地図とデザイン
「地図ってかわいいよね」女性の視点で、ゼンリンの地図データをファッションアイテムに
“地図柄”ステーショナリー「mati mati」シリーズ
2016年2月4日 06:00
連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、地図の図式や表現、地図のグラフィックデザイン/UIデザイン、デジタルによる新たな地図デザインの可能性……等々、“地図とデザイン”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けします。
住宅地図で知られる地図メーカーの株式会社ゼンリンが、地図データをデザイン素材に活用したステーショナリーのシリーズ「mati mati」を発売した。「クリアファイル」「マスキングテープ」「ノートパッド」「ブックマーク」という4つのアイテムに、東京の「丸の内」「表参道」「吉祥寺」および「福岡・天神」の地図をもとにしたグラフィックが描かれており、全16種類のラインナップとなっている。
地図をデザイン素材に使う手法じたいは、これまでも雑貨や有名ファッションブランドなどで見られたものだが、そこに用いられているのはアンティーク調の地図やイラスト地図などが一般的。mati matiシリーズの特徴は、ゼンリンが保有する“本物”の地図データを使っている点にある。
ゼンリンは住宅地図のほかにも、Google マップなどインターネットの地図サービスや、カーナビ向けに地図データを提供している。このような実用的な地図データを扱ってきた同社にとって、地図データを純粋にデザインの素材として使用した商品作りは初めての試みといえる。女性をターゲットにした“地図柄”ステーショナリーという新たなコンセプトについて同社に話を聞いた。
女性の視点で作った“地図柄”のステーショナリー
mati matiシリーズの企画を立案し、同プロジェクトの実現に取り組んだのは、ゼンリンの女性チーム――事業企画本部・プロダクト企画部に所属する村田沙希氏(商品企画課)、福原菜美氏(市場企画課)、ビジネス企画部・市場開発課に所属する奥田智子氏の3名だ。
最初この企画を思い付いたのは、村田氏と福原氏。2014年の秋ごろのことだったという。
「もともと社内で、『地図を新しいコンセプトで捉えることで市場創造を行う』という取り組みがあり、その一環で何かできないかと2人で話していたところ、『地図ってかわいいよね』という話が出ました。今まで地図というのは、人が迷わないために実用や機能を追究していた部分が大きかったわけですが、情緒的・デザイン的に『すてきだね』という、もっと軽やかな側面を新しく見せていきたいと考えて、女性の視点を地図に込めてみようということでステーショナリーを作ろうと考えました。」(村田氏)
この企画が社内で通り、2015年春、奥田氏を加えた3名のチーム体制で正式にプロジェクトがスタートする。商品化するまでには、試作品を作ってアンケートを採ったり、実際に店舗で試作品を販売して売れ行きを調べたりと、さまざまなプロセスがあった。
試作品の販売を行ったのはLoFtの金沢店。2015年9月、同店の開店記念セールにおいてゼンリンのステーショナリーの特別販売を行った。この時は、金沢市内の地図が描かれたクリアファイルをテスト販売して、かなり好評だったという。アンケート結果でも好評を得た。
「20代~30代の女性を対象にアンケートを採ったところ、67%の人が、自分に縁のある場所や記念の場所ならば興味があるという結果になりました。また、たとえそのような思い入れのある場所ではなくても、地図柄というデザインそのものにも、40%の人は興味を持っているという結果になりました。この結果を見て、地図というのはそれまで男性向けというイメージが多かったけど、きれいにデザインすることで、女性にも受け入れられるのだという手応えが得られました。」(村田氏)
地図はコミュニケーションが広がりやすいアイテム
