すべての事象が“祭り化”される~ニコニコ動画ライフログの時代


ドワンゴの戀塚氏(左)と日本技芸の濱野氏

 情報処理学会創立50周年記念全国大会で10日、講演「CGMの現在と未来:初音ミク、ニコニコ動画、ピアプロの切り拓いた世界」が実施された。ボーカル作成ソフト「初音ミク」や動画コミュニケーションサイト「ニコニコ動画」の開発者ら4名が登壇。それぞれの立場からCGM(Consumer Generated Media)の現状を分析するとともに、その未来像について討論した。

 ここでは、ドワンゴ研究開発本部の戀塚(こいづか)昭彦氏の講演と日本技芸 リサーチャーの濱野智史の講演をレポートする。


“個数制限付きタグ”がニコニコ動画を盛り上げた?

ニコニコ動画ならでのタグとして、戀塚氏が示した例。「俳句的要素もある」と評していた

 ドワンゴ研究開発本部の戀塚(こいづか)昭彦氏は、“開発総指揮”として携わる「ニコニコ動画」の歴史、各機能の狙いについて、いくつかの“時代別”に分けて解説を行った。

 まず最初期、2006年末の誕生からしばらくの間は「コメントの時代」。大群衆による盛り上がりを表現した“弾幕”、アスキーアートならぬ“コメントアート”など、動画の視聴者側がコミュニティを直接盛り上げていた。また、新着性の高いランキング機能は、盛り上がっている作品を知らしめる効果が非常に高かったという。

 続いて「タグの時代」だ。戀塚氏は「タグ自体はそれほど珍しい機能ではないが、ちょっとひねった使い方を模索した」という。ニコニコ動画では、1つの動画に対して付加できるタグは最大10個までとあえて制限が付けられている。その上で誰でも追加・削除可能になっているため、頻繁にタグが書き換えられてしまう。

 しかし戀塚氏によると、これは運営者側が想定していた用途そのもの。動画の内容を短文で的確に表現できたタグは修正されず結果的に残り、かつ他人が真似することも容易なため、各動画の関連性を高めるために非常に効果的だっだと振り返る。初音ミクの人気向上にも少なからず寄与しているというのが戀塚氏の分析だ。

 一方、爆発的な盛り上がりによって利用者数が拡大したため、ユーザー間では機能習熟度の差といった摩擦も生まれてしまったという。そこで、少数のユーザー同士の交流を目的にコミュニティ機能を付加した。これが「コミュニティの時代」だ。ユーザーによる生放送などが可能になったのもこの時期にあたる。

 そして現在は、「ライフログの時代(仮)」へと移行する途上だ。Twitterとの連携機能、SNS風の機能などを盛り込み、よりソーシャル性を高めるのが狙いという。

 戀塚氏はCGMの未来像として、「ニコニコ動画の各機能は、過去や現在すべてをネタにし、いつでも祭りが起こっている状態の実現を目指して作られている。これからは未来をネタに祭りができるようになるかもしれない」と講演テーマになぞらえた私見を披露。

 データの分析、コンテンツ作成のためにユーザー同士を引き合わせるといった行為、つまり創作現場ですでに起きている一般事象すらも、“祭り化”されていくのではないかと語っている。

「ニコニコ動画は21世紀のメディア史にかならず残るはず」

濱野氏は、複数のユーザー同士で盛り上がれる場所を再現したことが、ニコニコ動画最大のインパクトと表現

 戀塚氏に続いて最後のプレゼンを行ったのは日本技芸 リサーチャーの濱野智史氏。開発者ではなく、研究者の立場からCGMの有り様を語った。

 消費者自身がコンテンツを作成し、メディア化するという「CGM」の概念は近年特に注目されるようになったが、極端に新規性の高い概念ではないと濱野氏は説明する。「アルビン・トフラーは著書『第三の波』で(CGMと似た概念である)“プロシューマー”を80年代に提唱している。ただし、CGMがここまで認識されようになったのは、2000年代になってインターネットが一般化したことと無関係ではない」と、その歴史的位置付けを強調する。

 加えて、日本では究極のCGMといえそうなコミケット(同人誌即売会)のような文化が従来から根強くある。「YouTubeのTOPページではサムネイルにたくさん人間の顔が写っているが、ニコニコ動画ではアニメキャラクターのイラストばかり」と語って聴講者を笑わせる場面も。こうしたアニメキャラクターの創作物の多さは、日本ではオタク文化がCGMに与えている影響が極めて大きいことの証拠だと指摘した。

 また濱野氏は、ドイツの文化社会学者ヴァルター・ベンヤミンが1930年代に著した「複製技術時代の芸術作品」の言葉を引用。芸術作品は“いま・ここでしか見られない”という「1回制」によって「アウラ(オーラ)」を宿すが、レコードやフィルムなどに大量複写されてしまうとその希少性が失われ、「アウラ」も喪失してしまうという考えだ。

 対してニコニコ動画は、映像形式の芸術作品を単にコピーして配信するのではなく、その作品を楽しむための場、コンサート会場などに足を運ばなければ得ることのできない“環境”そのものを字幕などの形で擬似的に提供できていると指摘。「1回制」を超越した独特のサービスゆえに「ニコニコ動画は21世紀のメディア史にかならず残るはず」と論じると、客席からは拍手が起こった。

 濱野氏はまた、ドワンゴの戀塚氏が解説したニコニコ動画独自のタグ機能自体、N次創作の土壌にもなっていると言及。限られた数のタグをユーザーが改変しあい、結果的により良いものへと変化していくスタイルは、二次創作や三次創作を元にした創作、つまりN次創作にほかならないと分析している。

 濱野氏は、国内CGMの代表格といえるニコニコ動画が今後も発展していくことによって、「ネット上のバーチャル空間を飛び出してリアル空間でも“祭り”を引き起こせるかに注目していきたい」と語る。さらには「初音ミクを政治家にできないか?」とも発言。政策立案などの個別職務を複数のユーザーが分散して担い、仮想キャラクターに代弁させられればそれがもっとも理想的な代議制ではないのか、という問題提起もしている。


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(森田 秀一)

2010/3/11 12:13