俺たちのIoT

第5回

IoTガジェットにおけるBLEの存在感

 第3回第4回はIoTをハードウェア、サービスという大きなテーマでカテゴライズし、その特徴をご説明しました。今回からはIoTハードウェアで使われる技術を個別に取り上げ、その技術の概要やメリットを踏まえながらIoTについて考えていきます。まずは筆者が務めるCerevoの目覚ましアラーム「cloudiss(クラウディス)」が採用している「BLE」という技術についてです。

目覚ましアラーム「cloudiss(クラウディス)」

 BLEは、近距離のワイヤレス技術「Bluetooth Low Energy」の頭文字を取ったものです。「Low Enegy」のみを省略して「Bluetooth LE」と呼ばれたり、さらにはBluetoothのバージョンから「Blueooth 4.x」など呼ばれたりすることもありますが、これらは同じBLEのことを指しています(余談ながら以前はBLEのブランドとして「Bluetooth Smart」という名称もありましたが、最近ではこのブランドは廃止されています)。

 Bluetoothと言えば、ヘッドフォンやスピーカー、マウスやキーボードなどで使われるワイヤレス技術として広く普及しており、本誌をお読みの方でBluetoothを知らない人はほとんどいないでしょう。ただし、これまでヘッドフォンなどで使われていたBluetoothと、今回取り上げるBLEは、同じBluetoothという名前ではあるものの、全く別の技術なのです。

 バージョンで区別すると、ヘッドフォンなどで使われているBluetoothのバージョン「3.x」と、BLEのバージョン「4.x」が別の技術ということになります。一般的にはバージョンが上がれば前のバージョンにも対応しているもの、と思われるかもしれませんが、Bluetoothの場合は4.xに対応していても3.xは利用できません。4.xと3.x両方で利用するためには、ハードウェアが2つのバージョンそれぞれに対応する必要があります。本連載では3.x以前を「Bluetooth」、4.x以降を「BLE」と区別した上で進めていきます。

その名前が示す通り「省電力」が特徴

 Bluetoothと比べてBLEは何が違うのでしょうか。最大の特徴は「Low Energy」の名前が示す通り「省電力」であることです。冒頭で触れたcloudissという製品は、スマートフォンと連動する目覚ましアラームですが、本体サイズは36.5×91.5mm、重量は51gという小型軽量ながら、1回の充電で約1カ月は連続して利用することができます。また、スマートロックで知られるQrioが開発したアクセサリーデバイス「Qrio Smart Tag」は、CR2032というコイン電池1つで最長6カ月もの長期間にわたって利用することができます。

 バッテリーが長く持つ反面、データの通信速度はそこまで速くありません。Bluetoothは理論値で最大24Mbpsという通信速度ですが、BLEは理論値で最大1Mbps、実効速度でも数十kbpsという低速度での通信となります。あくまで理論値であるものの、最大速度が数百Mbpsを超える無線LANと比べると、BLEがどれだけ低速なのかが分かるでしょう。

 ただし、データ通信が遅いから使い道がない、ということではありません。データ通信速度が遅くても使い道によっては十分に活用できます。例えばcloudissの場合、アラームを鳴らす時間の設定はスマートフォンのアプリで行ない、「アラームが鳴る時間」のデータだけをBLEで送っているため、データ通信速度が遅く容量が小さくても問題がないのです。ワイヤレスに通信できるというそもそもの特性に加え、「消費電力が少ない」「データ通信速度が遅い」というのがBLEの大きな特徴です。

かなりの高確率でBLEがIoTガジェットに採用される理由

 BLEはもともと「Wibree」という名前の技術として発表されてはいたものの、BLEという名前で公開されたのは2010年と比較的新しい技術です。しかし、IoTの世界では、BLEに対応している製品が非常に多く存在しています。第1回でもインターネットにつながらないIoT製品として「leafee mag」「Hint」といったBLE搭載のハードウェアをいくつか紹介しましたが、いわゆる「ガジェット」と呼ばれるようなハードウェア単体がIoTに対応する場合、かなりの高確率でBLEが採用されています。

