俺たちのIoT
第6回
BLEと無線LAN、IoTにおいて対照的な存在のワイヤレス通信技術
2016年12月27日 06:00
前回はIoTハードウェアで多く採用されるBLE(Bluetooth Low Energy)について紹介しました。今回はIoTハードウェアはもちろん、スマートフォンやPCでも多く採用されている無線LANについて、Cerevoが開発した無線LAN搭載の製品を例に取りながら、IoTにおける無線LANの役割を考えていきます。
無線LANは、技術的には「IEEE 802.11」という規格に準拠したワイヤレスの通信規格です。多くの人にはこうした規格名や無線LANという名称より「Wi-Fi(ワイファイ)」という呼び方のほうがなじみがあるかもしれません。本来、Wi-Fiとは、IEEE 802.11に準拠した機器のうち、「Wi-Fi Alliance」という業界団体の認証を取得した機器のみを指しますが、最近ではほとんどの無線LAN機器がWi-Fi認証を取得しており、スマートフォンの設定画面にも「Wi-Fi」という言葉が使われるほど、Wi-Fiという用語が無線LANそのものの呼び名として使われるようになってきました。
前回紹介したBLEが機器と機器で通信するのに用いられるのに対し、無線LANも機器間通信はできるものの、主にインターネット接続に利用される技術です。非常に高速な通信が可能な点が特徴で、本誌の連載「イニシャルB」でレビューされている「Archer C3150」や「RT-AC88U」といった無線LAN機器は、あくまで理論値ながら2167Mbpsという速度での通信が可能です。前回紹介したBluetoothの通信速度が最大24Mbpsだったことを考えると、文字通りけた違いのスピードです。
BLEと同様、多くの機器に搭載されているのも無線LANの特徴です。ほぼすべてのスマートフォンやタブレット端末は無線LANを搭載していますし、パソコンも最近では有線LANを搭載せず、インターネット接続は無線LANのみで行なう製品がノートパソコンを中心に増えてきました。こうしたスマートフォンやパソコンを使って外出先でインターネットに接続できるよう、無線LANを提供しているカフェやレストランなども増えてきています。
IoTにおける無線LANのメリットと守備範囲
無線LANも前回紹介したBLEも、スマートフォンやパソコンの多くが搭載しているワイヤレス通信規格、という点では非常に近い存在です。しかし、ことIoTハードウェアという点では、この2つの技術は真逆と言っていいほど、特徴や課題がお互いに異なる存在でもあるのです。
IoTにおける無線LANの特徴は、インターネットに接続できるという点です。実際にはルーターやアクセスポイントといった機器が必要ではあるものの、宅内やオフィスにある無線LAN環境を利用することで機器が直接インターネットに接続することができます。これに対してBluetoothは、モバイルルーターなどの一部製品でBluetooth経由のインターネット接続機能が提供されてはいるものの、実効速度も遅いため補助的な役割として提供されています。また、BLEはBluetoothよりもさらに実効速度が遅いため、インターネット接続という用途ではあまり使われません。
前回紹介した「cloudiss」は、Google カレンダーの情報をスマートフォンアプリが取得し、アラームの設定時間をアプリからBluetooth経由で設定するという役割分担になっていました。つまり、cloudissにとってスマートフォンはインターネットに接続するために必要な機器であり、スマートフォンがなければインターネット経由で情報を取得することができません。前回、BLEはスマートフォンの機能を「間借り」していると説明しましたが、間借りしているがゆえに自分自身でインターネットに接続することができないという側面もあります。
一方、無線LANを搭載した機器であれば、宅内やオフィスの無線LAN環境を使って単体でインターネットに接続できます。Google カレンダーの情報を単体で取得する、という機能も作り込みの必要はあるものの、本体のみで実現することができるのです。
Cerevoの「OTTO」という製品は、無線LAN機能を搭載し、スマートフォンやタブレットから8個口それぞれを個別にオン/オフできる電源タップです。この製品は有線LANに加えて無線LAN機能を搭載しており、直接インターネットに接続することができます。そのため、外出先からインターネットを介して自宅の電源切り忘れを確認したり、帰宅前に自宅の照明を付けて防犯対策とする、という使い方が可能です。
また、先日発表したプロジェクター搭載ホームロボット「Tipron」も無線LAN機能を搭載しており、インターネットに接続することで本体のみでYouTubeの動画を再生したり、RSSリーダーに登録したニュースサイトの情報などを閲覧することができます。こうした単体でのインターネット接続はBluetoothでも技術的には可能ではあるものの、家庭やオフィスのインターネット接続方法として圧倒的に普及しており、速度も高速な無線LANのほうが適しているのです。
無線LAN最大のネックはユーザーサポート?
