地図と位置情報

“分散GIS”の時代へ――「ArcGIS」最新版が実現する、地理空間情報の神経ネットワーク

米Esriの創業者で現社長のジャック・デンジャモンド氏

 「ArcGIS」ユーザーの日本における代表的組織である「ESRIジャパンユーザ会」が毎年開催している「GISコミュニティフォーラム」。その第13回となるイベントが5月17日・18日に都内で開催された。ArcGISシリーズは米Esri社が提供する製品で、GIS(地理情報システム)ソフトウェアとして世界トップシェアを誇る。フォーラムには、産官学のGIS関係者が集結。ArcGISおよびそのほかのGISソフトウェア上で活用できるコンテンツやGISを使ったソリューションの提供企業が多数参加するとともに、ArcGISで扱うための画像データなどを収集するドローンやレーザー距離計などのハードウェア、測量機器などを提供する企業の展示も行われた。さらに今年は、Esriの創業者であり、現社長であるジャック・デンジャモンド氏も9年ぶりに来日した。

「ArcGIS」とは?

 ジャック・デンジャモンド氏がハーバード大学で景観建築に関する修士号を取得後、Esriを設立したのは1969年のこと。同社の主力ソフトウェアであるArcGISは、デスクトップアプリやモバイルアプリ、ウェブアプリ、サーバー製品、クラウドサービス、開発者向け製品など豊富なラインアップで構成されており、システム形態や用途に応じて自由に組み合わせて使用できる。

 ArcGISには、地図上に情報を可視化するビジュアライゼーション機能や、異なるデータを統合してデータを分類化・統計化する空間解析機能、さまざまなセンサーから取得した衛星画像やマルチスペクトル画像を解析する画像処理機能、地理空間情報データの作成・編集・管理機能、3Dデータの作成・可視化・解析機能、さまざまなデータをウェブマップとして共有・公開する機能、リアルタイムデータのモニタリング、スマートフォンやタブレットで情報を入力・更新できる現地調査など、さまざまな機能が搭載されている。

「GISコミュニティフォーラム」の展示会場

 日本では、ArcGISに使用できる地図データや統計データ、人流データなどのGISコンテンツが、株式会社ゼンリンやインクリメントP株式会社、株式会社ナビタイムジャパンなどから提供されており、企業や自治体などさまざまな分野で活用されているほか、ArcGISと連携可能なソフトウェアも多数存在する。今回のイベントにもこうした企業が出展したり、講演を行ったりした。

 多くの大学や研究組織にも導入されており、例えば国立研究開発法人防災科学技術研究所(NIED)による、過去1600年間の災害事例を地図化した「災害年表マップ」や、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の地質情報データベース「シームレス地質図」などはArcGISによって開発が行われた。「災害年表マップ」については、配信システムにもArcGISが使用されている(2016年9月15日付関連記事『1600年分の災害事例を地図上で調べられる「災害年表マップ」、防災科研が公開』参照)。

株式会社ハレックスでは、「ArcGIS」と連携可能な気象データ最適化処理システムを提供
NIEDのブースでは、現在開発中である「災害年表マップ」のスマートフォン用ウェブ版が展示されていた

微地形を鮮明に描く「地貌図」など、ESRIのGIS製品を使って生み出された多様な地理空間情報コンテンツ

「マップギャラリー」コーナーでは、さまざまな組織が「ArcGIS」や各種ESRI製品を使って作成した作品をポスターで紹介していた
北海道の地質をシームレスな1枚の地図にまとめた「北海道地方土木地質図」
地形を表現するための3要素(標高、傾斜、比標高)を組み合わせることで、通常の等高線や陰影図では表現しにくい微地形を鮮明に描いた「地貌図」
現代と過去の3D画像を並べて街並みの変化を比較したり、SNSの位置情報付き投稿を地図上に表示させたりできる「GISを用いたバーチャル時空間情報システム」
「東京『なう』マップ」
「調布市における介護福祉施設配置の評価」
「名古屋の森の生態系サービスマッピング」
「熱環境の緩和と風の道を活かした環境計画」