 各社がBLEを採用する理由はさまざまですが、その中でも大きな理由の1つが、現行のスマートフォンがほぼ採用している技術ということです。iPhoneは2011年に発売された「iPhone 4S」から、Androidも2年遅れで2013年に開催された「Google I/O 2013」でBLEのサポートを表明しており、現在販売されているスマートフォンやタブレットの多くがBLEに対応しています。

 スマートフォンと連携できるメリットは、機能の多くをスマートフォンに預けられることです。前述の通りcloudissはアラームの時間やバッテリー残量といった情報をBLEでやり取りする機能と、指定された時間にアラームが鳴る機能、そして本体を振ることでアラームを止めるといった機能以外は備えていません。cloudissの本体には電源ボタンと充電用のMicro USB端子はありますが、ディスプレイや操作ボタンは備えず、機能のほぼすべてはスマートフォン側で行う仕組みになっています。

電源ボタン、充電用のMicro USB端子はあるが、ディスプレイや操作ボタンは備えていない

 これは、開発・コスト2つの面から有利です。開発面ではスマートフォン側でほとんどの機能を実装し、ハードウェアの連携は最低限とすることで、スマートフォンアプリに機能を集中することができます。cloudissはGoogle カレンダーと連携し、Google カレンダーに入力したスケジュールに合わせてアラームが鳴る、という機能を備えていますが、この連携はスマートフォンのアプリ側で行ない、アラームを鳴らす時間だけをcloudiss本体に転送することで実現しています。

 今までウェブサービスやアプリケーションを開発していた企業や人にとって、IoTハードウェアを一から開発するのは非常に大変ですが、基本的な操作や機能はスマートフォンアプリで完結し、ハードウェアにはBLEでデータを送るだけ、という仕組みなら、ハードウェア開発のハードルは大きく下がります。第4回でウェブサービスが身の回りのものへ展開できることがIoTの魅力と説明しましたが、そうしたウェブサービスのハードウェア化にとって、BLEはとても魅力的な技術と言えるでしょう。

BLE連携で、スマホの高性能さを「間借り」

 また、この機能をスマートフォンを使わずcloudissだけで実現しようとすると、非常に多くの部品が必要になります。BLEが不要となる代わりに無線LANの機能が必要となり、Google カレンダー連携を行うためにコンピューターの搭載も必要になります。操作のために本体にはボタンを搭載し、さらに操作結果を確認するためにディスプレイも必要……というように、機能を実現するための部品の数も膨大なものとなってしまいます。

 BLEでスマートフォンと連携すれば、ディスプレイや操作ボタンなどをすべてスマートフォン側で行なうことで、こうした部品を省略してコストを下げることができます。また、最近のスマートフォンは非常に高性能化が進んでおり、ディスプレイの画面サイズやCPU性能なども非常に充実しています。スマートフォンと同じ部品をIoTハードウェアに載せようとすれば、そのコストはさらに高くなってしまいます。スマートフォンの高性能さを「間借り」できるのも、BLE連携のメリットです。

アラーム設定やGoogle カレンダーとの連携などの機能はスマートフォンのアプリ側で担う

 もちろん、冒頭に紹介した通り、消費電力の低さも大きなメリットです。バッテリー消費電力が少ないということは、長時間使えるという意味はもちろん、小さな容量のバッテリーでも動作するという利点もあります。スマートウォッチなど身体に装着するウェアラブルデバイスがBLEを多く採用しているのは、バッテリー消費が少なくて済むというメリットがあるためです。

 僚誌「ケータイWatch」の記事(2016年3月3日付記事『Bluetooth同士でつながり建物全体をカバーする「Bluetooth mesh」』)によれば、BLEの最新バージョン「4.2」では通信範囲の拡大や高速化が予定されており、消費電力を抑えるという特徴をそのままにBLEがさらに使いやすくなります。IoTハードウェアにおけるBLEの存在感は今後も引き続き大きいものとなりそうです。

※次回掲載は、12月27日の予定です。

甲斐 祐樹

Impress Watch記者からフリーランスを経て現在はハードウェアスタートアップの株式会社Cerevoに勤務。広報・マーケティングを担当する傍ら、フリーランスライターとしても活動中。個人ブログは「カイ士伝」