直接インターネットに接続できるというメリットを持つ一方、消費電力が大きい、というのが無線LANの課題です。やり取りするデータも多く、常時通信する機会も多いため、無線LANはBluetoothに比べると消費電力が大幅に増加します。前述のモバイルルーターも、速度は遅くなっても消費電力を大幅に抑えることができ、結果として利用時間を大幅に伸ばすことができるためにBluetoothをサポートしているのです。
通信するデータ量やハードウェアの仕様にもよりますが、24時間いつでも無線LANで通信できるような機器にする場合は電源アダプターが必要です。無線LANを搭載したモバイル機器なら容量が大きなバッテリーが必要になり、バッテリーもこまめに充電しなければなりません。前回紹介したcloudissは一般的な使い方で30日間は充電不要ですが、同様の機能を無線LANで実現した場合、充電回数はもちろん本体サイズも今の大きさを実現することはできないでしょう。
とはいえ、無線LANを使った機器でも仕様次第では実質的な利用時間を伸ばすこともできます。Amazon.co.jpが12月5日に発売した「Amazon Dash Button」は無線LANを搭載した小型のショッピングデバイスですが、僚誌「家電Watch」の記事によれば、ボタンを押す回数は1000回以上で、頻度にもよるけれど数年間は利用できます。この製品の場合、通常は無線LANを使わないスリープモード状態としておき、ボタンを押した時だけ起動して無線LAN経由でインターネットに接続、注文が終わったら再度スリープモードとなることで、バッテリーを無駄に消費せず利用回数を伸ばすという工夫が盛り込まれています。
通信速度とバッテリー以外に、設定の難易度も無線LANとBluetoothの隠れた違いです。Bluetoothの場合、接続したい機器同士をボタン長押しなどの操作でペアリング状態とするだけで設定が可能です。cloudissの場合は本体の電源ボタンを長押しし、専用アプリに表示されるシリアル番号をタッチするだけで設定が完了します。
一方、無線LANの場合は接続するためのアクセスポイント名(SSID)とパスワードを入力する必要があり、スマートフォンやパソコンの設定に慣れた人であればさほど困らないものの、機械に慣れていない人にとっては設定の難易度が格段に上がります。こうしたパスワードなどの設定をボタン操作だけで行える「WPS」という仕組みもありますが、対応には開発工数や費用などのコストが発生するという課題があり、パソコンやスマートフォンほど大量生産できるような製品がまだまだ少ないIoTハードウェアでは採用されているケースはほとんどありません。
Bluetooth機器の場合、あらかじめアプリに表示される名前はメーカーが設定できるため、アプリに表示される設定方法に従うだけで設定できますが、無線LANは利用する環境によってアクセスポイント名が異なるため、共通の設定方法を伝えることができません。また、環境によってはアクセスポイント名を非表示にしていたり、IPアドレスを固定にしなければ設定できないという場合もあり、こうしたネットワーク環境を熟知していない人にとって無線LANでの接続はさらに難しいものとなります。
操作が難しいということはサポートの負荷も大きくなります。Blueoothであれば一切必要のない文字入力が無線LANでは必要となるため、「パスワードの入力をそもそも間違えている」という可能性が新たに生まれるからです。本人がそのつもりはなくてもCapsLockがオンになっていた、文字をそもそも間違えていたというケースも多く、ペアリング操作のみのBluetoothに比べると「つながらない」可能性が高くなります。また、前述の通りアクセスポイント名が非表示だったり、固定IPアドレスやMACアドレスフィルタリングが使われているといったネットワーク設定の場合、接続できない理由を解明するのはなかなか大変な作業になります。
棲み分けだけでなく合わせ技もあるIoTのBLEと無線LAN
ここまで見てきたように、消費電力が少ないけれどインターネットに接続できないBLE、インターネットに接続できるけれど消費電力が多い無線LANは、「モノのインターネット」と呼ばれるIoTにおいて対照的な存在と言える技術です。こうした特徴の違いにより、あくまで一般的な例ではあるものの、無線LANは常に電源が取れる場所で利用する機器か大容量のバッテリーを搭載できる大きめの機器、BLEは小型かつバッテリーで動作する機器に使われる、というような棲み分けが起きています。
一方で、無線LANとBLEを両方搭載する「合わせ技」で両方の強みを活用するハードウェアもあります。スマートロック「Qrio Smart Lock」を開発したQrioは、Qrio Smart Lockを遠隔操作できる「Qrio Hub」という製品を発表しました。これは宅内で利用する据え置き型の製品ですが、無線LANとBLEの両方を搭載しており、Qrio Hubが無線LAN経由でインターネットに接続することで、スマートフォンからインターネット経由でQrio Hubに接続し、遠隔地のQrio Smart Lockを操作することができます。
無線LANもBLEと同様、今後もさらなる技術向上が見込まれています。前述した無線LANルーターは「IEEE 802.11ac」という技術を利用して最大2167Mbpsの通信速度を実現していますが、このIEEE 802.11acは、理論上の数値ではあるものの最大6.93Gbpsもの高速な通信が可能です。無線LANもBLEと並んでIoTハードウェアには欠かせない技術となりつつあり、今後もさまざまなIoTハードウェアで採用されていくことでしょう。