正式に商品化するにあたっては外部のデザイナーに発注した。デザインを担当したのは、文具レーベル「yuruliku」を展開するデザイン事務所のyuruliku DESIGN。同事務所と今回の企画について話してみたところ、デザイナー自身も地図が好きだということを知り、「地図を好きな人にデザインしてほしい」ということでお願いすることにしたという。
「商品のラインナップについては、クリアファイルとマスキングテープはアンケートの時点でとても好評だったのですぐに決まりましたが、ほかの2つについては試行錯誤しながらバージョンアップを重ねて、今の形に落ち着きました。例えばノートパッドは、アンケートの時点ではメモ帳でしたが、最終的にはサイズを大きくして、ノートパッドという形にしました。全体的に、地図柄を生かせるということで“面”が大きいもの、そして日常的に会社やプライベートで使ってもらいやすい身近なものということで、この4つにしました。」(村田氏)
「コミュニケーションが生まれやすいアイテムであるという点も意識しました。以前、九州の居酒屋に行った際、弊社の住宅地図が置いてあって、お客がカウンターでそれを広げながら『自分の地元はここなんだよ』というふうに、地図を介して“地元トーク”を繰り広げていました。私自身も、旅行に行く時は地図を見ながらルートを検討して想像で楽しんだり、帰ってきたら地図の上に写真をマッピングして地図上で思い出を振り返ったりしますが、地図というのはそのようなコミュニケーションが広がりやすいアイテムだと思います。」(福原氏)
地図データのレイヤー構造を生かしたクリアファイル
ステーショナリーに描かれた地図柄のもとになっているのは、ゼンリンが誇る住宅地図データベースの地図データだ。このデータベースは道路や家形(建物の形)、信号、注記など、さまざまな属性ごとの階層(レイヤー)構造となっている。A4サイズで3ポケットのクリアファイルはこのレイヤー構造を生かした3層構造になっており、めくりながら各レイヤーの内容を確認できる。
「このクリアファイルでは、一番上の層が家形データとなっています。これは、紙を入れた状態でも美しく見えるということと、地図柄によって中に入れた紙の内容が隠れるように、という配慮によるものです。デザイナーには、地図データの中から必要なレイヤーだけを抽出して、いろいろと処理をかけて扱いやすいデータにした状態で渡し、それを使ってデザインしてもらいました。」(村田氏)
エリアのラインナップは、ビジネス街の「丸の内」、ファッション関係の店が多い「表参道」、“住みたい街”ランキングで上位に入る「吉祥寺」、そして地方都市の代表として「福岡・天神」を選んだ。また、エリアごとにその街の“テーマ”を設定。丸の内は「歴史的建造物」、表参道は「ファッション」、吉祥寺は「猫」、天神は「バス」をテーマとしており、クリアファイルの3層目には、それぞれのエリアのテーマに対応したスポット(丸の内は歴史的建造物、表参道はファッションの店、吉祥寺は猫関連の店、天神はバス停)の位置がプロットされている。
「あくまでも地図をデザインの素材として使っているので、4つのエリアで縮尺は統一せず、デザインとして見た時に一番良い縮尺にしています。方角についても、表参道だけはノースアップではありません。表参道のエリアだけを見ても分からない人が多いので、渋谷と表参道という位置関係を見せようと思いました。家形は住宅地図データに入っているものはほぼすべて入っていて、学校や大きめの建物、特徴のある建物、福祉・医療系の建物など、データベース上の実際の種別によって建物の色の濃さを変えてあります。」(村田氏)
“大人の女性”イメージした4色を展開
色については、丸の内が赤系、表参道が緑系、吉祥寺が黄系、天神が青系を採用している。文房具の色としては、この4色がメジャーであり、そこに“大人の女性”をイメージした伝統色を基調にして決めたという。
なお、クリアファイルの地図には信号や一方通行などの情報は入っていないが、マスキングテープについてはこれらの情報も含まれている。マスキングテープには、街ごとにそれぞれ主要なストリートが横長のテープ上に描かれている。一見すると継ぎ目なくずっと道が続いているようにも見えるが、よく見ると同じパターンの繰り返しとなっている。
