはこの高精度計測車両で走行し、取得した標高データをもとに道路ネットワークに情報を付与し、その他の道路については、国土地理院の5mメッシュ標高データを取り込んで整備している。特に高速道路が国道の上を通っているケースなど、ナビゲーション時に上下の判断がつきにくい場合に標高データが生きてくる。また、これらの標高データは、最近では省燃費ルートの探索にも活用される。
この高精度計測車両で撮影した動画をもとに画像を切り出して、道路のレーン情報が分かる「道路面画像」を作成し、分岐合流位置の整備にも利用している。これにより、車線変更可能区間の距離を高精度に計測して、制度の高い分岐・合流位置を設定することもできる。
ちなみにゼンリンが保有する計測車両としては、これまで挙げた細道路計測車両、高精度計測車両のほかに、3次元地図データ作成のための「タイガー・アイ」、レーザーとカメラによる点群情報や道路情報を収集し、自動走行向けの「高精度空間データベース」を作成するための研究・開発用車両「レーザー計測車両」がある(タイガー・アイの活用法については、第2回の記事で改めて紹介したい)。
歩行者用の道路ネットワークも整備
このほか、カーナビ用の道路ネットワーク整備とは別に、歩行者ナビ向けの道路ネットワーク整備も行われている。歩行者用ナビは、ゼンリンが地図データを提供しているGoogleマップや、関連会社のゼンリンデータコムが提供しているiPhone/Androidアプリ「いつもNAVI」、NTTドコモが提供する「ドコモ地図ナビ」などで提供されている機能だ。
歩行者ナビ向けの道路ネットワークデータの整備は、地下街など人が通り抜ける通路や商店街のアーケード、公園、ペデストリアンデッキなど、人しか通れない道路が対象となる。調査するのは全国の事業所で活動するゼンリン調査員だが、住宅地図用の調査とは区別して行う。
詳細な歩行者ネットワークの整備対象となる「高密度エリア」は、1日平均の乗車人数が5万人以上の鉄道駅とその周辺と決められている。ただし東京の場合、山手線の内側はすべて調査しているという。
このほかに、カーナビ用の道路ネットワークで表現できないルートを、横断歩道や歩道橋の位置などと組み合わせて補完する「低密度エリア」がある。これは政令指定都市内の鉄道駅や、主要な鉄道駅、観光スポットなどが対象となる。
高密度エリアと低密度エリア以外のエリアについては、「道路ネットワーク流用エリア」として、高速道路や有料道路、一方通行規制や進入禁止など歩行者に不要な情報を削除した上で利用する。このような3種類のレベルに分けて全国の歩行者ネットワークデータを整備している。
データ内容としては、ノードとリンクで構成されている点はカーナビ用ネットワークデータと同様で、「階段」「エスカレーター」「エレベーター」「スロープ」「屋根の有無」などの属性を整備している。これにより、例えば暑い日や雨の日は「屋根の多いルート」、疲れている時は「段差の少ないルート」などを選んでルートを示すことが可能となる。
最近では、この歩行者ナビ向け道路ネットワークを利用した屋内ナビサービスも、NTTドコモおよびゼンリンデータコムが提供する地図サービス「ドコモ地図ナビ」用のAndroidアプリ「地図アプリ」において開始された(本連載の2015年4月23日付記事『歩行者自律航法技術による屋内ナビを実現、「ドコモ地図ナビ」サービス開始』を参照)。同アプリでは、歩行者用ネットワークデータをもとに自律航法での屋内ナビを実現している。以前から歩行者用ネットワークデータが整備されていたからこそ、全国各地の地下街や屋内施設において一斉に屋内ナビを提供開始することができたのだ。
交差点の方面案内看板を整備
道路ネットワークのデータベースには、交差点の方面案内看板も収録されている。方面案内看板の調査についても、住宅地図や歩行者用道路ネットワークデータの整備とは別に調査スタッフが割り当てられる。調査スタッフは調査対象となるエリア内を歩きながら、方面案内看板の写真を撮影する。この写真をもとに、オペレーターがオリジナルの方面看板作成ツールを使って画像を作成し、道路ネットワークデータに対して位置情報を付与して関連付けを行う。
案内看板の作成にあたっては、写真を見て、500種類以上あるテンプレートの中から近い画像を選択した上で、テキストを入力して仕上げる。例えば一般的な十字路の場合、一方向につき進み方は左折・右折・直進の3方向のパターンがあるが、パターンごとに進む方向を赤い矢印で示した看板画像を作成する。
道路ネットワークと関連付けを行う場合は、進入点・分岐点・脱出点の3つの要素を組み合わせて、属性として登録する。例えば下の神保町交差点の例では、西から東へと進んで交差点を左折する場合の方面看板を表示している。進入点である「(9)」、退出点として左折する場合の「(5)」、直進する場合の「(8)」、右折する場合の「(3)」の3カ所が道路ネットワーク上に配置されており、それぞれの退出点を選択すると方面看板を確認できる。
このような方面看板の編集ツールとしては、道路ネットワークデータの編集ツールとは別の独自ソフトを使用している。
あらゆる工程で発揮されるゼンリン調査員の力
このようにゼンリンが保有する「住宅地図データベース」「ナビ地図データベース」の2つの整備内容は多岐にわたっているが、いずれの工程でも、全国の事業所から寄せられる現場の調査結果をフルに活用していることがわかる。Google マップなどのウェブ地図サービスやスマートフォン用地図アプリ、カーナビ用地図データなどにおいて、ゼンリンの地図データが高いシェアを占める背景には、このような高い調査力をもとに常に高品質な地図データを提供し続けているという事実がある(調査員の具体的な活動内容については、第3回の記事にて改めて紹介したい)。