趣味のインターネット地図ウォッチ
ゼンリン 地図制作の現場を巡る~第2回 ジオ技術研究所&地図の資料館編
(2015/6/25 06:00)
住宅地図を全国展開する唯一の地図会社であるとともに、多くのカーナビやインターネットの地図サービスに地図データを提供している株式会社ゼンリン。国内最大手の地図会社である同社は、一体どのように地図データを整備し、提供しているのだろうか。
今回、福岡県北九州市にあるゼンリンの本社をはじめ、3D都市モデルデータを制作する関連会社の株式会社ジオ技術研究所、ゼンリンが運営する「地図の資料館」、そして各地の営業所で活動する「ゼンリン調査員」のお仕事も併せて取材する機会を得たので、その地図制作の現場のレポートを3回に分けてお送りする。
- 第1回 北九州本社編(6月18日掲載)
- 第2回 ジオ技術研究所&地図の資料館編(この記事)
- 第3回 つくば営業所で「ゼンリン調査員」体験取材してきた編(7月2日掲載)
3D都市モデルデータをゲーム開発者向けに提供
前回はゼンリンが誇る住宅地図データベースおよびナビゲーション用のデータベースの整備について解説した。このような地図データの整備のほかにゼンリンが取り組んでいる事業として、今回は「3D都市モデルデータ」と「地図の資料館」について紹介したい。
ゼンリンは2014年8月、国内主要都市の街並を再現したリアルな3D都市モデルデータをゲーム開発企業などに向けて提供開始した。これらはカーナビ向けに独自フォーマットで整備してきた3D地図データを汎用性の高いFBX形式に変換して提供するというもので、同データのPRを目的に、「Unityアセットストア」にて東京・秋葉原の3D都市モデルデータを「Japanese Otaku City」として無償公開した。
多くのゲーム開発者から注目されたこの取り組みをさらに進め、2015年4月には秋葉原に続き、大阪市なんば付近のデータを「Japanese Naniwa City」として無償で公開。さらに5月には福岡市の天神付近を「Japanese Matsuri City」、札幌市の時計台付近を「Japanese Dosanko City」として公開した。いずれも1パーセル(原寸で約625m×625m四方)とエリアの範囲は限られるが、これで全国4都市の3D都市モデルデータを無償で利用可能となった。このほかの都市についても、顧客のニーズに応じて有償で提供する体制が整っている。
この3D都市モデルデータは、ゼンリンの関連会社である株式会社ジオ技術研究所が開発・作成した3次元地図データ「Walk eye Map」をもとに生成されたもの。同社は3Dデジタル地図の開発を目的に2001年に設立。3D地図の開発は、もともとはカーナビゲーション向けに交差点や高速道路の分岐点・出入口などを3D画像として提供することを目的にスタートした。携帯電話やスマートフォンのナビアプリで、3D表示の交差点やジャンクション拡大図として使用されているだけでなく、近年では前述したゲーム開発や、景観・建築シミュレーションにも活用されている。
特殊調査車両「タイガー・アイ」の映像から3D地図を作成
Walk eye Mapの作成にあたっては、ゼンリンが保有する特殊調査車両「タイガー・アイ」で撮影した360度全方位の写真を活用する。タイガー・アイは全国主要都市の幹線道路および交差点を撮影し、その写真から生成した建物の詳細テクスチャーデータを、ゼンリンの住宅地図データベースの2次元地図情報および建物の高さ情報をもとに作成した3D地図データに貼り付けることで作成する。
さらに、交差点や道沿いに渋谷の「109」や東京スカイツリー、東京ドームなどの特徴的な形をした建物がある場合は、それらの建物に限って独自に撮影を行い、それをもとに3Dモデルを作成して現実の街並みをリアルに再現する。テクスチャーの貼り付けにあたっては、デパートの垂れ幕など季節ものの情報を除いて、基本的には広告看板や店看板などを含めて現実そのままの情報が反映される。ただし、Unityアセットストアにて無償公開されているデータについては、Unityの規定で、広告看板や店看板の部分がダミーに差し替えられている。
