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ゼンリン 地図制作の現場を巡る~第3回 つくば営業所で「ゼンリン調査員」体験取材してきた編

 住宅地図を全国展開する唯一の地図会社であるとともに、多くのカーナビやインターネットの地図サービスに地図データを提供している株式会社ゼンリン。国内最大手の地図会社である同社は、一体どのように地図データを整備し、提供しているのだろうか。

 今回、福岡県北九州市にあるゼンリンの本社をはじめ、3D都市モデルデータを制作する関連会社の株式会社ジオ技術研究所、ゼンリンが運営する「地図の資料館」、そして各地の営業所で活動する「ゼンリン調査員」のお仕事も併せて取材する機会を得たので、その地図制作の現場のレポートを3回に分けてお送りする。


「ゼンリン調査員」体験取材中の筆者

茨城県南西部をカバーするつくば営業所

 これまで2回にわたってゼンリンおよび関連会社による地図整備の取り組みを紹介してきたが、これらのデータ整備を支えているのが、各地の拠点で活動する約1000人のゼンリン調査員だ。今回はその体験取材レポートをお送りしたい。

 今回訪れたのは、茨城県にある「ゼンリンつくば営業所」。ゼンリンの調査拠点は日本国内に70カ所あり、1つの都道府県にだいたい1~2カ所ずつ拠点が存在する計算となる。茨城県では「つくば」と「水戸」の2カ所があり、つくば営業所では県の南西部を担当。準社員やパート、委託社員も含めて総勢14名の調査スタッフが活動している。

 調査のやり方としては、基本的には茨城南西部の各市町村を自治体ごとに、一定期間ごとに区切って調査して歩く。取材した時はちょうど地元であるつくば市を調査中だった。調査員はほとんどの場合、歩きながらの調査となるが、事業所から調査エリアまでの移動には、車を使ったり電車を使ったりといろいろだ。つくば事業所では車を使うことが多いが、調査員1人が1台ずつ使うわけではなく、車を使った調査を行うスタッフが運転して調査員を担当地区に降ろしていき、調査を終える夕方に再びピックアップするというパターンが多い。東京都心部などは電車を使った方が効率がいいそうだ。

 第1回でも紹介したが、調査員の仕事は住宅地図整備のためだけではなく、時期によっては「細道路計測車両」「高精度計測車両」「タイガー・アイ」などの計測車両による調査や、歩行者ナビ用ネットワークデータ整備のための調査、交差点の方面案内看板の調査なども行う。ただし、つくば営業所の場合、歩行者ナビ用ネットワークデータの「高密度エリア」の対象地区はほとんどないため、調査の頻度はかなり少ない。

 つくば営業所の1日の流れとしては、まず9時に始業し、全体朝礼の後に調査チームで打ち合わせや指示を行う。調査員が事業所を出発するのは9時30分ごろで、事業所に戻るのは16時30分ごろだ。事業所に戻ったら、調査結果を整理して17時30分に業務を終えるという流れとなる。小雨程度であれば調査を行うが、土砂降りの雨では調査は行われず、内勤となる。内勤の場合はその後の調査に向けての準備などを行う。

ゼンリンつくば営業所
調査員や営業スタッフが使う車

調査用地図を画板にセットしてボールペンで記入

 今回の体験取材にあたって、まずは調査用地図への記載の仕方などについて、つくば営業所の調査キャップである田中完明氏からレクチャーを受けた。調査用の地図は第1回で紹介した北九州本社からプリントアウトしたものが送られてくる。地図のサイズはつくば市の場合はA1用紙で、縮尺は1250分の1。これは全国ほぼ共通だが、東京などの都市部では1000分の1と縮尺の大きな地図を使用し、用紙サイズもA0と大きいそうだ。

 この地図を折りたたんでクリップに止めた状態で情報を記入する。記入には市販の4色(黒・赤・青・緑)ボールペンを使うが、黒インクの芯はピンク色に代えて使用する。修正するには赤、チェックしたことを示す場合は緑……といったふうに、どの色をどのように使うかは全国共通で決められており、調査員はそのルールに従って記入する。調査や記入はルールがかなり細かく決められており、頭の中を整理するのはなかなか大変だ。