GISは「新しい知恵を生み出すプラットフォーム」

 基調講演に先立ってあいさつしたESRIジャパン株式会社代表取締役社長の正木千陽氏は、ArcGISの活用事例として、環境省総合環境政策局が提供する「環境基礎情報データベース」や、静岡県浜松市の災害情報を一元管理できる防災情報システム、東京都青少年治安対策本部による東京都内の防犯情報や放置自転車のマップ、千葉県佐倉市の統合型公共施設データベース、鳥取ガスグループの顧客・施設・ハザード情報管理システム、イタリアンレストランのサイゼリヤによる経営情報分析など、日本におけるさまざまな事例を紹介した。

 「今日、GISは、IoTとの連携や、ビッグデータの利用など、新しい知恵を生み出すプラットフォームとして大きな進展を遂げつつあります。この新しい進展の中、GISをより効果的に、幅広く活用しながら、豊かな国、住みやすい日本の実現に向けてみなさまとともに貢献できればと願っております」と語った。

 GISコミュニティフォーラムではこのほか、特定分野をテーマとしたセッションとして、ArcGISユーザーによるさまざまな事例紹介が行われた。防災、農業、保健医療、教育、森林、防衛、地域情報活用など、さまざまな分野で活用されているという。

ESRIジャパン株式会社代表取締役社長の正木千陽氏
東京都の防犯情報マップ
静岡県浜松市の防災マップ

世界を理解するのに、地図や位置情報は不可欠

 基調講演でジャック・デンジャモンド氏はまず、世界には現在、多くのGISユーザーが存在し、さまざまな問題に取り組んでいると語った。環境やエネルギー、統計データ、都市計画、交通、施設管理、建築など、GISが活用されているジャンルは多岐にわたり、例えば米国の運送会社がトラックのルートを効率化することで1億ドルのコスト削減に成功した例や、ガス会社や電気会社のインフラ管理、犯罪のモニタリング、医療情報の可視化、ナビゲーションなど、さまざまな用途に利用されていると語った。

 地方自治体では、Web-GISによって市民にマップをオープンに公開し、自治体の活動に参加することを可能にするなど、GISによって政府がよりオープンになっていることも紹介した。

 「ウェブマップを通じて市民が声を上げることができるようになり、地方自治体がその意見を聞くことが可能となっています。市民はウェブマップを見るだけでなく、自らマップの作成に参加し、公開しています。マップが言語となり、みんながそれで世界を管理することで、理解を深めていくことができます。GISはオープンデータの土台であり、各国がグローバルなサステナビリティ(持続可能性)の戦略をGISによって作っています。」

「The Science of Where」がキャッチフレーズ

 さらにIoTの普及によって、すべてのモノの地理的情報を取得できるようになってきており、この流れが進むことによって、「今後は地図や位置情報が、より世界を理解するのに不可欠な役割を持つようになるとともに、理解を深め、行動を起こすための根本的な役割を果たすでしょう」と語り、「みなさまはコンテンツを整えて、それを配信するGISのプロであり、日本社会の進化のためにみなさんはとても重要です」と語った。

 また、世界にはさまざまな課題があり、社会を持続可能な方向へと修正するために、これからはあらゆる手を尽くしていくことが必要であると語った。

 「GISは科学的なプロセスであり、世界をよりスマートにできる枠組みでもあります。データを収集・統合し、それを可視化して分析することで、今後を予測し、データに対する人々の理解を得ることもできます。この一連のステップを、我々は『The Science of Where』と呼んでいます。GISにかかわる人たちの中には、データ収集に特化している人もいれば、地図作成を行っている人たちもいて、さまざまな人々が集まってすべてのステップを集団として行っています。言わば、GISはコラボレーションの言語であり、科学であると言えます。GISはよりスマートなコミュニティを作るためのプラットフォームであり、ArcGISはその手伝いができる完全なGISのシステムです。」