「クリアファイルには主要な道路に英語で注記を入れていますが、マスキングテープには入れていません。テープ上の道路のところに文字を書いてみようというコンセプトで、街や道路に自由に書き込んで遊んでほしいという思いがあります。デザイン的な特徴としては、密度感が出てデザイン的に落ち着くように、ドット柄を全体的に入れてみました。」(村田氏)
ノートパッドは、メモ帳としては大きめで正方形をしている。これは「折り紙や小物のラッピング用紙として使用できるように」というコンセプトで決めたサイズだ。ほかにも、台紙を差し替えられる着せ替えタンブラーに入れるなど、さまざまな使い方ができる。ちなみにノートパッドには、色が濃い地図と薄い地図の2種類が同じ枚数収録されている。この濃淡の違いは、カーナビゲーションの地図画面の昼画面と夜画面をイメージしたものだという。
ブックマークでは、丸の内は歴史的建造物、表参道は靴、吉祥寺は猫、天神はバスというように、エリアごとのテーマに対応するピクトグラムのデザインを採用。台紙はグリーティングカードとして利用可能で、封筒も付属している。グリーティングカードに描かれた地図は、クリアファイルやマスキングテープ、ノートパッドとは異なり、家形の輪郭が黒線で描かれている。
「ブックマークは、家形の輪郭をはっきりさせるために線を入れることにしました。4つのアイテムの地図は一見すると同じように見えますが、それぞれデザインを少しずつ変えて、各アイテムに適したものにしてあります。」(村田氏)
ファッションアイテムとして見た“地図柄”の魅力
このようにさまざまな工夫を経て発売されたmati mati。1月15日から、まずは首都圏と福岡県のLoFt(18店舗)で販売スタートとなったが、売れ行きはどうだろうか。
「予想以上に売れていますね。また、エリアによって売れ行きに差があまりないことにも驚いています。例えば東京の3つのエリアに比べると天神は売れないかな、と思ったのですが、実際に発売したところ、一番先に売り切れが出たのが小倉と天神のLoFtで、いずれの店舗でも天神のアイテムが初日に追加発注となりました。また、丸の内や吉祥寺などでも各エリアのアイテムが売れていて、丸の内のLoFtではクリアファイルを1人で50枚くらい買ってくださった人もいます。」(村田氏)
現在は取扱店がLoFtだけだが、順次、取り扱い店舗を増やしていく予定だ。
「専用コーナーを作ってアピールしてくださっている店舗もあります。私としては、LoFtの店内で、キャラクター柄やかわいい花柄の商品の横に、地図柄のステーショナリーが置いてあるという光景を見るのがとてもうれしいです。チェック柄とか水玉とか花柄とか迷彩柄とか、ファッションアイテムとしてさまざまな柄の流行がありましたが、それと同じように地図柄もぜひ流行ってほしいと思います。」(村田氏)
最後に、地図のデザイン素材としての魅力について聞いた。
「地図を素材として使う場合、イラストの地図を使うことが多かったですが、今回は本物の地図を使っている点がひと味違っていると思います。地図というのは、自分の思い入れや出身地などのアイデンティティを込めやすく、人が持つ背景やストーリーを出しやすいものであり、今回のプロジェクトでは、そのような地図が持つ特性を生かした点が特徴的だと思います。」(福原氏)
「地図というのは点・線・面で構成されており、グラフィックデザインとしては完成されているものです。街の歴史や機能などがその中に自然な形で溶け込んでいるから、デザイン素材としてはとても面白い。例えば函館の五稜郭を使ったデザインを作るととてもかわいいと思いますし、統計データで色分けした地図などもカラフルできれいだと思います。あと、花柄などはビジネスシーンで使うのには少し照れくさいけど、地図柄ならオフィスにもすっと溶け込める点が魅力ですね。mati matiもビジネスシーンで使えるデザインを意識しました。いろいろなシチュエーションでもっともっと地図柄を利用してほしいと思います。」(村田氏)