 実際に新人を教育する場合は、初日は事務所で丸一日、座学になるという。2日目からは経験者が同行して調査を行い、3日目からは1人で活動することになるが、もちろん最初のうちは回り方も非効率だし、記入するスピードも遅い。このような状態から実際に調査を積み重ねることによって、徐々に慣れていくことになる。

 なお、調査用の地図とあわせて、集合住宅や商業ビルに個別に入居する個人や企業名を記す別記も持ち歩くことになっており、地図の中に別記に対応する番号が振られている。別記についてはプライバシーの問題もあるため、記載されていない箇所もかなり多い。この別記の内容は、住宅地図帳の巻末に内容が掲載されている。

 プライバシーに関するゼンリンの考え方としては、基本的に「掲載しないでほしい」という要望があった場合はけっして載せることはない。集合住宅を調査する場合についても、郵便受けの手前に「部外者は立入禁止」の告知が立っている場合は勝手に入り込むことはないし、個人宅についても門がある場合は勝手に庭へ入っていくようなことはない。

 また、調査中に住民や企業から掲載拒否の意思を確認した場合は、調査用地図の上にその旨が記載される。そうなれば情報が住宅地図帳に載ることはないし、また、すでに住宅地図帳に掲載されている場合でも、その次の年に刊行されるものでは削除されることになる。全国各地にあるゼンリンの事業拠点には、毎日のように、このような掲載に関する要望の電話が寄せられているが、掲載拒否の要望もあれば、逆に店舗などから「新しく開店したので早く載せてほしい」という要望が寄せられることもあるそうだ。

調査キャップの田中完明氏
調査用の地図、別記のリスト、4色ボールペンの3点を使用
調査用の制服
調査用のポロシャツ

住宅地を歩きながら一軒ずつ表札をチェック

 ひと通り調査のやり方を教わったあと、いよいよ調査活動が始まった。場所は営業所のあるつくば市から少し離れた守谷市で、つくばエクスプレス線の守谷駅に近い住宅地で行われた。調査中はゼンリンのロゴが背中に入った作業着またはポロシャツを着用することが決められている。

調査中の田中氏

 まずは一戸建ての家からスタート。画板に挟んだ調査用の地図上で現在地を確認し、調査対象となる家の表札を確認する。地図に記載されている名前を確認し、正しければ「確認済み」のチェック記号を入れて、誤っていれば訂正する。表札がローマ字表記の場合は、読める場合はカタカナ表記に直して記入するとともに、ローマ字表示を意味する記号も添える。読み方が分からなければそのままアルファベットを書き込む。

 集合住宅の場合はアパート名や階数などを確認した上で、各部屋の居住者名や企業名を郵便受けなどで確認することができれば記載するし、不明ならばそのまま「確認済み」のチェック記号を入れていく。

 店舗の場合は店名に加えて、支店名も正しいかどうかを確認する必要がある。筆者が調査した時は、「◯◯1丁目店」と記載されているにもかかわらず、「◯◯一丁目店」と漢数字で表記したら、田中氏からすかさず注意を受けた。表札の情報を見たまま記載するのが住宅地図の原則であり、このような細かい部分にもしっかりとこだわって記載する必要がある。このほか、一戸建て・集合住宅・店舗のいずれについても、第1回で紹介したルート探索時の「到着地点情報」も確認する必要がある。

 調査時にどのようなルートで歩くかは調査員の裁量に任されているが、できるだけ一筆書きの要領で効率よく歩くよう指導される。一軒一軒、確認しながら黙々と歩き回るのはなかなか大変で、左右両方の家を確認しながら歩こうとしても、ついうっかり片側の家を調べ忘れてしまったことが何度かあった。

 ちなみに調査終了後に確認し忘れた箇所が見つかった場合は、次の日にそこだけをもう一度確認しに行くのは効率が悪いので、あとから車などでそのような箇所をまとめて確認して回るという。