このほか、細かい要素としては、標識や中央分離帯、道路標示、信号機、樹木なども調査車両による収集データをもとに再現される。また、歩道および中央分離帯については、調査車両の収集データに加えて2次元地図の情報も加味している。なお、主要道路および交差点以外の部分については実際の映像ではなく、2次元地図情報を使ってソフトウェア処理中心に作られた擬似モデルが配置される。
ジオ技術研究所の三毛陽一郎氏(管理部営業担当課長)によると、Walk eye Map作成にあたっては、交差点に特徴的な建物がある場合や余分なものが写り込んでいる場合の処理が難しいそうだ。人や電柱などは省くため、削除した部分をほかの部分からのコピー&ペーストなどを行いながら自然で見やすいように処理する。
建築や都市計画など幅広い分野に利用可能
Walk eye Mapの整備エリアは東京23区および大阪市の全域、そして全国政令指定都市(19都市)の中心部で、年に1回のペースで更新される。その範囲は6610パーセル(2578平方km)だ。提供形式はジオ交換フォーマット(ゼンリン独自形式)およびFBX形式、CG利用形式(3ds Max形式・OBJ形式など)。3ds Maxについては無償で変換プラグインも提供している。
一般的な3D地図データというと、標高データやレーザー測量データを用いた地形データに航空写真や衛星画像テクスチャーを組み合わせた上で一部の建物のみをモデリングしたものや、ごく狭い地域を詳細にモデリングしたものがほとんどだが、Walk eye Mapであれば主要都市において幅広いエリアの詳細なデータを提供可能だ。しかも、年に1回という更新ペースでタイガー・アイによる調査を行い、常に最新のデータを提供できる。
ゲーム開発者向けに一部データを無償提供したことで注目を集めているこの3D都市モデルデータだが、建築、自動車、都市計画関連のシミュレーションなど、ゲーム以外の分野からの問い合わせも相次いでいるという。「将来的には、GIS(地理空間情報システム)の分野で当社のデータを使って、建築関連のマネジメントなどへの利用なども検討しています。また、ユニークな利用法としては、ゲリラ豪雨の雨雲の映像を組み合わせるなど、気象分野での活用も考えられます」と三毛氏は語る。
同社は3Dデータそのものを提供するだけでなく、カーナビ用のレンダリングエンジン「GAREM」や、2次元地図を3次元風に見せるレンダリングのミドルウェア「WAREM」、ARなどで3D地図上に情報を表示させる際に、表示位置精度を向上させることが可能な「Pegasus eye Map」など、さまざまなソリューションを提供している。特にWAREMについては海外の地理情報データも使えるため、「海外ベンダーにも積極的に販売していきたい」(三毛氏)とのこと。
さまざまな資料を集めた「ゼンリン地図の資料館」
小倉にある「ゼンリン地図の資料館」は、ゼンリンが所蔵する8250点の貴重な地図資料の一部を見られる資料館。伊能忠敬が編纂した「大日本沿海輿地全図」の原寸複製や、日本とヨーロッパの古地図などを展示するほか、昔の観光ガイドマップなども展示している。
貴重な地図だけでなく、ゼンリンの歴史や事業を紹介するコーナーもある。ここでは昔の地図制作の道具などを見られるほか、スポンサードする団体や選手のグッズも展示している。また、全国の住宅地図をすべてそろえた体験コーナーも備えている。ここに来ると、ほとんどの人が、まずは自分の家が住宅地図にどのように載っているのかを確認するのだそうだ。この体験コーナーでは、地図に関連した書籍や絵本、地図パズルなどのアイテムも紹介しているほか、地図に関する基礎知識をQ&Aで紹介するコーナーも用意している。
この資料館は小倉駅から徒歩10分の場所にある商業ビル「リバーウォーク北九州」の最上階(14階)にある。館内からは小倉の街並みを大きな窓で見渡すことができる。小倉の昔の空中写真も展示しており、街並みの移り変わりを確認できる。
なお、ゼンリンはこの資料館の所蔵品の中から厳選した地図を紹介するデジタルアーカイブ「ゼンリン・バーチャルミュージアム」を2014年からウェブで公開している。このサイトでは、アーカイブのほかに、街の移り変わりを住宅地図で紹介するコーナーや、地図作りの今と昔を映像で紹介するコーナーなどがある。
ゼンリン・バーチャルミュージアムは資料館内にある端末でも見ることは可能で、太平洋戦争中に日本の軍艦が沈んだ地点を収録した「日本海軍艦船喪失一覧圖」など、資料館の端末上でしか公開されていない地図もある。地図好きなら一度は足を運びたい施設だ。