“分散GIS”で、組織や場所を越えた地理空間情報のコラボレーションが可能に

 その上で、先日リリースされたばかりのArcGISの最新バージョンである「ArcGIS 10.5」についても紹介した。

 ArcGISには、組織が保有する位置情報のデータを集約し、組織内のユーザーと共有するためのコンテンツ管理システム(CMS)として、「Portal for ArcGIS」という製品がある。個々のユーザーは、これを利用してArcGISのポータルサイトにアクセスすることで、GISの経験のないユーザーでも、簡単にマップの作成や検索、利用、共有を行うことが可能となる。

 ArcGIS 10.5では、このPortal for ArcGISを使って構築した複数のポータルサイト間で、ウェブマップを共有できるようになった。これにより、ArcGISを導入している複数の組織サイト間を連携させて、それぞれのWeb-GISをネットワーク全体に分散させることが可能となる。デンジャモンド氏はこの機能強化について、“Distributed(分散)GIS”と紹介している。分散型のWeb-GISを構築することで、部門や場所を越えて地理空間情報コンテンツを編成し、共有することが可能となり、ポータル間での協同作業が簡単に行えるようになる。

 「世界中の国家や州、地方自治体、企業で情報を共有し、それぞれが情報を提供し合う状況は、神経のネットワークのようなもので、まさに『System of System(システムのシステム)』です」と語った。「以前は大きなデータベースにすべてのデータを入れて使っていたが、今はそうではない。分散されたデータにアクセスしながら、さまざまなデータを抽出し、ウェブマップとして統合し、分析できるようになった。これは一種の変革です。」

複数のポータルが連携可能に

 なお、ArcGIS 10.5では、デスクトップアプリケーション「ArcGIS for Desktop」から「ArcGIS Desktop」へ、「ArcGIS for Server」から「ArcGIS Enterprise」へと名称が変更された。Portal for ArcGISにアクセス可能なユーザー設定は、従来はマップ、アプリ、データ作成、参照、共有、所有が可能な「レベル2」に限られていたが、ArcGIS 10.5では、マップ、アプリ、データの参照のみが可能な「レベル1」が新設された。ArcGIS Enterpriseには、レベル1のユーザーライセンスが30ユーザー分、付属する。

 このほか、日本ではリリースが未定となっているが、ビッグデータ分析を可能とする「ArcGIS GeoAnalytics Server」や、空間分析を行えるウェブアプリ「Insights for ArcGIS」などの新機能も追加されている。

 「Portal for ArcGISは、さまざまなデータを連携し、ダイナミックに抽象化して自分のアプリケーションに取り込むことができます。世界中のどこにいても、必要なデータを探し、ローカルのデータを加えてマッシュアップできる、この技術がバージョン10.5で実装されたことは大変すばらしく、最もエキサイティングなテクノロジーだと思います。ユーザー間でコラボレーションするのにぜひ活用してほしいと思います。」

 最後のまとめとしてデンジャモンド氏は、「ArcGISはユーザーにもデベロッパーにもオープンであり、私たちは今後もArcGISを進化させていきます。Esriは売上の32%を研究開発に投じており、多くの開発者がこの製品を毎年進化させていきます。みなさんの声を聞くことで来年の研究開発につなげていきたいと思いますので、ぜひ、Esriの人間とコミュニケーションしてほしいと思います」と語った。

ビッグデータ分析にも対応した「ArcGIS 10.5」。写真は、ニューヨークのタクシーの位置情報データを可視化したマップ

本連載「地図と位置情報」では、INTERNET Watchの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、暮らしやビジネスあるいは災害対策をはじめとした公共サービスなどにおけるGISや位置情報技術の利活用事例、それらを支えるGPS/GNSSやビーコン、Wi-Fi、音波や地磁気による測位技術の最新動向など、「地図と位置情報」をテーマにした記事を不定期掲載でお届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。