表札などを確認しながら歩く

新たな家形は目測・歩測で記入

 調査する項目が多いため、なかなか思うようにはかどらないが、それでも続けているうちに慣れてきたのか、調査開始時に比べていくらか作業スピードが上がってきた。そんな時に出くわしたのが、新たな住宅の建設現場だ。そこには調査用地図に記載されている建物が見当たらず更地になっており、別の一角には新たな集合住宅も建設されていた。この場合、既存の家形は削除して新たな家形を記入する必要がある。

 家形の記入は基本的に目測や歩測で行うことになる。周辺の建物との位置関係を見ながら、おおよその位置や長さを決めていかなければならない。測量などを行って厳密に距離を測定するわけではないので、当然ながら実際とのズレも生じるが、数年に一度、都市計画図が刊行された時点で、家形と照らし合わせて整合性を図っている。

 このように家形を記入する場合は、初心者とベテランで差が出やすい。ある程度、経験を積むと正確できれいな家形をすばやく記入できるようになるが、初心者が新たな家形を書くにはそれなりに時間がかかる。調査終了後に、筆者が書き込んだ家形と、同じ箇所について調査員が記入した家形とを比べてみたが、調査員のほうが格段に分かりやすくきれいに書いており、その差を思い知らされた。

 調査中、住民の方が家の中から出てくるのに遭遇したことがあった。このような時、調査員は堂々とした態度ではっきりとあいさつするよう指導されている。調査活動に対して不審に思われないように、住民には折り目正しく接することが大切だ。

 今回、調査に同行していただいた田中氏に、調査員を採用する際に、相手のどんなところを見るのか聞いてみた。「まずはきちんとコミュニケーションができる人かどうかを見ます。住民の方に話しかけられることもあるので、相手の言うことをしっかりと聞いて正しい受け答えができるかという点は大切なポイントですね」とのこと。1人の調査員が不審に思われれば、全国で活動するほかの調査員への評判に影響するため、責任は重大だ。

A1サイズの調査用地図に情報を記入する
筆者が記入した家形
調査員が記入した家形

新興住宅地ではベテラン調査員が活躍

 ひととおり調査体験を終えたあと、最後に守谷市で造成中の新興住宅地の一帯に案内してもらった。数年がかりで造成している大規模な住宅地の場合は、毎年毎年、新たな家形をどんどん追加していく必要がある。このようなエリアの調査には、経験豊富なベテランが担当することになっている。新たな家形を記入するのはそれなりに手間と時間がかかるが、そうやって自分が書き込んだ情報が数カ月後には住宅地図帳に反映されて店頭に並ぶのは、この仕事ならではの醍醐味といえるだろう。

 現地で調査中に思ったことは、住宅地の中はとにかく休憩できるところが少ないこと。昼食を食べようと思っても食事処はほとんど見つからないし、トイレが見当たらず困ることも多い。住宅地の場合は高い建物が少ないため、日差しが強い日は逃げ場が少ないのも辛い。

 取材時は過ごしやすい天気だったが、多少の雨や雪、風が強い日などの悪条件下でも調査は行われる。雨の日は調査用地図をセットした画板にビニールをすっぽりとかぶせて、ビニールの内側に手を入れて記入するそうで、なかなか大変だ。

 また、情報を記入する際のコツとしては、書き込む文字の量が多い場合は引出線などを入れてうまく整理して書く必要があり、これがなかなか難しい。記入はすべてボールペンで行うので、誤って記入した場合は訂正しなければならず、何度も訂正すると見づらくなってしまうので注意が必要だ。データベースを入力する人のことを考えると、できるだけきれいに分かりやすく記入する必要がある。

 このような細かい調査の積み重ねによって、日々の街の移り変わりが細かくデータベースに反映され、住宅地図帳やスマートフォンアプリ、ウェブの地図サービスなどの形となって公開される。ゼンリンが提供する地図データの品質を支えているのは、このような調査員の地道かつアナログな調査活動だということを改めて思い知った次第だ。

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。